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元冒険者の梅肉エキス工場
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「キース様、どうして彼らは貧乏なのでしょう」
その日の夜、やはり質素すぎる夕食を囲みながら、そう質問するとキースさんは吹き出しそうになる。
「君は凄いことを聞くね」
「私、今日一日必死に考えてみましたの。どうして彼らは貧乏なのかって……。それが分かればこの診療所を立て直すこともできると思いました。でもいくら考えても分からないんです。だって働けばいいだけでしょ?」
前世の日本で我が家は貧困層に位置していたはずだが、彼らほど経済状況は悪くなかった。さらに生まれ変わった公爵令嬢時代はさらに貧困とは無縁の生活を送っていた。正直、金貨以下の硬貨が実在することもこの診療所に来てから始めて知った程だ。そのためどうして、この地域の人々が、これほど貧困に苦しむ理由が分からない。
「なるほど、そこからか……。確かに働けば、どんな低賃金だとしても金は手に入るな」
「ええ、そうですわ。低賃金でも内職だってあります。それでも子供を売るしか方法がないほど貧乏なのが不思議なんです」
リタの兄が腰を痛めたから働けないというのも謎だ。勿論、冒険者としては働けないだろうが、腰を使わない仕事だって多数存在する。
「まずね。彼らは市民権がないんだよ」
「え?!」
王城に住むためには『市民権』が必要となる。各領地から農民が離れないために、商人や冒険者など一部の職業を除いて市民権がなければ王城自体に入ることすらできない。言ってみれば彼らは存在してはいけない市民なのだ。
「移民や難民なんかがそのまま王城に住み着いたのが彼らの始まりだよ。市民権がない親から生まれた子供達も市民権がない。市民権がなければ、下働きもできないし内職だってもらえない。だから女は娼館で働き、男は冒険者になるんだよ」
「冒険者?」
「冒険者は魔物と戦う危険な仕事だから常に人が不足しているんだ。だから冒険者ギルドがその身分を保証するという形で、市民権がない人間でも働くことができる」
「だからリタのお兄さんは冒険者になったんですのね」
「そうだろうね。でも、冒険者を辞めるとギルドから身分保証をしてもらえないから、やっぱり市民権がない人間に戻るんだ」
なんという悪循環だろう。
「市民権がない住民を雇うのは違法……ですわね」
リタを助ける方法として、当面診療所で梅肉エキスを作ってもらう対価として報酬を支払えば……とも考えていたが、不法就労になるならばキースさんに迷惑がかかってしまう。
「そうだね。『雇う』のはね。でもこの国の法律では、彼らが勝手に商売をすることまでは禁じてないんだ。そもそも存在していないわけだからね。彼らの存在を認めると、逆に保護する対象になって税金を使わなければいけない。それが嫌なんだろうね」
「つまり作り方を教えて、材料を渡してリタ達が勝手に作ってくれるならば問題ないわけですね!」
私の妙案にキースさんは穏やかな笑みで肯定してくれた。
「というわけで、今日からリタとレオには工場を始めてもらいたいと思います」
「工場?!」
二人は不思議なものを見るような目で私を見る。確かに二人だけの工場というのは、いささか不思議な表現だ。
「勿論、子供達二人で働くのは危険なので、リタのお兄さんが工場長になってくれることになりました」
キースさんと話し合った次の日、リタのお兄さんに相談に行くと二つ返事で梅肉エキス工場の工場長になることを了承してくれた。
「でも工場ってどこにあるんだよ?」
レオの疑問は最もだ。
「工場は我が家のキッチンです」
報酬を与えて彼らに梅肉エキスを作らせるのは違法だが、彼らが『勝手に』キッチンで梅肉エキスを作るのは問題ない。
「でもあれ作るのスゴイ大変だったぜ」
「そうよね。でも手間暇のことも考えて一瓶銀貨三枚で販売しようと思っています」
「銀貨!!?」
二人の目の色が変わる。この世界の金貨一枚は大体、一万円ぐらいの価値があり、銀貨は千円、銅貨は百円の価値がある。つまり本気をだせば三人で九千円が稼げることになるのだ。決して高い報酬ではないが一つのビジネスチャンスではあると思う。
「二人がやる気を出せば、一日に三個ぐらい作れるわよね。どうする?やる?」
頭が取れるのではないか、というぐらい彼らは頭を縦に振る。
「でもお恥ずかしい話……材料などを買うための元手が全くないんですが……」
さすが冒険者として働いていただけあり、リタ兄は冷静にこのビジネスの欠点を挙げた。
「最初は我が家の『いらなくなった』梅を使ってください。煮詰める必要があるのですが、そのために必要な木材も我が家の『いらなくなった』ものを使っていただければと思います」
「なるほど!! 最初の商品が売れた後は、私達で材料などを用意するというわけですね」
「えぇ、そうしていただけると嬉しいですわ。近々、知り合いの商人を紹介いたしますので、材料の調達などもおそらく心配していただかなくても大丈夫だと思います」
梅肉エキスをリタ達が作ることを既にディランさんに手紙で知らせてある。時間がある時に診療所にも寄ってくれるだろう。
