オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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10.アナタ色には染まれない

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 (あ、QUARTETTO!……)

 いつものように、会社帰りの課長との買い物で。「大量に買って、支払いしたいねん依存症」の課長に会計をお願いしている間に、ふと目についた書籍売り場。
 書棚に並ぶなか、「本日発売」の札とともに、QUARTETTO!のメンバーが表紙の雑誌を見つける。

 (うわ、やっぱカッコいい)

 きらびやかに表紙を飾る四人組アイドルグループ。QUARTETTO!。
 庇護欲そそる少年キャラ、山咲椿くん。元気いっぱいスポーツ少年、榎原涼太郎くん。はんなり和風青年、美萩野蒼真くん。そしてあたしイチオシクールビューティ、柊深雪くん。
 名前に「春、夏、秋、冬」を含んだ彼らは、人気急上昇中のアイドルグループで、最近は音楽番組だけじゃなく、バラエティとかコマーシャル、ドラマと幅広く活躍してて。こうやって、雑誌の表紙を飾るようになったし、この夏にもライブツアーを成功させて……、成功……。

 「あ゛あ゛~~っ!」

 「どうした真白?」

 「あっ、あのっ、あのっ、今日って、何日ですかっ!?」

 「何日って。10日だが……」

 「うごうっ!」

 オーマイガーっ!
 答えてくれた課長をよそに、一人悶絶。
 10日っ!? 今日って10日なのっ!?

 「お前、いったい何があったんだ?」

 買い物を終え、袋詰めも終えた課長が、心底「わからない」って顔をする。けど。

 「あのっ! あたしの部屋に一度戻ってもいいですかっ!?」

 「お前の部屋に?」

 首をひねる課長。
 だけど。

 「ほら、早く! 早く!」

 こうしちゃいられないのよ! 早く!
 課長が持つエコバッグを綱にして、遅れがちになる課長をズルズルと車まで引っ張っていく。
 今日が10日なら。10日なのだとしたら。

 (あ゛ううううう……)

 なんで忘れちゃってたのよ、あたしぃぃぃっ!
 今日、QUARTETTO!のライブツアーDVDが届く日じゃないのっ! ノンビリ買い物してる場合じゃないっちゅーの!

          *

 「――よかったな。受け取れて」

 「はい。ありがとう……ございます」

 アパートの前。
 ブロロロと、排気音を立てて立ち去る宅配トラックを見送る。
 急いでアパートに戻ったけど、やはりポストには「キサマは、いなかった」不在票が投函されてて。「お゛ごうっ!」って頭を抱えたあたしに代わって、課長が再配達の連絡を入れてくれた。
 課長、やっぱすごいなあ。
 あたしだけだったら、「お゛ごうっ!」からの、「なんで忘れてたのよぉぉ!」で後悔したくって、それからようやく、「そだ、再配達!」ってひらめくんだけど、それはすでに時遅しで。宅配の営業時間が終わってたりして、翌日自分で営業所まで受け取りに行ったりするハメになる。
 ようするに。課長みたいに、テキパキと行動できない。

 「――それで? 何を注文してたんだ?」

 ゔ。
 
 「えっと。好きなアイドルのライブのブルーレイ……」

 ゴニョゴニョ。
 なんか恥ずかしくって、うつむいちゃう。

 「アイドル?」

 降ってくる課長の声が少し険しい。
 いい歳して、社会人にもなって、アイドルを追っかけてるのか? そういう暇があるなら、少しは仕事について勉強したらどうだ? ――みたいな、お説教が来る?

 「そういえば、部屋にもなにか飾ってあったが……」

 ギク!
 再配達待つ間、少し部屋に入ったから。アクスタとか見られちゃった!?
 一応、課長の視界に入らないよう、うまく立ち回ったつもりだったのに。

 「まあいい。帰るぞ、真白」

 ほへ?

 「そのライブツアー、早く観たいだろ?」

 スタスタと歩き出す課長。

 「えっと、あの……」

 観たいだろってナニ? そりゃあ、今すぐにでも観たいですけど?

 (まさか、課長の家で、これを観ろと!?)

 追いかけるように走る、あたしの足がすくむ。
 そりゃあ、観たいよ。観たいですけど!
 だからって、課長のお家で観るなんて! 課長の前で、自分の好きなものを観るなんて!
 趣味、嗜好、性癖。すべてがバレちゃうじゃないの!

 「早くしろ」

 先に車にたどり着いた課長が苛立つ。

 「はひっ!」

 好きなDVDを手に入れたら、すぐにでも観たいだろう。よし、俺サマの家で観ることを許す。
 寛大な(?)オオカミ課長の優しさ。
 下っ端ウサギに、そのご厚意を受け取らない選択は残されておりませぬ。ゔゔ。

