この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

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本編

第十二話

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「婚礼の儀まで、ついに一年を切ったわ。これから忙しくなるわよ」



 朝から妙に張り切っている連油に、「どうしたの?」と訊ねる。



「いいわね、珊瑚。今までみたいに、舞踊や詩吟の稽古にばかり時間を割いていられないわよ。婚儀の衣装の準備だけでも、大変なんだから。あんたもあんたで、勉強することがたくさんあるでしょうし」



 勉強? と思わず素っ頓狂な声を出してしまう。



「宮廷作法や式典での振る舞い方、花嫁としての心構え、あと外交儀礼とか? まあその辺は式典や礼儀作法に詳しい女官がここに派遣されるようだから、その方に学ぶといいわ」



 時を遡る前、私は確かに后として陛下に迎えられたが、婚礼式は盃を交わすだけの簡素なものだった。それ以前に、番のお披露目式だってやってはいない。けれど今回は様子が違うようだと、今更ながら焦りを感じてしまう。



「もちろん、初夜に備えて……まあ、あんたは宮女じゃないから、その手の教育は必要ないか」



 下級宮女時代に受けた閨教育を思い出して、私は頬に熱を感じた。

 以前の私は、これも仕事だからと義務感から陛下の夜伽に応じていたが、



 ――けれど今は……。



 陛下の中に翡翠がいると分かった今、私は喜びを隠せなかった。

 愛する人と結ばれることができるなんて、なんて幸運なのかと。



 ――閨での奉仕も、陛下のお心をお慰めする、大切な仕事。そして番は、陛下の孤独を癒す存在。



「全て陛下にお任せすればいいわよ」



 それで果たして、陛下のお心をお慰めし、癒すことができるのかと疑問に感じる。悩んだ末、やはりそれ相応の努力が必要ではないか、せっかく既に閨の教育を受けているのだから、それを生かすべきだという結論に至った。



