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はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―

正体不明の兵士

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 本日もすっきりした晴天で森歩きに最適な天気だった。
 木々と太陽が日なたと日陰のコントラストを作り出している。
 
 延々と同じような景色が続くが、エルネスやリサが不満をこぼすようなことはなかった。

 数日に渡る移動でそれなりに疲労を感じているものの、今のところ体調は良好でこのまま歩き続けることに問題はないだろう。
 
 聞いた限りではフォンスはそれなりに栄えているらしいので、宿の一つぐらいありそうだ。それに彼らが一緒ならば大抵のことは何とかなりそうな気がした。
 
 黙々と足を動かしながら、フォンスという国を詳しく知らないことに気づく。

 とりあえず、泉の国という名を冠するだけあって水源が豊富とは聞いている。
 あとはウィリデに比べてフォンスの方が多少都市化が進んでいるらしい。

 現時点ではそれぐらいの情報しかなかった。
 それとは別に自分がドロン硬貨しか持っていないことに一抹の不安を覚えた。


 これまでと同じく先頭をリサが行き、後方を俺とエルネスが並んで歩いている。
 
 彼女の進む速度は今まで通り少し早く感じるが、次第にそれにも慣れてきた。
 俺は荷物にしまってある硬貨を思いながら、エルネスに訊いてみることにした。
 
「ところで、ドロンはフォンスで使えますか?」
「フォンスでは使えませんが、ウィリデを行き来している行商人なら、フォンスで使えるお金に換えてくれるそうです。街のことなどはリサの方が詳しいでしょう。僕はフォンスの通貨も持っているので困った時は言ってください」
「なるほど、それなら一安心」
 
 彼の話を聞いて懸念事項が減った。
 丁寧に説明してくれるのはとても助かる。

 リサは先導役を担っているので、教えてもらうのは後にしておこう。
 とりあえず、今は先へ進むことが重要だ。

 目立った脅威もなく、ひたすら進んでいった。
 時間にして三時間ほど進んだところで休憩になった。

 道沿いの少し開けた場所に三人で輪になるようなかたちで腰かけた。
 
 森の奥深くへ進んで来たからなのか木々の密度が濃くなってきた気がする。
 大森林の入り口周辺と比べると日陰になる部分が増えていた。

 俺は水筒に入った水で喉を潤して、エルネスから渡された干し肉を口にした。
 リサは途中でもいできたと思われる木の実をもぐもぐしている。

「今のペースで進めば明日中にはフォンスへ着くわ」

 彼女は栄養補給を終えてから口を開いた。

「この辺りから森が深くなるから、警戒は怠らないでね。動物が相手の場合もあるし、マナクイバナみたいに幻覚を起こさせるものもいるから怪しいものには近づかないように、わかった?」
 
 リサはガイド役のように明解な口調で話した。
 今の状況は、ある意味自然散策かもしれない。

「ああいうのはもうごめんだよ」
「……カナタさん、もしかしてマナクイバナを見たのでしょうか?」
 
 エルネスが不思議そうな目でこちらを見た。
 こちらの答えを求めているように感じた。

「ああっ、ありますよ。とんでもない見た目をしてました」
「あれに遭遇した人間は高い確率で命を落とすと聞いてますが、よくぞご無事で」
 
 エルネスは素直に感心しているようにいった。
 それを聞いて、少し照れくさい思いがした。

「いやいや、リサが気づいてくれなかったら食べられてたみたいです」
「なるほど、彼女が助けてくれたんですね」
 
 エルネスはそういってリサを見た。
 彼女は俺たちの話を聞きながら、満更でもないという様子だった。
 
 俺はそんな彼女の自信満々なところが気に入っていた。
 卑屈にならないところもポイントが高い。

「やはり、リサは頼りになりますね。森の外側は得意エリアなのですが、いざ大森林となると森育ちのエルフの方が圧倒的に詳しいです」
「危険な動物や植物にうっかり近づいたら死んじゃうから、イヤでも色んなことを知るようになるわ」

 リサはさも当然といいたげな様子だった。
 森で暮らすエルフならではの知恵もあるのだろう。

「街で生活しているとそういったことはなかなかありませんから、森で生活するエルフと比べると街育ちエルフはのんびりした性格になりやすいのかもしれません」
「うーん、それは否定できないわね」

 しばらく会話が弾んだ後に休憩を終えて出発した。
 時間の経過と共に、木々の間から覗く太陽が少しずつ高くなっている。

 木が多いほど死角が増えるため、これまで以上に気を張りながら進んでいた。
 すると、ふいにリサが立ち止まった。彼女の様子に気づいて全員が足を止めた。
 
「――誰か向こうから来る……馬に乗って」

 リサは緊張を感じさせるような声音で呟いた。
 彼女の様子が張りつめた色を帯びていたせいか、俺自身も思わず身構えていた。

 それから数十メートル先の曲がった道が直線になるところに、騎乗した人影が向かってくるのが目に入った。黒い毛並みの馬は規則的なリズムで蹄を運び、落ち葉や木の枝を踏みしめながら歩を進めている。

「……えっ、何なの。大森林に一人で来るなんて何者なの」
「……フォンスからの通行人でしょうか」
 
 リサとエルネスが分からないことを俺が知るはずもなかった。
 今は成り行きに任せる以外の選択肢が存在しない。

 馬に乗っているのは大柄な男で深い青色の髪をしていた。
 こちらで見たことのない服装、腰に剣を携えている。どこかの兵士だろうか。

「――これは失礼」

 俺たちが道を空けると、馬に乗った男はそれだけ言って通り過ぎていった。 

 エルネスは一度だけ振り返り、納得したように頷いた。
 リサは緊張を解いて再び歩き始めた。俺とエルネスもそれに続く。

「どうやってフォンスを通過したか分かりませんが、おそらくカルマンの兵士でしょう。フォンスにあのような立派な馬はいません」
「私はカルマンのことは詳しくないけど、あの鋭い空気はきっと兵士ね。あれぐらい健脚な馬なら森を短時間で抜けられるかも」
 
 リサとエルネスは口々にそういって納得した様子だった。

「たしか、カルマンって荒くれ者の国でしたか?」
「アエス鉱山に来ていたものたちはそうでしたが、兵士のことは詳しくありません。ただ、フォンスと交戦状態にあったこともあるので、穏やかな気性とは考えにくいでしょう」
 
 エルネスは記憶を思い起こすように訥々と話した。
 ずいぶん前のことなので、うろ覚えなのかもしれない。

「あんまり森でばったり会いたくないタイプですね」
「こちらの方が人数が多かったからよかったものの、手練れの兵士相手に一対一は厳しいかもしれません。魔術を使う前に斬りつけられたら危険です」
 
 彼の話を聞きながら、この世界にも血生臭いことは存在すると実感した。
 まだ俺が目にしていないだけで、他の地域へ行けば普通にありえるのだろう。

 ウィリデが平和で牧歌的だったこともあり、できる限りこの世界のシビアな側面を直視しないようにしていたことを痛感させられた。

 人の営みがある以上、それは避けられないことなのだ。
 そんな現実をエルネスやリサはどう考えているのだろう。

 複雑な感情を整理できないまま、それでも足を動かし続けた。
 フォンスまでの道のりはまだ少し距離が残っている。

 この世界を一つの現実として初めて受け入れられた気がする。
 夢の世界の延長、ユートピアのように思っていた自分を恥じた。
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