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9 秘密
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「お願い!」
土曜日の午後。はるかの部屋。
こねこ姿のモモが、おがむように両手を合わせている。
「昨日のダンスレッスンの振り付け、おしえてよー」
「何で、わたしがモモに教えなくちゃなのよ」
はるかは、床に寝転んで見ていた、ダンス雑誌のページをめくった。
「あっ、このメイクおもしろい。仮面をつけているみたい」
はるかが見ているのは、ステージ用のメイク特集ページだ。
モデルの女の子が、目の周りを大きくぐるりとラメ入りのブルーで囲んでいる。仮面をはめているように見えるが、メイクならどんなに激しく踊っても、はずれることはない。
「ふむふむ。キラキラのラインストーンは、つけまつげ用の、のりでつけるのかぁ」
はるかがじっくり読んでいると、モモが横からのぞきこんだ。
「こんなお化粧したら、どこの誰だかわからないじゃん。ってか、ちょっとはるか、わたしの話、聞いてるー?」
はるかがため息をつきながら、雑誌を閉じた。
「だから何で、わたしがモモに教えなくちゃなの?」
「だって、だってー。わたしだって踊りたいもん! なのに、はるかがスタジオ来るなって言うから」
「そりゃそうでしょ。ダンスする桃色のねこなんて、見つかったら大騒ぎも大騒ぎ。すぐにつかまって、どこかの研究所で全身解剖されちゃうわよっ」
「そんなの、いやだー」
モモが、ムンクの叫びのような顔をした。
はるかが、急に立ち上がる。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
カウントを取りながら、はるかは踊り始めた。
「えっ、教えてくれるの?」
「わたしも、練習したいし。こうなったら、選抜メンバーより上手に踊ってみせる」
ターンしながらモモの方を向いたとたん、はるかの動きが止まった。
目に入ってきたのは、頭のてっぺんで結んだ大きなピンクリボン。ポップな英字のロゴが入った、黄色のロングTシャツにデニムのショートパンツ。
(こんな所に鏡なんて、あったっけ? ……ないよね)
「モモ。その姿で踊るつもり?」
いつの間にか、はるかの姿に変身したモモが、
「うんっ」
と、無邪気に笑った。
「この姿の方が手足が大きく動くから、踊ってて気持ちいいもん!」
はぁー、とはるかは大きなため息をついた。
「モモ、ねこの姿に戻って」
「やっぱり、ダメ?」
モモが、上目づかいではるかを見る。
「公園で練習するよ。こんなせまい部屋で、二人じゃ踊れないから」
はるかの返事に、モモが目を輝かせた。
「いい? 隣の小学校区の公園に着くまでは、ねこの姿でいること」
「そんな遠くまでいくの? 公園なら、もっと近くにもあるじゃん」
「近所の公園じゃ、同じ学校の友達に見つかっちゃうでしょ? モモが、クローンモンスターだってことは、二人だけの秘密だからね。先週行った病院の隣に、いい公園があるんだ」
美加や結衣に、モモのことを知られたくなかった。ズルしてまでオーディションに受かろうとしたことを知られるようで、怖かった。
◇
あまり人の来ない、小さな公園だった。
ブランコに砂場。トイレが一つと、ベンチが二つだけ。
ブランコで遊んでいた一組の親子連れも、モモが振りを覚えきる頃にはいなくなっていた。
「曲、かけようか」
はるかは、家から持ってきた小さなCDプレーヤーを、自転車のカゴから取り出した。
プレーヤーをベンチの上に置き、再生ボタンを押す。
スタジオの時のように、大きな音は出ない。
だが確実に、リズムは体の中に染みこんでくる。
軽く足を開き、斜め下に視線を落とした。そのポーズまま、最初のフォーカウントを聞き流す。ファイブのカウントと同時に、体の奥にためこんだパワーを一気に爆発させる。
少しのズレもなく、はるかとモモは踊り始めた。
(すごい。息ぴったり)
風を切るようなモモの動きが、空気を通して伝わってくる。
鏡がなくても、モモの動きが手に取るようにわかった。
同じ姿をしていても、はるかとモモは全く別の人間だ。
でも今、まるで二人は一つの生命体のように、体を自由に動かしていた。リズムを、ビートを、音楽を、自在に操るように、踊ることで表現していく。
一日分のレッスンの振りは、すぐに終わってしまう。二人は一曲終わるまで、同じ振りを繰り返し踊った。
音が止まった時だ。
公園の端に植えられた、かしの木の向こう側で、何かが動いた。
ドキッとして、はるかは木の向こうに目をこらした。
黒いフードをかぶった人影が揺れる。インパクトのあるドクロが描かれたハーフパンツの足が、はるか達の方を向いた。
木陰から出てきた人物に、はるかは息が止まるほど驚いた。
そこにいたのは、隼人だった。
土曜日の午後。はるかの部屋。
こねこ姿のモモが、おがむように両手を合わせている。
「昨日のダンスレッスンの振り付け、おしえてよー」
「何で、わたしがモモに教えなくちゃなのよ」
はるかは、床に寝転んで見ていた、ダンス雑誌のページをめくった。
「あっ、このメイクおもしろい。仮面をつけているみたい」
はるかが見ているのは、ステージ用のメイク特集ページだ。
モデルの女の子が、目の周りを大きくぐるりとラメ入りのブルーで囲んでいる。仮面をはめているように見えるが、メイクならどんなに激しく踊っても、はずれることはない。
「ふむふむ。キラキラのラインストーンは、つけまつげ用の、のりでつけるのかぁ」
はるかがじっくり読んでいると、モモが横からのぞきこんだ。
「こんなお化粧したら、どこの誰だかわからないじゃん。ってか、ちょっとはるか、わたしの話、聞いてるー?」
はるかがため息をつきながら、雑誌を閉じた。
「だから何で、わたしがモモに教えなくちゃなの?」
「だって、だってー。わたしだって踊りたいもん! なのに、はるかがスタジオ来るなって言うから」
「そりゃそうでしょ。ダンスする桃色のねこなんて、見つかったら大騒ぎも大騒ぎ。すぐにつかまって、どこかの研究所で全身解剖されちゃうわよっ」
「そんなの、いやだー」
モモが、ムンクの叫びのような顔をした。
はるかが、急に立ち上がる。
「ワン、ツー、スリー、フォー」
カウントを取りながら、はるかは踊り始めた。
「えっ、教えてくれるの?」
「わたしも、練習したいし。こうなったら、選抜メンバーより上手に踊ってみせる」
ターンしながらモモの方を向いたとたん、はるかの動きが止まった。
目に入ってきたのは、頭のてっぺんで結んだ大きなピンクリボン。ポップな英字のロゴが入った、黄色のロングTシャツにデニムのショートパンツ。
(こんな所に鏡なんて、あったっけ? ……ないよね)
「モモ。その姿で踊るつもり?」
いつの間にか、はるかの姿に変身したモモが、
「うんっ」
と、無邪気に笑った。
「この姿の方が手足が大きく動くから、踊ってて気持ちいいもん!」
はぁー、とはるかは大きなため息をついた。
「モモ、ねこの姿に戻って」
「やっぱり、ダメ?」
モモが、上目づかいではるかを見る。
「公園で練習するよ。こんなせまい部屋で、二人じゃ踊れないから」
はるかの返事に、モモが目を輝かせた。
「いい? 隣の小学校区の公園に着くまでは、ねこの姿でいること」
「そんな遠くまでいくの? 公園なら、もっと近くにもあるじゃん」
「近所の公園じゃ、同じ学校の友達に見つかっちゃうでしょ? モモが、クローンモンスターだってことは、二人だけの秘密だからね。先週行った病院の隣に、いい公園があるんだ」
美加や結衣に、モモのことを知られたくなかった。ズルしてまでオーディションに受かろうとしたことを知られるようで、怖かった。
◇
あまり人の来ない、小さな公園だった。
ブランコに砂場。トイレが一つと、ベンチが二つだけ。
ブランコで遊んでいた一組の親子連れも、モモが振りを覚えきる頃にはいなくなっていた。
「曲、かけようか」
はるかは、家から持ってきた小さなCDプレーヤーを、自転車のカゴから取り出した。
プレーヤーをベンチの上に置き、再生ボタンを押す。
スタジオの時のように、大きな音は出ない。
だが確実に、リズムは体の中に染みこんでくる。
軽く足を開き、斜め下に視線を落とした。そのポーズまま、最初のフォーカウントを聞き流す。ファイブのカウントと同時に、体の奥にためこんだパワーを一気に爆発させる。
少しのズレもなく、はるかとモモは踊り始めた。
(すごい。息ぴったり)
風を切るようなモモの動きが、空気を通して伝わってくる。
鏡がなくても、モモの動きが手に取るようにわかった。
同じ姿をしていても、はるかとモモは全く別の人間だ。
でも今、まるで二人は一つの生命体のように、体を自由に動かしていた。リズムを、ビートを、音楽を、自在に操るように、踊ることで表現していく。
一日分のレッスンの振りは、すぐに終わってしまう。二人は一曲終わるまで、同じ振りを繰り返し踊った。
音が止まった時だ。
公園の端に植えられた、かしの木の向こう側で、何かが動いた。
ドキッとして、はるかは木の向こうに目をこらした。
黒いフードをかぶった人影が揺れる。インパクトのあるドクロが描かれたハーフパンツの足が、はるか達の方を向いた。
木陰から出てきた人物に、はるかは息が止まるほど驚いた。
そこにいたのは、隼人だった。
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