508 / 555
炭鉱の街アスタリア
異界につながる空間
しおりを挟む
作業層へ続く裂け目を越えた瞬間、空気が明らかに変わった。
重たい靄のようなものが足元を這い、視界を歪ませる。
鉱石の輝きも地上のそれとは違い、どこか病的な光を放っていた。
呼吸をするたびに喉の奥がざらつくような感覚があった。
「ここ、本当に坑道の中なんですか……?」
リリアが困惑したような声をこぼした。
クリストフも口元に布を当てて、静かに歩いている。
俺は周囲を警戒しながらも、自らの目で地形と構造を観察していた。
「見覚えのある標識はなさそうだね。地図にない層か……あるいは、地脈の中に入ってしまったかもしれない」
俺はクリストフの言葉に何度かうなずいて返した。
足元の地面は明らかに人工物で、鉱夫たちが使っていた痕跡がある。
だが壁や天井に広がる模様、ところどころで浮かぶ黒い粒子は人間の手によるものではない。
ホーリーライトの光を強めて、俺たちはさらに奥へと進んだ。
足音が異様に反響する状況に息を呑む。
静寂というよりも空間の歪みが引き起こしていると思われた。
やがて、広間のような空間に出た。
壁に沿って古びた採掘具が散乱しており、崩れた棚や箱の中には当時の記録用紙の断片が混ざっていた。
まるで時の流れから隔絶されたように、いつからこのような状態になったのか。
「この層……崩落したとされていた場所に近いはずです」
リリアが地図と照らし合わせながら言った。
紙に描かれた線はここでぷつりと途切れている。
クリストフはそれを見たまま、おもむろに声を出す。
「でも、完全に崩れていたわけじゃなかった。何か別の理由で閉じられた可能性もあるのかな」
「例えば……異界との繋がり?」
リリアが呟いた言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
するとその直後、ぴたりと空気が止まった。
――いや、風が止んだのではない。
ほとんど音を立てない何かが近づいてきた気配がしたのだ。
クリストフがすばやく体勢を低くし、俺も魔法を放てるように構えた。
リリアがそっと背後に下がり、臨戦態勢で敵を待ち構える。
「正面から来ますよ……」
俺がそう言った瞬間、広間の奥、崩れかけた通路の陰から異形の影が滑るように現れた。
魔鉱体──しかし、今までのものとは明らかに違う。
その身体は煤けた鉱石のようで、ところどころに深紅の亀裂が走っていた。
異界の瘴気が地表へ噴き出した跡のように、内側から不自然な光が脈打っている。
「やっぱり……ここが中心か」
俺は魔鉱体の注意を引くために、適当な魔法を数回放った。
すると、その瞳孔のような裂け目がこちらを見据え、瞬時に跳びかかってきた。
スピードがこれまでの個体より遥かに速い。
間一髪で身を引いて受け流すと、剣を抜いてカウンター気味に叩きつけた。
「か、硬い……!」
あまりに手応えが強すぎた――。
刃が弾かれて衝撃が腕に残る。
背後でリリアが追撃の構えをしているが、これでは物理的な攻撃は望みが薄い。
「クリストフさん、右側に誘導を頼みます!」
「了解した!」
クリストフが一瞬の隙を突いて魔鉱体の側面へ回りこみ、鉄の杭を打ちこむ。
狙いは赤い亀裂が集中している肩口。杭が突き刺さると、体内で魔力が暴れたように赤い光が瞬く。
「今だよ、マルクくん!」
俺は足場を蹴り、全力で飛びこんだ。
剣の刃に魔力をこめて、真上から振り下ろす。
亀裂に向かって深く叩きつけると、ついに硬質な外殻が割れた。
内部から黒い靄が吹き出す。
だが、それは毒にも似た抵抗だった。
俺の身体にまとわりつくように靄が漂い、魔力の流れを乱してくる。
「っ、魔力が……引かれてる……!」
「下がってください! マルクさん!」
リリアが警告の声を上げた。
瞬時に煙幕を展開して、その靄と俺との間に楔のように挟みこむ。
それが功を奏したようで魔力の流れが戻り、どうにか体勢を立て直すことができた。
魔鉱体はまだ動いているが、明らかに弱っている。
クリストフが別の杭を投げこみ、俺がその裂け目を断ち切るように剣を振るった。
わずかな瞬間、周囲に静寂が訪れた。
魔鉱体の動きが静止して、崩れた身体が地に落ちた。
禍々しい赤い光も、黒い靄も次第に消えていった。
俺たちは肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
すでに連戦が続き、三人とも消耗している。
「……もう一体来たら、きついですね」
リリアが汗を拭いながら言った。
クリストフも静かにうなずく。
「ただの魔鉱体じゃない。異界の要素を取りむことで、別物になってる」
「そして……人の魔力に反応する。今の戦いでもはっきりした」
俺は剣を下ろして、魔鉱体が崩れた場所に近づいた。
そこには異界の残滓がまだかすかに漂っていた。
目の錯覚かもしれないが、空間が歪んでいるようにも見える。
「この層全体が、異界との接触地点ってことか……」
「私たちに閉じられると思いますか?」
「うーん、簡単じゃないですけど、兆候は押さえられるかもしれません。まずは流入の源を見つけるところから」
俺たちは互いに目を合わせた。
ここまで来た以上は先に進むしかない。
それがここで起きている異変を止める唯一の手段なのだと、全員が理解していた。
ホーリーライトが再び坑道を照らす。
この先に待つものが何であれ、今はまだ踏みこむべき理由があった。
重たい靄のようなものが足元を這い、視界を歪ませる。
鉱石の輝きも地上のそれとは違い、どこか病的な光を放っていた。
呼吸をするたびに喉の奥がざらつくような感覚があった。
「ここ、本当に坑道の中なんですか……?」
リリアが困惑したような声をこぼした。
クリストフも口元に布を当てて、静かに歩いている。
