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祭りのあと
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思ったよりも遅くなってしまった。菊子は今、どこにいるのだろう。「rose」に帰ってきた蓮は、菊子にメッセージを送る。しかし菊子の返信はない。
電話をしてみたが、繋がらなかった。首をひねって蓮はもう一度連絡をしてみようと思った。
「……菊子ちゃん?」
「あぁ。繋がらない。」
「何時だと思ってんの。もう寝てるわよ。」
時計を見ると二時を指していた。遅くなりすぎたのだ。
「くそっ。こんな時に……。」
「バーが屋台してるのに、普通に終わる訳ないじゃない。バカねぇ。」
百合のかんに障る笑いが始まり、ますます不機嫌になる。
「今日こそはって思ってたのに。」
「……あんた、ずいぶん変わったわねぇ。」
「何が?」
「美咲の時は、そんなこと無かったのに。音楽、仕事、生活、それしか言ってなかったわ。」
「……。」
「いい傾向じゃない。」
「……だとしたら菊子が変えてくれた。いい出会いをしたものだ。」
「そうね。」
そのとき蓮の携帯電話に着信があった。急いでそれを見ると、そこには見たことのない電話番号が通知されている。
「もしもし?」
電話にでると、聞いたことのあるような低い声の男の声がした。
「戸崎蓮君かな。」
「はい。」
「永澤剛と言うものだが。」
「あ……お父さんですか。」
「まだ君にお父さんと呼ばれることはないと思うんだが、まぁいいよ。ちょっと遅い時間だが、ちょっと出てきてくれないだろうか。」
「俺、今仕事が終わって戻ってきたので行けます。どこに行けばいいですか?」
剛が指定したのは、繁華街の北側にある少しはずれたビルだった。
繁華街の北側は、菊子を送るときくらいしか用事はない。あまりにもかけ離れているような世界だと思ったからだ。
実際、剛が指定した店も薄くジャズがかかり、薄暗く、雰囲気のあるワインバーでちゃんとしたソムリエがいるようなところだった。
「rose」でも百合がこだわっているのと、本社のこだわりもあって炭酸で割ったら出来るようなジントニックは提供していない。ジンの指定もきくような店だ。
だがここは違う。コルクで丁寧に抜いたワインを、専用のワイングラスで飲むようなところで、つまみとして出されたナッツもチーズも一つ一つこだわりがあるようだ。
少し気後れしながら、剛と英子はそのワインを飲んでいた。もう一本あけているらしく、ほんのりと顔が赤い。
「悪いね。もう少し飲みたいと思ってたんだが、フルボトルは少しきついかと後悔し始めたときに、君を思いだしたんだ。」
「えぇ。話もあったしちょうど良かった。」
ワインを注がれてそれを口に含むと、飲んだことの無いような深い味わいがした。
「……今日、菊子を送ってくれたのは君じゃないんだろう?」
「えぇ。玲二です。ドラムをたたいていた、うちのメンバーです。」
「それが不満だわ。」
英子はそういってワインを口に運ぶ。
「……どうしてですか?」
「だって普通、男と女が歩いて帰ってて何もないわけはないでしょ?あなた全く不安に思わないの?」
「そんなことを気にしませんよ。玲二ですから。」
「……ずいぶん信用しているんだね。」
「そんなことをすれば、痛い目を見るのはあっちですし。」
「おぉ怖い。」
そういって英子は笑った。思えばマスク姿ばかりで、素顔を見るのは初めてかもしれないが、あまり菊子には似ていない。菊子は父親によく似ている。体だけではなく、顔立ちも似ているように思えた。
「俺も仕事があるし、あっちにも事情がある。それを無理に引き留めようとは思いません。」
「……ずいぶん大人ぶった発言だ。」
「そうですか?」
「つきあってそんなに時がたってなければ、四六時中居たいと思うと思うもんじゃない?」
「確かにそうですけど、鎖に繋いでおいて置くわけではないので。それに……菊子は料理人になりたいと言ってました。」
「そう。それなのよ。」
英子はいきなりその言葉に、反応した。
「何か?」
「何が悲しくて料理人なのよ。あれだけ歌えるのよ。卒業したら、すぐにでも私たちのところに来て欲しいのに。」
