異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
514 / 555
幼い二人と錬金術師

カルンへ到着

しおりを挟む
 朝露に濡れた足場の悪い道を慎重に下りていく。
 草の葉が足に触れるたびに冷たさがしみてくるが、ミレアの体温が背中に残っていて、ひどく冷えることはなかった。

 セドはつまずきもせず黙々と後ろをついてくる。
 彼の決意がそうさせるのかもしれないが、身体能力はそれなりにあるようだ。

 森の鳥が目を覚まし、木々の間からかすかにさえずりが聞こえた。
 夜の気配は遠ざかり、明け方の空気が訪れる。

 谷の底を流れる川が近づいてくると、空がすっかり白んできていた。
 小さな丸太橋を渡りさらに斜面を登る。
 そこを越えればカルンの町が見えてくる。
 
 橋の手前で足を止めたところで、セドが声をかけてくる。

「マルクさん。あの……」

「どうした?」

 セドは少し口ごもってから、勇気を出したように言った。

「本当に、カルンって町でぼくらを受け入れてくれるんですか?」

 当然の疑問だと思った。
 見知らぬ町に見知らぬ土地の人々――手放しで安心できる材料はないに等しい。

「保証はできないけど、カルンには仲間がいる。彼らが協力してくれるはずだ」

 セドは頷いたが、目に不安の色は消えなかった。
 だがそれでも歩みを止めないのが、この少年のすごいところだと思った。

 それから斜面を登ると開けた丘の向こうに平地に広がる街の姿が現れた。
 エスタンブルク有数の栄えた街であるカルンだ。
 無数の民家と軒を連ねる店の数々。 
 カルンは第二の拠点となっている。

 この丘からは街の全体を見下ろすことができる。
 こちら側のルートはほとんど通ったことがなく、こんなにも景色がいいとは気づかなかった。
 ちょうど日の出の時間帯ということもあるのかもしれない。

 セドは体力的に問題はなさそうだが、足取りが重たくなっている。
 気持ちの整理がつかず、カルンに行くことにためらいがあるのだろう。

「もうすぐだ。あと少し」

 あえてそのことについて言及はせず、発破をかけるように声をかける。

「……はい」

 セドはぼそりと返事をし、しっかりとミレアの毛布の端を握った。

 門の見張りに顔を見せると、俺の名前を聞いた兵士が軽く手を振って通してくれた。
 黒布の兵士――とやらは、もちろんここにはいない。
 もしも、平穏なカルンの街でそんな連中がいれば、どう考えても目につく。

 朝の通りは人通りがまばらで、パン屋の窯から香ばしい匂いが漂ってくる。
 雑貨屋の店先では看板娘が商品の陳列をしていた。
 こうして見ると、普段通りの日常が流れている。

 俺たちは裏通りを抜けてカルンの町の東側にある、アンソワーレにたどり着いた。
 朝靄が残る石畳の路地を進みながら、何度かセドとミレアの様子を確認した。

 扉を開けて中へ入ると、ちょうど早朝の調剤作業をしていたフレイが顔を上げた。
 俺の姿を見るなり、目を見開いて近寄ってくる。

「マルクさん! しばらく戻らないから……心配しました」

「ごめんなさい、連絡できなくて。まずはこの二人を中に入れてもらえます?」

 俺が背中のミレアをおろすと、フレイはすぐに毛布と湯を持ってきた。
 ミレアは目を覚まし、驚いたようにキョロキョロと室内を見回す。
 
「はい、もちろん」

「ええと、男の子の方がセド。女の子の方がミレアです」

 二人を紹介するとセドは戸惑いの浮かぶ表情でフレイを見た。
 一方、見た目以上に年齢が上なフレイは落ちついた反応を示す。

「よろしくね。私はフレイ」

「……よ、よろしく」

 セドはたどたどしい返事を返した。
 いくら優しく応じられているとはいえ、初対面の相手では緊張するだろう。
 それにダークエルフと会うのは初めてかもしれない。

「こっちにあたたかいスープがあるから、少し飲んで休もう」

 フレイが穏やかに声をかけると、セドはようやく警戒を解いたような表情になった。

 二人を部屋の一角で落ちつかせた後、店の奥にある倉庫へ向かい、使っていない寝具を引っ張り出した。
 暖かな場所で少しでも安心してもらえるように、できる限りのことをするつもりだった。

