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ep23 忘れられない日
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遠くから、式典を待つ喧騒が聞こえる。
「似合っている。」
セリアスがこちらを見て微笑んで、妙に照れる。
白地の服の上から、透き通った青の素材を重ねたひらひらした衣装が恥ずかしい。
薄く金と淡い青の刺繍が入った神秘的な衣は、今日の式典にはぴったりだが、着たいかと言われると別問題だ。
「……俺は早く終わらせて早く脱ぎたい。」
「私もすべてを終わらせて、ヒナとゆっくりしたい。」
それは大歓迎だが、耳元で囁くのはやめてほしい。気が削がれる。
「演技できるかな。」
落ち着かない心臓に、ふーと息を吐くと、セリアスがぽん、と背中を撫でてくれる。
「大丈夫だ。辺境伯の時のヒナタはうまくやっていた。」
にこやかな顔に他意を感じて苦笑した。
「無茶したこと根に持ってる……?」
「すこし。」
意地悪く笑う顔へ愛情を感じるのは欲目かもしれない。
「俺も根に持ってるよ。」
「許すと言ったのに。」
少し動じたような顔がおかしい。
確かにあの時許すと言った――けれど。
「……知ってる?愛って世界を滅ぼすらしいよ。」
この世界の最高峰がそれだ。今日はこれを言っても許されるに違いない。
じっと一瞬見つめ合って、同時に吹き出した。
セリアスの指が頬をなでて、どちらともなく唇を合わせた。
触れるだけの口付けは胸の奥を緩めてくれる。
抱き合って数拍ほど息を落ち着ける。そっと身体を離して頷いた。
今日必要なのは、この世界を変えるほどの、とんでもなく重い覚悟だ。
それでも。隣にセリアスが居るならきっと、なんとかなる。
「ヒナタをこの世界に呼んだことを、私はもう後悔できない。」
唐突にセリアスが真剣な声で言って、笑った。
「気づくの、遅いよ。」
両開きの扉を、二人の手でそれぞれ開けて、喧騒の中に飛び込む。
きっと、小さく呟いた次の言葉は喧騒に溶けていっただろう。
「俺はもうとっくに――知ってた。」
わあ、と見渡す限りの群衆から声があがる。
神殿前の階段に姿を出しただけで、この熱量だ。
思わずのけぞりそうになったところを、背中に添えられたセリアスの手がとめてくれた。
薄く息を吐いて、吸う。
震えそうになる足はひらひらした衣装が誤魔化してくれた。
――大丈夫。
『あいつ、多分どっかの閉鎖的な部族に放り込んでも生きていけんじゃねぇか。』
『なんか知らんけど気づいたら場に馴染んでんだよな。順応力っての?』
――うん、きっと、お前らの言うとおりだよ。
俺は、お前らが、セリアスが、認めてくれた“ヒナタソラネ”だから。
そう思えたから、いまこの場で胸を張れる。
神殿前に広がる大聖階段は、空へと続くように段を重ねていて、その先に荘厳に白く輝く神殿が構えている。
その神殿の前で、祈るように指を組んだ。
「神子と女神のお言葉である!静粛にせよ!」
セリアスの王族らしい威厳ある声と共に、兵士が槍の背を地面に打ち付ける無数の音が聞こえる。
徐々に止んだざわめきは、今から何が起こるのかと固唾を呑んで見守る目線に変わった。
中段には各国の王族と使節が並び、その下、半円状の広場には“穢れた水”が配置され、その周りに無数の民衆が集っている。
すべての目線がこちらに向いている圧に耐えられたのは、半ば興奮からかもしれない。
こめた魔力が、ふわふわと衣装をなびかせた。
女神と意識を繋ぐ。これから話す声は女神が世界中に届けてくれるはずだ。
「すべての民よ――。」
女神の声でもない、ヒナタだけの声でもない。不思議に混ざって神秘的に思える声があたりに響いた。
「わたくし、ナイアは近年の諍いに心を痛めておりました。
……ですが、此度神子と話し合いを行い、もう一度あなたがたを見守ることにいたしました。」
喜びの声が一部にのぼる――違う。まだだ。少し強めの口調で言い募る。
「ただし。」
ここからをきちんと聞いてもらえなければ、意味がない。
