この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

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本編

第八話

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 これまでのことを連油に話すと、彼女は暗い顔をして、「もう翡翠に会わないほうがいい」と言った。



「向こうもそう言ってるんでしょ?」

「なら、翡翠はどうして私に会いに来たの? 少しは、私のことを気にかけて――」

「翡翠が殺されてもいいの?」



 静かな連油の言葉に、私はぞっとした。



「なぜ後宮に宦官がいると思うの? 宮女は全員、陛下の所有物だからでしょ。宮女に手を出せば即死刑、ましてやあんたは、陛下の妻になる女性なのよ」



 私は黙ってうつむいた。

 無意識のうちに、翡翠の身を危険に晒していると知り、愕然としてしまう。



「これまでは田舎者ってことで、周囲も大目に見てくれたのかもしれないけど」

「……でも私、自信ない」

「自信がないって……」



 連油はじろじろと私を見、何を思ったのか、



「大丈夫。あんた、元はそんなに悪くないんだから、磨けばなんとかなるわよ」



 励ますように言う。



「あたしも協力してあげるから」



 なんだか話がおかしな方向へ流れているような気がして、私は立ち上がった。



「……のぼせそうだから、先に出るね」



 しかし逃がさないとばかりに腕を掴まれて、前のめりになってしまう。



「その代わり、あんたが后になったら、あたしをあんた付きの女官にしてね」











 ***













 自室に戻って髪を乾かしながら、私はため息をついた。



 ――絶対、何か企んでる。



 いくら何もしなくていいと言っても、連油は聞く耳を持たず、「こうなったら善は急げよ」とばかり脱衣所から飛び出していってしまった。



 根は悪い子ではないので、ほうっておいても大丈夫だろうと思いつつも、不安はぬぐい去れない。

 案の定、その日の晩のことだった。



「――そこで何をしている」



 突然お声をかけられ、私は平常心を装って答えた。



「隠れております、陛下」



 宿屋の一室は狭いため、隠れられる場所は自然と限られる。



 ――頭隠して尻隠さず、って状況よね。



 本当は押入れの中にすっぽり収まる予定だったのだが、なにぶん、都から持ってきた荷物が多すぎて――というかどうして連油の荷物まで紛れ込んでるの? ほとんどあの子の私物じゃない? ――かろうじて上半身が入れるだけのスペースしか残されていなかったのだ。



 それでも室内は暗いので、なんとかやり過ごせると思ったのだが、



 ――でも、もう見つかっちゃったし。



 開き直って押入れから出てくると、やむなくその場に正座する。 

 青帝陛下は自ら灯りをともすと、私の近くに腰をおろした。



「なぜ隠れる?」



 答える前に、あなたこそ、なぜ夜更けに未婚女の部屋に忍び込んでくるのですかと問いたい。間違いなく連油の差金だろうけど――夜伽に呼ばれる前に夜這いをかけられるなんて、一応警戒はしていたものの、実行に移されるとは思ってもみなかった。



 隣室に控えている下女も、知らん顔して出てこないし。



「女の一人暮らしは無用心なので」



 だからいつもこんな感じで寝ているのだと言うと、陛下はご納得されたようで、



「ならば警備の者を増やそう」



 それは申し訳ないのでご容赦を。

 近くに人の気配があると、かえって眠れなくなるからと言えば、しぶしぶ聞き入れてくれた。



「では、私から離れる理由は?」



 お尻を徐々にずらしつつ、さりげなく距離をとるつもりが、これも見抜かれていたらしい。

 言いよどむ私に、「まさか伽の相手をさせられると思ってるのか?」と陛下は呆れたように指摘する。



「違うのですか?」

「子どもに手を出すつもりはない」



 拍子抜けすると同時に、警戒していた自分が馬鹿みたいに思えてくる。



「今でも歌はうたえるか?」



 そういえば陛下は、下級宮女たちに夜伽を命じることはほとんどなく、その代わりに舞踊や詩吟の教育に力を入れていた。色事よりも芸能への関心が高く、宴会の席では必ず宮女たちに舞を披露させたし、二胡の演奏も好んで聞いている。



 私はうなずくと、寝巻きの上から華やかな衣を羽織り、これまでの練習の成果を披露した。それなりに上手く出来たつもりだが、どうだろう。そっと陛下の顔を盗み見て、その満足気な表情にほっと胸をなでおろす。 



「見事だった。そなたには才能がある」

「……恐れ入ります」



 そろそろ部屋に戻ると言って、陛下は立ち上がる。



「疲れさせて悪かったな。そなたも休むといい」

「はい、陛下」

「明日も来る」







 その日を境に、眠る前の数時間だけ、私は陛下と過ごすようになった。芸を披露するばかりで、会話らしい会話もなかったが、以前よりも増して、彼を身近に感じた。



 ――翡翠。



 それでもふとした拍子に幼馴染のことを思い出して、胸が塞いだ。



 ――今どうしてるかな。



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