踊るねこ

ことは

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4 もう一人の自分

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「なんか寒気がする」

 体を震わせながら、
「ただいまー」
と、玄関でスニーカーを脱いでいると、お母さんがリビングのドアから顔を出した。

「あれ、はるか、また出かけたの?」

「またって? わたし今、ダンスから帰ってきたばかりだよ」

 お母さんが、首をひねる。

「おかしいわね。気のせいかしら。10分くらい前に、ただいまって声が聞こえたから、夕飯作り始めたんだけど。はるかが2階にかけあがっていく姿も、チラッと見た気がするし」

「気のせいじゃない?」

「気のせいにしては、はっきり聞こえたんだけどなぁ。まさか、はるかの生霊かしら?」

 お母さんが、大げさに両手で口を押さえる。

「もう、怖いこと言わないでよー。声の正体がおばけでも、お母さんがおかしくなったにしても、どっちにしてもホラーだよー」

 救急車のサイレンが頭の中によみがえってきて、ゾクリとした。

「もうすぐ、夕飯にするからね」

 そう言いながら、お母さんがリビングへ戻っていく。

「はーい」
と、返事をしながらはるかは、2階の自分の部屋へ向かった。

 ドアを開けた瞬間、薄暗い部屋の中で黒い影が動く。

 はるかは、心臓をギュッとつかまれたような気がした。

(マジでホラーなんですけど)

 そこにいたのは、10分前に帰って来たという、もう一人のはるかだった。

 服装も髪型も顔も背格好も、はるかの完全コピー人間。

 薄暗がりの中、はるかのことをじっと見つめている。

「……あなた、誰?」

 やっとのことで、はるかは声をしぼりだした。

「藤崎はるか。あなたこそ誰?」

 声も、全く同じだった。

 膝が震える。怖くてたまらない。逃げ出したいのに、足がいうことをきかない。

「わたしが、藤崎はるかなんですけど」

 はるかは怖いのを必死でかくしながら、挑戦的な態度で言った。

「本当の?」

 もう一人のはるかが、聞いた。

「あたりまえじゃない」

 はるかが答えると、
「よかった。本当の君は、やっぱりここにいたんだね」
と、もう一人のはるかが笑った。

 ピンときた。

 さっきから部屋にただよっている、この甘酸っぱい匂い。

 はるかは部屋の電気をパチッとつけ、もう一人のはるかに向き合った。

「あなた、モモなの?」

 はるかの質問に、もう一人のはるかが目を見開いた。

「どどどど、どうしてわかったのー?」

「なんか甘酸っぱい匂いするし、口の周り、赤い汁ついてるし」

 恐怖で張りつめた糸が、するするとほどけていく。

 はるかは、もう一人の自分の正体がわかると、ドサッとベッドに腰かけた。

「もう、驚かさないでよ。何で、わたしの姿しているの? 何で、ここにいるの? てゆうか、どうやって部屋に入ったのよ!」

「そんなにいっぺんに聞かれても、答えられないよー」

 はるかの怒り口調に、モモがオロオロし始めた。

「じゃぁまず、どうやって、わたしの部屋に入ったの?」

「玄関から、ただいまーって」

「そっか。わたしの姿しているもんね。誰にも怪しまれないよね。で、どうしてわたしの姿をしているの?」

「わたし、クローンモンスターだから」

「クローンモンスター?」

 モモがうなずく。

(あー、なんか頭がガンガンする、寒気がする)

 ゴクリとつばを飲むと、のどがものすごく痛くなっている。

 これ以上しゃべりたくないけど、はっきりさせなくてはならない。

「モモってモンスターなの、ねこなの、人間なの、なんなのよっ」

「わたし、キラキラセイから来たの」

 そっか、そっか。キラキラしちゃったんだ。

 ホラーじゃなくて、ファンタジーの住人ってわけ?

「えっと、簡単に言うと……」

(もっと早く簡単に言ってよ)

 のどが痛くて、声を出す気になれない。

「地球人から見たら、宇宙人……人じゃなくてクローンモンスターだけど、まぁ、そんなとこかな」

 やっぱりホラーじゃん。地球侵略ですか。世界征服ですか。

 それより、のどが痛い。

「キラキラ星はね、クローン技術がすごく発達しているの。クローン技術から生まれたのが、わたしたちクローンモンスターなんだ」

 モモの声が、遠くに聞こえる。

 なんか、魔術でもかけられた? モンスターの呪い?

「クローンモンスターは、一瞬で細胞分裂を繰り返して、どんな姿にも変身できるんだよ」

(あぁ、視界が暗くなっていく。とうとうわたしの体、宇宙人にのっとられるのね)

「わたしね、……ために地球に来たんだよ」

(何? 聞こえない)

 目が回る……。

「はるか! 大変、すごい熱」

 これって、モモの声? わたしの声?

「お母さーん! 助けてー」

 誰? 叫んでいるのは、わたしなの? それとも、モモ?

 限界。白旗あげます。

 お父さん、お母さん、さようなら。短い人生でしたが、わたし、幸せでした。

 意識が、プツリと途切れた。

 でも、人ってそんなに簡単には死ねない。

 途切れた意識は、すぐにつながった。

 モウロウとした意識の中、はるかは全部見ていた。

 モモが、部屋のドアを開けて、はるかの声でお母さんを呼ぶ。

 二人のはるかを見つけたらお母さんはさぞかし驚くだろうと思ったが、心配ご無用。

 お母さんがベッドに倒れているはるかを見つけた時には、モモはねこの姿に戻って、部屋の隅に隠れていた。

 お母さんは、はるかの部屋の侵入者には全く気がついていない。

「おかあ、さん。あ、ぶ、な、い。宇宙人が……」

 やっと、それだけ声を出す。

「は、はるか、大丈夫?」

 うろたえたお母さんの声。

「だ、だいじょうぶ。お母さんのことは、わたしが守るから」

 おでこに、お母さんのひんやり冷たい手の感触がした。

 そのままはるかは、病院に連れて行かれたのだった。
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