守るべきモノ

神崎

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歪曲

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 家に帰ってきて、伊織は倫子を部屋に呼ぶ。そして本棚の中から一冊の本を取り出した。和紙のようなデザインで、タイトルも毛筆。作者名を見ると、この間自殺した女性のものだっった。
「これ。高柳がデザインした表装の本。」
 ミステリーを書く前は、恋愛小説を書いていた。だがあまりぱっとしなかったのは、主人公がどこか卑屈で読んでいるといらいらするからかもしれない。
「……悪い本ではなかったわ。こういうものと同じ考えの人もいるかもしれないし。」
 内容よりも中身だ。そういう人も多いだろう。高柳明日菜は、その本を読んでそう思ったのかもしれない。だがあまり売れなかった。
「売れなかったのは無名だったからかな。」
「私も無名だったのよ。でもデビュー作か注目されたの。」
「それは倫子の実力じゃない?」
「そうでもないわ。ほら、見て。」
 そういって倫子は本棚から一冊の本を取り出す。それは伊織ではない人がデザインをした倫子の本だった。そしてそれを机に並べて置く。そしてタイトルと作者名を隠した。
「もしこの本が、書店で置かれていたとしたらどちらを手にしたいと思う?」
 その言葉に伊織はじっとそれをみる。倫子の本はぱっと目に付く。派手だからとかそういうことではない。目に刺さるものがあるのだ。それは強い色と淡い色のバランスがとれているから。だが明日菜がデザインしたものは、どことなくぼんやりしている。和紙のようだが和紙ではない。だいたい、和紙なんかで表装したら、すぐに駄目になるのは目に見えている。
「やっぱりこっちかな。高柳のモノは手にするとは思う。だけど和紙ではないから、裏切られた感もあるだろうね。」
「そう。見た目というのは結構大事。人が見て、「何だろう」って思うのは、まず表装からだもの。」
「責任重大だね。」
 そういう仕事をしているのだ。そしてそれはいつも社長である上岡富美子外言っていたことと同じだと思う。
「高級そうだな、安そうだな、派手だな、地味だなって見た目だけで思うの。それでどれくらいの人が興味を持つかが重要ね。」
「……俺……出来ているかな。」
「それはあなたの依頼が増えているか減っているかでわかるでしょう?」
 最近はお菓子のパッケージの依頼が増えた。それから洋菓子店、和菓子店など、どうしてもユニセックスのモノが多い。男性をターゲットにしたモノも、女性をターゲットにしたモノも他の人に決まって、あまり伊織は採用されない。
「化粧品とかそういうモノは、いつも高柳とか女の人が採用されてさ、かといって官能小説とかは違う人が採用されてさ、俺、男でも女でもないのかなとは思ってたけど。」
 その言葉に倫子は少しため息を付く。
「贅沢ね。」
「そうなのかな。」
「私が好きで人殺しの話ばかり描いていると思っていたの?」
 倫子もそうだった。官能の部類で認められるのに時間がかかった。そして受け入れられるかはまだ未知だ。
「少し前に官能小説を書いていた人が、純文学に手を出していた。でもそれは運が良かったからだと思う。」
 自分も運が良い方だと思う。家を帰るくらい稼げているのだから。だから書くジャンルで、文句は言いたくない。そして作品一つ一つに心を込めるだけだ。
「倫子はどんな話を本当は書きたいの?」
 すると倫子は少し目を伏せた。だが本を手にすると、それを元に戻す。
「ジャンルにこだわらない。全く違う……例えば学術書なんて書いてと言われたら困るけれど、何の話でも今は受ける。」
 すると倫子は一冊の本に目を留めた。そしてそれを手にする。
「これ、借りて良いかしら。」
 そういって倫子が手にしたのは、古い本だった。祖母の家にあったもので、繰り返すように伊織が読んでいたのものだった。
「良いよ。」
「この作家のモノは気になっていたの。有名な作家ではないから、再販もされていないし。お正月はこれで退屈しなさそう。」
 これからまた仕事なのだ。正月に休むために仕事をしているのだろう。実家に帰ったりということはあまり考えていない。
「倫子。良かったらだけど……。」
「ん?」
「……イヤ……良いよ。」
「気になるわね。何を言い掛けたの?」
「何でもない。」
「……何?」
 困ったように伊織は頭をかいた。そして携帯電話を手にする。
「お祖母さんの墓参りを正月にするんだ。そのとき、一緒に来る?」
「あなたの里帰りにつきあってどうするのよ。」
 呆れたように倫子は言うと、伊織は少し笑っていった。
「うちのお祖母さんは図書館ではないんだけど、洋書を和訳する仕事に就いていたんだ。」
「翻訳家って事?」
「あぁ。今のように正確に翻訳は出来ていないかもしれないけれど、一応ずっとしていた仕事だ。家にたぶんまだ洋書が残っていたと思う。叔父に連絡してみないとわからないけれどね。」
「洋書……。」
 気になる。洋書というのは翻訳家によって全く和訳の仕方も違ってくるのだ。ベースはありながらも、文章力や捉え方も違うだろう。倫子だとどんな和訳をするのか、伊織自身が気になっていたのだ。
「実家って近いの?」
「近くはないよ。通えないから自宅勤務していたんだし。」
 そういえばそんな話をしていた。少し迷うところだ。何せ、伊織はずっと倫子を好きだと思っていたのだから。そんなに軽くほいほいついて行って良いのだろうか。だが洋書は気になるところだ。
「んー……ちょっと考えておく。」
「そうだね。春樹さんにも聞かないといけないだろうし。」
 そう言って、部屋を出ていこうとしたとき家の前にエンジン音が聞こえた。泉が帰ってきたのだろう。その様子に伊織が声をかける。
「落ち着いてよ。」
「……わかってるわ。」
 そう言って倫子は部屋を出ていく。そして玄関には泉と礼二の姿があった。
「ただいま。」
「お帰り。食事してきたんだっけ。」
「うん……。」
 礼二の方をみる。礼二が用意してくれた食事を食べたのだ。倫子が用意してくれたモノは無駄になったかもしれない。
「倫子。今日の夕食、明日に回して貰っても良いから。」
「そう……。」
 ちらっと礼二の方をみる。電話口で倫子と言い合っていたのが気になるのか、さっと視線を逸らした。
「礼二。離婚しそうなんですって?」
「した。」
「……あなたの浮気が原因?」
「違うよ。奥さんの浮気。」
「自分は悪くないような言い方ね。」
 押さえていたが、倫子もまたいらついている。その様子に礼二は溜まらずに倫子に言った。
「俺がここに来たのは、泉をつれて帰るためだ。」
「は?」
 すると倫子は礼二の前に立ちふさがる。
「ここに帰らせられない。泉は、つれて帰るから。」
「何を言っているの?バカじゃない?」
 礼二は倫子を見下ろしていった。
「帰らせるから。倫子のそばには居させられない。」
「泉が望んで言っているの?」
 すると泉は青い顔のまま倫子から視線をそらせた。
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