「各国の王がエアリアと制定した“三つの約束”を違えたとき。
私はその土地から去ることになるでしょう。」
少し魔力に光を乗せて、まっすぐに階下を見下ろした。
「――各国の神殿長は女神の声が届く者にする事が、ひとつめ。」
ざわ、と戸惑いの気配が走った。静かに続ける。
「12の月から2の月までは各国が決して争いを行わぬ事が、ふたつめ。」
今度は、息を呑む気配がはっきりと伝わった。
最後はほんの一瞬、息を整えてから、言い放った。
「各国が、女神ナイアの起源――エアリアに攻め込まぬ事が、みっつめ。」
たっぷり一拍置いて、言葉を理解した民衆から明らかな歓声が沸き起こった。
――これは、女神のための約束だ。もう二度と、彼女を孤独にしないための。
ヒナタの提案をもとに国王が整えた各国との合意は、意外とすんなりと制定された。
正直なところ、どの国も“水の穢れ”になす術もなかったのだろう。
「ゆめゆめ、お忘れなきように――。」
ふわっと意識が入ってくる。
これは、彼女が愛した男が残した祈りの旋律だ。
楽器を奏でるのが得意だった男は、女神のためにいくつもの曲を作った。
その彼が、最期に残した曲。
どこか民謡的で、どこまでも切ないそれは、隠しきれないほど深い愛情に満ちていた。
口から勝手にあふれる音とともに、放たれたひかりが宙を越えて広がっていく。
青い空の中でも、一際きらきらと輝くひかりは現実感を失うほど幻想的だ。
これから世界各国へ届くこれが、“水の穢れ”をも払ってくれるだろう。
ひかりは真っ先に民衆の前に置かれた“水の穢れ”へ辿りついて、きらめきとともに透明な水にかえた。
驚くほど静まり返ったそこに、明るい子供の声が響いて、杖を持った老人が膝をついて祈るように手を組んだ。
兵士が地面に剣を手放して、仲間と抱き合った。
奇跡を目の当たりにしたすべての人間から、悲鳴のような歓声があがった。
呆然とする者、泣き叫ぶ者、祈る者、喜ぶ者――それらを見るうち、涙が頬をつたった。
同調している女神の感情か、自分の感情かは判断がつかない。
ただ、高揚感の中で哀しみにも似た感情を覚えた。
余韻を残す旋律が終わって、温度を持った人々の表情を見た瞬間、不思議と肩の力が抜けた。
隣のセリアスを見上げると、優しく微笑んでそっと腰に手を当てられた。
自然と寄り添えば、ようやく終わった、と、なんとも言えない気持ちがめぐった。
再度、規律をもった音が響き、それが今度は武器ではなく足の踏み鳴らしだと気づいた。
エアリア王が立ち上がり、声高々に宣言する。
「今日のよき日、第二王子セリアスは神子と“誓約”を結ぶ。
定めに従い、王位継承権は破棄し、神子召喚および浄化成功の功績を讃えリュミエール辺境伯の地位をあたえる。」
厳かに発された言葉にざわめきがうまれる。
それはそうだ。
世界を変える一大イベントのあとに、またイベントがあるなんて、誰も思っていなかっただろう。
それでも、一刻も早くと譲らなかったのはセリアスだ。
優しく冷静な彼の頑固な一面は、愛情をくすぐるに十分な要素だったから、自然と受け入れた結果、こうなってしまった。
「セリアス=エアリア=リュミエール。」
「はい。我が王よ。」
セリアスが胸に手を当てて王に礼をする。
「“誓約”に則り、神子さまと共に生涯を過ごすと誓うか。」
「我が人生のすべてをもって、尽くします。」
「よかろう。――ともに旧ガルドス辺境伯領を統治するように。」
リューヴェンの領だ――そう気づいて、はっと王を見ると、柔らかい瞳がこちらを向いていた。
“誓約”は聞いていたけれど、それは聞いていない。
そう思って向けた視線だったのに、静かな頷きを持って返された。
こんな場では説明して欲しいとも言えない。
「ヒナタ様。世界を導いたその功績に対し、我が国とすべての民を代表し、心より感謝を申し上げる。
セリアスとともに、リュミエール辺境伯領を治め、守り導くことを、王としてここに認める。
その任を、受けていただけるか。」
考えを巡らせたのは一瞬だった。
「……はい、陛下。喜んで。
