オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご

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23.あたしの世界を彩るもの

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 ――ヒマだ。(セカンド)

 テレビの前、ゴロンと大の字になって寝っ転がる。
 ヒマだ。どうにもヒマ。
 点けっぱなしのテレビからは、QUARTETTO!の最新曲が延々と流れてる。

 僕だけを見てほしくて~♪ キミだけを見ていたくて~♪ なんでもないふりをして、キミに近づく♪

 あたししかいないガランとした部屋に、推しの声が響く。

 「好き」ってありふれた言葉だけじゃ、つのる想いを伝えられないから~♪ 
 
 うん。
 カッコいいよね、深雪くん。
 画面いっぱいにその顔が映し出されてさ。
 声だって最高にイケボでさ。

 キミに出会うために~♪ 僕はこの世界に生まれてきたんだ♪ キミと出会って、僕の世界は動き出した~♪ 初めて世界に色がついたんだ~♪

 うん。
 そうだね、深雪くん。
 なんかよくわかるよ。
 今のあたし、なんか世界がモノクロ。色があるのに、色がない感じがするんだ。
 普段ならこうして観てるうちに、「あっ!」という間に時間が過ぎて、外は真っ暗で。「ヤバい、早く寝なくちゃ、明日仕事!」になるのに。
 窓の外の空は、まだわずかに赤くなっただけで、水色が居座ってる。そんなに時間が経ってない証拠だ。
 それに。

 チラッと画面に目をやる。
 ちょうど深雪くんが、あたしの大好きな、あの一瞬の「あたしにだけの笑顔」を向けてくれたのに。画面の向こうじゃ、会場に居たファンの方々のすごい絶叫が響いてるのに。

 ――もう、AIが作ったんじゃないのってかんじのクールな顔立ちなのに、こうしてほんの一瞬だけ崩れるんですよ! それがまた情熱的なのにどこかかわいくて! ほらほら、このネクタイも! 彼のイメージカラー、スモーキーブルーなんですけど! すっごくサマになってません!? 彼のクールな感じが強調されててステキっていうか! 一見、地味なのに、柔らかくて温かみがあるっていうか!

 あんなふうに熱弁ふるったのって誰だっけ? あ、あたしか――ってぐらい、今はときめかない。キュン♡ってきた時用のクッションはいまや、あたしのごろ寝枕だ。抱きしめることもない。

 (なんだろ、これ)

 今まで一人でいても、充分に楽しめたのに。課長がいなければQUARTETTO!を思う存分見放題、好きなだけ萌えられると思ったのに。
 いつもなら、「深雪くんー!」「ウキャアアッ♡」で、テンションがグイーンと上昇するのに。今は、テンションもペションと床に落ちてる。全然上がる気配を見せない。
 別に担降りしたわけでも推し変したわけでもないのに。カッコいいなあぐらいは思うのに、その次が来ない。
 
 (なんか作ろっかな)

 やることないし。
 DVDを止めて、ノロノロと立ち上がる。
 なんにも音がないのはさみしいので、テレビはつけっぱ。テレビから、ニュースなのかバラエティなのか、それともお店のCMなのか。よくわからない情報が流れる。
 動く気力も起きなかったせいか、立ち上がったときには、すでに外は真っ暗になっていた。
 
 「今日は、この白玉粉を、用意してるのでござる~♪ ドンドンパフパフ~!」

 イェイイェイ♪
 元気とともに、部屋の灯りも点火(?)
 課長の見送りの帰りに、せっかくだしってことで買ってきたもの。白玉粉とあずき缶。それをキッチンに並べる。
 夕飯前にこんな甘いもの食べて。
 課長が見たら怒られるかな? でも今は課長いないんだし。
 ちょっと、「親がいないのをいいことに、好き勝手満喫する子ども」の気分。
 まずは、ボールに白玉粉と水を入れる。ドサーッ。
 白玉粉と水。それを練って、適当な大きさにちぎって分ける。コネコネ。

 (粘土みたい……)

 練ったのを丸める作業は童心に帰れる。楽しい。
 それを沸かしたお湯で茹でて、その後冷水に漬ける。ドボドボ。
 取り出したツルツルモチモチっぽい見た目の白玉団子。
 後は、あずき缶の中身と水を鍋に入れて茹でるんだけど――めんどくさいからナシ。器に盛った白玉の上にそのまま載せちゃえ。冷やし(?)ぜんざいだ。

 ――次のニュースです。

 あずき、あずきぃ、あまぁ~いあずきっ♪と、鼻歌交じりだったあたしの手が止まる。

 ――……金沢区で、「爆発音が聞こえ、かなりの黒煙が出ている」などと近くの人から消防に複数の通報がありました。
 警察や消防によりますと、火が出たのは、車の修理などを行う会社の「ヤード」と呼ばれる場所で、当時、およそ150台の車が置かれていて、消防車10台がかけつけて消火にあたっていますが、まだ消し止められていないとのことです。

 (金沢で、――火事?)

