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6章 青い蜥蜴
しおりを挟む三日に一度は二人でお茶を飲む時間を作り、あった事や相談事を話すという決まりを作った。とは言ってもタイストが何不自由なく準備してくれているおかげで暮らしには困った事がない。その為お茶の時間の為にカティヤと色々な所に行き、話題作りをしていた。
「とても良い天気ですね。ここにして正解でした」
机と椅子が用意された庭園には心地よい風が吹いている。
「お口に合えばいいのですが……」
タイストはやはり忙しいようで昨晩の帰りは夜も深まった頃だった。ケーキにしなくてよかったと思いながら選んだ焼き菓子を皿に並べていく。これも自分でやらせてほしいとカティヤに頼んだ事だった。
絞られたクッキーの中には赤いジャムが入っている。タイストは長い指で一つ摘むと、口の中に放り込んだ。サクサクという良い音が聞こえてくる。そして飲み込んだ後、紅茶を口に含んだ。
「とても良い味ですね。甘酸っぱさと生地の優しい甘みが紅茶との相性も完璧です。あなたもぜひ食べてみて下さい」
そう微笑まれ安堵すると、イレネもクッキーに手を伸ばした。
「ん、美味しい。このお店にして良かったです」
「どうしてこの店にしたのか聞いても? あなたもご存知だったんですか?」
本当は娼館に入る男性が手に持っていた袋が気になったからとは言えず、街を歩いている時に目に入ったからという事にした。
「実はこの店は“レガリーノドラコーン”という友人が開いた店なんです。竜からの贈り物という意味だそうですよ。といっても働いている訳ではなく資金援助をしたんです。ウェクスラー侯爵家のご子息で名をハララムというんです。結婚式に参列していましたが覚えていますか? 一応紹介はしたんですが」
「すみません、あの日はもう頭が真っ白でほとんど記憶がないんです。ですがウェクスラー侯爵家のお名前は存じております」
辺境伯という身分も凄いが友人が侯爵家の子息というのも、これまた自分とは身分違いのような気がしてしまう。
「ぜひ今度会ってやってください。実をいうとイレネと会う席を設けろと煩くて仕方なかったんです。確かに結婚式当日は慌ただしかったですし、イレネもベールを被っていてよく参列者の顔も見えなかったでしょう」
「私がお会いして宜しいのでしょうか?」
するとタイストは驚いたように目を見開いてから微笑み、頷いた。
「もちろんです。私の妻なのですから」
イレネは顔の良い夫の笑顔に照れてしまい、焼き菓子を食べ続けた。
「あッ」
まだタイストと二人だと緊張してしまい、手に持って焼き菓子の半分が地面に落ちた時だった。何かが足元を走り抜けていく。とっさに足を浮かせたが、動く気配に視線を動かした。
「あそこです、何かいます!」
「気を付けて下さい!」
イレネの後をタイストも追ってくる。そして動く草むらの中にいたのは、小さな蜥蜴だった。
「ブルージュエル……初めて見たわ」
そう呟くととっさにタイストを見上げた。
「旦那様? もしかして苦手ですか?」
草むらにいた蜥蜴は口に落とした焼き菓子を喰わている。そして宝石のような目がこちらをじっと見つめていた。
「綺麗……。あ、ほら! ここにいては駄目よ! もう行きなさい、人に見つかっちゃ駄目よ」
追い払うように周囲の草を揺らすと蜥蜴は一気に走り見えなくなってしまった。
「さあもう大丈夫です旦那様! 旦那様?」
放心している顔を覗くと、我に返ったタイストの表情にはいつもの笑みが消えていた。
「君は平気なのか? さっきの、その……」
「ああ、ブルージュエルですか? じゃなくて蜥蜴ですか? 正直最初はびっくりしました。だって初めて目にしたんですもの。旦那様はご興味ないかもしれませんがとても貴重な生き物なのですよ。実家のイオネスク領でも何度か目撃した事があるんです。でも兄が苦手なので兄に見つかる前に逃したものです。でもどうしてこのお庭に出たのでしょう」