「え?」
ワインに手を伸ばして、止まった。
「それは君の勝手な計画だ。菊子には菊子の人生がある。ほめることをしなかった私たちにも責任はあるが、あれだけの聴衆から声援を受けることはなかっただろうから、やはりバンドを続けたいと思うのは当然だろう。」
「……バンドをしながら料理人をするっていうの?無理でしょ?あの子、そんなに器用じゃないもの。」
「それは同意見だ。蓮君。君はどう思う?」
ワインを口にしたあと、グラスを置く。
「そうですね……。そんなに器用ではないことはだいたいわかってました。でも若いうちはいろんなことをしてみたいモノです。俺もそうでした。興味のあることを片っ端からしていた時期もありましたね。」
「まるで年寄りみたいな言い方ね。」
「……でも結局、一番大事なモノを失いました。だから……今度は逃したくないと思ってます。菊子が何をしたくても、俺は俺のやりたいことをするし、菊子のさせたいようにさせればいいと思います。」
その言葉に二人は気まずそうに顔を見合わせた。そして剛が聞く。
「蓮君は、本当に年寄りのようだ。本当に二十一歳なのか?」
「免許証を見せましょうか?」
「結構よ。お母さんが気に入るのもわかる気がするわ。何をしても私たちはもう何もいいたくないし、言う権利はないわ。でも一つだけ約束して。」
「何を?」
「避妊だけはしてよ。あたし、この歳でお婆さんにはなりたくないわ。」
「それは気をつけます。」
そういって蓮は少し笑った。だが剛は少し気がかりなことがある。
「蓮君。」
「はい?」
「大事なものを無くしたと言っていたが、それは前の恋人か?」
「いいえ。妻です。」
「あら。結婚してたの?」
「十代の頃ですし、半年も持たなかったです。俺が気がつけなかったから、バカだったし。」
「そう卑下するものではない。自分の価値がなくなるよ。フフ。俺と一緒だな。」
「あなた。」
そういえばこの人も再婚だと言っていた。前の奥さんのことはあまり知らない。
「一つ、君には伝えておかないといけないかな。」
「あなた。それは……。」
「いずれ知ることになる。だから言っておいた方がいい。菊子も知らないことだ。」
その告白に、蓮は驚いて彼らを見た。すると英子はうっすらと涙を浮かべていた。悔しかったからだろう。
電話をしてみたが、繋がらなかった。首をひねって蓮はもう一度連絡をしてみようと思った。
「……菊子ちゃん?」
「あぁ。繋がらない。」
「何時だと思ってんの。もう寝てるわよ。」
時計を見ると二時を指していた。遅くなりすぎたのだ。
「くそっ。こんな時に……。」
「バーが屋台してるのに、普通に終わる訳ないじゃない。バカねぇ。」
百合のかんに障る笑いが始まり、ますます不機嫌になる。
「今日こそはって思ってたのに。」
「……あんた、ずいぶん変わったわねぇ。」
「何が?」
「美咲の時は、そんなこと無かったのに。音楽、仕事、生活、それしか言ってなかったわ。」
「……。」
「いい傾向じゃない。」
「……だとしたら菊子が変えてくれた。いい出会いをしたものだ。」
「そうね。」
そのとき蓮の携帯電話に着信があった。急いでそれを見ると、そこには見たことのない電話番号が通知されている。
「もしもし?」
電話にでると、聞いたことのあるような低い声の男の声がした。
「戸崎蓮君かな。」
「はい。」
「永澤剛と言うものだが。」
「あ……お父さんですか。」
「まだ君にお父さんと呼ばれることはないと思うんだが、まぁいいよ。ちょっと遅い時間だが、ちょっと出てきてくれないだろうか。」
「俺、今仕事が終わって戻ってきたので行けます。どこに行けばいいですか?」
剛が指定したのは、繁華街の北側にある少しはずれたビルだった。
繁華街の北側は、菊子を送るときくらいしか用事はない。あまりにもかけ離れているような世界だと思ったからだ。
実際、剛が指定した店も薄くジャズがかかり、薄暗く、雰囲気のあるワインバーでちゃんとしたソムリエがいるようなところだった。
「rose」でも百合がこだわっているのと、本社のこだわりもあって炭酸で割ったら出来るようなジントニックは提供していない。ジンの指定もきくような店だ。
だがここは違う。コルクで丁寧に抜いたワインを、専用のワイングラスで飲むようなところで、つまみとして出されたナッツもチーズも一つ一つこだわりがあるようだ。
少し気後れしながら、剛と英子はそのワインを飲んでいた。もう一本あけているらしく、ほんのりと顔が赤い。
「悪いね。もう少し飲みたいと思ってたんだが、フルボトルは少しきついかと後悔し始めたときに、君を思いだしたんだ。」
「えぇ。話もあったしちょうど良かった。」
ワインを注がれてそれを口に含むと、飲んだことの無いような深い味わいがした。
「……今日、菊子を送ってくれたのは君じゃないんだろう?」
「えぇ。玲二です。ドラムをたたいていた、うちのメンバーです。」
「それが不満だわ。」
英子はそういってワインを口に運ぶ。
「……どうしてですか?」
「だって普通、男と女が歩いて帰ってて何もないわけはないでしょ?あなた全く不安に思わないの?」
「そんなことを気にしませんよ。玲二ですから。」
「……ずいぶん信用しているんだね。」
「そんなことをすれば、痛い目を見るのはあっちですし。」
「おぉ怖い。」
そういって英子は笑った。思えばマスク姿ばかりで、素顔を見るのは初めてかもしれないが、あまり菊子には似ていない。菊子は父親によく似ている。体だけではなく、顔立ちも似ているように思えた。
「俺も仕事があるし、あっちにも事情がある。それを無理に引き留めようとは思いません。」
「……ずいぶん大人ぶった発言だ。」
「そうですか?」
「つきあってそんなに時がたってなければ、四六時中居たいと思うと思うもんじゃない?」
「確かにそうですけど、鎖に繋いでおいて置くわけではないので。それに……菊子は料理人になりたいと言ってました。」
「そう。それなのよ。」
英子はいきなりその言葉に、反応した。
「何か?」
「何が悲しくて料理人なのよ。あれだけ歌えるのよ。卒業したら、すぐにでも私たちのところに来て欲しいのに。」
「え?」
ワインに手を伸ばして、止まった。
「それは君の勝手な計画だ。菊子には菊子の人生がある。ほめることをしなかった私たちにも責任はあるが、あれだけの聴衆から声援を受けることはなかっただろうから、やはりバンドを続けたいと思うのは当然だろう。」
「……バンドをしながら料理人をするっていうの?無理でしょ?あの子、そんなに器用じゃないもの。」
「それは同意見だ。蓮君。君はどう思う?」
ワインを口にしたあと、グラスを置く。
「そうですね……。そんなに器用ではないことはだいたいわかってました。でも若いうちはいろんなことをしてみたいモノです。俺もそうでした。興味のあることを片っ端からしていた時期もありましたね。」
「まるで年寄りみたいな言い方ね。」
「……でも結局、一番大事なモノを失いました。だから……今度は逃したくないと思ってます。菊子が何をしたくても、俺は俺のやりたいことをするし、菊子のさせたいようにさせればいいと思います。」
その言葉に二人は気まずそうに顔を見合わせた。そして剛が聞く。
「蓮君は、本当に年寄りのようだ。本当に二十一歳なのか?」
「免許証を見せましょうか?」
「結構よ。お母さんが気に入るのもわかる気がするわ。何をしても私たちはもう何もいいたくないし、言う権利はないわ。でも一つだけ約束して。」
「何を?」
「避妊だけはしてよ。あたし、この歳でお婆さんにはなりたくないわ。」
「それは気をつけます。」
そういって蓮は少し笑った。だが剛は少し気がかりなことがある。
「蓮君。」
「はい?」
「大事なものを無くしたと言っていたが、それは前の恋人か?」
「いいえ。妻です。」
「あら。結婚してたの?」
「十代の頃ですし、半年も持たなかったです。俺が気がつけなかったから、バカだったし。」
「そう卑下するものではない。自分の価値がなくなるよ。フフ。俺と一緒だな。」
「あなた。」
そういえばこの人も再婚だと言っていた。前の奥さんのことはあまり知らない。
「一つ、君には伝えておかないといけないかな。」
「あなた。それは……。」
「いずれ知ることになる。だから言っておいた方がいい。菊子も知らないことだ。」
その告白に、蓮は驚いて彼らを見た。すると英子はうっすらと涙を浮かべていた。悔しかったからだろう。
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