5 / 64
本編
第五話
しおりを挟む翌日から、私は暇さえあると、翡翠の姿を捜して宮城の敷地内をうろつくようになった。どうせ部屋で待っていても、青帝陛下の訪れはないのだから。
――できる限り、下女の手は借りないよう、自分のことは自分でするとして……。
考え事をしながら歩いていると、
「これは、番様」
たまに人とすれ違う際、私に気づいた相手はすぐさま目線を下げて、深くお辞儀をする。私に道を譲り、私がそこを立ち去るまで、その体勢から動かない。会う人会う人、皆この調子なので、私は次第に居心地が悪くなってきた。自然と足が、人気のない場所へと向かう。
――翡翠は、普通に接してくれたのに。
さる高官の息子だと養父は言っていたけれど、本当のところはどうなのだろう。翡翠はほとんど自分の話をしないから、私も彼については何も知らない。
――でも、それが何だって言うの。
私だって、罪人の娘であることは周囲の人たちに隠している。話したくもないし、触れられたくもない。翡翠にもきっと、似たような事情があるのだ。
「――翡翠っ」
果樹園の近くで彼を見つけて、私は嬉しさのあまり走り出していた。
「こんなところにいた」
「走るな、珊瑚。転ぶぞ」
ぶすっとした顔で言いながら、振り返ってこちらを見る。
「また俺を探してたのか」
「何をしてるの?」
「別に、何も」
「一緒にいてもいい?」
「ダメだ、帰れ」
「どうしてよ。暇なんでしょ?」
「暇じゃない」
なんだかんだ言い合いながら、私は翡翠の隣に立って、美しい花を咲かせる樹木を眺めた。
「林檎の花って、いつ見ても綺麗ね」
「龍の好物だ。だからここでも育ててる」
「そうなの? てっきり水草しか食べないのかと思ってた」
「果物も食べる」
「私も好きよ、林檎。見た目も可愛いし」
「……ふーん」
興味なさそうにつぶやいて、翡翠は言いにくそうに口を開いた。
「おまえ、あんまり外、出歩かないほうがいいぞ」
「外って? ここ敷地内でしょ」
「けど後宮と違って、危険だ。宦官以外の男もいるし」
「自分のこと言ってる?」
「俺のことは勘定に入れなくていいんだよ」
確かに翡翠は私と同じ十五歳だから、厳密に言えば成人男性ではない。
「でも、青帝陛下は何もおっしゃらないわ」
「それは……うるさく言って、おまえに嫌われたくないからだろ」
「後宮に入れるつもりもないようだし」
「……後宮に入りたいのか?」
「ぜんぜん」
「だからだよ」
私はふてくされたように翡翠を見る。
「ずいぶんと陛下の肩を持つのね」
「そうか?」
「同じ男として気持ちがわかる、とか?」
「まあ、そうだな」
「だったらどうして陛下は私に会いに来ないの? まるで避けておられるみたい」
「……単にびびってるだけだと思う。おまえに拒絶されるかもって」
「平民である私が、陛下を拒めるわけないでしょ」
「それだよ」
翡翠は苦笑いを浮かべて指摘する。
「それが分かってるから、おまえに近づけないんだ」
「つまり私に無理強いしたくないってこと?」
それでは矛盾していると、私は眉を寄せる。
「私を妻にするのは当たり前、みたいなこと公言してたくせに」
「そこは理性よりも本能を優先したんだろ」
「番を前にすると平常心を失うってやつ? 翡翠もあの書物、読んだんだ」
曖昧な態度でうなずく翡翠に、私は続ける。
「で、私が十八になったら夜伽を命じるわけね」
「……嫌か?」
こわごわ訊ねられて、かぶりを振る。
「何もしないでいるよりはマシ。なにせ居候の身だし?」
冗談めかして答えると、翡翠は困ったように目を伏せた。
「俺を恨んでもいいんだぞ」
「どうして? 翡翠は私の命の恩人なのに」
私は翡翠のことが好きだった。今でも好きだ。
けれど今さら――このような状況下で、思いを伝える気は毛頭ない。
彼を困らせるだけだから。最悪、また姿を消してしまう恐れもある。
「悪いと思うんだったら約束して。もう黙っていなくならないって」
「……約束する」
「絶対よ」
「絶対」
ほっとして、私は林檎の木に視線を戻した。
…………
………
……
数日後、甘い香りに誘われて、台所に立ち寄った私は唖然とした。
「これ、何ですか」
「林檎でございます」
律儀に答えてくれる下女に、「それは見ればわかるんですけど」と遠慮がちに言う。
「収穫はまだたいぶ先でしたよね?」
「わたくしも詳しくは存じませんが、陛下のお力で収穫を早められたそうです」
よほど林檎が食べたかったのかと首をひねる。
「これらは全て、陛下から番様への贈り物です」
私は龍か、と思わずツッコミを入れてしまうほどの量だった。
地面を埋め尽くすほどの、大量の林檎。
「おすそ分けは大変ありがたいんですけど、さすがにこの量は……」
「番様が食す分だけ頂いて、あとは龍の宿舎へ持っていきましょうか?」
気の利く下女に、お願いしますと頭を下げる。
それにしても、なぜに贈り物が林檎なの?
22
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。
だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。
そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。
これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
(小説家になろう、カクヨミでも掲載中)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる