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11話:異世界のイノベーション
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「図書館か…… 何年ぶりだ?」
前世で享年18歳、この異世界で18歳の俺は通算36年間「自分」という継続した意識をもって存在していることになる。
で、図書館というものに来たのは前世の受験生時代以来なので18年ぶりになる。何回目かは数えてない。
大学の図書館なんだが利用するのは有料だ。
厳密にいえば、月の利用回数を一定数超えると課金される。
一部は学費に組み込まれているんだろう。
理不尽でアコギな感じがするが、これも仕方がないのだ。
それだけ、本という物が貴重だからだ。
ただし俺は、学生証を出せば、そのまま利用できる。
無料ではなく、請求が実家にいくだけだけど。
ドレットノート家が貴族であることを感じる。
なんだっけ「高貴なる者の義務」だっけ。
まあ、そういう意識を持って俺もやっていくかなと。
そうは思っても、朝早いので眠い。
今日は午前中は講義がない。
その時間を使い、図書館で色々調べようかと思った。
金を払う学生を横目で見ながら、俺は図書館に入る。
外から見たら、建物は石造りで立派というしかない。
入り口の柱には、2重らせんを描く蛇が刻まれていた。
知恵の象徴とされているものだ。
中も広いと言えば広い。
本を読むための椅子とテーブルのエリアが大きい。
もう、結構な学生がいて、勉強をしていた。結構なことだ。
「あれ? あんまり本が無いな]
つい声に出る。
勉強している学生がチラリと俺に視線を向けた。
「うるさい」とその視線が語っている。
しかし、本当に本が少ない。図書館だよな。
しかも大学のだぞ。王立魔法大学だろ?
本が貴重なのは分かる。
貴族の俺の家ですら、子どもが読めるような本など無かったのだ。
蔵書など全部合わせても、二桁ないぞ。
教会が出している聖典とその付属する本が半分だ。
でもって、後は父の蔵書だと思うが、さすがに手を出せない。
ちなみに、ここで言う本にはリンドウ兄ちゃんや、ホウセンカ姉さんの蔵書である「魔導書」はカウントしていない。
こっちは家に何冊もあるんだ。
要するに、この世界で「本」といえば大きく2種類に分類されるのだ
魔導書とそれ以外だ。
俺が今、読みたいのは「魔導書」ではない。
普通のこの国のこと、大陸のことについて書かれた本だ。
「ま、魔導書は俺には一生縁がないだろう」
口の中にとどめる声でつぶやく。
今度は視線が飛んでこない。
魔導書とは、魔法を実装するための本だ。
その意味では禁断の魔導書と呼ばれる「カガク」は厳密には魔導書ではないことになる。
意味の分からん古い本は「魔導書」と言われることが多いのだ。
この世界ではレベルが上がると魔法を自然に覚えるとか、師匠から呪文(スペル)を教わり修行するというような魔法がない。
俺の電気ビリビリみたいに、生まれつき持っている魔法と、魔導書を読んで実装する魔法しかないのだ。
魔導書の魔法を使うには、自分の魔容量(メモリ)にどれくらいの空きがあるかが大切になる。
これは、自分で分かる。しかも感覚的ではなく、数値で分かる。
それを意識に伝えるのが「幽子」の働きの一つというが、詳しくは分かってないと思う。
俺は、電気ビリビリ以外の空き容量が、1.44と出る。
これはかなり小さい。安い「日常魔法」を1つ2つ常駐させれば、容量いっぱいだ。
ちなみに「日常魔法」は種火を生じさせたり、少量の水を作る魔法など。基本俺には必要はない。
魔法使いと言えるのは「本格的な炎水風土の属性魔法」や「治癒魔法」が使えるレベル。
こんな人の魔容量(メモリ)はだいたい俺の1000倍以上はある。
まあ1000人に一人もいないけどね。
だから、この点に関して俺や先生が問題があるというわけでもない。
ちなみに、リンドウ兄ちゃんなんかは、俺の100万倍以上ありそうだ。よくしらんが。