この魂は、セリアスと女神の心とともにあります。」
かつてない気恥ずかしさを覚えて、祈りの姿勢のままに答えた。
顔を上げられないのは気持ちが追いつかないからなので許してほしい。
「――では、誓約書を。」
従者が持ってきた赤い布がかけられた台に乗せられた一枚の羊皮紙。
手渡された針でセリアスが指を刺して、ついで、ヒナタの指をそっと刺した。
ぷくりと出た血を、羊皮紙に押し当てる一瞬のあいま、セリアスと目があった。
優しい瞳に、さまざまな感情や出来事が刹那的に頭を巡った。
この世界に来てからの時間は、あまりにも濃く、時に感情に流されながらも、ここまで来た。
それが出来たのは、セリアスがひたすらにヒナタの行動や心情を慮り、尊重してくれたからだ。
彼のおかげで、この世界に来たことにも意味がある――自然とそう思えた。
きっとこれからも気付かないうちにその意味を拾い続けていくのだろう。
そして、その一番は、ずっとセリアスに違いなかった。
羊皮紙に指を重ねた瞬間、光が天に昇って、二人の体にすっと入ってきた。
紫が濃くなった灰紫の瞳が不思議そうな色を宿していた。
光が入った瞬間、“どこかで繋がっている”感覚がしたのだ。もしかしたら、これが“誓約”の効果なのかもしれない。
ぼうぜんと視線を交わしているところに、王の威厳ある声が場を締めた。
「これで“誓約”は整った。」
観衆がはっと我に返ったように、次第に賛辞の声を重ねていった。
湧き上がる周囲のそれに、セリアスが幸せそうに笑って、腕に腰を預けるようにして持ち上げられた。
「セリアス…!」
小声で抗議すると、指に治癒魔法をかけられる――こんな場でも過保護だ。ぶれない。
いや、そうではなく、大勢の前で簡単に持ち上げられて普通に恥ずかしい。
それなのに、さらに口付けの気配を感じて、さすがにこの場では、と抗議しようとして――
「これでずっと一緒に居られる。」
その言葉に押し黙らざるをえなかった。
きっと、恋人の嬉しそうな顔には――誰だって、弱い。
「こんなものなくても、ずっと一緒にいるよ。」
諦めて、自分から口付けを落とした。
ひときわ歓声が大きくなって、恐らく色んな意味で今日のことは一生忘れないだろう、と思った。
「似合っている。」
セリアスがこちらを見て微笑んで、妙に照れる。
白地の服の上から、透き通った青の素材を重ねたひらひらした衣装が恥ずかしい。
薄く金と淡い青の刺繍が入った神秘的な衣は、今日の式典にはぴったりだが、着たいかと言われると別問題だ。
「……俺は早く終わらせて早く脱ぎたい。」
「私もすべてを終わらせて、ヒナとゆっくりしたい。」
それは大歓迎だが、耳元で囁くのはやめてほしい。気が削がれる。
「演技できるかな。」
落ち着かない心臓に、ふーと息を吐くと、セリアスがぽん、と背中を撫でてくれる。
「大丈夫だ。辺境伯の時のヒナタはうまくやっていた。」
にこやかな顔に他意を感じて苦笑した。
「無茶したこと根に持ってる……?」
「すこし。」
意地悪く笑う顔へ愛情を感じるのは欲目かもしれない。
「俺も根に持ってるよ。」
「許すと言ったのに。」
少し動じたような顔がおかしい。
確かにあの時許すと言った――けれど。
「……知ってる?愛って世界を滅ぼすらしいよ。」
この世界の最高峰がそれだ。今日はこれを言っても許されるに違いない。
じっと一瞬見つめ合って、同時に吹き出した。
セリアスの指が頬をなでて、どちらともなく唇を合わせた。
触れるだけの口付けは胸の奥を緩めてくれる。
抱き合って数拍ほど息を落ち着ける。そっと身体を離して頷いた。
今日必要なのは、この世界を変えるほどの、とんでもなく重い覚悟だ。
それでも。隣にセリアスが居るならきっと、なんとかなる。
「ヒナタをこの世界に呼んだことを、私はもう後悔できない。」
唐突にセリアスが真剣な声で言って、笑った。
「気づくの、遅いよ。」
両開きの扉を、二人の手でそれぞれ開けて、喧騒の中に飛び込む。
きっと、小さく呟いた次の言葉は喧騒に溶けていっただろう。
「俺はもうとっくに――知ってた。」
