この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

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番外編

当て馬作戦、決行

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 翌日、王さんの指示通り、私はできる限り目立つ格好をして――それはもう、これでもかというほどきらびやかに自分を飾り立てたものの、まるで似合っておらず、道化師にでもなった気分だった――庭園にある大きな桃の木の下に立っていた。するとまもなくして、王さんが若い文官の一人を連れてやってくる。

「やれやれ、皆逃げ足の速いこと速いこと。ようやく一人だけ捕まえましたわい」

 そう言って慌ただしく彼の身柄を私に差し出すと、

「美麗様、この者が逃げないよう、がっちり捕まえておいてください」

 まるで逃げた家畜を捕まえてきたような口ぶりだった。
 言われた通り彼の腕をがっしり掴むと、哀れな文官は「ひぃっ」と情けない声を上げる。

「ど、どうかお手をお離しください、番様。このままではわたくし、炎帝陛下に殺されてしまいますっ」

 必死の形相で懇願されて、なんだか気の毒になってきた。
 たまらず王さんの顔を見ると、

「この場から逃げないと誓うか?」
「ち、ち、誓います」
「逃げれば即座に首が飛ぶぞ」
「で、ですから、逃げませんってばっ」

 王さんの許しが出たので、手を離すと、彼は挙動不審に陥ったように目をキョロキョロさせ、空を見上げてはがくがくブルブルしていた。

「炎帝陛下が現れるまで、ここから動くな、良いな?」

 再度、王さんに念押しされて、「悪夢だ」と彼は頭を抱える。
 王さんが立ち去ると、私は急に申し訳なくなって、小声で彼に話しかけた。

「ごめんなさいね、こんなことに巻き込んでしまって」
「も、申し訳ありませんが、番様。それ以上、わたくしに近づかないでくださいっ」

 青白い顔で怯えられて、私は何だか、自分が化物みたいに思えてきた。
 実際、派手な衣装を着ているし、化粧もいつもより濃いめだし。

「そうよね、私がもうちょっと綺麗だったら、貴方も悪い気はしないと思うけれど……」
「そういう問題ではありませんっ」

 じりじりと後退して、露骨に私から離れようとするので、反射的に手を伸ばして彼を捕まえようとすると、



「僕の番に触れるなっ」



 まるで雷でも落ちたような怒声が頭上から響いてきた。

 驚いた私は腰を抜かしてへたりこんでしまい、一方、巻き込まれた文官もまた、パタンとその場に倒れてしまう。どうやら炎帝陛下の凄まじい圧に耐え切れず、気絶してしまったらしい。
 
 恐る恐る見上げれば、背中から緋色の翼を生やした炎帝陛下が上空にいて、憤怒の表情で私たちを見下ろしていた。

「これはどういうことだ、王っ、説明しろっ」

 これはまずい。
 非常にまずい状態だ。

 まさかこれほど陛下が激怒するとは思わず、私はパニックに陥っていた。けれど、こんな事態になったのはそもそも私のせいで、これ以上、親切な王さんや可哀想な文官さんに迷惑をかけるわけにはいかないと、慌てて姿勢を正し、地面に両手をつく。

「お許し下さいっ、炎帝陛下っ」

 腹に力込めて、私は上空に向かって叫んだ。

「全部、私のせいなんですっ。私がこの人を誘惑しようとして、逃げられそうになったから捕まえようとして――ああ、ともかく、ここにいる文官さんは何も悪くないんですっ。王さんも、私の頼みを聞いてくれただけで……罰するのなら私だけにしてくださいっ。お願いしますっ」

 額を地面にこすりつけながら、私は必死に叫び続けた。

 炎帝陛下の怒りを鎮めようと必死だったせいか、ひたすら謝罪を繰り返し、挙句の果てに「私のような女が貴方様の番で本当に申し訳ない。いっそ死んで生まれ変わりたい」とさえ言った。実際はそんなこと、少しも思っていないけど。だって女は見た目じゃない。大切なのは心の持ちようと性格の良さだと、私は信じている。

 やがて「はぁ」とため息をつく気配がして、炎帝陛下が地面に降り立つのが分かった。

「事情は分かったから、もう顔上げなよ。僕が大事な番を罰するわけないだろ」

 その、決まり悪そうな声を聞いて、どうやら怒りは解けたようだとほっとした。

「でしたら二人のことも、許してくださいますか?」

 文官さんを見下ろす炎帝陛下の目は冷ややかだったが、

「うん、まあ……美麗が言うなら」

 渋々といったように頷く。
 それからおもむろにしゃがみこんで、私に目線を合わせると、

「でもなんでこいつを誘惑しようとしたの?」

 不機嫌そうに問う。
 それからあらためて私の全身を見て、

「その服、全然似合ってないよ。服に着られてる感じ」
「え?」
「それに化粧も濃すぎだし、短期間で太り過ぎ。健康に良くない」

 怒りがぶり返してきたのか、言い方がきつい。 
 私は地味にダメージを受けて涙ぐむ。

「で、なんでこんな美しい僕を差し置いて、このもやしを誘惑しようとしたわけ?」

 もやしというのは、未だ白目を剥いて倒れている文官さんのことを言っているのだろう。

 本当なら、今すぐこの場から逃げ出して布団に潜り込みたかったけれど、その前に陛下の質問に答えなければと思い、懸命に声を振り絞る。

「さ、寂しかったから?」

 王さんたちを庇うための嘘とはいえ、自分で言ってて泣けてくる。
 それが本当ならとんだクズ女だ、私。

 いいや、答え方によってはまだ挽回できると思い直し、

「へ、陛下の気を引きたかったから?」
「さっきからどうして疑問形なの」

 ぷっと吹き出し、陛下が笑う。
 ものすごい美形なのに、意外に笑うと可愛いんだと思い、胸がキュンとした。

「寂しかったのは本当です。ここに来てからずっと陛下に避けられていますから、私」

 陛下は「あー」と目をそらしつつも、「ごめん」と素直に謝ってくれた。

「これには事情があってだね……」

「それなら王さんから聞きました。陛下、私は陛下に、女は私一人で我慢しろなんて言いませんし、思ってもいません。もちろん、陛下の自由を奪うつもりもありません。だって陛下は、そんなにお美しい翼をお持ちなんですから……鳥は自由に空を飛ぶものです」

 美しい飛翔を横目で眺めながら言うと、炎帝陛下は複雑そうな顔をしていた。

「僕を鳥と一緒にするな。なんか馬鹿にされてる気がする」
「ご、ごめんなさい、つい」

「けど、鳥の中には、番を決めたら一生添い遂げる種類の鳥もいる。飛翔もそうだし。鳥頭なんて言葉があるくらいだから馬鹿にされがちだけど、賢くて愛情深い面もあるのかもな」
 
 陛下の言っていることは何だか小難しくて、私にはうまく理解できなかったけれど、とりあえず言いたいことが言えてほっとした。
  
「それでは陛下、お時間をとらせて申し訳ありませんでした」
「ん? どこに行くの?」
「部屋に戻ります、私がそばにいると気詰まりでしょうから」

 なんとか足に力を入れて立ち上がると、私は一礼してその場をあとにした。

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