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取材
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居酒屋を出て、泉と伊織は並んで歩いていた。端から見れば男の子が二人で歩いているだけに見えるが、それがわかるのは伊織だけだ。それに二人で言いたいことを言って、少し気分が晴れたような気がする。性別を越えて言いたいことが言える人がいて良かった。
「やっぱ美味しかったね。あの居酒屋。炭火で焼いてるさ……豚足だっけ?」
「うん。」
「あれ、倫子が好きな味だと思う。今度みんなで行こうよ。」
「たまには外で食べるのも良いかもね。」
伊織はそういって少し笑う。
「美味しいモノを食べると、明日も頑張ろうって気になるじゃん。私もそういうのが作れたら良いなって思う。」
「え?泉は本屋の方へ行きたいって思ってなかった?」
伊織が聞くと、泉は少し笑って言う。
「本屋の店員だったらさ、倫子の本がどれくらい売れてるかわかるじゃない。倫子の本がそれだけ受け入れられているんだって実感できると思ったの。」
すべては倫子の為なのだろうか。やはり倫子だけじゃない。泉もまた倫子に依存しているのだろう。
「でもさ、最近違うんだよね。」
「違う?」
「自分のことを考えることが出来るって言うかさ。高柳さんとスイーツを作ってて思った。自分が淹れたコーヒーが美味しいって言われることとか、自分が盛りつけたデザートが美味しそうって言われて写真撮られるの、それもすごい嬉しい。」
「わかるよ。俺もデザインをしたポスターのおかげで商品が売れるようになったって言われると、心の中でガッツポーズ取るから。」
「堂々とすればいいのに。」
「んー。それは無理かな。」
「どうして?」
不思議そうに泉が言うと、伊織は少し考えて言う。
「いろんな人が案を出してこれが良いってのをクライアントが取るんだけど、違うデザイン事務所からも応募があるしもちろん自分の会社の違う人が出している分もある。」
「伊織が取られたってことは、他の人は落ちたってことよね。だったら手放しで喜べないか。」
「そういうこと。」
「伊織は優しいね。」
「そうかな。気を使ってるだけじゃない?」
「それが出来ない人がいるじゃん。」
言っているのは倫子のことだろう。倫子なら人に気を使わないからだ。そしてそれが倫子の敵を生んでいることにもなるのを、倫子自身もわかっていない。
「まだ倫子たち帰ってないね。」
「春樹さんはホテル取ってるって言ってた。朝帰りかな。」
「でも倫子は帰るんでしょう?」
家に帰り着いて、泉はスニーカーを脱ぐ。そして伊織も靴を脱いだ。
「俺、お風呂沸かすから、泉は米を研ぐ?」
「うん。そうしよう。」
泉は一番手前の自分の部屋に荷物だけを置くと、台所へ向かう。そして伊織も荷物を置くと、風呂場へ向かった。そして軽く伊織は風呂釜を洗うと、お湯をいれ始めた。すると伊織の尻のポケットにいれていた携帯電話が鳴る。手に取ると、それは姉からだった。
姉は結婚して子供がいる。弁護士の姉と結婚したのは、地方検事をしている男だった。エリートの家族に少し気後れしているのは事実だと思う。
伊織は居間に戻ると、泉も居間のエアコンをつけた。
「もうそんな必要ないね。」
「結構涼しかった。」
「でも風呂上がりは暑いじゃん。伊織や春樹さんがいなきゃ、下着でうろうろしたい。」
「倫子は気を使ってないじゃん。いつもノーブラみたいだし。」
「やだ。何見てんの。伊織ったら。」
少し笑い、泉は自分の体にコンプレックスを思い知らされた。倫子の体は女らしい。胸も尻も出てて、女を主張するようだ。だから倫子に近寄ってくる男は多い。なのに自分はまだ体つきも少年のようだ。これでは伊織が振り向いてくれるはずはない。