          *

 僕だけを見てほしくて~♪ キミだけを見ていたくて~♪ なんでもないふりをして、キミに近づく♪

 シンプルでスタイリッシュな部屋に、推しの声が響く。

 「好き」ってありふれた言葉だけじゃ、つのる想いを伝えられないから~♪ 
 
 うん。
 カッコいいよね、深雪くん。
 画面いっぱいにその顔が映し出されてさ。
 声だって最高にイケボでさ。

 キミに出会うために~♪ 僕はこの世界に生まれてきたんだ♪ キミと出会って、僕の世界は動き出した~♪ 初めて世界に色がついたんだ~♪
 
 うんうん。
 カッコいい。カッコいいよ。
 元気いっぱい榎原くんとハモる部分も最高ッスよ。美萩野くんと肩組んだ姿は、イケメン相乗効果で、さらにカッコよく感じるわ。
 歌といっしょに収録されちゃってる、観客の黄色い歓声。よくわかる。わかるのよ! あたしだって、「キャーっ!」って叫びたい。それか「カッコいい!」でジタバタ悶絶したい。
 けど。
 テレビの前。
 部屋明るくして離れて観てるあたしは、いつものように、モダモダ用クッションを抱きしめるでもなく、背筋ピン! で正座して視聴。普段なら「ウキャア♡」とか「ウヒョホイ♡」とか奇声上げまくりだけど、今のあたしはお口がムズムズしても、頑張ってお口チャック状態。
 だってねえ。

 (ずっと課長が見てくるのよぉぉぉっ!)

 あたしの背後。
 対面式キッチンで、ゴハンを作りながらこっちを見てくる課長。まるで、「夕飯を作りながら、ビデオ観てる子どもを観察してる親」みたいなんだけど。けど!

 (どっちかというと、監視されてる!)

 ふり返らずともわかる、課長の視線。
 観察じゃない。これは監視。
 あたしの一挙手一投足、不審な点がないか、看守のように見張ってる。
 早く観れてよかったね――なんて気分は一ミリも湧いてこない。
 どれだけ画面で柊くんがこっち見てスマイルしてくれても、あたし、全然「ハニャ~ン♡」できない。「キャアっ♡」って声は何度もなんども飲み込むしかない拷問。
 今、課長、どんな顔してこっち見てるんだろ。知りたいけど、怖くてふり返れない。

 「――QUARTETTO!カルテット!か」

 「ひゃい!」

 そうであります、サー!
 真っ直ぐの背筋がさらに伸びた。
 QUARTETTO!のコンサートブルーレイですが、なにか?
 恐るおそる、岩影から這い出てあたりを確かめるサワガニのように、首を動かす。

 「か、課長もQUARTETTO!、ご存知で?」

 「ある程度は。最近人気のアイドルグループだろう?」

 「そ、そうなんです、そうなんです!」

 うわ。課長のような「テレビなぞNHK、それもニュース以外は観ない」、「音楽? そんなものに興味はない」みたいな人にまで認知されてるんだ。
 成長したなあ、QUARTETTO!。

 「お前は、誰が好きなんだ?」

 「ふへ?」

 「お前なら、この……、優しそうな美萩野……だったか。こういうのが好みなのか?」

 美萩野くん?
 ちょうど画面が切り替わって、その美萩野くんのソロパートが映し出される。
 確かに彼、はんなり関西弁で、親しみやすい雰囲気だけど。

 「えっと、あたしが推してるのは、こっちですよ。この柊深雪くん!」

 パッと画面が、柊くんのアップに切り替わる。

 「彼、QUARTETTO!のなかでも一番人気で! ほら、とってもクールな感じなのに、時折『あたしにだけ!』みたいな笑顔をしてくれるんですよね~」

 ほんの一瞬。ほんの一瞬なんだけど、ちょっと意味深な感じで微笑んでくれる。それが「あたしにだけ微笑んでくれた」みたいに思えて。画面上の彼と目が合うたびに、キュン♡ってしちゃうんだ。

 「ほら、ここです! ここ! この顔、めちゃくちゃ甘くないですかっ!?」

 DVDを一時停止。
 画面いっぱいに映った、その笑顔の一瞬。

 「もう、AIが作ったんじゃないのってかんじのクールな顔立ちなのに、こうしてほんの一瞬だけ崩れるんですよ! それがまた情熱的なのにどこかかわいくて! ほらほら、このネクタイも! 彼のイメージカラー、スモーキーブルーなんですけど! すっごくサマになってません!? 彼のクールな感じが強調されててステキっていうか! 一見、地味なのに、柔らかくて温かみがあるっていうか!」

 すごくない? すごくカッコよくない?
 あたしが身につけたら、チビが強調されそうだけど、彼なら、そのクールカッコよさが増すのよねぇ。
 QUARTETTO!の四人。それぞれにイメージカラーがあるけど、そのなかでもひときわキマってるのが、深雪くん×スモーキーブルーだと思うの!
 ――って。

 (あたし、なに語ってんのよぉぉぉっ!)

 うぎゃおぉぉぉっ!
 ついうっかり、課長がQUARTETTO!を知ってるって言うから、ついつい、深雪くんの良さを布教しちゃったじゃないのぉぉぉっ!
 DVD観て、そのカッコよさを誰かに話して共有したい気持ちが育ちすぎちゃってたから。ついついついつい、爆発しちゃったわよ、課長に向けて。
 恐るおそる、受け止めてくれたであろう課長の様子を覗う。
 さっきから、一言も発しない課長だけど。

 (課長、呆れて固まってるぅぅっ!)

 こっち見て、目ぇ丸くして! 口までポカンと開いちゃってるよ! 手も止まったままだし!
 ヤバい。これは確実にやらかしました、あたし。
 「その歳になってもミーハーしてんじゃねえよ」よりキッツい、「うわあ。ナニソレ引くわあ。オタクすぎぃ」な課長の様子。

 「そうか。それほど好きなんだな」

 暴走熱弁するぐらいに。

 「はい……」

 かろうじて絞り出されたような課長の感想に、ショボンとうなだれる。
 今のあたし、とっても恥ずかしい。ぴえん。
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