会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶

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【20】過去の女

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「大和。久し振りね」

 二人が別れて六年経ち、あの頃二十六歳だった晶は三十二歳となっていた。
 年齢が経過しても晶の美しさは健在で、そこに人妻となった色気が加わり、一層男を惹き付ける魅力が増しているようだった。

「元気そうね。――会いたかった」

 静かにそう告げる彼女。
 彼女の落ち着いた声だけが、五十嵐の耳にやけに大きく響く。

『会いたかった』と、目の前の女の言葉に、五十嵐は睨みつけるように、鋭い視線を彼女へと向けた。
 激しい怒りと憎悪が五十嵐の中に噴出する。

「会いたかった、だと……? ふざけんな。俺はお前なんかにちっとも会いたくなかったよ。今更どの面下げて俺の前に姿を現したんだ」

 爆発しそうな気持ちを抑えながら、五十嵐は低い声で晶へと気持ちをぶつける。
 五十嵐の怒りを受け止め、晶はふっと悲しそうな顔で微笑んだ。

「憎まれているのは知ってたわ。当然よね、あんな別れ方をしたんだもの。でもね、私、教授とは別れたの」
「は? 」

 自分を裏切った原因の相手と別れた、と晶の口から聞かされた五十嵐は、彼女の真意が分からず困惑気味に眉根を寄せた。

 自分を凝視する五十嵐に向けて、晶がスッと左手を顔の前に掲げる。
 その指には、結婚の証である指輪がはめられていなかった。

「――くく……。ざまぁねぇな。捨てられたのかよ」

 晶の不幸に五十嵐は顔を歪め、感情がぐちゃぐちゃのまま笑い声を漏らした。

「違うわ。私の方から別れたの。……大和のことが忘れられなくて……」
「ふざけ……っ!? 」

 晶の身勝手な言い分にカッとなった五十嵐が思わず声を荒げるが、寸での所で思い留まる。

 (ムキになるな――!)

 ふー、っと五十嵐は、自分を落ち着かせる為に大きく息を吐き出すと、スッとその顔から感情を捨て去った。

「……どーでもいい。俺はもうお前のことなんてとっくに振り切ったんだ。俺を見かけても、もう声を掛けないでくれ」

 そう言うと、五十嵐は足早にダイニングバーをあとにした。



「――大和! 」

 五十嵐のあとを追うように、晶が店を飛び出した。クールで淑やかな彼女にしては珍しく、夜の繁華街に彼女の声が響き渡る。

「話がしたいの! 私、あなたが来るまで毎晩このバーで待ってるから……! 」

 晶の声を背後に聞きながら、五十嵐は辛そうにギリッと奥歯を噛み締めた。
    そして、彼女の声を振り切るように、繁華街から姿を消した。



 * * *


 ピンポーン♪
 ピンポーン♪

 菜乃のアパートのチャイムが立て続けに鳴らされる。

「き、来たっ! 」

 時間は夜の20時を回っていた。
 五十嵐の呼ぶ音だと確信している菜乃は、動揺しつつも、ふーっとひと呼吸置くと、気持ちを整えて玄関へと向かった。

 ピンポーン♪

 三度目のチャイムが鳴る。
 いつものチャイムよりも、何か余裕のなさが伺えて、菜乃は疑問を抱きながらモニターで五十嵐の姿を確認すると、玄関扉のロックを外して彼を出迎えた。

「五十嵐さん? どうしたっ……」

 菜乃が最後まで声を掛ける前に、五十嵐が菜乃の身体を強く抱き締めた。

「い、五十嵐さんっ!? ちょっ、く、苦しいです……」

 力いっぱい抱き締められ、菜乃が苦しそうに身じろいだ。

 菜乃を抱き締めていた五十嵐が、ふと腕の力を緩めた。
    身体が解放され、ホッとしたのも束の間、そのまま強引に手を引かれ、リビングのベッドへと押し倒された。

 ぼふり、と菜乃の身体がベッドへと沈み込む。
 性急に上着を脱ぎ捨てた五十嵐が、菜乃の身体に馬乗りになる。

「え? な、何ですか!? ちょっと、五十嵐さん。ストップ! ストップです! 」

 明らかにいつもと様子の違う五十嵐に、菜乃が怯えた様子で声を掛ける。
 上から菜乃を見下ろす五十嵐の目は、虚無感に覆われており、感情を全て消したような表情が、何か辛さを堪えているように見えて、訳の分からないままに、菜乃の心臓がズキリと傷んだ。

