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温泉街
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朝早く、蓮は百合と一緒に軽トラに荷物を積む。ビールやカクテルを作るための酒、ジュースなどを積む。つまみは簡単なもので、夕べ蓮が作った。といっても、ナッツやクラッカーなどに一手間加えた物だったが。
つまみに少し手を加えることを助言したのは菊子だった。つまみは買った物をそのまま渡すよりも、少し手を加えただけで客は喜ぶものだと。蓮や百合ではその発想はなかっただろう。だがそれが客に受け入れられるかはわからない。
行くところは温泉街だ。おそらく客は耳も舌は肥えているだろう。だから菊子はそうした方が良いと助言したのだ。
軽トラにベースやアンプも積み込むと、蓮の運転で町を離れる。高速道路を使えば、二時間ほどで到着するだろう。
「本社は、祭りに出るのは良いといっているのか。」
「売り上げがいいのよ。祭りは。店でするよりも単価も上がるし、材料費も店でするよりは高くない。でもまぁ酒造メーカーに言わせると、良い広告になって欲しいとは思っているみたいね。」
「まぁ……そっちの方が都合がいいだろうからな。」
信号に捕まって、蓮は煙草に手をのばす。
「菊子ちゃんは昌樹さんたちと行くんでしょう?」
「あぁ。」
「部屋は?」
「昌樹たちのバンドの中には女がいる。その女たちと相部屋になるらしい。」
「へぇ……。あんた、それでいいんだ。」
「どういうことだ?」
信号が変わり、蓮はアクセルを踏む。
「あの料理人の子もいないし、棗もいない。そんな中だったら二人でいれる時間が欲しいんじゃないかって思っただけよ。あたしなら、他に宿を取るわ。」
「ヘルプで頼まれているだけだ。そこまでわがままは言えないだろう。」
「わがままねぇ。」
それがわがままなのだろうか。恋人同士が二人でいたいと思うのが自然だと思うのだが、蓮はやはり菊子が一番というわけではない。
百合の拳がぎゅっと握られた。
温泉の臭いのする町は、石畳の町でもある。山間で坂が多く、川岸には無料の温泉場があった。しかし外からは丸見えで、しかも混浴。入るのは猿か年寄りしかいないらしい。
山に入り山を切り崩した広い広場に、野外ステージが組まれている。そしてその脇に屋台がでてテーブルやいすの上にはテントもあるが、ほとんどは芝生にシートやござ、テントなどを君で音楽を楽しめるようにしている。
その一角に「rose」の屋台があった。ほとんどがTシャツとジーパンばかりのスタッフの中、百合のゴシックロリータファッションはとても目立つ。
「町じゃ珍しくないんだけどねぇ。」
この暑いのにベロア生地のワンピースを着ていた。暑さには強いのかもしれないが、熱中症にはなるかもしれない。蓮はどこかでスポーツドリンクが買えないかと、周りを見渡した。するとそこに見覚えのある人が目に留まる。
「……棗?」
その名前に百合も驚いたようにそちらを見た。
棗は「rose」の屋台を見つけると、笑顔で近づいてくる。
「よぉ。」
「お前、店は良いのか?」
「店の奴に任せてきた。それにこの奥のもう少し行ったところに牧場があるんだよ。そこでチーズやらハムやら貰ってきた。すげぇうまそうなの。」
「……。」
それが口実ではない。絶対違う。ここに菊子が来ることを知っているから棗は来たのだ。
「チーズやハムなら生物ね。今日帰るの?」
「んー。どうだろうな。お前等のステージ観て帰ろうかと思ってて。」
「俺らの出番は夕方だ。そこまで居るのか?音楽が嫌いだと言っていたのに。」
「別に嫌いじゃねぇよ。この間合わせて、またギター出したわ。」
「バンドでもするのか?」
「さぁな。趣味でする分にはかまわないと思ってる。」
棗は驚異だ。音楽も出来て、料理も出来る。菊子にとってこれ以上無い師匠になれるだろうから。だが師匠と弟子の枠をきっと越えたいと棗は思っている。
嫁にしたいと言っていたのだ。だから菊子を近づけたくない。
「菊子は歌わない。お前が気に入っているのは菊子の歌だろう?」
「……別に歌は聴かなくても良いよ。お前が屋台している間に、菊子に近づいてやろうか。」
その言葉に、蓮は思わず手に持っていた氷を落としそうになった。
「お前……。」
「冗談。生物だし、さっさと帰るって。バカ。蹴るんじゃねぇよ。」
蓮の足が弁解しようとしていた棗の足にヒットしたのだ。大げさに痛がりながら、棗は周りを見る。
「良いところだな。」
「あぁ。」
「今日、あれか?菊子と泊まるんだろ?」
「いいや。菊子は昌樹さんたちのバンドの女たちと相部屋だ。俺もそっちに便乗して、朝に帰る。」