魔法を使いたい場合どうするか。
こう言った魔容量(メモリ)のある人間が、魔導書を読み上げるわけだ。
いわゆる呪文詠唱。
でも、ここで魔法が発動するわけじゃない。
最初の呪文は、自分の魔容量の中に魔法を常駐させるための詠唱だ。
当然本人の魔法属性(炎水風土)っていう使用環境が一致していないと、常駐もできないか、出来ても魔法が発動しない。
で、起動呪文やら、起動条件やら、魔法の取り扱い説明なんかも「魔導書」に書かれている。
こういったのも、よく読んで理解しないといけない。
この魔導書、無茶苦茶高い。高価。トゥーエクスペンシブなんだ。
リンドウ兄ちゃんが「最近は10万グオルドくらいださないと、いい魔法は手に入りませんね」と言っていたのを聞いたことがある。
このときは「ふーん」って感じ。10万円くらいかなと思ってたよ。その時の俺バカ。
魔導書はない。図書館には置いてない。当然だ。
魔導書を売って生計を立てているのは「魔法開発者」であり「魔法理論研究者」だ。
要するに魔導書を売った印税で食っているということになる。
夢の印税生活者だ。
だから図書館なんかにあるわけがない。
で、まあそれはいい。
俺にはそんな本は必要ない。
今必要なのは、この世界に関する知識が書かれている本だ。
本当はもっと早く気付くべきだったんだ。
俺は書架に歩みよった。低い位置に本が並んでいる。
背表紙の文字を追いかける俺。
「魔法構造文研究序章」
「古典魔法構造学Ⅰ」
「古典魔法構造学Ⅱ」
「魔法理学解析の手法」
「属性解析から始める魔法構築」
「応用炎属性理論」
「幽子理論からみた魔法構造」
「精神核内部の回路形成ついての研究」
並んだ本をジッと見つめる。書架に沿って移動する。
同じような本が並んでいる。
なんか額から嫌な汗がでてきた。
「魔法研究とか構造解析の本ばかりかよ…… ねーじゃん。本が……」
冷静になって考えてみれば当たり前だ。
ここはどこ?
はい、王立魔法大学です。
でもって、その存在理由は?
魔法開発者、研究者の養成です!
つまりだ。一般的な教養の本は無いのか。
いや、しかし一般教養で「歴史・地理」がある。
少ないにせよ、本がないということはないだろう。
いや、本当か? 本当にそう言えるのか。
不安な気持ちで図書館内をウロウロする。
司書に訊くのもなんか恥ずかしい気がした。
論文などはコードを言えば司書さんが持って来てくれるのだが。
2階に向かって階段を上がる。
建物は3階まであるが、3階は書庫になっているようだった。
2階の書架の前を行ったり来たりする。
隅っこに薄汚れた本。
「ユラシルド大陸地勢概説入門」
見た瞬間手を伸ばした。ボロイ。
これは、いつの本だ?
古いのか?
この世界には本の奥付というものがない。
時代遅れの古い本ということもあるが、ただ時代の変化や流れは前世の日本のような早さは無い。
空いている席についた。
2階は空いていた。
俺はゆっくりとその本のページをめくった。
◇◇◇◇◇◇
「ユラシルド大陸地勢概説入門」を読み終わり(それほどページ数が無い。紙が高価だから)、書架に戻した。
色々分かった。
「1グオルドで4人家族が半年暮らせるのか……」
つぶやくように俺は言った。
奴隷売買について言及しているところに、たまたまこの国の平均的な世帯収入みたいな記載があった。
一般の家庭では奴隷は高価な買い物だということが言いたかっただけだが。
「先生、高年収だな」
つまりだ。先生はあの歳(年齢は分からないが多分若い)で、年収10グオルド。
少なくとも、平均よりはかなり上だ。
高給取りなのだろう。
まあ、王立魔法大学の講師といえば、社会的地位が高いというのは、俺でも分かる。
そして、この図書館に来て痛感した。
やはり、この世界で最も必要な物。
そして、インパクトを与える物。
それは、飛行機じゃない。
確かに、飛んで高速移動する機械は、夢のような存在だろう。
ただ、それを実現したとしてだよ。
この世界にその偉業を誰が伝えるの?