 ――今のうちに、できることは全部やっとかないと。 



 恥ずかしいなんて言っていられないと、ペチペチと頬を叩いて気合を入れた。









 ***











「珊瑚、あんたが持ってるその書物って――」



 用事で外へ出ていた連油が、お昼過ぎに戻ってきた。

 つい夢中で書物を読みふけっていた私は「お帰り」と言って顔をあげる。



「閨房術の指南書なんか読んで、どうしちゃったのよ」 



 連油は持っていた荷物を落とすと、顔を真っ赤にして言った。



「よく知ってるね」

「そりゃあ……長くここにいればそれなりに情報が入ってくるから。っていうか、どうしたのよ、それ」

「下女にお願いして、書庫から借りてきてもらったの」

「あんたは下級宮女じゃなくて番様なのよ」

「だから何? 下級宮女たちは皆、身体を張って、陛下のお心をお慰めしてるのよ。私も見習うべきでしょ?」

「……変なところで真面目なんだから」



 連油は困ったように眉をひそめる。



「連油は反対なの?」

「別に。ただ妓女みたいで、少し抵抗があるのよね」



 それが普通の反応だろうと、私も特に何も言わなかった。私も、宮女だった頃の記憶がなければ――母のことがなければ、今の連油と同じことを言ったはずだ。



「あんたの好きにすればいいわ。あと……それ、読み終わったらあたしにも貸してね」



 咳払いをしつつ、さりげなくお願いされて、私は吹き出しそうになってしまった。



「そうだ、連油。早速だけど、練習台になってよ」

「ええっ」



 頬を赤らめて恥ずかしがる連油に、「あくまで形だけだから」と言い含める。



「だいたい、こんなの後宮では当たり前に行われてることでしょ。恥ずかしがることないって」

「……あんた、よく知ってるわね」



 ようやく観念したのか、連油はふぬけた顔をしている。



 嫌がる彼女には申し訳ないが、実際に試してみないことには本番では使えない。

 歌や踊りと一緒で、何事にも練習が必要なのだ。



 早速とばかり連油を押し倒そうとすると、待ったがかかる。



「っていうか、あんたが男役なの?」

「とりあえずどっちもやるつもり。けど、まずは男になりきって、相手の弱点を探ろうかと」



 弱点って……と連油はあきれた顔をしていたが、



「そうだ、湯浴み――お願いだから、湯浴みだけはさせて」

「必要ないって、お互い様だし」

「ついでに心の準備もしておきたいのっ」



 しょうがないなと身体を起こすと、連油は脱兎のごとく浴室に姿を消した。







 ***









「……どうしてもやらなきゃダメ?」



 珍しく往生際の悪い連油に、私は首をかしげる。



「そんなに嫌なら――」

「いいえ、やるわ。あたしは后付きの女官になるんだから。こんなことぐらいで怖気づいてちゃダメよね」



 自分を奮い立たせるように言い、連油は潔く衣類を脱ぎ捨てた。

 さらには悲愴な面持ちで、最後の砦である肌着まで脱ぎ捨てる。



「さあっ、煮るなり焼くなり好きにしなさいっ」



 って言われても……。



「……えっと、連油さん?」



 私はおずおずと口を開いた。



「ここで裸になる必要はないから」

「何よ、脱がせるところから始めたいっていうのっ」



 一体どこまで自分を辱めれば気が済むのかと、涙目で訴えられ、ようやく彼女が大きな誤解をしていることに気づいた。確かに後宮にいる下級宮女たちは、伽の技を磨くため、実践に近い練習をしており、そのせいで同性愛に走る者も少なくないと聞く。



 ――私と瑪瑙はそこまで熱心なほうじゃなかったから、練習自体ほとんどしなかったけど。



「私がお願いしたいのは、あくまで体位の確認だから。衣服を着たままでもできるでしょ?」



 ようやく己の早とちりに気づいたのか、連油はしばらくぽかんとしていたが、



「それならそうと早く言ってよねっ」



 慌てて衣類をかき集めると、顔を真っ赤にして言う。



「あと、連油の入浴中に、男物の服を用意してもらったから。これに着替えて」



 履きものを手に、連油はきょとんとしていた。



「男役はあんたなんだから、あんたが着るんじゃないの?」

「もちろん私も着替えるよ。ほら……色々と見えちゃうと困るでしょ?」



 連油は怪訝そうな表情を浮かべつつも、言う通りにしてくれた。



「じゃあ、まずは」









 …………

 ………

 ……











「いだっ、いだだだだっ」

「連油、もうちょい腕に力入らないの?」

「しょうがないでしょっ、あたしはあんたほど身軽じゃないんだからっ」



 豊満な胸があだとなり、連油との練習は思いのほか難航していた。



「やっぱり、男役って腕力がいるのね」



 はあはあと息を整えながら言うと、



「っていうか、あの体勢はないわよ。頭がくらくらして、絶対に集中できないから」



 さんざん無理な体勢を強いたせいか、体中が痛むと言って、連油は目に涙を浮かべている。

 次は攻守を交代し、女役にまわった私に、



「珊瑚ったら、その体勢でよく足がしびれないわね」



 連油は感心したように言った。



「でも長時間は厳しいかも。たまにつりそうになるし」

「本当に殿方はこんなやり方で満足するのかしら」



 不思議そうに首を傾げる連油に、確かに私たちは男じゃないからわかんないよねと苦笑する。



「男性からすると、実際にどう感じるかよりも、目から入る情報のほうが重要だって、書物には書いてあったわ」

「どういうこと?」

「連油、あなたが晴れ着の衣装にこだわる理由と同じよ」



 ああ、と彼女は手を打つと、



「そういえば、下女のお姉さま方もよく言ってるわね。いかに殿方を興奮させられるかが、勝負の分かれ目だって――っていうか、こういうのって、勝ち負けの問題なのかしら」



 自分で言って、連油は可笑しそうに笑った。



「だから体位にも色々な種類があるのかも。もちろんその時代の文化やお国柄なんかの影響もあるんでしょうけど。医学的に推奨されているものもあるわけだし――連油、ちょっとどいてもらっていい? 足が痛くなってきた」



 いったん身体を起こすと、曲げていた足をそっと伸ばして、一息つく。



「中には滑稽としか思えないものもあるけどね」

「でもそのやり方で興奮する殿方がいたから、図解に載っているわけでしょ?」

「普通のやり方に満足できなかったんでしょうね」



 うんざりして言えば、連油もくすくす笑う。



「女からすれば苦行の一言だけど」

「よほどの好き者か……愛がないと無理よね」

「あと、それに見合うだけの見返りがないと」



 連油らしいと、私は苦笑いを浮かべる。



「けれど、陛下はこういうの、お好きかしら?」



 大事なのはそこよねと指摘されて、再び考え込んでしまった。

 そういえば時を遡る前、陛下はいつも不機嫌そうな顔で私を抱いていた。



 ――けれどあれは、私のほうに問題があったから、だよね。



 その時は見えていなかったことが、今なら分かる気がする



 初めて陛下の寝所で夜を過ごして以来、私はあえて自分を押し殺し、陛下の前では妓女のように振る舞っていた。そうでもしないと、また陛下の手を払いのけてしまいそうで、怖かったから。



「少なくとも翡翠は、らしくないことすんなって言って、怒ると思う」



 ため息をついて、私は言った。



「この書物、明日にでも返してくるわ」



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