10 / 62
『医者の嫁(見習い)』として当然のことをしたまででしてよ
しおりを挟む
「初めて、人を好きになったんです。でも両親から交際を反対されて、学園を卒業する前に二十も年上の貴族の後妻にさせられそうになって……」
先ほどとは打って変わり、落ち着いた調子でポツリポツリとエマは身の上を語りだした。路上でゴミを漁るようにして生活していること、ここから直ぐ側にある安宿で過ごしていること、夜中は娘の夜泣きに悩まされていること……。
「大変でしたわね」
彼女のように裕福な生活を知ってしまった人間からすると、子供の服一枚、満足に買えない現状は地獄に違いない。
「私もキース様を追ってここまで来ましたので分かりますわ」
「でも、グレイス様は第二王子と婚約されていたはずでは……」
「それが、卒業パーティーの最中に婚約破棄されてしまいましたの」
私が大げさに婚約破棄の話をすると、初めてエマの表情が学園にいた時の少女のそれに戻る。学園の昼休み、こうして私達はお茶とお菓子を囲みながら、誰が誰を好きだ……などと他愛もない噂話をよくした。人生何が起こるか分からない。
「婚約破棄?!」
「ええ、ティアナ様を私、虐めておりましたでしょ?それが理由で……」
「そんなことで婚約破棄されますの?!そもそもそれだって第二王子が、グレイス様という婚約者がありながら、ティアナ様に気持ちを寄せられたからであって」
まるで自分の事のように憤慨するエマの手を握って私は落ち着かせる。
「でも、キース様と出会って分かったんですの。あれは“愛”ではなく、“第二王子の婚約者”という私の存在意義をティアナ様に奪われそうになり、焦っていたんだと思いますの。そう考えると婚約破棄していただいたおかげで、真実の愛に気付くことができたんですから、感謝しないといけませんわ」
「羨ましいです……」
「でも結婚していただけませんの」
「え?」
エマの表情はクルクルとよく変わる。
「半年間のお時間をいただいて、ここで嫁としてやっていけるか試して頂いているところなの。せっかくなので、この診療所を立て直そうとも考えていますわ」
「無料で診療してもらおうとして何ですが、結婚するより大変そうですね」
「でも大切な人のお役に立てるって幸せなことでしてよ」
私の言葉にエマは、何かを考えるように俯く。
「エマにとって今、一番大切な物ってなんですの?あなたを捨てて逃げた男?お子様?それとも自尊心かしら?」
彼女も実家に泣きつけば、受け入れてもらえることは分かっているのだろう。だが『真実の愛』と大見えを張って家出した手前、帰るに帰れなくなっているに違いない。
「優しいエマのことだから、相手の男は何かトラブルや事故にあって、戻るに戻れないだけじゃないか……、売り飛ばそうとしたのも何かの間違いじゃないか……って思っていらっしゃるのでしょ?」
肯定の言葉の代わりにエマは声もなく涙を流す。どれだけ現実的ではない憶測でも、時には厳しい現実よりも受け入れたい時があるものだ。
「大丈夫。あなたが必死で子供の命を守ろうとしたように、ご両親もきっとエマのことを心配していらっしゃるはずよ」
「私……帰ります」
「えぇ、そうなさった方がいいわ」
私はエマの肩を抱くようにして、その勇気を称える。実家に戻れば彼女の人生が全てうまくいくわけではない。駆け落ちをして子供を作った娘に対する風当たりは強いだろう。だが、ここで子供の診療代を悩むほどの辛さではないはずだ。
「そろそろ、エマの順番かもしれませんわ。見てまいりますわね」
「あの……グレイスさん……。本当にありがとうございます」
「気になさらないで、医者の嫁(見習い)として当然のことをしたまででしてよ」
友人の人生に希望が見え、私もようやく安堵の笑みを浮かべることができた。
先ほどとは打って変わり、落ち着いた調子でポツリポツリとエマは身の上を語りだした。路上でゴミを漁るようにして生活していること、ここから直ぐ側にある安宿で過ごしていること、夜中は娘の夜泣きに悩まされていること……。
「大変でしたわね」
彼女のように裕福な生活を知ってしまった人間からすると、子供の服一枚、満足に買えない現状は地獄に違いない。
「私もキース様を追ってここまで来ましたので分かりますわ」
「でも、グレイス様は第二王子と婚約されていたはずでは……」
「それが、卒業パーティーの最中に婚約破棄されてしまいましたの」
私が大げさに婚約破棄の話をすると、初めてエマの表情が学園にいた時の少女のそれに戻る。学園の昼休み、こうして私達はお茶とお菓子を囲みながら、誰が誰を好きだ……などと他愛もない噂話をよくした。人生何が起こるか分からない。
「婚約破棄?!」
「ええ、ティアナ様を私、虐めておりましたでしょ?それが理由で……」
「そんなことで婚約破棄されますの?!そもそもそれだって第二王子が、グレイス様という婚約者がありながら、ティアナ様に気持ちを寄せられたからであって」
まるで自分の事のように憤慨するエマの手を握って私は落ち着かせる。