わあ、と見渡す限りの群衆から声があがる。
神殿前の階段に姿を出しただけで、この熱量だ。
思わずのけぞりそうになったところを、背中に添えられたセリアスの手がとめてくれた。
薄く息を吐いて、吸う。
震えそうになる足はひらひらした衣装が誤魔化してくれた。
――大丈夫。
『あいつ、多分どっかの閉鎖的な部族に放り込んでも生きていけんじゃねぇか。』
『なんか知らんけど気づいたら場に馴染んでんだよな。順応力っての?』
――うん、きっと、お前らの言うとおりだよ。
俺は、お前らが、セリアスが、認めてくれた“ヒナタソラネ”だから。
そう思えたから、いまこの場で胸を張れる。
神殿前に広がる大聖階段は、空へと続くように段を重ねていて、その先に荘厳に白く輝く神殿が構えている。
その神殿の前で、祈るように指を組んだ。
「神子と女神のお言葉である!静粛にせよ!」
セリアスの王族らしい威厳ある声と共に、兵士が槍の背を地面に打ち付ける無数の音が聞こえる。
徐々に止んだざわめきは、今から何が起こるのかと固唾を呑んで見守る目線に変わった。
中段には各国の王族と使節が並び、その下、半円状の広場には“穢れた水”が配置され、その周りに無数の民衆が集っている。
すべての目線がこちらに向いている圧に耐えられたのは、半ば興奮からかもしれない。
こめた魔力が、ふわふわと衣装をなびかせた。
女神と意識を繋ぐ。これから話す声は女神が世界中に届けてくれるはずだ。
「すべての民よ――。」
女神の声でもない、ヒナタだけの声でもない。不思議に混ざって神秘的に思える声があたりに響いた。
「わたくし、ナイアは近年の諍いに心を痛めておりました。
……ですが、此度神子と話し合いを行い、もう一度あなたがたを見守ることにいたしました。」
喜びの声が一部にのぼる――違う。まだだ。少し強めの口調で言い募る。
「ただし。」
ここからをきちんと聞いてもらえなければ、意味がない。
「各国の王がエアリアと制定した“三つの約束”を違えたとき。
私はその土地から去ることになるでしょう。」
少し魔力に光を乗せて、まっすぐに階下を見下ろした。
「――各国の神殿長は女神の声が届く者にする事が、ひとつめ。」
ざわ、と戸惑いの気配が走った。静かに続ける。
「12の月から2の月までは各国が決して争いを行わぬ事が、ふたつめ。」
今度は、息を呑む気配がはっきりと伝わった。
最後はほんの一瞬、息を整えてから、言い放った。
「各国が、女神ナイアの起源――エアリアに攻め込まぬ事が、みっつめ。」
たっぷり一拍置いて、言葉を理解した民衆から明らかな歓声が沸き起こった。
――これは、女神のための約束だ。もう二度と、彼女を孤独にしないための。
ヒナタの提案をもとに国王が整えた各国との合意は、意外とすんなりと制定された。
正直なところ、どの国も“水の穢れ”になす術もなかったのだろう。
「ゆめゆめ、お忘れなきように――。」
ふわっと意識が入ってくる。
これは、彼女が愛した男が残した祈りの旋律だ。
楽器を奏でるのが得意だった男は、女神のためにいくつもの曲を作った。
その彼が、最期に残した曲。
どこか民謡的で、どこまでも切ないそれは、隠しきれないほど深い愛情に満ちていた。
口から勝手にあふれる音とともに、放たれたひかりが宙を越えて広がっていく。
青い空の中でも、一際きらきらと輝くひかりは現実感を失うほど幻想的だ。
これから世界各国へ届くこれが、“水の穢れ”をも払ってくれるだろう。
ひかりは真っ先に民衆の前に置かれた“水の穢れ”へ辿りついて、きらめきとともに透明な水にかえた。
驚くほど静まり返ったそこに、明るい子供の声が響いて、杖を持った老人が膝をついて祈るように手を組んだ。
兵士が地面に剣を手放して、仲間と抱き合った。
奇跡を目の当たりにしたすべての人間から、悲鳴のような歓声があがった。
呆然とする者、泣き叫ぶ者、祈る者、喜ぶ者――それらを見るうち、涙が頬をつたった。
同調している女神の感情か、自分の感情かは判断がつかない。
ただ、高揚感の中で哀しみにも似た感情を覚えた。