「どうしたの?暗い顔をして。」
「あたしさ、倫子が好きだと思うよ。」
「友達として?」
「うん。やだ。レズビアンじゃないわ。」
少し笑う。だがそれは一瞬。また表情は暗くなった。
「でもさ、倫子といると自分が本当に女らしくなくて、イヤになる。自分に何の経験もないのがコンプレックスになるわ。」
前にも聞いた話だ。思った以上に泉にとってコンプレックスなのだろう。
「泉は女らしいって。前にも言ったよね。」
「だけどそれって……知れば女らしいってことでしょう?ぱっと見た目じゃないもん。」
「化粧とかは?」
「亜美とかに相談してしてみたけど、なんか……こう、やればやるほど不器用になるというか。だいたい、こんな仕事をしてたら出来ないし。」
「そっか。」
「でも倫子はすっぴんでも色気があるじゃん。同じ歳なのにって思うの。」
だから伊織は倫子のことしか見ていないのだ。自分には決して振り向かない。こうして二人でいても、手を繋ぐこともないのだ。
「泉。じゃあ、俺は自信を持っていいのかな。」
「え?」
「泉が誰よりも女らしいって知ってるのは俺だけだって。」
その言葉に泉の顔が赤くなる。そんなことを言われると思ってなかったからだ。
「そんなことで自信を持っても……。」
「俺、泉の良いところを結構知ってるよ。料理の手際が良いところとか、よく食べて、よく笑うところとか。」
「……そんなの誰でも出来るよ。」
嬉しくない。そんなの見た目ではないから。
「誰でも出来ないよ。泉のそう言うところが好きなんだよ。」
どきっとした。好きなんて言われたら勘違いしてしまう。
「……ありがとう。」
頬を赤くして、泉は少し笑った。その顔にドキリとしたのは伊織だった。死んだ女を思いだしたからだ。国も違う、顔も、体型も、性格も、すべて違うのに泉がかぶって見えた。
「お風呂沸いたかな。」
恥ずかしさを隠すのに、泉は居間を出ようとした。そのとき手首を捕まれる。
「え?」
伊織はその手を引くと、泉の体を引き寄せた。そしてその体を抱きしめる。
「伊織……駄目。」
すると泉はその体を押すように引き離すと、逃げるように居間を出ていった。
「やっぱ美味しかったね。あの居酒屋。炭火で焼いてるさ……豚足だっけ?」
「うん。」
「あれ、倫子が好きな味だと思う。今度みんなで行こうよ。」
「たまには外で食べるのも良いかもね。」
伊織はそういって少し笑う。
「美味しいモノを食べると、明日も頑張ろうって気になるじゃん。私もそういうのが作れたら良いなって思う。」
「え?泉は本屋の方へ行きたいって思ってなかった?」
伊織が聞くと、泉は少し笑って言う。
「本屋の店員だったらさ、倫子の本がどれくらい売れてるかわかるじゃない。倫子の本がそれだけ受け入れられているんだって実感できると思ったの。」
すべては倫子の為なのだろうか。やはり倫子だけじゃない。泉もまた倫子に依存しているのだろう。
「でもさ、最近違うんだよね。」
「違う?」
「自分のことを考えることが出来るって言うかさ。高柳さんとスイーツを作ってて思った。自分が淹れたコーヒーが美味しいって言われることとか、自分が盛りつけたデザートが美味しそうって言われて写真撮られるの、それもすごい嬉しい。」
「わかるよ。俺もデザインをしたポスターのおかげで商品が売れるようになったって言われると、心の中でガッツポーズ取るから。」
「堂々とすればいいのに。」
「んー。それは無理かな。」
「どうして?」
不思議そうに泉が言うと、伊織は少し考えて言う。
「いろんな人が案を出してこれが良いってのをクライアントが取るんだけど、違うデザイン事務所からも応募があるしもちろん自分の会社の違う人が出している分もある。」
「伊織が取られたってことは、他の人は落ちたってことよね。だったら手放しで喜べないか。」
「そういうこと。」
「伊織は優しいね。」