 やがてセドとミレアは、スープとパンを口にしながら、少しだけ落ち着いた表情を見せ始めた。
 ここに至るまで何もかもが急すぎたはずで、森の中で見せていたあの強い警戒心も、この瞬間は和らいでいる様子だ。

「しばらく、ここに泊まらせてやろうかと。人手は足りてます?」

「はい、大丈夫です。お客さんの入りは昼までに落ちつきそうです」

 フレイの答えを聞いて、中庭の方へ足を向けた。
 敷地の奥にある調剤用の部屋の扉を叩くと、白衣姿の女性が顔を出した。

「おかえり、マルク。どう、旅の成果は?」

「実は途中で子ども二人を拾いまして。事情は複雑みたいです」

 オルネアは表情を引き締めて、目を細めた。

「怪我や病気は?」

「目立つ外傷はないですね。ただ、しばらく観察しようと思います」

「いつでも連れてきて。部屋を用意するわ。食事と寝具も手配しておく」

 ありがたい配慮にオルネアは頼りになると思った。
 アンソワーレの仕事が順調だからか、以前よりもよく話すようになっている。

 先ほどの部屋に戻るとセドが戸口の近くに座り、ぼんやりと外を眺めていた。
 ミレアはまだ眠っている。

「どうだ、少しは落ち着いた?」

「はい。ありがとうございます」

 セドはおもむろに立ち上がると、ペコリと頭を下げた。

「……ぼく、働きます。なんでもやります。掃除でも、皿洗いでも」

「気持ちはありがたいけど、今はゆっくり休むんだ。ミレアのこともあるし」

「でも……ずっとお世話になるわけには……」

「焦らなくていい。すぐにどうにかなるわけでもなさそうだ」

 セドはしばらく黙っていたが、やがて「はい」と短く返事をした。

 その日、俺はあまり外には出ず、アンソワーレの中でセドたちの様子を見ていた。
 ミレアは午後に少し目を覚ましたが、口数は少なかった。
 時折、ぽつんと窓辺に座って空を見上げている。
 その姿は遠くを見つめているようで——見ているこちらの胸が締めつけられた。

 夕方、セドと二人で炊き出し用の大鍋を洗っていると、彼がぽつりとつぶやいた。

「父さん、強い人だったんです。本当はぼくなんかじゃなくて、父さんが生き残るべきだった。そうすれば、ミレアも……」

「そういう考えは、いずれ自分を壊す。俺は元冒険者だけど、自分を責めてばかりいる者は引退も早かった」

「……分かってます。でも……」

「ミレアは、お前がいてよかったと思ってるはず。あの日、しっかり守ったんだ」

 守れたことを誇りに思えと伝えたかった。
 コボルトの襲撃は危険な状況だったのだ。
 しかし、重荷を背負わせてしまいそうで、言いかけてやめた。

 セドは黙って鍋を拭きながら、ほんの少しだけ、口元に微笑みを浮かべた。

 やがて、夜空に星がまたたく頃。
 俺はようやく店の一角に腰を落ちつけた。
 背中にはじんわりと疲れがのしかかっていたが、不思議と眠気はなかった。

 カルンで暮らすようになってから、こうして誰かを迎えることは何度かあった。
 だが今回は何かが違うように感じた。

 ……理由は分からない。
 ただ、この出会いはきっと、何かの転機になる——俺たちにとっても、あの兄妹にとっても。
 そんな予感が胸の奥で息づくのだった。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました

黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。 これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

42歳メジャーリーガー、異世界に転生。チートは無いけど、魔法と元日本最高級の豪速球で無双したいと思います。

町島航太
ファンタジー
 かつて日本最強投手と持て囃され、MLBでも大活躍した佐久間隼人。  しかし、老化による衰えと3度の靭帯損傷により、引退を余儀なくされてしまう。  失意の中、歩いていると球団の熱狂的ファンからポストシーズンに行けなかった理由と決めつけられ、刺し殺されてしまう。  だが、目を再び開くと、魔法が存在する世界『異世界』に転生していた。

勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。 しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて…… テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

処理中です...