悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー

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第一王子の帰還

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「なんだグレイス、大聖女だったのか」

 先ほどとは打って変わって穏やかな声でアルフレッドは近づいて来るが、その目は相変わらず据わっている。自分が『大聖女』と認定されたという驚きよりも、彼の態度の豹変ぶりに対する恐怖が勝り、思わず言葉を失った。

「あぁ……違うな。私のために大聖女になってくれたのか」

 アルフレッドのとんでもない言い分に怖くなり、キースさんの背中に回していた手に力を入れた。

「グレイス、結婚しよう。『大聖女』が妻ならば、王位継承権の順位なんて意味ないもんな」

 自分の言葉に満足げにアルフレッドは頷く。

「みんなに認めてもらうために火竜にここを襲わせる必要もなかったじゃないか。早く言えよ。金貨五千枚も無駄にしちゃったじゃないか」

 そう言って差し出された手を勿論つかむ気持ちにはならない。

「どうした?『王子の嫁』になりたかったんだろ?だからティアナに嫌がらせをしてきたんだろ?」

「殿下には、て、ティアナ様がいらっしゃるではありませんか」

 私は恐怖心を押し殺し精一杯反論するが、アルフレッドは『何か問題でもあるのか?』と言わんばかりの驚いた表情を浮かべる。

「ティアナは……うん。大丈夫だ。側妃にでもしてやろう」

 偽装妊娠という形で王家を騙しながらも結婚したいと思った相手ではなかったのだろうか。

「愛していらっしゃらないのですか?」

 ティアナに対する同情よりも最後の切り札として同情を誘ってみるが、アルフレッドはそれを一笑に付した。

「愛しているさ、だから側妃にする。ティアナも私が王にならなければ、私との婚姻など求めないだろう」

 確かにティアナも王になりえる『王子』だからアルフレッドを攻略したのだろう。そうでなければ元王子のディラン達を攻略してもよかったはずだ。

「お互い酷いこともしたが、水に流そう。な」

 酷いことをしたのは、あんただけだろ……と思うが勿論、口にしない。私は無言で首を横に振り、その一方的な申し出を断った。子供の時、王子との結婚に憧れた時期もあったが、こんな王子ならばこちらから願い下げだ。

「私はキース様と結婚いたします」

「この平民とか!? お前、頭がおかしいのか? 王だぞ? 私は王になるんだ」

 アルフレッドはキースさんにしがみつく私の手を乱暴に引き寄せる。二の腕にピリッと痛みが走るが、次の瞬間、アルフレッドの手をキースさんが振り払ってくれた。

「グレイスは私の婚約者だ」

 そうキッパリと断言され、なぜか恐怖心よりも嬉しさがこみ上げてくる。

「おい、平民のくせに何を言っている?! 私は第二王子だ!!!! お前なんて不敬罪で死刑にしてやる!!!!」

 キースさんの反論にアルフレッドはこれまで以上に顔を赤くして激怒する。言い分は最もだが、キースさんは全く意に介さないとう表情を浮かべていた。

「まだ分からないのですか。私だよ」

「あ?」

 穏やかなキースさんの声にアルフレッドだけでなく私も首を傾げる。

「貴方の義理の兄で第一王子のオースティンだ。確かに最後に会ったのは貴方が二歳の時だったからね……覚えていろというのが無理な話だが」

「う、嘘を言うな!! 兄上は国外に留学しているはずだっ!」

 アルフレッドの疑問に私も静かに頷く。第一王子は国外に留学しており、一度もこの国には帰国していない。公爵令嬢の私ですら、彼の顔を見たことがない。

「私が六歳の時、ゴドウィン公爵が『キース』としての人生を用意してくださったんだ。あの時はまだ前国王派と現国王派の対立が激しく、暗殺に脅える毎日を過ごしていたんだ」

「それでお父様が?」

 キースさんは私に優しく微笑みながら頷く。

「平民としての身分を用意してくださり、神官学校に通わせてくださった。私はこの人生で満足していたんだ。グレイスとアルフレッド様がご結婚されるのだって、陰で見守っているつもりだった」

「な、ならば何故、今になって」

「グレイスを愛しているからだよ」

 キースさんはそう言うと私の背中に回す手に力を込める。

「お前なんかには絶対渡せない」

「な……」

 反論する言葉を失って、アルフレッドは唖然とした表情を浮かべていた。衝撃の事実に私も若干事態を飲み込みかねていたが、キースさんの体温が徐々にその現実を伝えてくれるようだった。そんな幸せな時間を切り裂くように

「兄でも、兄でなくてもいい!! 死ねぇぇぇ!!」

とアルフレッドは叫びながら腰から抜いた短剣を手にしていた。今度こそ刺される……と思った瞬間、頭上からの爆風に私とキースさんは吹き飛ばされた。

『あらぁ~~こんなところにいたのね~~』

 緊張感漂うこの場所には不釣り合いなほど陽気な声に私は気が遠くなりそうになった。


 火竜が再び舞い降りたのだ。
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