「――何かあったんですか……? 」

 自分を無理矢理押し倒す相手に、菜乃はお人好しさを発揮して、心配そうに声を掛けた。

 いじらしい菜乃の姿に、たまらず彼女の頬に五十嵐は手を添えると、自分の整理出来ない気持ちをぶつけるかのように、強引に唇を奪った。

「ふっ……」

 菜乃との口付けに、五十嵐は脳が焼け付くような熱を感じた。

 (甘い――)

 彼女の甘さに、五十嵐のなかでスイッチが入る。
 菜乃の唇から一度自分の唇を離すと、今度は彼女の細い首筋に噛みつくように吸い付いた。

「い、五十嵐さん!? ま、待って! ちょっと、待って下さい! 」

 エスカレートする五十嵐の行為に焦った菜乃が、ありったけの力を振り絞って、彼の身体を引き剥がす。

「……なんだよ」

 熱に浮かされた五十嵐が、ハァッと辛そうな吐息を漏らす。

「気持ちをっ! 五十嵐さんの気持ちを、聞かせて下さい――!」

 菜乃の悲鳴のような言葉に、五十嵐がハッと息を呑む。

「この間からずっと知りたくて。どうして私にこんなことするのかを」

 菜乃は震える手で、少し乱れたスウェットの襟元を直しながら、言葉を続けた。

「……だって、私は五十嵐さんにとって、全くの恋愛対象外で、安心して泊まれる家の、飯炊き女的な存在ですよね? 」
「……」

 改めて、五十嵐にとっての己の立場を言葉にする。

 (我ながら、言ってて悲しくなってくる……)

 だが、それが真実だ。
 菜乃はちらりと五十嵐に視線を向け、反応を伺った。
 彼は何も答えず、そのまま放心したように菜乃を見つめていた。
 彼の姿に心が痛む。しかし、更に菜乃は言葉を続けた。

「そんな性欲すら湧かない、生理的に受け付けないって言ってた女に、どうしてキスしたり、押し倒したりするんですか? 」

 そりゃあ、頑張って最初の頃よりは見た目は少し変わっただろう。でも、まだ世の華やかな女性達に比べたら、今の自分は、まだ彼女達の足元にも及ばないレベルだと思っている。

 誰でもいい程飢えているのか、と。
 今迄の女性達のように、後腐れない関係を菜乃に求められては困る。
 だって菜乃は既に彼に恋してしまった。

「私を軽い気持ちで抱くのなら止めて下さい。私、恋愛に疎くて、一度走り出したら、たぶん凄く沼ってしまう。滅茶苦茶面倒で重い女になります。五十嵐さんの望むような関係にはなれません」

 その覚悟があるなら、と。
 菜乃は腹を括った。

「私、五十嵐さんが好きです。それでもいいなら――」

 バキッ――!!

 意を決して気持ちを告げた菜乃の目の前で、五十嵐は思い切り自分の頬を拳で殴りつけた。

 五十嵐の頬が僅かに赤く腫れ上がる。

「え? い、五十嵐さん!? 」

 思いも寄らない五十嵐の行動に、菜乃は驚いて目を見開き、慌てふためいた。

「あ、タ、タオル。冷えたタオル持ってきます――」
「いい――」

 ベッドから起き上がろうとした菜乃の腕を掴んで、五十嵐が彼女の行動を制止する。

「――悪い。頭冷やすわ」

 それだけ言うと、五十嵐は先程脱ぎ捨てた上着を床から拾い上げ、そのまま静かに菜乃のアパートから出て行った。

「え? 」

 初めて泊まらずに帰った五十嵐に、菜乃はただ呆然としながら見送るしかなかった。
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