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ep22 めがみの気持ち
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「ゆるさねー……」
ぱっと目が覚めて、まず初めにそう声に出た。
掠れた声は、音として出たかいまいち分からなかったが、傍に居たセリアスの目は引いた。
「ヒナタ!」
分かりやすく喜んでいるセリアスの姿を見て、ほっと息をついた。
もうここは戦場ではない。
「セリ、アス」
喉がからからでうまく声が出ない。
背中を支えられながら水を飲めば、少しは人心地がついた。
「……みんな、助かった?」
眠った後のことが気にかかった。
セリアスが大丈夫だと伝えるように肩をなでてくれる。
「ああ、ヒナタのおかげで。一人も欠けることなく。」
「ひとりも。」
強い頷きを返すセリアスに心底安堵した。
旅の間中顔を合わせた兵士たちの一人でも失っていたら、本当に許せなかったかもしれない。
「よかった……。」
眉を寄せるセリアスの後ろで、ミレナがほろほろと涙を流すのを見て、申し訳なさと同時に――ここが王城であるとやっと理解した。
たしか、辺境伯領とは馬車で十日ほど離れていたはずだ。
「ミレナ、泣かないで……大丈夫だから。――結構、日が経ったんだね。」
セリアスがそっと手を握ってきて、微かな震えに気づいた。
「……二週間も眠ったままで生きた心地がしなかった。魔力の使いすぎでこんなに眠る事はない。
魔力をいくら補填しても安定しなかった。何かあったのだろうと……」
「あの時の仕返しが出来たわけだ。」
わざとそう言って笑うと、困ったような顔で返された。
「大丈夫。多分だけど、“理”みたいなものに触れたんだと思う。身体は問題ないよ。」
はっとした顔をするセリアスに、小さく頷いた。
「神殿に行く。いますぐ、連れて行って。」
セリアスが即座に頭をふる。
「今は身体を休めないと。」
いつもの優しさを感じて少し力が抜けた。それでも譲れない。
「ごめん。今は行かせて。確かめなきゃいけない。」
「ヒナタ様、私も反対でございます。お身体に障ります。」
いつになく硬い声のミレナに苦笑する。
「心配かけてごめんね。でも、早くしないと苦しむ人が増える――それに、どうしても俺の気持ちが落ち着かない。だから、お願い。」
セリアスを無言で見つめる。
しばしの沈黙のあと深く息を吐いて、そっと髪を撫でられた。
「……少しでも身体に異変があれば中止する。それでいいか。」
「うん。今魔力が不安定になってるのは分かってる。
女神と話すのも厳しいって分かってるけど、お願い。どうしても。
できるなら、王様達にも居てほしい。」
難しい顔をしたセリアスはそれでも望みを叶えてくれた。
本来なら、王族をも巻き込んだそれは、決して通るはずのない判断だったろうと思う。
それでも整ったのは、女神という存在と、今の現状がどれだけこの世界で大きいかを示していた。
そうして半日後にはたどり着けた神殿では、エルミトをはじめとした神官達が待っていた。
案内されて、祈りの場へ向かう。
奇しくも、そこはダルモン神官長の件で結局訪れることのなかった場所だった。
荘厳な空間に、淡い色のガラスを背にした女神像。
きらきらとした輝く粒子が視認できて、確実に“そこに居る”と訴えてくる。
背後に立ち並ぶ王族や神殿の人々を気にせずに息を吸って、言葉を吐き出した。
「いるんだろ。出てこいよ。」
明らかな挑発だ。まるで喧嘩を売るような台詞だと自分でも思う。
ぴりり、と空気が凍った気がした。皆には申し訳ないと思うが、どうにも感情が抑えられない。
これでもぐつぐつと煮え立つ腹の底を抑えているので許してほしかった。
『そんなに……お気に障るとは思っていませんでした。』
さも悲しげな表情で、女神が姿を現した。
背後で慌てた気配がする。
ふと見ると、慌てて片膝をついたり、平伏したり、さまざまだ。その正しいであろう礼儀に、絶対に倣うつもりはなかった。むしろ、倣う義理がないと思っている。