新聞、ラジオ、テレビなにもない。
ネットなんか想像の埒外だろう。
魔法で何かできそうな気もするが、そもそも魔法使える人間が少ない。
「紙と本だ…… 媒体だ……」
1000グオルドは大金だ。
その大金を回収するようなインパクト収益性のある開発はそれしかないと思い始めている。
この世界で紙がどう作られているかは分からない。
それは、調べれば分かる事だろう。
図書館には無かったけど。
ただ、量産性も質も中世ヨーロッパ以下という感じがある。
幕末、日本人が鼻をかんで手軽に紙を捨てるのを欧米人が驚いたという話を聞いたことがある。
日本ではすでに中世の段階で紙の量産に成功していた。
多分、この世界でも出来るんじゃないかと思う。
「さっきの本なんか写本だったもんあぁ」
この世界、活字の本がないわけではない。
ただ、写本もかなりある。手書きで写したものだ。
それ専用の奴隷がいるくらいなのだから。
印刷技術についても、あの「カガク」の中にはあるんじゃないか。
この世界でも実現できる何かが。
大学の高い塔にある鐘の音が空気を震わせる。
正午を知らせる鐘だった。
この世界の正午は太陽の南中で決まる。
「先生いるかな」
俺はツユクサ先生がいるはずの禁呪学科の研究室に向かった。
昼ご飯を一緒に食べながら、話しをしたいとそう思った。
◇◇◇◇◇◇
バナナっぽいものを挟み込んだ薄焼きパン。
妙に甘い匂いがする。蜂蜜だろう。
それを本当に美味しそうに食べるツユクサ先生。
そして、自分のカップ入れた紅茶飲んだ。
あんまり女の子っぽくない飾り気のないカップだ。
飲む仕草の優雅さという点では、リンドウ兄ちゃんの方がゾクっとくる。
ただ、やはり先生は一つ一つの動作が可愛いのだ。
「そうだ…… 可愛いんだよ……」
「なにか言った?」
「いえ、ちょっと独り言です」
ツユクサ先生は美人だ。
ただ、美人だってだけなら、この世界は本当にいくらでもいる。
転生した俺ですら、かなり整った顔になったが、まあそれでも普通って感じだ。
なんか、遺伝子どうなんてんだ?
くらいに、美男美女が多い。ただし、西洋風の隙のない硬質の美しさだ。
その点先生は、あれだ。
日本的な感性の「カワイイ」という印象があるんだ。
これは、この世界では珍しい気がする。
「紙ね……」
「ええ、紙です。安くできれば、インパクト大きいですよ」
「う~ん」
先生は背もたれに細い身をあずけ天井を見た。
肩までの亜麻色の髪が揺れる。
「まあ、現実的で確実性は高いかもしれないわね」
飛行機に執着するかと思ったが、意外にこっちの言うことを受け入れた。
「じゃあ、ツユクサ先生――」
「とりあえず、調べてみましょうか。本当に紙を量産できるのか」
「分かりました」
何かが動きだしそうなそんな予感がした。
前世で享年18歳、この異世界で18歳の俺は通算36年間「自分」という継続した意識をもって存在していることになる。
で、図書館というものに来たのは前世の受験生時代以来なので18年ぶりになる。何回目かは数えてない。
大学の図書館なんだが利用するのは有料だ。
厳密にいえば、月の利用回数を一定数超えると課金される。
一部は学費に組み込まれているんだろう。
理不尽でアコギな感じがするが、これも仕方がないのだ。
それだけ、本という物が貴重だからだ。
ただし俺は、学生証を出せば、そのまま利用できる。
無料ではなく、請求が実家にいくだけだけど。
ドレットノート家が貴族であることを感じる。
なんだっけ「高貴なる者の義務」だっけ。
まあ、そういう意識を持って俺もやっていくかなと。
そうは思っても、朝早いので眠い。
今日は午前中は講義がない。
その時間を使い、図書館で色々調べようかと思った。
金を払う学生を横目で見ながら、俺は図書館に入る。
外から見たら、建物は石造りで立派というしかない。
入り口の柱には、2重らせんを描く蛇が刻まれていた。
知恵の象徴とされているものだ。
中も広いと言えば広い。
本を読むための椅子とテーブルのエリアが大きい。
もう、結構な学生がいて、勉強をしていた。結構なことだ。
「あれ? あんまり本が無いな]
つい声に出る。
勉強している学生がチラリと俺に視線を向けた。
「うるさい」とその視線が語っている。
しかし、本当に本が少ない。図書館だよな。
しかも大学のだぞ。王立魔法大学だろ?
本が貴重なのは分かる。
貴族の俺の家ですら、子どもが読めるような本など無かったのだ。
蔵書など全部合わせても、二桁ないぞ。
教会が出している聖典とその付属する本が半分だ。
でもって、後は父の蔵書だと思うが、さすがに手を出せない。
ちなみに、ここで言う本にはリンドウ兄ちゃんや、ホウセンカ姉さんの蔵書である「魔導書」はカウントしていない。
こっちは家に何冊もあるんだ。
要するに、この世界で「本」といえば大きく2種類に分類されるのだ
魔導書とそれ以外だ。
俺が今、読みたいのは「魔導書」ではない。
普通のこの国のこと、大陸のことについて書かれた本だ。
「ま、魔導書は俺には一生縁がないだろう」
口の中にとどめる声でつぶやく。
今度は視線が飛んでこない。
魔導書とは、魔法を実装するための本だ。
その意味では禁断の魔導書と呼ばれる「カガク」は厳密には魔導書ではないことになる。
意味の分からん古い本は「魔導書」と言われることが多いのだ。
この世界ではレベルが上がると魔法を自然に覚えるとか、師匠から呪文(スペル)を教わり修行するというような魔法がない。
俺の電気ビリビリみたいに、生まれつき持っている魔法と、魔導書を読んで実装する魔法しかないのだ。
魔導書の魔法を使うには、自分の魔容量(メモリ)にどれくらいの空きがあるかが大切になる。
これは、自分で分かる。しかも感覚的ではなく、数値で分かる。
それを意識に伝えるのが「幽子」の働きの一つというが、詳しくは分かってないと思う。
俺は、電気ビリビリ以外の空き容量が、1.44と出る。
これはかなり小さい。安い「日常魔法」を1つ2つ常駐させれば、容量いっぱいだ。
ちなみに「日常魔法」は種火を生じさせたり、少量の水を作る魔法など。基本俺には必要はない。
魔法使いと言えるのは「本格的な炎水風土の属性魔法」や「治癒魔法」が使えるレベル。
こんな人の魔容量(メモリ)はだいたい俺の1000倍以上はある。
まあ1000人に一人もいないけどね。
だから、この点に関して俺や先生が問題があるというわけでもない。
ちなみに、リンドウ兄ちゃんなんかは、俺の100万倍以上ありそうだ。よくしらんが。
魔法を使いたい場合どうするか。
こう言った魔容量(メモリ)のある人間が、魔導書を読み上げるわけだ。
いわゆる呪文詠唱。
でも、ここで魔法が発動するわけじゃない。
最初の呪文は、自分の魔容量の中に魔法を常駐させるための詠唱だ。
当然本人の魔法属性(炎水風土)っていう使用環境が一致していないと、常駐もできないか、出来ても魔法が発動しない。
で、起動呪文やら、起動条件やら、魔法の取り扱い説明なんかも「魔導書」に書かれている。
こういったのも、よく読んで理解しないといけない。
この魔導書、無茶苦茶高い。高価。トゥーエクスペンシブなんだ。
リンドウ兄ちゃんが「最近は10万グオルドくらいださないと、いい魔法は手に入りませんね」と言っていたのを聞いたことがある。
このときは「ふーん」って感じ。10万円くらいかなと思ってたよ。その時の俺バカ。
魔導書はない。図書館には置いてない。当然だ。
魔導書を売って生計を立てているのは「魔法開発者」であり「魔法理論研究者」だ。
要するに魔導書を売った印税で食っているということになる。
夢の印税生活者だ。
だから図書館なんかにあるわけがない。
で、まあそれはいい。
俺にはそんな本は必要ない。
今必要なのは、この世界に関する知識が書かれている本だ。
本当はもっと早く気付くべきだったんだ。
俺は書架に歩みよった。低い位置に本が並んでいる。
背表紙の文字を追いかける俺。
「魔法構造文研究序章」
「古典魔法構造学Ⅰ」
「古典魔法構造学Ⅱ」
「魔法理学解析の手法」
「属性解析から始める魔法構築」
「応用炎属性理論」
「幽子理論からみた魔法構造」
「精神核内部の回路形成ついての研究」
並んだ本をジッと見つめる。書架に沿って移動する。
同じような本が並んでいる。
なんか額から嫌な汗がでてきた。
「魔法研究とか構造解析の本ばかりかよ…… ねーじゃん。本が……」
冷静になって考えてみれば当たり前だ。
ここはどこ?
はい、王立魔法大学です。
でもって、その存在理由は?
魔法開発者、研究者の養成です!
つまりだ。一般的な教養の本は無いのか。
いや、しかし一般教養で「歴史・地理」がある。
少ないにせよ、本がないということはないだろう。
いや、本当か? 本当にそう言えるのか。
不安な気持ちで図書館内をウロウロする。
司書に訊くのもなんか恥ずかしい気がした。
論文などはコードを言えば司書さんが持って来てくれるのだが。
2階に向かって階段を上がる。
建物は3階まであるが、3階は書庫になっているようだった。
2階の書架の前を行ったり来たりする。
隅っこに薄汚れた本。
「ユラシルド大陸地勢概説入門」
見た瞬間手を伸ばした。ボロイ。
これは、いつの本だ?