余韻を残す旋律が終わって、温度を持った人々の表情を見た瞬間、不思議と肩の力が抜けた。
隣のセリアスを見上げると、優しく微笑んでそっと腰に手を当てられた。
自然と寄り添えば、ようやく終わった、と、なんとも言えない気持ちがめぐった。
再度、規律をもった音が響き、それが今度は武器ではなく足の踏み鳴らしだと気づいた。
エアリア王が立ち上がり、声高々に宣言する。
「今日のよき日、第二王子セリアスは神子と“誓約”を結ぶ。
定めに従い、王位継承権は破棄し、神子召喚および浄化成功の功績を讃えリュミエール辺境伯の地位をあたえる。」
厳かに発された言葉にざわめきがうまれる。
それはそうだ。
世界を変える一大イベントのあとに、またイベントがあるなんて、誰も思っていなかっただろう。
それでも、一刻も早くと譲らなかったのはセリアスだ。
優しく冷静な彼の頑固な一面は、愛情をくすぐるに十分な要素だったから、自然と受け入れた結果、こうなってしまった。
「セリアス=エアリア=リュミエール。」
「はい。我が王よ。」
セリアスが胸に手を当てて王に礼をする。
「“誓約”に則り、神子さまと共に生涯を過ごすと誓うか。」
「我が人生のすべてをもって、尽くします。」
「よかろう。――ともに旧ガルドス辺境伯領を統治するように。」
リューヴェンの領だ――そう気づいて、はっと王を見ると、柔らかい瞳がこちらを向いていた。
“誓約”は聞いていたけれど、それは聞いていない。
そう思って向けた視線だったのに、静かな頷きを持って返された。
こんな場では説明して欲しいとも言えない。
「ヒナタ様。世界を導いたその功績に対し、我が国とすべての民を代表し、心より感謝を申し上げる。
セリアスとともに、リュミエール辺境伯領を治め、守り導くことを、王としてここに認める。
その任を、受けていただけるか。」
考えを巡らせたのは一瞬だった。
「……はい、陛下。喜んで。
この魂は、セリアスと女神の心とともにあります。」
かつてない気恥ずかしさを覚えて、祈りの姿勢のままに答えた。
顔を上げられないのは気持ちが追いつかないからなので許してほしい。
「――では、誓約書を。」
従者が持ってきた赤い布がかけられた台に乗せられた一枚の羊皮紙。
手渡された針でセリアスが指を刺して、ついで、ヒナタの指をそっと刺した。
ぷくりと出た血を、羊皮紙に押し当てる一瞬のあいま、セリアスと目があった。
優しい瞳に、さまざまな感情や出来事が刹那的に頭を巡った。
この世界に来てからの時間は、あまりにも濃く、時に感情に流されながらも、ここまで来た。
それが出来たのは、セリアスがひたすらにヒナタの行動や心情を慮り、尊重してくれたからだ。
彼のおかげで、この世界に来たことにも意味がある――自然とそう思えた。
きっとこれからも気付かないうちにその意味を拾い続けていくのだろう。
そして、その一番は、ずっとセリアスに違いなかった。
羊皮紙に指を重ねた瞬間、光が天に昇って、二人の体にすっと入ってきた。
紫が濃くなった灰紫の瞳が不思議そうな色を宿していた。
光が入った瞬間、“どこかで繋がっている”感覚がしたのだ。もしかしたら、これが“誓約”の効果なのかもしれない。
ぼうぜんと視線を交わしているところに、王の威厳ある声が場を締めた。
「これで“誓約”は整った。」
観衆がはっと我に返ったように、次第に賛辞の声を重ねていった。
湧き上がる周囲のそれに、セリアスが幸せそうに笑って、腕に腰を預けるようにして持ち上げられた。
「セリアス…!」
小声で抗議すると、指に治癒魔法をかけられる――こんな場でも過保護だ。ぶれない。
いや、そうではなく、大勢の前で簡単に持ち上げられて普通に恥ずかしい。
それなのに、さらに口付けの気配を感じて、さすがにこの場では、と抗議しようとして――
「これでずっと一緒に居られる。」
その言葉に押し黙らざるをえなかった。
きっと、恋人の嬉しそうな顔には――誰だって、弱い。
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