どうせ世界の理から外れた存在だ。構うものか、という思いだ。
「そうだろうな。」
気づいたら昔のような口調に戻っていた。
中途半端に記憶を消され続けた今となっては、何が正しい口調かもわからない。だから気持ちのままに言葉を連ねる。
これは“自分と女神”の会話だ。誰にも邪魔をさせるつもりはなかった。
もしかすると、女神相手に不敬を働けば、一瞬で塵と化すかもしれない。それは理解していた。
でもおそらく――“あの記憶”が間違っていなければ、問題ないはずだ。
それに、まずは好き勝手した目の前の存在に、思ったことを言ってやりたかった。
「そうやって考えなしに、俺の友達も家族も、この世界の人たちも巻き込んで――俺も、巻き込んだ。」
『……召喚したのはその後ろの者たちです。』
言い訳じみた言葉にかっとなる。
「召喚の穴をあけたのはそうだろう。でも、原因を作ったのも、座標を決めたのもお前だ。違うか。」
前から疑問に思っていた。この世界で定められた魔法で、きっと異世界に住む誰かを選ぶ精度などない。とはいえ、神子を無作為に呼んでも意味をなさないであろう事は誰にでも分かる。
選んでいるのは女神だ。それは勘だが確信に近かった。
『それは……』
言い淀んだ女神に、ちょっと力を抜く。
これで責任転嫁のように声を重ねられたら、本当に信用できないところだった。
「なぁ、女神ナイア。……そんなに、俺の魂は彼に似ていた?」
少しだけトーンを落として問いかけると、はっと女神が息を呑む。
まるで、人間のような仕草だ。
意識がない間、揺蕩うような記憶の中で、いろんなことを見た。
女神の想いや、記憶。彼のことも。あらゆるものが自然に流れ込んできたのだ。
そこではじめて、女神の想いが一本に繋がった。
「愛したんだろ?女神でも……あの人を、心から。
――だから、あの人が築いたものを崩されるのが怖かったんだ。
だからって、まさか世界を壊してしまおうなんて。子どもじみてるけど――気持ちは否定できないって、思った。」
穢れを生み出したのも、きっと“躊躇い”があったからだろう。
気付いて欲しい、という抗いだったのだと今では分かる。
すべての希望を失っていたわけではない――それは、明らかだった。
それでも別世界で平穏に暮らしていた自分が巻き込まれる謂れはない。
怒りと共に少しだけ、胸が痛んだ。
愛した者と添い遂げられない身など、なんて辛いことなのだろうと思う。
セリアスに出会ってそれを知ってしまった。
でも――。
自分は女神でも彼でもない。愛する人々や、たとえ知らない人々だって、苦しめる事を許せる訳ではない。
この怒りは誤魔化してはならないものだ。
「女神だって傲慢になる。
なら、人のちょっとした傲慢くらい、許してやってくれよ。
……頼むからさ。
人間には永遠の命なんてないし、感情の振り幅だって大きい。
女神が感情にのまれて世界を壊しかけたんだ。人間はなおさら、間違えるよ。
……そんなこと、一番分かってはずだ。」
多分理屈じゃない。
長い間の哀しみが彼女を蝕んだのだろう。分かっていたが、言わなければならない。
「もともと、人間を気に入って介入したんだろ。
だったら、ちゃんと責任取って最後まで面倒見てほしい。……女神にとって酷なお願いかもしれないけどさ。」
女神は沈黙したまま、ただこちらを見つめてきた。
その沈黙は、永遠にも思えたし、ほんの一瞬にも思えた。
『あなたは――何に怒っているのですか。私がここに来る対象として選んだこと?それとも、この世界に対してのこと?』
透き通った声はすこし震えているように思えた。
「全部に決まってる。」
わざと明るく笑って答えた。
「俺や皆を巻き込んだことも。この世界のありさまにも。女神ナイアの苦しみにも。」
女神が困ったように微笑んだ。
『……あなたこそ、傲慢ですね。』
「そう。欲張りなんだ。だから全て丸く収めたい。思いつく限りで。」
次の言葉をためらって、少し呼吸がとまった。 それでも、覚悟を決めて息を吸う。
「――もう、人間は、嫌い?
