悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー

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スラム街の大聖女

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「医者の奥様なのに、朝早いのね~」

 空の色が変わる頃、井戸のそばで洗濯していると頭上から間延びしたその声が降ってきた。驚いて顔をパッと上げるとそこには一人の女性が立っていた。茶色いこの町では浮き立ってしまうほど原色の華やかな衣装に身を包んでおり、彼女が娼館の人間だということが直ぐに分かった。

「はじめまして。いつもレオから聞いているわ。私、姉のマーゴ。よろしくね」

 キースさんに逆プロポーズしたという人物との思いがけない遭遇に、緊張から「こちらこそ」という声が若干震える。しかし差し出された手を握る距離まで近づくと、彼女の額が青く腫れあがっていることに気付いた。

「額、どうされましたの?」

「あぁ、酔った客に殴られてね。泊りの客を見送りしたついでに、井戸で冷やしに来たのよ」

「まぁ……」

 近づけばすぐわかるほど腫れているが、当の本人はさほど気にした様子はない。

「もしよろしければ、うちにいらして」

「うちって……でも支払う金なんてないよ?」

「私は医者じゃありませんもの。お金なんていただけませんわ」

 そもそもお金をもらっても私は彼女に回復魔法などかけられないのだが……。



「沢山作りすぎちゃって……よかったら召し上がってくださいね」

 私は朝ごはんとして作っていたスープを彼女に差し出す。

「じゃ、お言葉に甘えて」

 スープを美味しそうに食べるマーゴを横目に私は砂糖水を作り始めた。作り方は簡単だ。手のひらに砂糖をのせ、水を数滴加えて混ぜドロっとさせる。

「ちょっと失礼いたしますわね」

 その砂糖水をマーゴの額に塗る。おばあちゃん直伝の『砂糖湿布』。ひじやひざ、額など脂肪が少ない部分が腫れた時、いつも塗って貰っていた。

「何この薬、甘い匂いがするんだけど」

「薬ではなく砂糖水ですわ。最初はバリバリしますが、一~二時間もしましたら、腫れが引いてくると思います」

「砂糖で……へぇ……今度やってみよう」

「とても簡単なので是非」

「レオ達が言っていたけど本当に大聖女みたいなひとだね。あんた」

 大聖女は勇者と同じくこの世界に『存在した』といわれる伝説の存在だ。一般的な聖女は神官学校を卒業後、神殿で一定期間働くと就任することができる。一方、大聖女は誰かに認定してなれるのではなく、数々の伝説から『大聖女』と称される。

 大聖女はありとあらゆる治癒魔法を自在に操れ、際限なく人々を治癒できたらしい。伝説では魔王軍との戦争が勃発した時、戦場で数千人の負傷兵を一人で治癒したとも。その治癒レベルも高く、欠損していた手足すら再生したという。iPS細胞もビックリだ。

 そんな大聖女が回復薬を作ると一番ランクが低い初級ポーションでも最高級ポーションと同じ効力を発揮するのだとか。その奇跡は人間だけにはとどまらず、動物や魔物と会話ができるともいわれている。

 そのため各地には大聖女が杖をついたら湧いてきた……という伝説が残る温泉や井戸、はたまた滝や川すら存在する。ここまで来ると実在していた人物というより、もはや神レベルだ。

「最底辺といわれているこの街の人間だって、普段は私達のことを避ける。井戸を使うのすら嫌な顔をするのに、そんな私の怪我を心配して家にまで招いてくれるなんて」

 大聖女は人間だけでなく魔物にも慈悲を与えたというエピソードもあったような気もした。

「いえいえ、医者の婚約者として当然のことをしたまでですわ」

 私はお気に入りの台詞と共にニッコリ微笑む。

「でも正直、キース様がされていることと比べましたら、本当に何もできないんですの……」

 おばあちゃんの知恵は色々と役に立つが、根本的な病気や怪我を癒す……というレベルになると回復魔法の前では歯が立たない。今回の怪我だって、回復魔法があれば数秒で元に戻る。

「そりゃ、そうだろ。でもさ、私はあんたの気持ちが嬉しいよ。治してやろう、良くなったらいいな――って。そんな気持ち向けてもらうの久々だから……。それにホラ、もう腫れが引いて来ている気がする」

 マーゴは嬉しそうに前髪を上げてみる。さすがの砂糖湿布もそんなに早く効くはずはないが、病は気からといったところだろうか。

「そう言って頂けると嬉しいですわ」

「リタがあんたに憧れるのも納得だわ。でもあいつ、そろそろ売られる頃だと思うんだよね」

 とんでもない、事実に思わず耳を疑う。オリバーから聞かされ親に売られてしまう少女が存在することは知っていたが、こんなに身近な存在がその対象となり得ることに驚愕させられた。

「リタのところの兄貴が冒険者やっていたんだけど、腰をやられたとかで戻ってきてね……。再来年ぐらいかな~なんて話していたんだけど早まりそうみたいよ」

「でも、まだあの子は十歳ですよね」

「下働きから始めさせるんだよ。当分、客は取らないと思うから大丈夫よ」

『そろそろ大根が収穫の時期だ』というような気軽さで、そう言うマーゴにとってリタの身売りは日常なのかもしれないが、大丈夫なわけがない。新たに生じた課題に私は頭を悩ませることとなった。


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【注意】
今回紹介した『砂糖水湿布』はあくまでも民間療法です。経験に基づいた知識であるため体質に合わない場合があります。体調に異変を感じた場合は、直ぐに使用を中止してください。

登場人物が一定の効果を感じていると表現しておりますが、個人の感想です。必ずしも効果を保証するものではありません。

また砂糖水湿布より単に冷やす方が効果的という説も存在します。
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