「……ふーん。」
「何だ。」
蓮は不機嫌そうに棗を見下ろす。
「……せっかくの温泉場なのに清いんだな。まるで高校生にお前が戻ったんじゃねぇんだろうに。」
「は?」
「それだったら俺、夜までいようかな。そんで菊子を誘う。」
その言葉に蓮は棗に詰め寄った。まるで喧嘩をしているように見えて、遠巻きに他の店の人たちが見ている。その視線にたまらず百合が二人を止めた。
「やめなさいよ。二人とも。棗も喧嘩売らないで。」
蓮もその視線を感じたのか、棗のそばから離れる。しかし棗はその視線を気にしないように、余所を向いていた。
「明日も祭りはあるんだろう?」
「明日はプロのミュージシャンが来るわ。昌樹さんたちはそれが目当てね。」
「プロ?」
「「black cherry」も中にはいるわ。」
「だから早く帰りたいのか。そりゃ、綾は会いたくねぇよな。」
バカにしたように笑いながら棗は言った。しかし会いたくないのは棗も一緒で、良い形でバンドが解散したわけではない。むしろ最悪だった。
美咲の勝手で蓮と結婚し、蓮は生活のためと口では言いながら自分の興味のあることに手を出しまくった。美咲を省みることもなく。
そして美咲は寂しさから、再び薬に手を染めて捕まってしまったのだ。美咲の意志の弱さもあるのかもしれないが、家庭を顧みない蓮に非があると世間は言うだろう。もちろん棗も百合もそう思っているのかもしれない。
だが綾は露骨だ。二度と会いたくないと捨て台詞を吐き、町を去っていったのだ。
「あら。電話が鳴ってるわ。」
ポケットにさしていた蓮の携帯電話の画面が光っているのに、百合が気が付いたのだろう。蓮はそれを取り出して、通話ボタンを押す。
「はい……え?……マジで?」
あまり良い内容ではないようだ。蓮は通話を切ると、ため息を付いた。
「どうしたの?」
「ギターのヤツが、入院した。」
「入院?」
蓮はため息を付いていった。
「盲腸らしい。夕べから少し痛いと思っていたらしいが、今朝になって耐えれなくなったから病院で受診したら、即手術だと言われた。破裂寸前だったらしいな。」
「痛みに鈍感なのね。で、どうするの?」
「他のバンドに声をかけてくれないかと言われている。一応譜面はあるし。」
「でも難しいんじゃない?会わせてもなくていきなり本番はキツいわ。あたしでも断るかも。」
「そうだな。でもいきなり言って演奏してくれるようなヤツ……。」
そのときふと蓮は棗を見た。しかし棗は視線を逸らす。
「大変だな。あの譜面じゃ、いきなり言って弾けるものでもないだろう。」
あくまで他人行儀で棗は言う。しかし肝心の蓮は、こうして棗に仮を作るのはイヤだった。
つまみに少し手を加えることを助言したのは菊子だった。つまみは買った物をそのまま渡すよりも、少し手を加えただけで客は喜ぶものだと。蓮や百合ではその発想はなかっただろう。だがそれが客に受け入れられるかはわからない。
行くところは温泉街だ。おそらく客は耳も舌は肥えているだろう。だから菊子はそうした方が良いと助言したのだ。
軽トラにベースやアンプも積み込むと、蓮の運転で町を離れる。高速道路を使えば、二時間ほどで到着するだろう。
「本社は、祭りに出るのは良いといっているのか。」
「売り上げがいいのよ。祭りは。店でするよりも単価も上がるし、材料費も店でするよりは高くない。でもまぁ酒造メーカーに言わせると、良い広告になって欲しいとは思っているみたいね。」
「まぁ……そっちの方が都合がいいだろうからな。」
信号に捕まって、蓮は煙草に手をのばす。
「菊子ちゃんは昌樹さんたちと行くんでしょう?」
「あぁ。」
「部屋は?」
「昌樹たちのバンドの中には女がいる。その女たちと相部屋になるらしい。」
「へぇ……。あんた、それでいいんだ。」
「どういうことだ?」
信号が変わり、蓮はアクセルを踏む。
「あの料理人の子もいないし、棗もいない。そんな中だったら二人でいれる時間が欲しいんじゃないかって思っただけよ。あたしなら、他に宿を取るわ。」
「ヘルプで頼まれているだけだ。そこまでわがままは言えないだろう。」
「わがままねぇ。」
それがわがままなのだろうか。恋人同士が二人でいたいと思うのが自然だと思うのだが、蓮はやはり菊子が一番というわけではない。
百合の拳がぎゅっと握られた。
温泉の臭いのする町は、石畳の町でもある。山間で坂が多く、川岸には無料の温泉場があった。しかし外からは丸見えで、しかも混浴。入るのは猿か年寄りしかいないらしい。
山に入り山を切り崩した広い広場に、野外ステージが組まれている。そしてその脇に屋台がでてテーブルやいすの上にはテントもあるが、ほとんどは芝生にシートやござ、テントなどを君で音楽を楽しめるようにしている。