俺は周囲を警戒しながらも、自らの目で地形と構造を観察していた。
「見覚えのある標識はなさそうだね。地図にない層か……あるいは、地脈の中に入ってしまったかもしれない」
俺はクリストフの言葉に何度かうなずいて返した。
足元の地面は明らかに人工物で、鉱夫たちが使っていた痕跡がある。
だが壁や天井に広がる模様、ところどころで浮かぶ黒い粒子は人間の手によるものではない。
ホーリーライトの光を強めて、俺たちはさらに奥へと進んだ。
足音が異様に反響する状況に息を呑む。
静寂というよりも空間の歪みが引き起こしていると思われた。
やがて、広間のような空間に出た。
壁に沿って古びた採掘具が散乱しており、崩れた棚や箱の中には当時の記録用紙の断片が混ざっていた。
まるで時の流れから隔絶されたように、いつからこのような状態になったのか。
「この層……崩落したとされていた場所に近いはずです」
リリアが地図と照らし合わせながら言った。
紙に描かれた線はここでぷつりと途切れている。
クリストフはそれを見たまま、おもむろに声を出す。
「でも、完全に崩れていたわけじゃなかった。何か別の理由で閉じられた可能性もあるのかな」
「例えば……異界との繋がり?」
リリアが呟いた言葉に、誰もすぐには返事をしなかった。
するとその直後、ぴたりと空気が止まった。
――いや、風が止んだのではない。
ほとんど音を立てない何かが近づいてきた気配がしたのだ。
クリストフがすばやく体勢を低くし、俺も魔法を放てるように構えた。
リリアがそっと背後に下がり、臨戦態勢で敵を待ち構える。
「正面から来ますよ……」
俺がそう言った瞬間、広間の奥、崩れかけた通路の陰から異形の影が滑るように現れた。
魔鉱体──しかし、今までのものとは明らかに違う。
その身体は煤けた鉱石のようで、ところどころに深紅の亀裂が走っていた。
異界の瘴気が地表へ噴き出した跡のように、内側から不自然な光が脈打っている。
「やっぱり……ここが中心か」
俺は魔鉱体の注意を引くために、適当な魔法を数回放った。
すると、その瞳孔のような裂け目がこちらを見据え、瞬時に跳びかかってきた。
スピードがこれまでの個体より遥かに速い。
間一髪で身を引いて受け流すと、剣を抜いてカウンター気味に叩きつけた。
「か、硬い……!」
あまりに手応えが強すぎた――。
刃が弾かれて衝撃が腕に残る。
背後でリリアが追撃の構えをしているが、これでは物理的な攻撃は望みが薄い。
「クリストフさん、右側に誘導を頼みます!」
「了解した!」
クリストフが一瞬の隙を突いて魔鉱体の側面へ回りこみ、鉄の杭を打ちこむ。
狙いは赤い亀裂が集中している肩口。杭が突き刺さると、体内で魔力が暴れたように赤い光が瞬く。
「今だよ、マルクくん!」
俺は足場を蹴り、全力で飛びこんだ。
剣の刃に魔力をこめて、真上から振り下ろす。
亀裂に向かって深く叩きつけると、ついに硬質な外殻が割れた。
内部から黒い靄が吹き出す。
だが、それは毒にも似た抵抗だった。
俺の身体にまとわりつくように靄が漂い、魔力の流れを乱してくる。
「っ、魔力が……引かれてる……!」
「下がってください! マルクさん!」
リリアが警告の声を上げた。
瞬時に煙幕を展開して、その靄と俺との間に楔のように挟みこむ。
それが功を奏したようで魔力の流れが戻り、どうにか体勢を立て直すことができた。
魔鉱体はまだ動いているが、明らかに弱っている。
クリストフが別の杭を投げこみ、俺がその裂け目を断ち切るように剣を振るった。
わずかな瞬間、周囲に静寂が訪れた。
魔鉱体の動きが静止して、崩れた身体が地に落ちた。
禍々しい赤い光も、黒い靄も次第に消えていった。
俺たちは肩で息をしながら、その場に立ち尽くした。
すでに連戦が続き、三人とも消耗している。
「……もう一体来たら、きついですね」
リリアが汗を拭いながら言った。
クリストフも静かにうなずく。
「ただの魔鉱体じゃない。異界の要素を取りむことで、別物になってる」
「そして……人の魔力に反応する。今の戦いでもはっきりした」
俺は剣を下ろして、魔鉱体が崩れた場所に近づいた。
そこには異界の残滓がまだかすかに漂っていた。
目の錯覚かもしれないが、空間が歪んでいるようにも見える。
「この層全体が、異界との接触地点ってことか……」
「私たちに閉じられると思いますか?」
「うーん、簡単じゃないですけど、兆候は押さえられるかもしれません。まずは流入の源を見つけるところから」
俺たちは互いに目を合わせた。
ここまで来た以上は先に進むしかない。
それがここで起きている異変を止める唯一の手段なのだと、全員が理解していた。
ホーリーライトが再び坑道を照らす。
この先に待つものが何であれ、今はまだ踏みこむべき理由があった。
17
あなたにおすすめの小説
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました
黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。
これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。
町島航太
ファンタジー
かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。
しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。
失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。
だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる