【完結】あなたにすべて差し上げます

野村にれ

文字の大きさ
8 / 38

未練

しおりを挟む
「アルバート様」
「これは、王太子殿下。ごきげんよう、いかがされましたか」

 アルバート・ブラックア公爵令息。アウラージュの幼なじみである。シュアリーの初恋の人でもあるが、全く相手にされなかった。

「お姉様の居場所をご存知ではありませんか」
「それは、アウラージュ殿下が王宮からいなくなったと言っているようなものですが、よろしいのですか」
「っあ、でもアルバート様ならご存知なのではありませんか」
「居場所は知りません」
「本当ですか、アルバート様が知らないはずはないと思うのですが」

 そんなはずはない、アルバートがアウラージュが王位継承権を放棄したというのに、落ち着き払っているのはおかしい。

「本当に知らないのです。ただ、無事だということだけは知っております。これでお許し願えますか」
「そうですか、ありがとうございます。もし会ったら、シュアリーが話がしたいと言っていると伝えて貰えませんか」
「承知しました、もし会うことがあれば伝えます」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 シュアリーはすっかり近々会えると思っていたが、待っても待っても、アウラージュからもアルバートからも連絡はない。

「アルバート様、お姉様に伝えていただけましたか」
「いいえ、会っておりませんので、伝えようがないのです」
「それはそうですが、話がしたいのです」
「私も会っていないものですから、別の方に頼んだ方がいいかもしれませんね。王太子殿下のお力になれず、申し訳ございません」

 アルバートは見せ付けるように、シュアリーに向かって頭を下げ、シュアリーも渋々納得するしかなかった。

 それでもシュアリーはアウラージュを見付けることを諦められず、いつもならシュアリーのために動いてくれる陛下もルカスも難しいとなれば、頼る相手がいない。使用人はいるが、アウラージュが出て行って距離が出来た者もおり、そもそもがシュアリーが願った陛下の指示で動く者たちである。

「シュアリー様、王太子教育の進み具合はいかがですか」
「えっ、ええ、順調だと思うわ」

 最近、ルカスが聞いて来るのは王太子教育のことばかりになった。前は楽しい話や、お互いの愚痴を聞いたりしていたのに、今では愚痴も聞いてくれそうにない。

「ブラックア様とは何を話されていたのですか」
「えっ、見ていたの?」
「はい、お邪魔してはいけないと思いまして」
「アルバート様なら、お姉様のことをご存知かと思ったの。でも居場所は知らないと言われてしまって」
「知っていても言わないように、言われているのかもしれませんね」
「そんな…怒っているのよね、きっと」
「いずれお会いする時に、もう一度謝罪しましょう。しっかり学んで、アウラージュ殿下に見せて驚かせましょう」

 正直これ以上、勉強漬けの日々は嫌だ。前ならば今日は具合が悪いと言えば、スケジュールを調整してくれていたのに、今は一切ない。この間、頭が痛いと言えば、医師を呼ばれて、付きっ切りで監視されることになってしまった。

「でも、お父様がお姉様の婚約者を考えているそうなの」
「そうなのですか」
「ええ、お姉様にも幸せになって欲しいでしょう。ルカス様、どなたか、いい候補を知らない?」
「それこそ、ブラックア様は」
「アルバート様は駄目よ!嫡男でしょう」

 シュアリーは急に大きな声を出し、嫡男であることもだが、初恋の相手だからも含まれている。

「なぜですか?嫁がれるので、問題ないのでは」
「だから、やっぱりお姉様に…王太子になって貰った方がいいと思うの」
「それは…」
「ルカス様の言ったことも分かっているの。でも、お姉様の努力を踏み躙ったような気持ちになって苦しいの」
「シュアリー様…」
「ですが、既に王位継承権を放棄されているのですよ。私はシュアリー殿下に王太子の自覚を持っていただきたいのです」
「私は苦しいのっ!」
「ですが」
「どうして分かってくれないの!みんな、最近優しくない」

 思い通りに行かなくなったシュアリーの可愛い我儘から、ただの我儘に変わりつつあることに気付くべきだっただろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

「仕方ないから君で妥協する」なんて言う婚約者は、こちらの方から願い下げです。

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるマルティアは、父親同士が懇意にしている伯爵令息バルクルと婚約することになった。 幼少期の頃から二人には付き合いがあったが、マルティアは彼のことを快く思っていなかった。ある時からバルクルは高慢な性格になり、自身のことを見下す発言をするようになったからだ。 「まあ色々と思う所はあるが、仕方ないから君で妥協するとしよう」 「……はい?」 「僕に相応しい相手とは言い難いが、及第点くらいはあげても構わない。光栄に思うのだな」 婚約者となったバルクルからかけられた言葉に、マルティアは自身の婚約が良いものではないことを確信することになった。 彼女は婚約の破談を進言するとバルクルに啖呵を切り、彼の前から立ち去ることにした。 しばらくして、社交界にはある噂が流れ始める。それはマルティアが身勝手な理由で、バルクルとの婚約を破棄したというものだった。 父親と破談の話を進めようとしていたマルティアにとって、それは予想外のものであった。その噂の発端がバルクルであることを知り、彼女はさらに驚くことになる。 そんなマルティアに手を差し伸べたのは、ひょんなことから知り合った公爵家の令息ラウエルであった。 彼の介入により、マルティアの立場は逆転することになる。バルクルが行っていたことが、白日の元に晒されることになったのだ。

処理中です...