守るべきモノ

神崎

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歪曲

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 手を伸ばせば触れられる距離にいる。なのに倫子は体には大きなダウンのコートの袖をぶらぶらさせながら歩いていた。伊織のことを気にしないように。
「柳。」
 ふと見ると、柳の木がある。あまり手入れされていないのか、とても茂っているように見えた。
「年明けにでる雑誌に、官能小説を書いたの。柳の下で、セックスをするのよ。」
「へぇ……。時代物?」
「そう。今書いているものの、番外編みたいな感じ。昔なら、青姦は一般的だったから。」
「そうなの?」
「えぇ。今は犯罪になるけれど、昔は長屋みたいな所ばかりだったでしょう?一部屋しかなくて、子供が居たりすると子作りなんかできないから、外でするの。」
「昔の人は子沢山だよね。」
「避妊できなかったし、大人になれる子供も少なかったから。」
 自分が居たところもそうだった。子供が多くて、学校へいけない子供も多い。そういう子供は家の手伝いをしたり、ちょっとした小遣いを稼いで家計の足しにしていたらしい。だがそれは表向きで、夜になれば初潮が始まる前から、あの薄暗い部屋で客を取っていた。
「外か……イヤだな。」
「伊織はしたことない?」
「倫子はあるの?」
「無いわね。人に見られるかもしれないって思うイヤよ。」
 そのイヤはセックスがイヤというわけではなく、その火傷のあとを他人に見られるのがイヤなのだろう。
「俺も外ではないな。」
「というか、伊織はあまり経験がなさそうね。」
「バカにして。」
「経験がある方が偉い訳じゃないわ。良いじゃない。」
「……春樹さんは経験豊富?」
「かもしれないわね。よく知らないけれど、言い寄られる人は多かったんじゃないの。」
 モテるだろう。三十五、六で禿げてもいないし、体もがっちりしている。そしてスマートだ。女性を大事にしているような感じもある。泉だって最初は、春樹のことをかっこいいと言っていたのだ。
「倫子?」
 少しぼんやりしていたようだ。だが少し思い直して、伊織の方をみる。
「私だって不安がないわけじゃないわ。全面的に春樹さんを信頼しているわけじゃない。」
「ごめん……無神経なことを言ったかな。」
「私が言い出したのよ。それに私にも隠していることがいくつかあるわ。」
「そうなの?」
「一つはあなたのこと。」
 その言葉に伊織は少し表情を曇らせる。
「……。」
「伊織。私ね、あなたが本当に泉を好きなのかってずっと思っていたの。」
「好きだったよ。」
「違うわね。」
 夕べのことを思い出す。絞り出すように泉が告白をした。礼二のことが好きなのだと。あんな泉を初めて見た。だから礼二のことも目をつぶろうと思っていたのだ。
 その必死さが伊織にはない。
「軽いのよ。あなたの好きは。」
 案外ずばっと言うな。そう思っていたが、否定もできない。伊織自身本当に好きだから、泉とつきあっていたわけではない。だから手を出せなかった。
「あなたの好きは、友人としてという風にしか見えない。」
「倫子。」
「だから私にキスをしてきたりしたのでしょう。」
「……。」
 先を行く倫子が足を止めた。
「私にはあなたが軽い人にしか見えない。」
「俺は……。」
「泉にもそういった。だけど泉は本当にあなたが好きだったの。」
「……。」
「なのに泉は礼二を選んだ。あなたの真剣さが足りなかったから。あなた……何を考えていたの?」
 すると伊織は足を止めている倫子の両肩に手をおく。そして倫子を正面から見た。
「俺、倫子が好きだ。」
「嘘。」
「嘘じゃない。俺は……春樹さんみたいに狙って倫子に近づいた訳じゃないし……倫子の昔のことを聞いて幻滅なんかしない。俺は、倫子のありのままだけを見て好きだと思った。」
 思わず興奮してしまった。思わず手を離す。すると倫子は少し笑っていた。
「春樹さんが何を狙っていたのかしら。」
「……。」
「青柳のことを狙って?それとも私が担当作家で、書いて貰うために近づいたと思ってる?」
「そうかもしれないって言う……。」
「そうかもしれない、じゃない。そうだと良いなと言うあなたの願望ね。」
 倫子は少し笑って足を進めた。足を進めると、電気が灯る。
「春樹が何を思っていようとどうでも良いの。あなたが私の過去にこだわらず、あなたが私を好きだというのはとても嬉しいと思うわ。でも……私も、春樹が何を狙って、何をしたくて私に近づいているのかなんてどうでも良い。私も春樹しか見ていないのよ。」
 最初からスタートにも立っていなかった。そう思えて思わず泣きそうになる。すると倫子はそれに気が付いて、伊織の方に近づいた。
「泣かなくても良いのに。」
「泣いてないよ。」
「……そう?」
 倫子はそういって伊織の頬に手を当てる。熱い頬だ。本当に泣きそうだと思う。
「きっと……あなたに失恋した人は、みんなこんな気持ちだったのよ。あの女の人もそう。」
「女?」
「夏に、私に突っかかってきた威勢の良い人。」
 高柳明日菜のことだろう。一度しか会ってなくてもわかる。倫子に敵対心を燃やしていたのも、口調が荒かったのも、伊織に対する嫉妬だけではなく、男として振り向いてもらえない伊織にいらついていたのだ。
「あいつ、俺に食いついてばかりだったのに。」
「バカね。それだけじゃないわよ。本当に鈍い男ね。」
 倫子はそういって少し笑う。そして頬から手を避ける。すると伊織はその手に触れた。そしてすぐに離す。
「俺、高柳に何もしてやれないよ。今回のことだって、俺が言う事じゃないし。」
「今回のこと?」
 不思議そうに倫子が聞くと、伊織はゆっくりうなづいた。
「会社を辞めるんだ。ヘッドハンティングされたとかで。」
「優秀なの?」
「……化粧品とかのメーカーは高柳が良いって所もあるけどなぁ……書籍とかはあまり採用されてないみたいだ。」
「……あとで、その本を見せてくれる?持ってる?」
「うん。一冊は持っている。」
「そう……。」
 倫子はそういって何かを考えているようだった。その顔に、もう伊織のことは頭にないようだと思う。こういう人だから、好きになった。そしてやはり渡したくないと思う。
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