……正直言うとさ、そうだったとしても仕方ないとも思ってる。」
問い掛ければ、女神こそがためらったように沈黙を落とした。
重々しい雰囲気の中、それでも冷たさは落ちなかった。
『いえ――いいえ。ここは、彼の方の愛した世界です。』
静かな声は、全ての答えのように思えた。
哀しくて、憎くて、それでもここを去れなかった女神の答えだ。
『人間と言葉を交わすのも、久方ぶりのこと。……昔のことを思い出しました。生物というものの脆さも。』
「そんなの。女神に比べたら、地上のもの全ては脆いに決まってる。」
思わずはっと息を出して笑うと、女神は少し真剣な顔をしてすっと目を細めた。
『――あなたは、何を望むのですか。』
「まだ女神ナイアに希望があるのなら。全ての穢れをなくして、この世界を見守ってほしい。」
大仰な言い方をしてしまったが、自分でも浄化可能ではあるから、あくまで彼女の気持ちに任せた。
『いいでしょう。――では、』
「ちょっと待った!」
早速実行しようとする女神を止める。
実行力がありすぎる。一瞬で解決しそうだ。でもそれでは困る。
「ごめん、先に確認したい事があるから、ちょっと待って。
今ここで俺の言葉だけであっさり戻されても、また同じ事が起きる。
一度、今後のことについて、こちらで話をさせてほしい。
それで納得したら、今回みたいな方法は二度ととってほしくない。」
真剣な思いで交わした目線は、しばらく経って女神の吐息に変わった。
わずかに揺れるまつ毛が、彼女の迷いを物語っていた。
「……あなたは、困った方ですね。」
少なくとも交渉の余地を感じて、ほっと息を吐いた。
「ここじゃなくても、俺と会話はできる?」
『ええ。お会いできたので、それは可能ですが――』
女神は少し悩んで、自身の身につけていた髪飾りをヒナタの手に落とした。
『これで念じてくだされば、いつでもわたくしに届きます。』
「分かった。また話をしよう。」
少しだけ嬉しそうな彼女は、対話に飢えていたのかもしれない、と神相手に俗っぽいことを思った。
『あなたが話すのはこの世界のことばかりですね。あなた自身の望みはないのですか?』
「いずれは記憶を返してほしいけど、考えてる事があるから、それはまた今度でいいよ」
対話ができる女神なのであれば、そんなに急ぐことでもない。
女神が驚いたように息をのんだ。
『なぜわかったのですか。』
「多分“理”みたいなものに触れて、魂が似てたんだろうなって気づいた時に。」
彼女の彼を思う気持ちが、それを覗きたくなったのだろうと自然と理解した。
許してはないが、顔を見て話すと今責めるだけの気持ちも保てなかった。初めの想像通り傲慢だったら殺されてでも罵ってやったかもしれない。
『あなたにあるものは人間には身に余る力です。使い方をお間違いなきように。』
だから、唐突に付け加えられた言葉も優しさとして受け取った。ほんの少しだけ目を細めて、あえて軽く言う。
「与えておいて、それは身勝手すぎない?」
笑って、お礼として言葉を続けた。
「いろんな記憶に触れたとき気づいたんだけど――きっと、あの人もあなたを愛してたよ。」
女神の空気がわずかに揺らいだ。
「家族を愛していたのも本当だと思う。でも、それは“親愛”であって……俺が見たあの人の想いは、ナイア、あなたに向いていた。」
『そんなこと……』
「それが、あるみたい。さすがに相手が女神だから、彼も諦めてたみたいだけど。
だから――魂を呼んであげたら喜ぶと思う。
たぶん、ナイアへの未練で生まれ変われずにいるはずだから。
……本当は、一緒にいたかったんだろ?」
金色のしずくが女神の頬を伝うのを見て――たぶん、もう世界は大丈夫だな、とのんきに思った。
途端に、視界がぐらりと揺れた。
無理しすぎた。――と思った時にはもう遅い。
「あ。セリアス、ごめん限界――」
完全に女神の気配にあてられた。
ここで倒れるのは不本意だな、とわずかに思う。