「本当に何から何までありがとうございます」
無邪気に喜ぶリタ達とは異なり、そう言って頭を下げるリタ兄の姿は心を打つものがあった。
その日の夜、やはり質素すぎる夕食を囲みながら、そう質問するとキースさんは吹き出しそうになる。
「君は凄いことを聞くね」
「私、今日一日必死に考えてみましたの。どうして彼らは貧乏なのかって……。それが分かればこの診療所を立て直すこともできると思いました。でもいくら考えても分からないんです。だって働けばいいだけでしょ?」
前世の日本で我が家は貧困層に位置していたはずだが、彼らほど経済状況は悪くなかった。さらに生まれ変わった公爵令嬢時代はさらに貧困とは無縁の生活を送っていた。正直、金貨以下の硬貨が実在することもこの診療所に来てから始めて知った程だ。そのためどうして、この地域の人々が、これほど貧困に苦しむ理由が分からない。
「なるほど、そこからか……。確かに働けば、どんな低賃金だとしても金は手に入るな」
「ええ、そうですわ。低賃金でも内職だってあります。それでも子供を売るしか方法がないほど貧乏なのが不思議なんです」
リタの兄が腰を痛めたから働けないというのも謎だ。勿論、冒険者としては働けないだろうが、腰を使わない仕事だって多数存在する。
「まずね。彼らは市民権がないんだよ」
「え?!」
王城に住むためには『市民権』が必要となる。各領地から農民が離れないために、商人や冒険者など一部の職業を除いて市民権がなければ王城自体に入ることすらできない。言ってみれば彼らは存在してはいけない市民なのだ。
「移民や難民なんかがそのまま王城に住み着いたのが彼らの始まりだよ。市民権がない親から生まれた子供達も市民権がない。市民権がなければ、下働きもできないし内職だってもらえない。だから女は娼館で働き、男は冒険者になるんだよ」
「冒険者?」
「冒険者は魔物と戦う危険な仕事だから常に人が不足しているんだ。だから冒険者ギルドがその身分を保証するという形で、市民権がない人間でも働くことができる」
「だからリタのお兄さんは冒険者になったんですのね」
「そうだろうね。でも、冒険者を辞めるとギルドから身分保証をしてもらえないから、やっぱり市民権がない人間に戻るんだ」
なんという悪循環だろう。
「市民権がない住民を雇うのは違法……ですわね」
リタを助ける方法として、当面診療所で梅肉エキスを作ってもらう対価として報酬を支払えば……とも考えていたが、不法就労になるならばキースさんに迷惑がかかってしまう。
「そうだね。『雇う』のはね。でもこの国の法律では、彼らが勝手に商売をすることまでは禁じてないんだ。そもそも存在していないわけだからね。彼らの存在を認めると、逆に保護する対象になって税金を使わなければいけない。それが嫌なんだろうね」
「つまり作り方を教えて、材料を渡してリタ達が勝手に作ってくれるならば問題ないわけですね!」
私の妙案にキースさんは穏やかな笑みで肯定してくれた。
「というわけで、今日からリタとレオには工場を始めてもらいたいと思います」
「工場?!」
二人は不思議なものを見るような目で私を見る。確かに二人だけの工場というのは、いささか不思議な表現だ。
「勿論、子供達二人で働くのは危険なので、リタのお兄さんが工場長になってくれることになりました」
キースさんと話し合った次の日、リタのお兄さんに相談に行くと二つ返事で梅肉エキス工場の工場長になることを了承してくれた。
「でも工場ってどこにあるんだよ?」
レオの疑問は最もだ。
「工場は我が家のキッチンです」
報酬を与えて彼らに梅肉エキスを作らせるのは違法だが、彼らが『勝手に』キッチンで梅肉エキスを作るのは問題ない。
「でもあれ作るのスゴイ大変だったぜ」
「そうよね。でも手間暇のことも考えて一瓶銀貨三枚で販売しようと思っています」
「銀貨!!?」
二人の目の色が変わる。この世界の金貨一枚は大体、一万円ぐらいの価値があり、銀貨は千円、銅貨は百円の価値がある。つまり本気をだせば三人で九千円が稼げることになるのだ。決して高い報酬ではないが一つのビジネスチャンスではあると思う。
「二人がやる気を出せば、一日に三個ぐらい作れるわよね。どうする?やる?」
頭が取れるのではないか、というぐらい彼らは頭を縦に振る。
「でもお恥ずかしい話……材料などを買うための元手が全くないんですが……」
さすが冒険者として働いていただけあり、リタ兄は冷静にこのビジネスの欠点を挙げた。
「最初は我が家の『いらなくなった』梅を使ってください。煮詰める必要があるのですが、そのために必要な木材も我が家の『いらなくなった』ものを使っていただければと思います」
「なるほど!! 最初の商品が売れた後は、私達で材料などを用意するというわけですね」
「えぇ、そうしていただけると嬉しいですわ。近々、知り合いの商人を紹介いたしますので、材料の調達などもおそらく心配していただかなくても大丈夫だと思います」
梅肉エキスをリタ達が作ることを既にディランさんに手紙で知らせてある。時間がある時に診療所にも寄ってくれるだろう。
「本当に何から何までありがとうございます」
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