オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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9.モテ期到来? ンなバカな

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 「ウサギちゃん、悪いけど、庶務課に行ってきてくれないかな」

 「庶務課、ですか?」

 どうしてあたしが?
 疑問を含みつつ、内線を受けてた先輩にオウム返し。

 「なんかねえ。この間の備品のことで訊きたいことがあるんだってさ。なるべく早く来て欲しいって言ってるのよ」

 備品?
 そういうことなら、あたしより課長に訊いたほうがいいような気がするけど。

 (あ、でも、課長、会議に出席中……)

 今、課長は経理課にいない。
 だとしたら、あの書類を作成したあたしが行くべきだよね。あたしで庶務課の方が満足できる説明ができるかどうか、わかんないけど。

 「わかりました! じゃあ、行ってきます!」

 庶務課の方も急いでるから、電話かけてきたんだし。
 それに。

 (ここで一発、ちゃんと仕事こなしたら、課長、褒めてくれないかな~)

 よくやった。
 さすがウサギだ。
 そんなこと言ってもらえたら、ラッキーじゃん。
 この間の、出張経費のことで、あたし、助けてもらったし。ここで、ちゃんと仕事をこなしたら、「がんばったな」ぐらいは言ってもらえるかもしれない。

 「すみませ~ん。経理課の者ですけど~」

 軽くノックして、庶務課に入る。
 備品倉庫の隣、庶務課は、少しガランとした味気ない部屋なんだけど。

 「やあ。待っていたよ、ウサギちゃん」

 「えと。はい。お待たせしました」

 とりあえずの挨拶を交わすけど。――ウサギちゃん?
 あたしのあだ名、こんなとこにまで広まってるわけ?

 「あの備品リストで、わからないことがあるとうかがって、それで来たんですけど……」

 庶務課らしく、黒のスラックスにブルーの作業上着を着た若い男性に話す。ってか、イケメンだな、この人。庶務課って、年配のオジさんが多い印象だったけど。
 今も、この人の後ろで、いかにも「庶務課!」ってオジさんがパソコン作業してるし。

 「あー、うん。その件は解決したからもういいよ」

 ほへ?

 「ごめんね、せっかく来てもらったのに」

 「いいですけど……」

 なんだ。あたしが来る前に、解決しちゃったのか。
 ウサギ大活躍! そして課長に褒めていただく! その目論見がアッサリ瓦解。
 でも、解決したのならヨシ! そう思おう。うん。

 「では、あたしは帰りますね」

 「待ってよ。せっかくだから、少しお話ししてかない?」

 は?
 きびすを返したあたしを、男性が呼び止める。

 「僕さ、あの大神と友だちなんだけど。アイツに恋人ができたって聞いて、驚いてさ」

 「はあ……」

 「それで、一度会ってみたかったんだよね~、アイツのカノジョ」

 もしかして。
 もしかしてのもしかしてだけど、そのために経理課を呼び出した――とか?
 いやいや、待て待て。それだと、あたしじゃなくても「別の人が説明に来ましたー!」ってこともあるわけだし。会ってみたかったのは本当だとしても、あたしに会ったのはたまたまで。そのまま「帰っていいよ」にするのは申し訳ないから、そういう雑談をまじえてきただけかも?
 どうなんだ?
 真意を確かめたくて、男性を観察するけど。う~~ん、あたしにわかるはずがない! 以上!
 わかるのは、この人もイケメンだってこと。課長がクールでおっかないイケメンだとしたら、この人は柔和で人あたり良さそうなイケメン。イケメンのベクトル違いの人。
 課長と友だちって言ってたし。この人と課長が並んでたら、QUARTETTO!じゃないけど、両極端なタイプのイケメンを拝めそうだな~って。
 ――ん? 課長のお友だち?

 「あっ、あのっ!」

 「ん? なに?」

 「課長のお名前、教えていただけませんか?」

 「名前? 大神の?」

 「そうです! あたし、課長の名前、知らなくて!」

 そりゃあ課長に訊けば教えてくれるかもしれないけど! そうじゃなくて、コッソリ調べて、『アテクシ、知ってましてよ。フフン♪』ってかんじで、サプライズで呼んで驚かしてやりたい!
 友だちなら知ってるでしょ、課長の名前!

 「アイツの名前ねえ……」

 なぜか、顎に手を当て思案し始めたイケメンさん。もしかして、友だちでも教えてもらってない、重要機密トップシークレットとか?

 「教えてもいいけど、その前に、僕の名前も覚えてほしいな」

 「は?」

 「せっかく、知り合いになれたんだから。僕の名前も覚えていって欲しいな」

 それって。
 
 (――ナンパ?)

 課長の名前を教える代わりに、僕のことも覚えてよね。アイツより、僕なんてどう? みたいな。

 (いやいやいやいや、いくらなんでもそれは自意識過剰!)

