無愛想な婚約者の心の声を暴いてしまったら

雪嶺さとり

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第4話

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「一体どうなってるの……?」

ルーシャはすっかり、何が何だか分からないと困惑してしまった。
ウィラードは自分のことが嫌いだったはずなのに、愛しているなんて。

「ルーシャ、俺はずっと君のことが好きだったんだ。ルズベラ嬢とは、君が思っているような関係ではない!」

「そんなまさか。だってあなた、私には全然笑ってくれないし会話をしてもつまらなさそうなのに、シエンナさんといる時はずっと楽しそうだったわ。それに、さっきだってシエンナさんの美しさを褒めていたじゃない」

「あれは違う!遠回しにこれ以上近寄るなということと、化粧がけばけばしいということを伝えたかったんだ……!」

「え」

シエンナが一気に表情を崩す。
確かに、少し近すぎると言っていたし、眩しすぎるが化粧がケバいの意味でならそうなるだろう。

「で、でもダンスも踊るって……」

「『今日』の『一曲目』は、なんだ!一度だけ要求をのんでやるから、二曲目も踊るだとか、次の舞踏会でも踊るだなんてことは無いと言いたかったんだ!」

「ど、どうしてもそんなことおっしゃるのよウィラード様!」

シエンナがウィラードの腕を掴もうとするが、ウィラードはさっと身を翻して避けた。
それから、今までの涼やかな表情から想像出来ないくらいに嫌悪感を露にした表情になる。

「ルズベラ嬢がしつこいのは正直嫌で嫌で仕方がなかった」

「なんですって!?」

甲高いシエンナの悲鳴が響く。

「だが、ルズベラ嬢はルーシャの友人なのだろう。適当にあしらって万が一怒らせてしまったら、粗暴で失礼な男だとルーシャに思われないか不安で……」

(友達、ではないかな……)

何となく、見えてきた。
どうやらシエンナは、ウィラードへルーシャの友人として近づいたようだった。
友達でもなければ、それほど親しいわけでもない。
けれど、そう名乗ればまず相手にされないことはないと確信があったということだ。
ウィラードはシエンナの事が好きではなかったが、シエンナがルーシャの友人を名乗って近づいたことで、ルーシャを思うあまりに避けようにも避けられなくなったのだろう。

「直接、ルズベラ嬢にしつこいと伝えたくても、そのまま言ってしまえば傷つくと思い、こういう時は遠回しに伝えることが優しさだと教わったんだ。君の友人なのだから、丁重に扱わなければ。それに、俺が気遣いのできない男だとルーシャに思われたらと想像すると、どうにも困ってしまったんだ」

元々口数の少ないウィラードが、あんな文句を覚えてくるなんてと不思議に思っていたが、行き過ぎた気遣いの結果だったとは。

「そんなわけないわ。誰が、あなたが粗暴で失礼な男だなんてこと思うの?」

「ほら、俺は昔から、顔が怖いと周りから遠ざけられてきただろう?友人も少ないし、君を楽しませてあげられる話だってできない」

「……ん?」

何かがおかしいような。

「それで、優しくて完璧な婚約者になれるように努力をしたんだ。女性にはどんな対応をすれば良いのか、どんなことを言えば喜んでもらえるのかも学んだんだ」

自信満々な表情のウィラード。
ウィラードは遠ざけられていたのではなく、その凛とした佇まいに近寄り難いと羨望の眼差しを遠くから受けていただけだったのだが、そんなこと本人の知る由はなく、大きな誤解を生み出していた。
どうやらウィラードにはまだまだ誤解があるようだ。

「一応聞きますけど……学んだって、誰に」

「隣国で教わった。どうすればルーシャに愛される男になれるのかと、振る舞い方を身につけてきたんだ」

だから急に百戦錬磨の色男みたいなことになっていたのか。
一体誰なんだ、ウィラードにそんなことを教えた人は。

「……あなた、隣国で何を学んできたの?」

「錬金術だ」

「嘘でしょう!?それってどんな錬金術なのよ!?」

隣国、恐るべし。
なんとかため息を飲み込んで、話を続けようとする。

「ともかく、だったらどうして私にはそういう振る舞いをしてくれなかったんです?」

ルーシャに対しては、留学する前ならまだしも、帰ってきても態度は変わらなかったではないか。
やっぱり本当はルーシャのことが好きではないのだろうと問いただしてみたところ。

「それは……君があまりに可愛いものだから、緊張してしまって、練習の成果が発揮できなかった。俺の未熟さ故に、君に辛い思いをさせてしまったんだ。本当に申し訳ない。謝っても許されはとは思っていないが、どうか謝らせてくれ」

ウィラードは膝を着いて、ひたすらルーシャに謝る。

「ちょっと、ウィラード!?」

「本当にすまなかった……!君の前では緊張してしまって、どうにも出来なくなるなんて言い訳にしか過ぎないけれど、本当にそうなんだ。どうでもいい令嬢には教わった通りの対応ができるのに、君相手ではどうにもならない。好きすぎて、自分が自分でいられなくなるんだ!」

真っ赤な顔で叫ぶウィラードに、周囲は唖然としていた。
今のウィラードには凛とした貴公子の面影もなく、ただひたすらにルーシャに愛を伝えるのに必死な青年だった。

「ルーシャは俺にとって、直視することが出来ないほどの眩い輝きであり、俺の一生の希望でもあるんだ。好きすぎておかしくなるなんて、馬鹿げた話、信じてくれなくたっていいんだ。今の俺には、君の婚約者である資格なんてないんだ」

直視することが出来ないほどの輝き。

(だから、目も合わせてくれなかった……?)