古いのか?
この世界には本の奥付というものがない。
時代遅れの古い本ということもあるが、ただ時代の変化や流れは前世の日本のような早さは無い。
空いている席についた。
2階は空いていた。
俺はゆっくりとその本のページをめくった。
◇◇◇◇◇◇
「ユラシルド大陸地勢概説入門」を読み終わり(それほどページ数が無い。紙が高価だから)、書架に戻した。
色々分かった。
「1グオルドで4人家族が半年暮らせるのか……」
つぶやくように俺は言った。
奴隷売買について言及しているところに、たまたまこの国の平均的な世帯収入みたいな記載があった。
一般の家庭では奴隷は高価な買い物だということが言いたかっただけだが。
「先生、高年収だな」
つまりだ。先生はあの歳(年齢は分からないが多分若い)で、年収10グオルド。
少なくとも、平均よりはかなり上だ。
高給取りなのだろう。
まあ、王立魔法大学の講師といえば、社会的地位が高いというのは、俺でも分かる。
そして、この図書館に来て痛感した。
やはり、この世界で最も必要な物。
そして、インパクトを与える物。
それは、飛行機じゃない。
確かに、飛んで高速移動する機械は、夢のような存在だろう。
ただ、それを実現したとしてだよ。
この世界にその偉業を誰が伝えるの?
新聞、ラジオ、テレビなにもない。
ネットなんか想像の埒外だろう。
魔法で何かできそうな気もするが、そもそも魔法使える人間が少ない。
「紙と本だ…… 媒体だ……」
1000グオルドは大金だ。
その大金を回収するようなインパクト収益性のある開発はそれしかないと思い始めている。
この世界で紙がどう作られているかは分からない。
それは、調べれば分かる事だろう。
図書館には無かったけど。
ただ、量産性も質も中世ヨーロッパ以下という感じがある。
幕末、日本人が鼻をかんで手軽に紙を捨てるのを欧米人が驚いたという話を聞いたことがある。
日本ではすでに中世の段階で紙の量産に成功していた。
多分、この世界でも出来るんじゃないかと思う。
「さっきの本なんか写本だったもんあぁ」
この世界、活字の本がないわけではない。
ただ、写本もかなりある。手書きで写したものだ。
それ専用の奴隷がいるくらいなのだから。
印刷技術についても、あの「カガク」の中にはあるんじゃないか。
この世界でも実現できる何かが。
大学の高い塔にある鐘の音が空気を震わせる。
正午を知らせる鐘だった。
この世界の正午は太陽の南中で決まる。
「先生いるかな」
俺はツユクサ先生がいるはずの禁呪学科の研究室に向かった。
昼ご飯を一緒に食べながら、話しをしたいとそう思った。
◇◇◇◇◇◇
バナナっぽいものを挟み込んだ薄焼きパン。
妙に甘い匂いがする。蜂蜜だろう。
それを本当に美味しそうに食べるツユクサ先生。
そして、自分のカップ入れた紅茶飲んだ。
あんまり女の子っぽくない飾り気のないカップだ。
飲む仕草の優雅さという点では、リンドウ兄ちゃんの方がゾクっとくる。
ただ、やはり先生は一つ一つの動作が可愛いのだ。
「そうだ…… 可愛いんだよ……」
「なにか言った?」
「いえ、ちょっと独り言です」
ツユクサ先生は美人だ。
ただ、美人だってだけなら、この世界は本当にいくらでもいる。
転生した俺ですら、かなり整った顔になったが、まあそれでも普通って感じだ。
なんか、遺伝子どうなんてんだ?
くらいに、美男美女が多い。ただし、西洋風の隙のない硬質の美しさだ。
その点先生は、あれだ。
日本的な感性の「カワイイ」という印象があるんだ。
これは、この世界では珍しい気がする。
「紙ね……」
「ええ、紙です。安くできれば、インパクト大きいですよ」
「う~ん」
先生は背もたれに細い身をあずけ天井を見た。
肩までの亜麻色の髪が揺れる。
「まあ、現実的で確実性は高いかもしれないわね」
飛行機に執着するかと思ったが、意外にこっちの言うことを受け入れた。
「じゃあ、ツユクサ先生――」
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「分かりました」
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