意識が遠のく寸前、慣れ親しんだぬくもりに包まれた。――駆けつけるの、早いな。きっと元の世界でも世界新記録だ。
妙におかしくて笑ったのが、表情に出たかまでは分からなかった。
ぱっと目が覚めて、まず初めにそう声に出た。
掠れた声は、音として出たかいまいち分からなかったが、傍に居たセリアスの目は引いた。
「ヒナタ!」
分かりやすく喜んでいるセリアスの姿を見て、ほっと息をついた。
もうここは戦場ではない。
「セリ、アス」
喉がからからでうまく声が出ない。
背中を支えられながら水を飲めば、少しは人心地がついた。
「……みんな、助かった?」
眠った後のことが気にかかった。
セリアスが大丈夫だと伝えるように肩をなでてくれる。
「ああ、ヒナタのおかげで。一人も欠けることなく。」
「ひとりも。」
強い頷きを返すセリアスに心底安堵した。
旅の間中顔を合わせた兵士たちの一人でも失っていたら、本当に許せなかったかもしれない。
「よかった……。」
眉を寄せるセリアスの後ろで、ミレナがほろほろと涙を流すのを見て、申し訳なさと同時に――ここが王城であるとやっと理解した。
たしか、辺境伯領とは馬車で十日ほど離れていたはずだ。
「ミレナ、泣かないで……大丈夫だから。――結構、日が経ったんだね。」
セリアスがそっと手を握ってきて、微かな震えに気づいた。
「……二週間も眠ったままで生きた心地がしなかった。魔力の使いすぎでこんなに眠る事はない。
魔力をいくら補填しても安定しなかった。何かあったのだろうと……」
「あの時の仕返しが出来たわけだ。」
わざとそう言って笑うと、困ったような顔で返された。
「大丈夫。多分だけど、“理”みたいなものに触れたんだと思う。身体は問題ないよ。」
はっとした顔をするセリアスに、小さく頷いた。
「神殿に行く。いますぐ、連れて行って。」
セリアスが即座に頭をふる。
「今は身体を休めないと。」
いつもの優しさを感じて少し力が抜けた。それでも譲れない。
「ごめん。今は行かせて。確かめなきゃいけない。」
「ヒナタ様、私も反対でございます。お身体に障ります。」
いつになく硬い声のミレナに苦笑する。
「心配かけてごめんね。でも、早くしないと苦しむ人が増える――それに、どうしても俺の気持ちが落ち着かない。だから、お願い。」
セリアスを無言で見つめる。
しばしの沈黙のあと深く息を吐いて、そっと髪を撫でられた。
「……少しでも身体に異変があれば中止する。それでいいか。」
「うん。今魔力が不安定になってるのは分かってる。
女神と話すのも厳しいって分かってるけど、お願い。どうしても。
できるなら、王様達にも居てほしい。」
難しい顔をしたセリアスはそれでも望みを叶えてくれた。
本来なら、王族をも巻き込んだそれは、決して通るはずのない判断だったろうと思う。
それでも整ったのは、女神という存在と、今の現状がどれだけこの世界で大きいかを示していた。
そうして半日後にはたどり着けた神殿では、エルミトをはじめとした神官達が待っていた。
案内されて、祈りの場へ向かう。
奇しくも、そこはダルモン神官長の件で結局訪れることのなかった場所だった。
荘厳な空間に、淡い色のガラスを背にした女神像。
きらきらとした輝く粒子が視認できて、確実に“そこに居る”と訴えてくる。
背後に立ち並ぶ王族や神殿の人々を気にせずに息を吸って、言葉を吐き出した。
「いるんだろ。出てこいよ。」
明らかな挑発だ。まるで喧嘩を売るような台詞だと自分でも思う。
ぴりり、と空気が凍った気がした。皆には申し訳ないと思うが、どうにも感情が抑えられない。
これでもぐつぐつと煮え立つ腹の底を抑えているので許してほしかった。
『そんなに……お気に障るとは思っていませんでした。』
さも悲しげな表情で、女神が姿を現した。
背後で慌てた気配がする。
ふと見ると、慌てて片膝をついたり、平伏したり、さまざまだ。その正しいであろう礼儀に、絶対に倣うつもりはなかった。むしろ、倣う義理がないと思っている。
どうせ世界の理から外れた存在だ。構うものか、という思いだ。
