夏から始まる

神崎

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祭りのあと

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 まるで下宿屋のようなアパートで、今時こんなアパートがあったのかと思う。木造のアパートの一番上には時計があったが、合っていないらしくずっと十時十分だ。
 ドアを開けると靴箱があり、一号室、二号室とあるが一足ほどしか入れれない。
「靴、悪いけど持ってきて。部屋の中に靴箱あるから。」
 武生は泥だけ払うと、その建物の中に入った。薄暗い廊下なのは、おそらくいろんなモノが共同だからだろう。
「お帰り。知加子ちゃん。」
 角から出てきたのは、白髪の腰の曲がったおばあさんだった。
「ただいま帰りました。管理人さん。」
「お客さんかえ?」
「はい。ちょっと事情があって一晩お世話をすることになって。」
「一晩と言わず、二晩でも泊まっていけばいいのに。」
 まるで化け物のような笑い声をあげて、元の部屋に戻っていく。
「悪気はないのよ。武生君。」
「わかりますよ。」
 しんと静まった廊下だ。洗面台が部屋にないらしく、ドアの向かいには共同の洗面台が、まるで学校の手荒い場のように並んでいる。
 階段を上ると階段はきしみ、登り切った突き当たりにはガラス張りのドアがあり、向こうはベランダになっているらしい。そしてもう一つのドアはトイレとシャワールーム。
 あとは一階と同じような作りをしていて、知加子はその一番奥の部屋のドアの鍵を開ける。
「シャワー、いつでも使っていいけど百円で二十分だから。」
「……。」
「使ってるときは、中の札をかけないと勝手に開けられるわ。」
 ドアを開けると、少しお香のにおいがした。そして電気をつけると、中の様子がわかる。小さなキッチンと、ベッド、梱包する段ボールと雑貨が所狭しとおいてある。そしてこの部屋は煙草のにおいがした。
「意外でした。」
「そう?あたし半分くらいこの国いないし、これくらいで十分かなって。管理人さんも大家さんもいなくても何にも言わないし、郵便物は受け取ってくれるし、便利じゃない。」
 靴箱は入り口のカラーボックスらしく、そこに入れると武生も中に入った。
「そう言っても……。」
「今でこそ親は何もいわないけど、ほら、うち両親とも教師だったのよ。だからあたしがアフリカとか、世界中を見て回ってるのもイヤな顔してたし、店開くときは「お金は出さないからな」って言われたのよ。」
 煙草に火をつけて、座るように促した。ベッドに腰掛けて並んで座っていても、どこかどきまぎする。こんな状況は慣れているはずなのに。
「今は理解してくれてますか?」
「そうね。店に来ることもあるし、ほら、うち姉が子供が産まれたの。そのお祝いに家にこの間行ったわ。」
 その姉とは啓介の妻のことだ。その啓介は、おそらく梅子と不倫している。それをきっと知加子は知らない。
「それよりシャワー浴びる?そこの入り口にシャンプーとかあるから、勝手に持って行って。」
 そう言って知加子はエアコンのスイッチを入れた。蒸し風呂のような部屋が少しはこれで涼しくなるのかもしれない。
「そうですね。汗かいたし。」
「何か着るモノを出しておくわ。それから寝るところもね。」
 その言葉に武生は少し違和感を感じた。別々に寝るつもりなのだろうか。女の一人暮らしに男がやってきて、何もないと思っているのだろうか。
 下着まで出してくれて、お風呂セットを手にさっきのシャワールームへ向かう。すると髭面の中年の男がシャワールームから出てきた。
「ん?兄ちゃん、見ない顔だな。」
「あ……。」
「あぁ。知加子の客?あいつにもやっと春が来たかぁ。」
「……。」
「知加子の部屋の隣、誰もいないから声出しても全然こっちには聞こえねぇから安心しろよ。」
 そう言って男は手前の部屋に入っていった。
 やはり男が来ると言うことはそういうことなのだろう。それが普通だ。なのに知加子はまだ武生を意識していないのだろうか。

 シャワーを浴びた知加子の髪は、アフロヘアだと思っていたのに濡れているとただ強いパーマをかけている普通の髪型に見えた。
「さっぱりしたわ。さてと……。」
 タンクトップを着ていると、大きな胸が強調されている。それに半パンを履いていると、イヤでもその細い足が目に留める。目の毒だ。
 だが知加子は気にすることもなく、小さな冷蔵庫からビールを取り出した。
「あー。ノンアルコールって、水しかないわ。」
「それでいいです。」
「そう?悪いわね。」
 テーブルを避けられて、布団が敷いてある。タオルケット代わりの麻の布もおいてあったし、枕代わりのクッションもおいてある。本気で別々の布団で寝るつもりなのかもしれない。
「知加子さん。」
 たまらずに声をかける。すると知加子はビールをあけて、ベッドに腰掛けたまま武生をみる。
「ん?」
「何にもないと思ってます?」
 その言葉に知加子は少し笑う。
「何かしたいの?」
「する気で来たんです。」
「……そうだね。健康な高校生だもんね。」
 バカにされた気がした。武生は思わず、知加子の手に持っているビールを奪い取り、ベッドサイドに置いた。そしてそのまま知加子の唇にキスをする。
 最初から舌を入れて、激しく舐め回した。
「ん……。」
 そしてそのまま知加子を押し倒す。唇を離してもまた繰り返し、そのタンクトップの上から胸に触れた。
「ちょっと……ちょっと待って。」
「待てませんよ。知加子さんだってほら。こんなに服の上から立ってる。」
「待ってって……。」
 力ずくで武生の体を離した。
「……ごめんね。はぐらかすようなことをして。」
「……。」
「正直言うわ。怖いのよ。」
「え?」
「この歳まで処女だったのよ。そんなこと必要ないと思ってたから。でも……あたし……あなたに触りたいと思ってる。それが怖くて。」
「……知加子さん。」
「肌に触れたいって……あなたの温もりを感じたいって。でも怖い。」
 すると武生はそのベッドの上に座り直して、知加子に頭を下げる。
「すいません。そんなことも知らないで。俺も……初めての人は初めてで……。怖いとか思ったこともなくて……。」
「……だったら、お互い初めてね。フフ。」
 笑う知加子が可愛いと思えた。すっぴんで飾り気がないし、いつものお香の匂いもしないのに、可愛いと思えた。
「ビール。もらっていいですか?」
「未成年よ。」
「緊張するから。」
 そういってベッドサイドに置いた缶ビールを、口に運んだ。酒を美味しいと思ったことはない。だが喉がからからで、潤すにはちょうどいい気がした。
「あら。倒れないでよ。」
 そしてその缶ビールを、また知加子に手渡す。
「……美味しかった?」
「正直、そんなに。」
「今からだわ。美味しいって思えるの。」
 そして缶ビールを二人で一本飲み終えると、武生は少し乾きかけた知加子の髪に触れる。そして先ほどとは違う優しいキスをした。
「優しくしてよ。」
「……はい。」
 ベッドに押し倒すと、そのタンクトップを脱がせた。誰よりも綺麗な裸体が、そこにはあった。
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