【完結】ひかりのそばで、またあした

香澄京耶

文字の大きさ
6 / 35

ep5 ここはここ

しおりを挟む
 王宮で暮らし始めて、三ヶ月が経った。
 
 ふいに“ゲーム”という単語をすでに忘れ始めていた事に気がついた。
 夜更かしする理由もなくなって、規則正しい生活が続いている。
 
 この世界では馬鹿騒ぎすることもなくなったせいか、言葉遣いすら多少落ち着いた気がする。
 違和感を覚える回数が、いつの間にか減っていく。
 だんだんと、この世界の空気に染まっていっている気がした。
 
 毎朝、ふかふかのベッドを軽く触って確かめる癖はまだ抜けないが、朝起きればミレナが朝食を持ってきてくれる。
 洋食ばかりでも相変わらずご飯は美味しいし、ミレナはいつも優しい。“さん”付けを嫌がられてからは、自然とミレナと呼ぶようになった。
 
 いつ休んでいるんだろう、と心配にはなるが「なるべく休んでね」とだけ伝えたら尋常じゃなく感謝された。
 何だかいたたまれない気持ちになったので、あれからはあまり言わないようにしている。大人の仕事に口を出しちゃいけないのは世の常だ。
 
 最近、王様や王妃様、それに第一王子にも会った。
 威厳たっぷりの風貌は緊張しかしなかったが、いい人たちでこちらが戸惑うくらい優しく接してくれた。
 紺藍の長い髪と、同色の瞳をもった第一王子、アスティル=エアリアは言った。

 「こちらの事情に巻き込んでしまって、大変申し訳なく思う。ヒナタ殿が不便を感じないよう取り計らうので何かあれば言ってほしい。」
 
 兄弟だな、と思った。セリアスと同じようなことを言っている。
 隙がないとはきっとこういった雰囲気をさすのだろう。まさに冷静沈着そのもので、横暴を言ってくるような気配も感じない。
 とりあえずは、生活の基盤を築けていることにほっとする。
 
「ヒナタ!」
 
 セリアスは今日も相変わらず大型犬だ。また尻尾の幻覚が見えそうになる。
 先ほど朝食も一緒にとったのに、まるで数日ぶりに会ったかのような喜びようだった。
 
「セリアス。」
「待たせたな。学習室へ行こう。」
 
 自然な動作で抱きしめてくる美貌の王子に初めは戸惑ったが、日々のことなのでもはや慣れてしまった。
 そういう人種なのだろう、と思って受け入れている。たぶん、いわゆる人たらしってやつだ。
 何かにつけ世話を焼きたがって、ヒナタのやること、行くこと、興味のあること、何でも知りたがる。そしてどこにでも着いてくる。
 
 政務や神官の仕事は大丈夫なのかと心配したら、ミレナが笑いながら教えてくれた。
 
 『殿下はヒナタ様付きの神官様なので、大丈夫ですよ。
 それに、ご政務なども他のお時間にしっかりなさっておいでです。とても優秀なお方ですから。
 殿下は、穏やかな雰囲気をお持ちですが、本来は人々が容易に声をかけられぬほど静謐なお方です。
 近くにいると背筋が伸びると申す者も多いのですよ。』

 それを聞いた時、いまいち信じられないような感情が隠しきれずに伝わったのだろう。
 
 『あのようなご様子は――ふふ、すみません、ヒナタ様の前だけですので。』
 
 途中で堪えられないようにミレナが笑ったから、それでなんとなく満足した。
 子供のように笑われるのは自分だけじゃない。セリアスも同類だ。勝手に仲間意識をもったのは、本人にも言っていない。
 
「な、セリアス。今度神官の仕事こっそり見てもいい?」
「それはかまわないが……なにかあったか?」
 
「普段と雰囲気違うって聞いたから。気になって。ちょっと見てみたい。」
 近寄りがたいセリアス像など、いまいち想像できない。純粋な好奇心だ。
 セリアスが少し微妙な顔をした。
 
「……そのような目的で来ると言われると、気になってしまいそうだ。」
 発された言葉は相変わらず素直だ。
 確かにバイト中に友達が冷やかしに来ると調子が狂うし照れくさい。見る機会があればにしよう、と思った。
 
「今日は初めて魔法の実技だな。」
 少し誤魔化すようにセリアスが続けた。
 
「そう、結構楽しみでさ。魔法なんて、俺の世界にはなかったから。」
 
 もとから特にファンタジー世界に憧れをもったことなどない。
 創作物でそれに触れて楽しむことはあっても、その世界に行きたいと夢想した事はなかった。わりと現実主義だったからだ。
 
 けれど、目の前に魔法という存在があるなら別だ。
 どんなものなのか見てみたくてワクワクする。
 もしかして、額からビームとか出せてしまったりするんだろうか。試すのが許されるなら、ぜひ出してみたい。目とか無駄に光らせてみたい。
 
 ただ――こちらの世界に来てから、“魔法”をあまり感じたことはなかった。
 灯りなどに魔道具が使われていることは教えてもらったが、操作するのはミレナだし、実のところ元の世界の照明と変わらず受け止めていた。
 変わった魔道具を見るたび、説明を受けてこれみよがしに感心するくらいだ。
 緻密な細工などは見た目で理解できても難しいことは分からないし、鑑定番組的なノリもこっちの世界じゃ伝わらない。
 
 魔法を見せてほしいと思わないでもなかったが、世界の情勢を聞きかじってしまうとそれも躊躇われた。
 
 この世界で、魔力とは武力の象徴だ。
 今は世界的な危機で落ち着いているようでも、戦争だって珍しくない世界だ。
 魔法が娯楽や些事に使われることはないようだった。魔力を遊びで使って、本番でガス欠じゃ意味がない。きっとそういう理屈なんだろう。
 訓練などは行っているようだが、知識のない自分が見学して、万が一危険があったら問題になることは目に見えている。だから、なんとなく魔法に関しては口を噤んでいた。
 でも、自分がやるとなると一気に現実味を帯びてくる。――それに。
 
「本当に、そろそろ何か役に立たないと……ルーエン先生にも申し訳ないし……」
「ああ……」
 彼の姿を思い出したのだろう。
 いつもは甘いセリアスも『そんなことはない』とは言わず、どこか気まずげに目線を逸らした。
 なにか思うところがあるようだ。自分も思うところだらけなので文句はない。
 
「私も一緒に努力しよう。」
「いや、それはたぶん解決できないから。」
 真剣に言ったセリアスに思わずつっこんだ。
 そう、それでは解決できない。自分の努力しかないのは分かっている。ただ、分かっているのと実際の出来事は別物だ。

 それは、前の世界でも散々戦ってきた敵だ。
 そいつはすごく強敵で自分以外倒せない――“勉強”という名の敵だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。

カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。 異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。 ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。 そして、コスプレと思っていた男性は……。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

葉空
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

処理中です...