「そうだろうな。」
気づいたら昔のような口調に戻っていた。
中途半端に記憶を消され続けた今となっては、何が正しい口調かもわからない。だから気持ちのままに言葉を連ねる。
これは“自分と女神”の会話だ。誰にも邪魔をさせるつもりはなかった。
もしかすると、女神相手に不敬を働けば、一瞬で塵と化すかもしれない。それは理解していた。
でもおそらく――“あの記憶”が間違っていなければ、問題ないはずだ。
それに、まずは好き勝手した目の前の存在に、思ったことを言ってやりたかった。
「そうやって考えなしに、俺の友達も家族も、この世界の人たちも巻き込んで――俺も、巻き込んだ。」
『……召喚したのはその後ろの者たちです。』
言い訳じみた言葉にかっとなる。
「召喚の穴をあけたのはそうだろう。でも、原因を作ったのも、座標を決めたのもお前だ。違うか。」
前から疑問に思っていた。この世界で定められた魔法で、きっと異世界に住む誰かを選ぶ精度などない。とはいえ、神子を無作為に呼んでも意味をなさないであろう事は誰にでも分かる。
選んでいるのは女神だ。それは勘だが確信に近かった。
『それは……』
言い淀んだ女神に、ちょっと力を抜く。
これで責任転嫁のように声を重ねられたら、本当に信用できないところだった。
「なぁ、女神ナイア。……そんなに、俺の魂は彼に似ていた?」
少しだけトーンを落として問いかけると、はっと女神が息を呑む。
まるで、人間のような仕草だ。
意識がない間、揺蕩うような記憶の中で、いろんなことを見た。
女神の想いや、記憶。彼のことも。あらゆるものが自然に流れ込んできたのだ。
そこではじめて、女神の想いが一本に繋がった。
「愛したんだろ?女神でも……あの人を、心から。
――だから、あの人が築いたものを崩されるのが怖かったんだ。
だからって、まさか世界を壊してしまおうなんて。子どもじみてるけど――気持ちは否定できないって、思った。」
穢れを生み出したのも、きっと“躊躇い”があったからだろう。
気付いて欲しい、という抗いだったのだと今では分かる。
すべての希望を失っていたわけではない――それは、明らかだった。
それでも別世界で平穏に暮らしていた自分が巻き込まれる謂れはない。
怒りと共に少しだけ、胸が痛んだ。
愛した者と添い遂げられない身など、なんて辛いことなのだろうと思う。
セリアスに出会ってそれを知ってしまった。
でも――。
自分は女神でも彼でもない。愛する人々や、たとえ知らない人々だって、苦しめる事を許せる訳ではない。
この怒りは誤魔化してはならないものだ。
「女神だって傲慢になる。
なら、人のちょっとした傲慢くらい、許してやってくれよ。
……頼むからさ。
人間には永遠の命なんてないし、感情の振り幅だって大きい。
女神が感情にのまれて世界を壊しかけたんだ。人間はなおさら、間違えるよ。
……そんなこと、一番分かってはずだ。」
多分理屈じゃない。
長い間の哀しみが彼女を蝕んだのだろう。分かっていたが、言わなければならない。
「もともと、人間を気に入って介入したんだろ。
だったら、ちゃんと責任取って最後まで面倒見てほしい。……女神にとって酷なお願いかもしれないけどさ。」
女神は沈黙したまま、ただこちらを見つめてきた。
その沈黙は、永遠にも思えたし、ほんの一瞬にも思えた。
『あなたは――何に怒っているのですか。私がここに来る対象として選んだこと?それとも、この世界に対してのこと?』
透き通った声はすこし震えているように思えた。
「全部に決まってる。」
わざと明るく笑って答えた。
「俺や皆を巻き込んだことも。この世界のありさまにも。女神ナイアの苦しみにも。」
女神が困ったように微笑んだ。
『……あなたこそ、傲慢ですね。』
「そう。欲張りなんだ。だから全て丸く収めたい。思いつく限りで。」
次の言葉をためらって、少し呼吸がとまった。 それでも、覚悟を決めて息を吸う。
「――もう、人間は、嫌い?
