拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ

文字の大きさ
10 / 14

#10 婚約者の正体

しおりを挟む
 ユアの夫は彼女を抱えたたままある一室へ入ると、彼女をふかふかな感触の場所へゆっくりと丁寧に降ろした。

(ソファーかしら……?)

 彼の手が、ユアの耳に触れる。

「!!」

「目隠し、外すね」

「……はい……」

(…………あれ……? 今のお声…………)

「僕は君の後ろにいるよ。まだ目が慣れなくて眩しいよね。ごめんね、目隠し怖かったよね……。目が慣れたら振り向いてみて」

「……わかりました……っ」

 ユアの鼓動は信じられないほど速くなり、心の中にある……蓋をしたはずの思い出が一気に溢れ出てきた。

 99.9%の期待と、0.01%のもしかすると違うかもしれないという不安を胸に、振り返った。


「はぁっ…………!!!」

 声と話し方で頭ではほとんど確信していたユアだが、あまりの感動に勢いよく息を吸い込んだ。
 目の前にいる夫である殿方は、優しい眼差しでユアを見つめている。

「ユア! 久しぶり!」

 ユージはそう言うと、すぐに彼女を抱きしめた。優しく、それでいて熱く……。

「ユージ様……!!」

 ユージの背中に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめるユア。

 二人はしばらく熱い抱擁を交わした後、ふかふかなソファーに腰を下ろし、話に花を咲かせた。二人とも、次から次へと言葉が溢れ出て止まらなかった。

「あっ! ユージ様っ! ハンカチを見つけてくださり……本当にありがとうございました!」

「ううん。ハンカチを発見した時は驚いたよ。山で落とし物をしたら見つけるのは難しいからね。ユアが言っていた通りの刺繍がほどこされてあったから、ユアのに違いないと思って。念のため、ユアのお母様に確認してもらったんだよ」

「えっ!?」

「実は、ユアと会った日の夜、父上に婚約者について訊いたんだ。ユアのことをわすれるためにも相手の方を知ろうと思って」

「そしたらユアなんだもん! 嬉しくって!! 父上の口からユアの名前が出た時、あまりの衝撃でユア!? ユア・ウィルソンヌ!? って叫んじゃったよ」

「そうだったのですか……!!」

「僕の両親もユアのご両親も、僕たちが山で出会ったことを知っていたんだよ。僕が話したんだ。その時、ユアには僕が婚約者ってことをまだ内緒にしてほしいともお願いしたんだ」

「あっ……! そうでしたよね……!」

 ユージへの気持ちを封じ込めようと、ユアも母に、相手の方について尋ねていた。しかし、『お相手の方が直前まで内緒にしてほしいそうなのよ』と言われ、ユアはどうしてなのかしら……? と思ったが、深くは考えなかった。

「どうして内緒にしようと……」

「本音を言うと、すぐにでもユアとデートしたり、色んなことをしたかったんだけど、狩りでやりたいことがたくさんあってね」

「半年なんてすぐに経ってしまうし、今の半年は今しかなくて、それも、僕たちにとっては自由に過ごせる最後の時間だ。ユアと一緒に過ごすのも本当に素敵だけど、半年経てばずーっと一緒にいられる。それなら今は、今やっておきたいことを予定通りに行うべきだと思ったんだ」

「そうだったのですね……!」

 ユージにそう言われ、ユアはこれでよかったのかもしれないと思った。彼女はいつも通り自然とたわむれることができ、自由に過ごすことができた。もしユージと結婚することがわかっていたら、彼女はユージに会いたくて仕方がなく、とても苦しかったかもしれない。

 二人は一時間半もの間、何も口にせず話に夢中になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今夜で忘れる。

豆狸
恋愛
「……今夜で忘れます」 そう言って、私はジョアキン殿下を見つめました。 黄金の髪に緑色の瞳、鼻筋の通った端正な顔を持つ、我がソアレス王国の第二王子。大陸最大の図書館がそびえる学術都市として名高いソアレスの王都にある大学を卒業するまでは、侯爵令嬢の私の婚約者だった方です。 今はお互いに別の方と婚約しています。 「忘れると誓います。ですから、幼いころからの想いに決着をつけるため、どうか私にジョアキン殿下との一夜をくださいませ」 なろう様でも公開中です。

完結 愛人さん初めまして!では元夫と出て行ってください。

音爽(ネソウ)
恋愛
金に女にだらしない男。終いには手を出す始末。 見た目と口八丁にだまされたマリエラは徐々に心を病んでいく。 だが、それではいけないと奮闘するのだが……

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

完結 歩く岩と言われた少女

音爽(ネソウ)
恋愛
国を護るために尽力してきた少女。 国土全体が清浄化されたことを期に彼女の扱いに変化が……

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

拗れた恋の行方

音爽(ネソウ)
恋愛
どうしてあの人はワザと絡んで意地悪をするの? 理解できない子爵令嬢のナリレットは幼少期から悩んでいた。 大切にしていた亡き祖母の髪飾りを隠され、ボロボロにされて……。 彼女は次第に恨むようになっていく。 隣に住む男爵家の次男グランはナリレットに焦がれていた。 しかし、素直になれないまま今日もナリレットに意地悪をするのだった。

完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言

音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。 婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。 愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。 絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……

この幻が消えるまで

豆狸
恋愛
「君は自分が周りにどう見られているのかわかっているのかい? 幻に悋気を妬く頭のおかしい公爵令嬢だよ?」 なろう様でも公開中です。

処理中です...