「そうかな。気を使ってるだけじゃない?」
「それが出来ない人がいるじゃん。」
言っているのは倫子のことだろう。倫子なら人に気を使わないからだ。そしてそれが倫子の敵を生んでいることにもなるのを、倫子自身もわかっていない。
「まだ倫子たち帰ってないね。」
「春樹さんはホテル取ってるって言ってた。朝帰りかな。」
「でも倫子は帰るんでしょう?」
家に帰り着いて、泉はスニーカーを脱ぐ。そして伊織も靴を脱いだ。
「俺、お風呂沸かすから、泉は米を研ぐ?」
「うん。そうしよう。」
泉は一番手前の自分の部屋に荷物だけを置くと、台所へ向かう。そして伊織も荷物を置くと、風呂場へ向かった。そして軽く伊織は風呂釜を洗うと、お湯をいれ始めた。すると伊織の尻のポケットにいれていた携帯電話が鳴る。手に取ると、それは姉からだった。
姉は結婚して子供がいる。弁護士の姉と結婚したのは、地方検事をしている男だった。エリートの家族に少し気後れしているのは事実だと思う。
伊織は居間に戻ると、泉も居間のエアコンをつけた。
「もうそんな必要ないね。」
「結構涼しかった。」
「でも風呂上がりは暑いじゃん。伊織や春樹さんがいなきゃ、下着でうろうろしたい。」
「倫子は気を使ってないじゃん。いつもノーブラみたいだし。」
「やだ。何見てんの。伊織ったら。」
少し笑い、泉は自分の体にコンプレックスを思い知らされた。倫子の体は女らしい。胸も尻も出てて、女を主張するようだ。だから倫子に近寄ってくる男は多い。なのに自分はまだ体つきも少年のようだ。これでは伊織が振り向いてくれるはずはない。
「どうしたの?暗い顔をして。」
「あたしさ、倫子が好きだと思うよ。」
「友達として?」
「うん。やだ。レズビアンじゃないわ。」
少し笑う。だがそれは一瞬。また表情は暗くなった。
「でもさ、倫子といると自分が本当に女らしくなくて、イヤになる。自分に何の経験もないのがコンプレックスになるわ。」
前にも聞いた話だ。思った以上に泉にとってコンプレックスなのだろう。
「泉は女らしいって。前にも言ったよね。」
「だけどそれって……知れば女らしいってことでしょう?ぱっと見た目じゃないもん。」
「化粧とかは?」
「亜美とかに相談してしてみたけど、なんか……こう、やればやるほど不器用になるというか。だいたい、こんな仕事をしてたら出来ないし。」
「そっか。」
「でも倫子はすっぴんでも色気があるじゃん。同じ歳なのにって思うの。」
だから伊織は倫子のことしか見ていないのだ。自分には決して振り向かない。こうして二人でいても、手を繋ぐこともないのだ。
「泉。じゃあ、俺は自信を持っていいのかな。」
「え?」
「泉が誰よりも女らしいって知ってるのは俺だけだって。」
その言葉に泉の顔が赤くなる。そんなことを言われると思ってなかったからだ。
「そんなことで自信を持っても……。」
「俺、泉の良いところを結構知ってるよ。料理の手際が良いところとか、よく食べて、よく笑うところとか。」
「……そんなの誰でも出来るよ。」
嬉しくない。そんなの見た目ではないから。
「誰でも出来ないよ。泉のそう言うところが好きなんだよ。」
どきっとした。好きなんて言われたら勘違いしてしまう。
「……ありがとう。」
頬を赤くして、泉は少し笑った。その顔にドキリとしたのは伊織だった。死んだ女を思いだしたからだ。国も違う、顔も、体型も、性格も、すべて違うのに泉がかぶって見えた。
「お風呂沸いたかな。」
恥ずかしさを隠すのに、泉は居間を出ようとした。そのとき手首を捕まれる。
「え?」
伊織はその手を引くと、泉の体を引き寄せた。そしてその体を抱きしめる。
「伊織……駄目。」
すると泉はその体を押すように引き離すと、逃げるように居間を出ていった。
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