 テレビに映し出される火事現場。
 真っ黒な黒煙がもうもうと、撮影するヘリコプターに迫る勢いで立ち昇ってる。
 金沢って、あの金沢? 今、燃えてるのはあの金沢?

 (大丈夫……なの?)

 この火事の起きてるとこ、課長のいるとこじゃないよね? この黒煙、課長が吸い込んでないよね? 課長、巻き込まれてないよね?

 (課長、無事だよね?)

 金沢で何してるのか知らないけど。でも無事だよね。

 「って、ちょっと! ちゃんと映しなさいよ!」

 急いでキッチンからテレビに近寄る。けど。

 ――次のニュースです。

 テレビは非情にも、原稿を読み上げるニュースキャスターの画面に切り替わる。課長があの場にいるかどうか、確認すらできなかった。

 (大丈夫、だよね? 大丈夫だよね? ね?)

 金沢ったって、広いんだし。課長があそこにいたって証拠はないんだし。
 そう思いたいのに、「不安」という雲が「焦燥」という風とともに胸に渦巻く。
 大丈夫? 本当に? 金沢が広いったって、そこに課長がいないという確証もない。無事っていう保証もない。

 (――――っ!)

 部屋に取って戻って、カバンを引っ掛ける。それとスマホも。
 って、ええい! なんでこんなに荷物が持ちにくいのっ! スマホ、持てないじゃない!
 靴を履くのももどかしいっ! なんでっ! なんでこんなっ!
 早く。早くしないと、課長がっ! 課長がっ!

 ――ちゃんと鍵を締めろよ。

 そうだ。そうだ、鍵っ! えっと、鍵っ、どこだっ!?
 鍵かけないと、課長に叱られちゃうっ!

 「――真白?」

 ほら、ちゃんと鍵を取り出さないから、課長に見つかっちゃったじゃな――って。

 「か、ちょう……?」

 驚き、ふり返ったそこに、朝見たのと同じ課長の姿。

 「お前、そんなあずき缶持って。どこ行くつもりだ?」
 
 あずき缶?
 って。うわわ! どうりで、あたしの手が不自由なはずだ。
 だって、ずっとあずき缶を握りしめてたんだもん。

 「顔にも白い粉ついてるぞ?」

 近づいてきた課長が、あたしの頬を親指で拭って笑う。
 あたしを見る課長の、ニッと口角を上げた笑い。オオカミのように鋭いくせに、とても柔らかな、あたしにだけくれる眼差し。

 「課長、出張は?」

 「予定より早くに仕事が終わったのでな。帰ってきた」

 「課長、火事は?」

 「火事?」

 「なんかボンッて爆発して、こう真っ黒な煙がモクモクして、ブワーって、ガーって広がって……っ!」

 えっと、こんなぐらい、真っ黒ですごいの!
 身振り手振りで黒煙を再現。

 「落ち着け、真白」

 そのあたしの頭に、ポンっと課長が手を載せた。

 「それって、このニュースか」

 手早くスマホで検索した課長。その記事のある画面をあたしに見せてくれた。

 「そう、これです! これ!」

 この真っ黒の煙モクモクのやつ!

 「お前、これ、横浜のニュースだぞ」

 おへ?

 「神奈川県横浜市金沢区。俺がいたのは、石川県金沢市。全然違うだろうが」

 そうなの?
 さっきのニュースの金沢と、課長のいた金沢は別物? 別の場所?

 「よかっ……た」

 「真白? おい、真白!」

 「よかった。よかったですぅ……っ!」

 体から力が抜け、ペタンと床に座り込む。

 「かちょぉが無事でっ……! よかったれすぅ……っ!」

 うわあぁぁんっ!
 うわぁぁんっ! うえぇぇん! ヒックヒック。
 安心したら感情と涙が爆発した。
 神奈川県横浜市金沢区の人には申し訳ないけど。
 あたし。課長が。課長が無事でホントに良かったよぉ。
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