……正直言うとさ、そうだったとしても仕方ないとも思ってる。」
問い掛ければ、女神こそがためらったように沈黙を落とした。
重々しい雰囲気の中、それでも冷たさは落ちなかった。
『いえ――いいえ。ここは、彼の方の愛した世界です。』
静かな声は、全ての答えのように思えた。
哀しくて、憎くて、それでもここを去れなかった女神の答えだ。
『人間と言葉を交わすのも、久方ぶりのこと。……昔のことを思い出しました。生物というものの脆さも。』
「そんなの。女神に比べたら、地上のもの全ては脆いに決まってる。」
思わずはっと息を出して笑うと、女神は少し真剣な顔をしてすっと目を細めた。
『――あなたは、何を望むのですか。』
「まだ女神ナイアに希望があるのなら。全ての穢れをなくして、この世界を見守ってほしい。」
大仰な言い方をしてしまったが、自分でも浄化可能ではあるから、あくまで彼女の気持ちに任せた。
『いいでしょう。――では、』
「ちょっと待った!」
早速実行しようとする女神を止める。
実行力がありすぎる。一瞬で解決しそうだ。でもそれでは困る。
「ごめん、先に確認したい事があるから、ちょっと待って。
今ここで俺の言葉だけであっさり戻されても、また同じ事が起きる。
一度、今後のことについて、こちらで話をさせてほしい。
それで納得したら、今回みたいな方法は二度ととってほしくない。」
真剣な思いで交わした目線は、しばらく経って女神の吐息に変わった。
わずかに揺れるまつ毛が、彼女の迷いを物語っていた。
「……あなたは、困った方ですね。」
少なくとも交渉の余地を感じて、ほっと息を吐いた。
「ここじゃなくても、俺と会話はできる?」
『ええ。お会いできたので、それは可能ですが――』
女神は少し悩んで、自身の身につけていた髪飾りをヒナタの手に落とした。
『これで念じてくだされば、いつでもわたくしに届きます。』
「分かった。また話をしよう。」
少しだけ嬉しそうな彼女は、対話に飢えていたのかもしれない、と神相手に俗っぽいことを思った。
『あなたが話すのはこの世界のことばかりですね。あなた自身の望みはないのですか?』
「いずれは記憶を返してほしいけど、考えてる事があるから、それはまた今度でいいよ」
対話ができる女神なのであれば、そんなに急ぐことでもない。
女神が驚いたように息をのんだ。
『なぜわかったのですか。』
「多分“理”みたいなものに触れて、魂が似てたんだろうなって気づいた時に。」
彼女の彼を思う気持ちが、それを覗きたくなったのだろうと自然と理解した。
許してはないが、顔を見て話すと今責めるだけの気持ちも保てなかった。初めの想像通り傲慢だったら殺されてでも罵ってやったかもしれない。
『あなたにあるものは人間には身に余る力です。使い方をお間違いなきように。』
だから、唐突に付け加えられた言葉も優しさとして受け取った。ほんの少しだけ目を細めて、あえて軽く言う。
「与えておいて、それは身勝手すぎない?」
笑って、お礼として言葉を続けた。
「いろんな記憶に触れたとき気づいたんだけど――きっと、あの人もあなたを愛してたよ。」
女神の空気がわずかに揺らいだ。
「家族を愛していたのも本当だと思う。でも、それは“親愛”であって……俺が見たあの人の想いは、ナイア、あなたに向いていた。」
『そんなこと……』
「それが、あるみたい。さすがに相手が女神だから、彼も諦めてたみたいだけど。
だから――魂を呼んであげたら喜ぶと思う。
たぶん、ナイアへの未練で生まれ変われずにいるはずだから。
……本当は、一緒にいたかったんだろ?」
金色のしずくが女神の頬を伝うのを見て――たぶん、もう世界は大丈夫だな、とのんきに思った。
途端に、視界がぐらりと揺れた。
無理しすぎた。――と思った時にはもう遅い。
「あ。セリアス、ごめん限界――」
完全に女神の気配にあてられた。
ここで倒れるのは不本意だな、とわずかに思う。
意識が遠のく寸前、慣れ親しんだぬくもりに包まれた。――駆けつけるの、早いな。きっと元の世界でも世界新記録だ。
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