長年の積もりに積もった誤解が紐解かれていく。

「君に相応しい男になろうとするあまり、俺は大切なことを見失っていたようだ……」

こんな情けない顔のウィラードは初めて見た。
それほどまでにルーシャの心を繋ぎ止めるのに必死で、言い換えれば、普段の麗しい表面を脱ぎ捨ててしまえるほどにルーシャを想ってくれているのだ。

「許してくれ、なんて言わない。だがどうか、この想いを伝えさせてくれないか。もう取り繕うのはやめる。これからは素直に愛を伝えよう」

「じゃあ、今までお茶会でつまらなさそうだったのも、手紙の返事をなかなかくれなかったのも……」

「ああ。君と二人きりなんて、緊張しておかしなことでも口走らないか怖くて、自分を律するのに必死だった。手紙も、内容を何度も考え抜いて何十枚も書き損じているうちに、返事をするのがはばかられるぐらいに時間が経ちすぎてしまった」

「そ、そんなに……」

「君から貰った手紙はひとつ残らず大切に保管してあるし、プレゼントも綺麗に飾って大切にしてあるんだ!」

「えぇ……」

どんどんウィラードの本性が暴露されていく。
それも、他でもない自分自身の手によって。

「でも、一つだけ……五歳の時にくれたハンカチは、今もずっと大切に使っている。いつだって肌身離さず身につけているんだ」

ウィラードが上着の内側から取り出したのは、色あせた小さなハンカチだった。
それを見て、ルーシャは昔それを彼にプレゼントしたことを思い出す。
ちょっと下手な刺繍は、間違いなくルーシャのものだ。
一生懸命、彼の名前を練習して作った。
大切にしてくれたら嬉しいなと、心を込めて作ったのだが、今も大切にしてくれていたなんて。

(嬉しい……本当に、ずっと使ってくれていたんだ)

「ウィラード……」

「ルーシャ、愛している。もう二度と君を悲しませたりなんかしないと約束しよう」

その真摯な眼差しは、真っ直ぐにルーシャのことを見つめてくれている。
これが、今まで隠されていた無愛想な彼の本心だった。
ノーランの言ってくれた通りに、ウィラードはルーシャのことを愛してくれていたのだ。

だがそれを良しとしない人物がここにはいる。

「ちょっと待ちなさいよ!わたくしのことはなんだって言うのよ!?」

見つめ合う二人を引き裂くように、見ているだけだったシエンナがウィラードに詰め寄る。

「君は、ルーシャの友人なのだろう?友人だから親切にするべきだと思って対応していただけで、本当に君にはなんの感情もないんだ。誤解させてしまってすまない」

「こんな女、友達なんかじゃないわよ!ふざけないでちょうだい!」

シエンナは金切り声でそう吐き捨てた。
こんな女、という言い方にウィラードが眉を顰めた。

「せっかく侯爵夫人になれると思ったのに!許せないわ!騙したのね!?」

「なっ、騙したのはそっちじゃないか!友人ではなかったのか!?じゃあ、今まで君が教えてくれたルーシャの好きな物や最近の流行り、理想の男性像は嘘だったのか!?」

「当たり前よ!そんなの知るわけないわよ!能天気に生きてるお嬢様のことなんか何にも知らないに決まってるわ!そもそも、わたくしに簡単に騙されるあなたにも責任があるんじゃなくて?」

そう言われて、ウィラードはがっくりと肩を落としてしまう。

「確かに、そう言われても仕方がないな……。俺は、ルーシャを悲しませることしか出来ない、馬鹿な男だ……」

もはや、シエンナのことは視界にすら入っていないようだった。
というより、最初からウィラードが見ていたのはルーシャだけだったのだ。
シエンナに近づくことを許したのも、少しでもルーシャの情報を得るためであって、シエンナ本人には何ら興味はない。
それをシエンナは自分に興味を持ってくれたのだと勘違いして、舞い上がっていたのだろう。
こちらを見向きもしなくなってしまったウィラードに、シエンナはギリっと歯ぎしりをしながら、人々を押し退けてダンスホールから出ていく。

(じゃあ、結局全部最初から、勘違いだったってこと……)

すれ違い、誤解したままで、ようやくウィラードの本心が明らかになった。

「ウィラード、顔を上げて」

「ルーシャ……」

いつもは凛々しい顔が、今はどこかちょっと情けなくて、くすりと笑ってしまう。

「あなたの気持ちはよく分かったわ。私たち、やり直しましょう。もう一度、最初から」

「ルーシャ……こんな俺でも、いいのか?」

「ええ、もちろん。もう一度、お茶会をして、一緒の時間を過ごしましょう。楽しくなくても、かっこよくなくてもいいの。そのままのあなたでいてね」

「ルーシャ……!」

ウィラードにぎゅっと抱き締められる。
こんな風にされたのは初めてだ。
びっくりしたけれど、その優しい温もりが心地よかった。
自分たちに必要だったのは、心を暴く薬なんかじゃなくて、お互いに向き合って話をすることだったのかもしれない。
ウィラードの笑顔を見て、ルーシャはそう思った。

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