守るべきモノ

神崎

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取材

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 「bell」へ行った倫子の隣には夕がいる。何か熱心に夕が話しかけているようだが、倫子は全く相手にしていない。だが一つだけ、決断したことがある。そのためにこの隣の軽薄な男に体を許さないといけないだろう。せめて酔えたらいいと、酒をずっと飲んでいた。だがいつもよりも気を張っているのか、全く酔えない。
 顔色が一つも変わらない倫子に、夕は少しため息を付く。倫子のペースに合わせていれば、自分の方が潰れてしまうだろう。
「トニックウォーターをください。」
 亜美に夕が声をかける。すると亜美は少し笑って伝票にオーダーを書き始めた。きっと夕は倫子を酔わせてホテルにでも行きたいと思っているのだろう。だが倫子は酒にはざるだし、そんなことは不可能だ。倫子を抱くには仕事がらみか、倫子の気分によるのだから。しかしそうはさせない。さっさとこの男を酔っぱらわせて、倫子から離したい。
 亜美はそう思いながら別のテーブルの酒を作っていた。
「撮影の時、小泉先生は言ってたことがあるじゃないですか。」
「なんか言いましたかね。」
 頭に血が上っていて何か言ったような気がする。あまり覚えていない。
「人は鬼にも悪魔にもなれる。」
「あぁ……そうですね。」
「その感覚ってのは、どこから来てるんですか。」
 倫子は少しため息を付くと、酒を少し飲む。
「昔……ある建物が火事になりました。原因は火の不始末だと処理されましたがね。本当は、放火でした。」
「放火?」
「ある男が火をつけたんですよ。そこにいる「ある人」の命を奪おうと。」
「恨みでもあったんですか?」
 すると倫子は少しため息を付いて言う。
「それはわかりません。しかしその人は生き残った。だけど、そこにある無数の本は、跡形もなく焼けました。それを見て、その人は夫からの遺産を失ったとそれからみるみる生気を失って、あとは消えるように死んだ。それは、その男の狙い通りだった。死んだ人の墓の前で、その人は高笑いをしていたそうです。」
「……間接的に殺したようなモノなのに、笑えるんですね。」
「えぇ。だから人は鬼にも悪魔にもなれる。」
 情はないと思っていた。だがその話を聞けば、倫子は誰よりも情に深いのだとわかる。だったら今書いているモノも、その裏返しなのだ。
「人を殺しておいて笑える人がいるんですね。」
「人間は、一皮剥けばみんな一緒です。誰もが自分だけが可愛い。」
 春樹だってそうだ。酔ったふりをして倫子を連れ込んだ。作品のためといって倫子を抱いた。「愛している」と口先だけで言いながら。
「そんな人ばかりではないですよ。」
 夕はそういってトニックウォーターを受け取る。ライムが少し入っているが、ノンアルコールだった。
「人はもっと情に深いですから。例えば、倒れている人がいれば声をかけたり、道に迷っている人がいれば他人でも声をかけるでしょう?」
「……親切心じゃない。自分のためですよ。」
 強情だ。そこまで心を閉ざすのはどうしてなのだろう。
「倫子。」
 亜美が声をかけてきた。見ていられないと思ったのだろう。
「何?」
「藤枝さんの顔色悪いわ。」
 振り返るとテーブル席に座っていた春樹が少しうつむきだした。本当によっているのかもしれない。だがそれも演技だとしたら。いろんなことが頭を駆けめぐって、倫子は少しうつむく。
「いいの?」
「酔っているふりなのかもよ。」
「藤枝さん、いつもより飲んでるんじゃないのかしら。一次会でも飲んでたんでしょう?」
 確かにいつもよりは飲んでいるようだ。だがここで手をさしのべれば、自分の決意が揺らぐ。そしてこの隣に座っている夕にもおかしく思われるはずだ。
「……子供じゃないのよ。駄目だったら自分で断れるでしょう?」
「倫子。」
 うまく夕から離そうと思って春樹の様子を伝えたのに、全くそれにも答えない。そして隣に座っている夕との距離がさらに近くなっている。こんなチャラい男に倫子が好きにされるのは、腹が立つ。
「倫子。」
 今度は牧緒が声をかけてきた。
「何?」
「お前さ、泉の他にも同居人をいれたって本当?」
 空のグラスをトレーに乗せた牧緒が、いぶかしげに倫子をみる。
「えぇ。でも結構前のことよ。」
「泉はあまり気にしないみたいだけどさ、男でもつれ込んだらすぐにわかるだろ?不自由じゃない?」
 その言葉は夕をまた誤解させる。倫子は少しため息を付くと、夕に言った。
「いつも連れ込んでいるようなことを言わないで。」
「お前、ネタのためだったら何でもするじゃん。犯罪以外は。ほら、いつだったか薬のバイヤーに近づいて拉致られそうになったり。」
 その言葉に夕は少し引いたように言う。
「そんなこともしてたんですか。」
「……そういう話を書きたかったんで。心配しなくてもそのあと、そいつ捕まったし。」
 見境がないと言うのは本当だったのだ。だったらあのトイレの前で表情を変えたのは、案外当たっているのかもしれない。
 ネタのために寝る。倫子が最近書きたいと言っていたのは、官能小説だというしきっと誘えば寝る。不倫の話を書くのであれば不倫でもするかもしれない。
「この間、泉に会ったよ。」
 牧緒はそういってカウンターにグラスを置いた。
「元気そうだったでしょう?」
「なんかあいつ女っぽくなったな。前は男か女かわからねぇって感じだったのに。男でも出来た?」
 その言葉に亜美が牧緒を止める。倫子が泉のことを言われるのを、一番嫌がっているのを牧緒は知らないのだ。
「ちょっと。牧緒。」
「何だよ。」
 すると倫子は立ち上がって牧緒をにらむ。
「泉は仕事しかしてないわ。そんなに股が緩いような言い方をしないで。」
 倫子はそういって席を離れる。
「倫子。」
 止めようとする牧緒に、亜美がため息を付く。
「泉のことを言われるの一番嫌がるのわかってるでしょう?」
「俺、そんなに変なことを言ってねぇよ。」
「男か女かわからないなんて、私でも言われたらイヤよ。それに泉に男が出来たら、真っ先に倫子に言うでしょ?」
「……同居人だからって、そんな開けっぴろげにしてねぇよ。倫子の知らないことも、泉が知らないこともあって良いじゃん。」
「そんな問題じゃないのよ。牧緒は知らないだけ。」
 そのとき夕の隣に編集者の一人が座ってきた。もう倫子を連れ込める空気じゃない。しかしネタはある。今日は我慢して、この色目を使う女にしてもかまわないだろう。
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