その一角に「rose」の屋台があった。ほとんどがTシャツとジーパンばかりのスタッフの中、百合のゴシックロリータファッションはとても目立つ。
「町じゃ珍しくないんだけどねぇ。」
この暑いのにベロア生地のワンピースを着ていた。暑さには強いのかもしれないが、熱中症にはなるかもしれない。蓮はどこかでスポーツドリンクが買えないかと、周りを見渡した。するとそこに見覚えのある人が目に留まる。
「……棗?」
その名前に百合も驚いたようにそちらを見た。
棗は「rose」の屋台を見つけると、笑顔で近づいてくる。
「よぉ。」
「お前、店は良いのか?」
「店の奴に任せてきた。それにこの奥のもう少し行ったところに牧場があるんだよ。そこでチーズやらハムやら貰ってきた。すげぇうまそうなの。」
「……。」
それが口実ではない。絶対違う。ここに菊子が来ることを知っているから棗は来たのだ。
「チーズやハムなら生物ね。今日帰るの?」
「んー。どうだろうな。お前等のステージ観て帰ろうかと思ってて。」
「俺らの出番は夕方だ。そこまで居るのか?音楽が嫌いだと言っていたのに。」
「別に嫌いじゃねぇよ。この間合わせて、またギター出したわ。」
「バンドでもするのか?」
「さぁな。趣味でする分にはかまわないと思ってる。」
棗は驚異だ。音楽も出来て、料理も出来る。菊子にとってこれ以上無い師匠になれるだろうから。だが師匠と弟子の枠をきっと越えたいと棗は思っている。
嫁にしたいと言っていたのだ。だから菊子を近づけたくない。
「菊子は歌わない。お前が気に入っているのは菊子の歌だろう?」
「……別に歌は聴かなくても良いよ。お前が屋台している間に、菊子に近づいてやろうか。」
その言葉に、蓮は思わず手に持っていた氷を落としそうになった。
「お前……。」
「冗談。生物だし、さっさと帰るって。バカ。蹴るんじゃねぇよ。」
蓮の足が弁解しようとしていた棗の足にヒットしたのだ。大げさに痛がりながら、棗は周りを見る。
「良いところだな。」
「あぁ。」
「今日、あれか?菊子と泊まるんだろ?」
「いいや。菊子は昌樹さんたちのバンドの女たちと相部屋だ。俺もそっちに便乗して、朝に帰る。」
「……ふーん。」
「何だ。」
蓮は不機嫌そうに棗を見下ろす。
「……せっかくの温泉場なのに清いんだな。まるで高校生にお前が戻ったんじゃねぇんだろうに。」
「は?」
「それだったら俺、夜までいようかな。そんで菊子を誘う。」
その言葉に蓮は棗に詰め寄った。まるで喧嘩をしているように見えて、遠巻きに他の店の人たちが見ている。その視線にたまらず百合が二人を止めた。
「やめなさいよ。二人とも。棗も喧嘩売らないで。」
蓮もその視線を感じたのか、棗のそばから離れる。しかし棗はその視線を気にしないように、余所を向いていた。
「明日も祭りはあるんだろう?」
「明日はプロのミュージシャンが来るわ。昌樹さんたちはそれが目当てね。」
「プロ?」
「「black cherry」も中にはいるわ。」
「だから早く帰りたいのか。そりゃ、綾は会いたくねぇよな。」
バカにしたように笑いながら棗は言った。しかし会いたくないのは棗も一緒で、良い形でバンドが解散したわけではない。むしろ最悪だった。
美咲の勝手で蓮と結婚し、蓮は生活のためと口では言いながら自分の興味のあることに手を出しまくった。美咲を省みることもなく。
そして美咲は寂しさから、再び薬に手を染めて捕まってしまったのだ。美咲の意志の弱さもあるのかもしれないが、家庭を顧みない蓮に非があると世間は言うだろう。もちろん棗も百合もそう思っているのかもしれない。
だが綾は露骨だ。二度と会いたくないと捨て台詞を吐き、町を去っていったのだ。
「あら。電話が鳴ってるわ。」
ポケットにさしていた蓮の携帯電話の画面が光っているのに、百合が気が付いたのだろう。蓮はそれを取り出して、通話ボタンを押す。
「はい……え?……マジで?」
あまり良い内容ではないようだ。蓮は通話を切ると、ため息を付いた。
「どうしたの?」
「ギターのヤツが、入院した。」
「入院?」
蓮はため息を付いていった。
「盲腸らしい。夕べから少し痛いと思っていたらしいが、今朝になって耐えれなくなったから病院で受診したら、即手術だと言われた。破裂寸前だったらしいな。」
「痛みに鈍感なのね。で、どうするの?」
「他のバンドに声をかけてくれないかと言われている。一応譜面はあるし。」
「でも難しいんじゃない?会わせてもなくていきなり本番はキツいわ。あたしでも断るかも。」
「そうだな。でもいきなり言って演奏してくれるようなヤツ……。」
そのときふと蓮は棗を見た。しかし棗は視線を逸らす。
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