隠された第四皇女

山田ランチ

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10.姉弟の再会

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 マイノに腕を引っ張られながら押し込まれたのは女将の部屋だった。ロラの様子が心配で食堂を覗きに行こうと思っていた時、マイノが珍しく血相を変えて追いかけて来た時には正直女将に何かあったのかと思い夢中で階段を駆け上がっていた。
 しかし部屋の中にいた女将に変わった様子はなく、異質といえば知らないフードを被った男性が座っていた。

「早かったね。ウィノラにお客様だよ」
 
 すると男性はすっと立ち上がりマントを外した。溢れて出てきたのは夜を閉じ込めたような藍色の長い髪に、吸い込まれそうな紫色の神秘的な瞳の男性。格好は黒で統一していて目立たないようにしているが、むしろ神秘的な雰囲気が増していてウィノラは思わず見惚れてしまっていた。

「私は第四皇子のオーティス・ツーファールと言います」
「だ、第四皇子? 皇子ですって!?」

 立ち眩みがする。脳裏を掠めたのは三年前の忘れてしまいたい出来事だった。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫です、申し訳ありません」

 膝を突いて挨拶をしようとした所で腕を掴まれてしまう。そのまま近くに引き寄せられると、手を掴まれて甲に触れるか触れないかの口づけが落ちてきた。

「三年前に母を助けてくれたと聞きました。知らなかったとはいえ、お礼が遅くなってしまいすみませんでした」
「お止め下さい! 殿下が謝られるような事ではありません!」

 助けを求めようとしても、アデリータもマイノも相手が皇子だからか迂闊に割って入れないように成り行きを見守っているように見える。

「今日は遅くなりましたがお礼の品を持って来たのです。ですがまだ足りないので後日従者に運ばせます」

 驚いてアデリータを見ると、ちらりと視線が机を指す。そこには美しい宝石箱が三つも積まれていた。

「もうお礼は結構です、十分です! 私も忘れていた事ですからお気になさらないで下さい」

 本当は忘れた日などない位に覚えていた。するとオーティスは掴んでいた手をすっと離し、代わりに膝を突いてきた。それにはさすがにマイノが声を掛けたが、オーティスは頑なに立ち上がろうとはせずじっとウィノラを見つめた。

「実はお願いがあって参りました。勝手なお願いなのですが、今一度ウィノラの力を貸して欲しいのです」
「もしかしてまた第二側妃様のご体調が優れないんですか?」
「母上はベッドで過ごす事も多いですが今は落ち着いております。それよりも私の弟が危険な状態なのです」
「もしかしてあの赤ちゃんでしょうか?」

 オーティスは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに理解したようだった。

「あぁ、あなたはエデルに会った事があるんですね。確かに出産直後だったのでエデルの寝室は母上と同じだったと思います」
「あの赤ちゃんがどうしたんですか?」
「エデルはもう赤ちゃんではありませんよ。ですが他の子よりは成長も遅いですし、この三年間ほとんどをベッドの上で過ごしてきました。そして数日前から高熱が出ており下がらないのです」
「私よりも皇宮の医官様を頼られては?」
「もちろんそうしています。それでもエデルは一行に良くならないのです。あのように小さな身体で高熱が続けばエデルの身体は……」
「あの、すみませんが私には無理です」

 すると、オーティスの表情が一変した。

「あなたは魔女だと聞きました。この娼館にいる者達も」
「……脅すおつもりですか?」
「そう取られても構いません。私には大事な弟なんです」

 言葉に詰まると、オーティスは皮肉そうに笑った。

「意外ですか? 皇族に家族を大切に想う気持ちはないと思っていましたか?」
「そんな訳じゃありません。誤解させたなら謝ります」
「別に構いませんよ。確かに皇族には血なまぐさい事件が多いですし、実際死んだ異母兄弟達もいます。争いが多いのは承知していますがエデルにはなんの害もありません。それを証拠に他の兄妹達もエデルの存在など忘れてしまっているでしょう」

 返事をするのは難しかった。それにこれは頼み事なんかではない。命令なのだ。皇族が魔女の存在を知ってしまった以上、従わないという選択肢はない。ウィノラはヒュー娼館を人質に取られてしまったのだから。

「いつですか?」
「一刻の猶予もないので今からです。外に馬車を待たせています」

 ちらりとアデリータを見ると、表情を曇らせたまま頷いた。

「今から一緒に後宮に来てエデルを治療してもらいます」
「分かりました。行きます、後宮に」




 オーティスに連れられてきたのは見覚えのある後宮だった。しかし部屋は三年前とは違う。寝所は分けられ、エデルの部屋は前回入った部屋よりも奥にあった。

「こちらです」

 室内は真っ暗。そして見覚えのある侍女が一人待っていた。

「お久し振りですウィノラ様」
「ローザさん、お久し振りです」

 ウィノラは強張ったまま周囲を伺った。しかしローザ以外には誰もいない。

「リナ様は他のお部屋でお休みになられております」

 心の中を読まれていたようで心臓が跳ねたが、すぐにオーティスが奥へと促してきた。

「ウィノラ、さあこちらへ」

 オーティスは一秒でももったいないと言わんばかりに手を引いてくると、ベッドへと連れて行かれた。そこには大きなベッドには不釣り合いな小さな身体が横たわっていた。なんとなく既視感を覚えて一歩下がると、後ろから肩を掴まれた。