 いくらなんでも、それはない。アンタ、自分のスペックは充分理解してるんじゃないの、ウサギ!
 自分で自分を叱咤。
 いくらなんでも、こんなイケメンさんが、あたしをナンパしてくるわけないじゃない。課長の恋人役になれたからって、自惚れるんじゃないわよ。
 友だちの恋人だから。恋人の友だちだから。
 だから、名前知らないのもいろいろ不都合あるでしょ。それだけの理由よ、きっと。
 
 「――そこで何をしている」

 「ぴゃっ!」

 背後から、地獄の底から響くような低い声。驚き、数ミリ床から浮かび上がったあたしの体。

 「やあ、大神。会議は終わったのかい?」

 ふり返った庶務課の入口。そこに、恐ろしいほどオオカミの形相で、課長が立ってるというのに。
 イケメンさんは、どこまでも明るく朗らかなまま。陽気に軽口を叩く。

 「会議も何も、お前がいなけりゃ始まらんだろうが!」

 ピャピャン!
 
 イケメンさんと課長。二人に挟まれたあたしが、その声に身をすくめる。けど。

 (お前がいなけりゃ始まらない――って、ナニ?)

 言われてるのが、あたしじゃないことは確かなんだけど。
 このイケメンさん、もしかして……。

 「あの、庶務課の課長さん……ですか?」

 「は?」

 「いや、あの、だって。会議に出席しなくちゃいけなかったんですよね! でも、備品のことで問い合わせて、それで遅れて、その……」

 課長の友だちなら、別の課の課長であってもおかしくないし。でも、備品のことを済ませてからとかしてて、それで会議に遅れてたとか。
 課長がここに来たのだって、会議に遅れてるお友だち課長を呼びに来たからとか、とか!

 「ブッ……!」

 庶務課課長かもしれないイケメンさんが吹き出して。

 「ウサギちゃ……、ククッ、アッハッハッ……、き、キミって、おもしろっ……、アハハハハハッ」

 笑いが爆発した。口を開けて思いっきり笑い、そのままお腹を抱えて身をよじりだす。

 「――真白。そいつは、社長だ」

 「ほへ?」

 「山科やましなれん山科やましなグループの御曹司で、この会社の社長だ」

 「ほっ、ほえええええっ!?」

 しゃっ、社長っ!?
 この、ムカつくぐらい人のことを笑ってくる、この人がっ!?
 
 「ごめんね、ウサギちゃん」

 目尻の涙を拭って、社長が言った。

 「ホントは社長室に呼び出したかったんだけど、そうするとキミが萎縮しちゃうと思って。でも、そんなふうに勘違いされるとは……」

 ククッ。
 涙を拭っても、こらえきれなかた笑い、復活。

 「あー、でも、大神と友だちってのはホント。僕と大神は大学時代からの友だち。彼の優秀さを買って、僕を扶けてほしくて、この会社に入ってもらったんだ」

 そうだったんですか?
 視線で課長に問いかけると、頷くでもなく憮然と腕を組んだ。

 「――とにかく。山科はサッサと会議に来い。お前がいないと会議にならん」

 「わかったよ」

 微笑み程度の笑いに押さえて、社長が課長に従う。

 「大崎さん。お騒がせしてすみませんでした」

 課長が、最後に謝罪するけど。――大崎さん?
 ダレソレ、どこにいるの?――って。あ!
 部屋の奥でずっと黙ってパソコン作業をしていたオジさん。その人が、軽くこっちを見て頷いた。
 大崎さん、あまりに空気だったから、存在を忘れてた。

 「ほら、お前も謝れ、山科。昔から知ってる顔なじみだからって、ここを遊び場にするな。それも上着まで着替えて」

 課長が社長の頭をグイッと押す。

 「わかったよぉ。ごめんね、大崎さん」

 言われるままに、社長が頭を下げる。大崎さんは、さっきと同じでウンと頷くばかり。ホント、無口な人だな。
 あたしも、最後に大崎さんに頭を下げておく。

 「真白も早く経理に戻りなさい」

 「はい」

 あたしも社長と同じく課長の言葉に従う。
 ここにいるなかで、一番偉いのは社長のはずなのに。誰もオオカミには逆らえない。

 「じゃあね、ウサギちゃん、またね☆」

 どこまでも軽い社長。
 その社長の頭を小突く課長。
 そんな二人と別れて、経理課に向かって歩き出す。――けど。

 (ああっ! 結局課長の名前、教えてもらってない!)

 社長と知り合いになって、社長の名前と、庶務課の大崎さんを覚えたけどっ!

 (それじゃあ、意味ないのよぉぉぉっ!)

 ――ガックリ。
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