「普通女性の方が怖がったり嫌がったりするものではないんですか?」
イレネのいた領地は田舎だった。自然の山々や広い農地があり、虫や爬虫類を怖がっていては生活出来なかった。それに愛くるしい手の形やくりっとした眼、それに機敏な動きは見ていて飽きないものだった。
「あら、実は可愛らしい生き物なんですよ」
「……あの蜥蜴はイレネの言う通りブルージュエルと呼ばれる種類で保護対象なんです。あなたが騒いだり危害を加えない人で良かった」
「フフッ、やはりご存じでしたか。でもどうして保護対象なんですか?」
「この国は竜に認められ力を与えられた王族が建国した国だというのはご存知ですよね?」
「もちろんです。子供だって知っています」
少し馬鹿にされた気分で俯くと、いつの間にかタイストの表情は優しいものに戻っていた。
「すみません、他意はないんです。蜥蜴はその竜が姿を変えた、もしくはその子孫だと言われ大切にされてきました。その中でも希少なブルージュエルが建国の王に力を授けたその竜の末裔なのではないかと思われているのです。もちもん神話的な意味合いでですがね」
「そんな話は初めて聞きました」
「それはそうでしょう。一般的には広まっていません。というよりは広めていないと言った方が正しいかもしれませんね。もしそんな噂が広がれば、ブルージュエルの乱獲が起きてしまうでしょうから。幸いにもフルージュエルの性質は竜の末裔とは思えない程に臆病で優しいのです。ですから目立たせずそっとしておくのが一番だと考えています」
イレネはとっさに追っ払ってしまった蜥蜴がいた方を振り向いた。
「すみません私! 追い払ったみたいになってしまって、あの子怖がっていなかったかしら……」
「気にしないで下さい。お菓子を持っていったくらいですからきっと大丈夫です」
「旦那様はブルージュエルがお好きなんですね」
そう言ってそっと肩に触れてくれたタイストの胸に頬を付けた。
「好き……そうですね、そうなんだと思います」
✳✳✳✳✳
「ブルー? ブルーフェアリー? どこに行ったんだ? 隠れてないで出てきてくれ」
タイストは夕暮れの庭園で、掌でナッツを転がしながら囁くように問い掛けていた。薄暗くなり始めた庭園は葉っぱの一枚一枚や地面が見えにくくなってきている。慎重に足を進めながらしゃがみ込んで木の周辺を見渡した。
「ブルー? いるんだろ? 私一人だから出てきてくれ」
すると木の上から音なく降りてきた蜥蜴はタイストの肩に乗った。表皮は濃い水色で、特徴的なのはその宝石のような青い眼だった。見る場所や光りの加減によってこのブルージュエルの眼はそこらの宝石よりも美しく輝く。タイストはその眼と挨拶するように視線を合わせた。
「ブルー、良かった。昼間はすまなかったな。臆病なお前が突然出てきたものだから驚いてしまったんだ」
そう言いながら肩にいる蜥蜴にナッツを差し出した。何個かをペロッと食べてしまうと次を要求するように小さな手を動かしていた。
「駄目だ、ナッツはそんなにはやれないんだ。まだご飯を食べていないのか? それならほら、早く虫を捕まえてこい」
しかし肩から降りる気はないようで、ペタッと座り込んでしまう。
「今日お前が会ったのは私の妻なんだ。もしかして挨拶するつもりで出てきたのか? お前から見て私の妻はどうだった? まさかお前の事を知っているとは思わなかったし、怖がらないのは予想外だったな」
タイストは肩にブルージュエルを乗せたまま、木の幹に寄り掛かった。
「……お前にあんな風に語り掛ける女性がいるとは思わなかった。お前もそうだろう?」
ブルージュエルは不意に肩から駆け下りると草むらの中へと走っていってしまった。
「あ、こら! 勝手な奴だな」
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