「早速治療して下さい」

 ウィノラは覚悟を決めるとベッドに乗り、高熱で苦しむエデルの身体を抱き寄せた。熱があるように見えたエデルは、実際に触れてみると酷く冷たかった。そっと毛布の中に滑り込んでいく。すると底から何かに引き込まれるように意識は落ちていき、いつの間にか眠りについていた。

 次の瞬間、勢いよく起きた時にはすっかり頭の中は鮮明になっていた。家に帰った記憶がない。そして周囲を見渡すと見た事のない広い部屋。そして隣りでは軽い寝息を立てる子供が眠っていた。そっと手を額や首に当ててみる。すると子供はくすぐったそうに小さく身動いだ。

「一晩で随分良くなったみたいです。魔女の力というのはこうも凄いのですね」

 ハッとして後ろを振り返ると、腕を組んだまま椅子に座ってこちらを見ていたオーティスと目が合う。

「私ったらすみません! すっかり眠ってしまったようです」

 一体どのくらい時間が経過しているのか全く分からない。毛布に入った瞬間の引き込まれる感覚にゾッとし無意識に腕を擦っていると、その上からブランケットが掛けられた。オーティスの表情はエデルの容態が良くなって安心したのか、眠る前に見た時よりは幾分優しげな目元になっている気がした。

「礼を言いますウィノラ」
「お礼を言うのはまだ早いです」

 ウィノラは癒やす前に引き込まれた違和感を思い返していた。
 エデルの身体に触れた時、信じられない程に冷たい感覚に陥っていた。まるで湖の底に沈んでいくかのような凍りつくような寒気と重みを感じて、無意識に毛布に潜ってしまっていたのだ。まるで湖の底にエデルが沈んでいるかのような感覚。そしてエデル自身もそれを望んでいるように思えた。そのエデルを必死に引っ張り上げようとしているうちに眠ってしまっていた。そしてまだ引き上げた感覚はなかった。

「ウィノラ、もしかしてエデルはまだ助かっていませんか?」
「まだ治療が必要です。本来ここまで症状が重い方を治療したのは初めてです。エデル殿下は第二側妃様と違い、一日での治療は難しいと思います」

 本当ならここで終わって欲しかった。それにいくら治療しても治るという保証はない。でもエデルを助けなければならない。家族を守る為に。

「ならば通って下さい。毎日迎えに行きます。いや、ここに住めばいいのでは……侍女として雇い入れましょう」
「それは困ります! それに後宮に通うのは必ずひと目についてしまいますからとても危険です」
「私も反対ですオーティス殿下。ウィノラ様、お疲れ様でございました。こちらをどうぞ」

 部屋に入ってきたローザはトレイに飲み物を乗せていた。差し出されたのは果実水。りんごの酸っぱさと甘さが喉を一気に喉を通っていき、こんなにも喉が乾いていたんだと気が付いた。

「頻繁にウィノラ様が後宮に出入りをすればやがて噂が立ちましょう。それに侍女として雇い入れるにはリナ様の承諾が必要です。リナ様は慎重なお方ですから決して承諾はされません」

 その言葉を聞いた時、心臓がチクリと痛んだ気がした。顔に出てしまっていたのかローザが慌てて弁解をしてくれたが、それもあまり耳には入って来なかった。

「それならこれからの対処を考えるので、取り敢えず本日はヒュー娼館に送ります」
「私、もう少ししたら仕事で忙しくなるんです。だから急な呼び出しにはお答え出来ないかと思います」
「仕事とは? 娼館内の業務であれば私が責任者と話をしますが」
「いいえ、まもなく初仕事に就くんです。もうお相手も決まっているのでその方をおろそかにしてしまったらヒュー娼館全体の評判に繋がってしまいます」

 オーティスは少し困り顔をした後、近い内に連絡をすると言い残し部屋を出て行ってしまった。

「馬車までお送り致します。それと念の為にこちらをお召し下さい。まだ早朝ですが使用人達はすでに動き出していますから」

 ローザと同じ侍女の制服を渡され、それに着替えるとローザは申し訳なさそうに俯いた。

「馬車の中でまた服をお着替え下さい。制服は管理されているので欠けてしまうと怪しまれてしまうのです。着替えは御者に渡して下されば構いません。今回ウィノラ様はオーティス様がヒュー娼館からお連れした客人という事になっております。御者も無粋な詮索はしないのでどうかご安心下さいませ」

 ウィノラは一瞬考え込んだ後、顔を青ざめさせて頷いた。
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