【完結】愛とは呼ばせない

野村にれ

文字の大きさ
58 / 203

矛盾

しおりを挟む
 サリーとルイソードの間には何とも物悲しい沈黙があり、侍女がヒュっと息を吸う音が聞こえ、護衛は力が入り、噛み締めて立っているようであった。

「とっても矛盾しているでしょう?一つは生きようとしているけど、一つは終わろうとしている」
「お辛かったのでしょう」
「そうね、もし私が死んだら、皆が理由を探す。王太子の婚約者、私は翻訳家としての顔もあります。誰か死んだ私の代わりに非難してくれるのではないか、ルアンナだけではないけれど、理由の一つにはなるのではないかとね」
「そうなって、当然だと思います」

 否定する理由が全く思いつかないほど、最悪の復讐になったことだろう。

 妃殿下を失えば、王太子の婚約者はいなくなり、目ぼしい令嬢もいなかったはずだ。妃殿下がいることで、令嬢が皆、諦めたと言われていた。そもそも三ヶ国語が難題である上に、妃殿下は別の言語も出来ると聞いている。諦めていなかったのは、ルアンナのような愚かな者だけだろう。

 国外からも非難の的だっただろう。『コルボリット』がいい例だ、翻訳本はもう発売されることはないかもしれない。トワイ語の翻訳はサリー自身が行っている。下手したら、ファンが暴動を起こすかもしれない。

「後は私への暴言や診断書、全部まとめて暴露本にして、それを残してやろうかとも思ったのよ。死んだ後で発売されたら、皆、非難されて、酷い目に遭えばいいと思ってね。性格が悪いでしょう?」
「いいえ、そう思わせた者が悪いと思います」
「言い返せば、こんなに助長しなかったのかしらね?何を言っても聞く耳を持たない者に何を言えば良かったのかしら?面倒だと思う方が強くなってしまって」

 サリーは必要以上に言い返すことはなかった、相手に響いていないことが分かるからだ。卑猥なことを言う者は、特に何を言えばいいか分からなかった。その姿を見て、皆、嘲笑っていた。

 悲しい、悔しいというよりは、なぜ私はこんな目に遭わなくてはならないのかという疑問であった。両親からも王太子妃にならないと意味がないと怒られ、王家も前陛下が存命の頃は、現陛下に苦言を呈してくれて、無理を言うことはなくなったが、王妃は所有物のように扱い、殿下も時が経つと同じようになっていった。

 だから、王妃がティファナ先生に劣等感があったとは思わなかった。頑なに代理を男性にしていた理由も、ティファナ先生を立てたくなかったからだったのだろう。指名されていたら、どうなっていたのだろう。

 ティファナ先生は真摯に取り組んでいた。ルアンナをそれこそ不正で横やりを入れることも、出来たのではないだろうかと思うが、一切しなかった。

「妃殿下のせいではありません。何か、留まるきっかけがあったのですか」
「いくつかあるけど、私の翻訳を楽しみにしているという言葉が大きいわね。なのに、素晴らしい書物と、私の暴露本が一緒に並べられる可能性も嫌だったの」

 私を救ってくれたのは間違いなく、『コルボリット』であった。ルアース・ベルア様との出会いは、私をこの世に留めてくれるものだった。素晴らしい才能だと言われたことはあったが、ルアース様は記憶力のことを『辛いことも多いかもしれない、でも楽しいことを増やしましょう』と言ってくれたのだ。

「あとは、何も起こらないこと。病死ということにされて、おしまい。私はもういないのだから、何も反論できない」

 王家とペルガメント侯爵家で、全て揉み消される可能性もあった。何もなかったかのように、あんな人もいたわねとなったかもしれない。

「そうはならなかったと思いますが、留まってくださって良かったです。アズラー侯爵夫人がもしもという例えで、身体が不自由になっていたり、自害されていたらと、おっしゃっていました…」
「さすが、ティファナ先生ね。きっと誰も気付かない、私に蓄積された毒のようなものだったように思います」
「何か、力になれることがあれば、おっしゃってください。クリジアン公爵家は妃殿下の味方です」
「ありがとうございます、心強いですわ。頼らせていただきますね」

 殿下はクリジアン公爵家の信頼を失ったが、妃殿下の味方にはなることだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

悪役令嬢は手加減無しに復讐する

田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。 理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。 婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらちん黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

処理中です...