「でも、キース様と出会って分かったんですの。あれは“愛”ではなく、“第二王子の婚約者”という私の存在意義をティアナ様に奪われそうになり、焦っていたんだと思いますの。そう考えると婚約破棄していただいたおかげで、真実の愛に気付くことができたんですから、感謝しないといけませんわ」
「羨ましいです……」
「でも結婚していただけませんの」
「え?」
エマの表情はクルクルとよく変わる。
「半年間のお時間をいただいて、ここで嫁としてやっていけるか試して頂いているところなの。せっかくなので、この診療所を立て直そうとも考えていますわ」
「無料で診療してもらおうとして何ですが、結婚するより大変そうですね」
「でも大切な人のお役に立てるって幸せなことでしてよ」
私の言葉にエマは、何かを考えるように俯く。
「エマにとって今、一番大切な物ってなんですの?あなたを捨てて逃げた男?お子様?それとも自尊心かしら?」
彼女も実家に泣きつけば、受け入れてもらえることは分かっているのだろう。だが『真実の愛』と大見えを張って家出した手前、帰るに帰れなくなっているに違いない。
「優しいエマのことだから、相手の男は何かトラブルや事故にあって、戻るに戻れないだけじゃないか……、売り飛ばそうとしたのも何かの間違いじゃないか……って思っていらっしゃるのでしょ?」
肯定の言葉の代わりにエマは声もなく涙を流す。どれだけ現実的ではない憶測でも、時には厳しい現実よりも受け入れたい時があるものだ。
「大丈夫。あなたが必死で子供の命を守ろうとしたように、ご両親もきっとエマのことを心配していらっしゃるはずよ」
「私……帰ります」
「えぇ、そうなさった方がいいわ」
私はエマの肩を抱くようにして、その勇気を称える。実家に戻れば彼女の人生が全てうまくいくわけではない。駆け落ちをして子供を作った娘に対する風当たりは強いだろう。だが、ここで子供の診療代を悩むほどの辛さではないはずだ。
「そろそろ、エマの順番かもしれませんわ。見てまいりますわね」
「あの……グレイスさん……。本当にありがとうございます」
「気になさらないで、医者の嫁(見習い)として当然のことをしたまででしてよ」
友人の人生に希望が見え、私もようやく安堵の笑みを浮かべることができた。
58
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
戦姫のトロイメライ~断罪される未来が視えたので先に死んだことにしました
志熊みゅう
恋愛
十三歳の誕生日、侯爵令嬢エディット・ユングリングは、自分が死ぬ瞬間を"夢"に視た。
卒業舞踏会で、婚約者であるフィーラ帝国・第一皇子マティアス殿下から、身に覚えのない罪で断罪され、捕らえられる。傍らでは見知らぬピンクブロンドの令嬢が不敵に微笑む。貴族牢のある北の古城に連行される途中、馬車ごと“死の谷”へと落ちていった――そんな妙に生々しい夢。
マティアス殿下は聡明で優しく、エディットを大切にしているように見えた。だから誰もその"夢"のことを気に留めなかった。しかし、兄の怪我、愛猫の死、そして大干ばつ――エディットの"夢"は次々と現実になっていく。ある日、エディットは気づく。この"夢"が、母の祖国・トヴォー王国の建国の軍師と同じ異能――"未来視"であることに。
その頃、一年早く貴族学院に入学したマティアス殿下は、皇宮から解放され、つかの間の自由を知った。そして、子爵令嬢ライラに懸想するようになる。彼女は、"夢"の中で冷酷に微笑むあの令嬢に瓜二つ。エディットは自分が視た"夢"が少しずつ現実になっていくことに恐怖した。そんな時に視た、黒髪の令息が「愛しているよ」と優しくはにかむ、もう一つの『未来』。エディットは決心する。
――断罪される未来を変えたい。もう一つの未来を自分で選び取る。
彼女は断罪される前に、家族と共に自らの死を偽装し、トヴォー王国へと身を隠す。選び取った未来の先で、エディットは『戦姫』として新たな運命の渦に飲まれていく――。
断罪の未来を捨て、愛する者のために戦う令嬢の恋愛ファンタジー!
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました
富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。
転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。
でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。
別にそんな事望んでなかったんだけど……。
「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」
「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」
強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。
※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる