45 / 64
番外編
炎帝陛下のために部屋に引きこもることにしました
しおりを挟む次の日から私は、お世話係の女の子達以外とは誰にも会わず、部屋で一人で過ごすようになった。睿様にも、具合が悪いので、勉強は当分お休みしたいと伝えてある。
ともあれ自習だけは続けていた。
せめて手紙だけは完成させたかったし、部屋に閉じこもっていると、何もすることがなくて退屈だから。自習したあとは本を読んだり、手紙の内容を考えながら無駄に広い室内をぐるぐる歩いて、運動したりして過ごしている。
「番様、炎帝陛下がお越しになりました」
私はその声を聞いて、慌てて布団の中にもぐりこんだ。
まさか彼が訪ねてくるとは思わなかったので、心臓がバクバクしている。
「美麗、具合はどう?」
引き戸越しに話しかけられて、私は軽く混乱しつつ、
「し、心配をおかけしてすみません。寝ていれば治ると思うので」
嘘がばれないよう、弱々しい声を出す。
けれど一向に彼が立ち去る気配はなく、
「入ってもいいかな?」
それどころか入室の許可を求められる。もっとも、このお城の主は彼なんだから、許可を求める必要なんてないと思うけれど、
「だ、ダメですっ」
つい大声を出してしまい、私は慌てて自分の口を手で押さえる。
「だって感染るかも、しれないから」
咄嗟に付け加えるも、「だったらなおのこと、医師に診てもらったほうがいい」と言われて、
「自力で治せるから平気です。これまでだって、そうしてきましたから」
私も必死に言い返す。
それに全部が全部、嘘ってわけでもない。医師にかかるとものすごくお金がかかるから、私はこれまで、祖母から教わった民間療法で病を克服してきたのだ。もちろん家族が病気にかかった時はすぐに医師を呼んだけど。
「……美麗、僕には甘えてくれていいんだよ」
人に甘えるのは苦手だ。
相手が好きな人ならなおのこと。
こんな性格だから、いつも私はフラれてしまんだろう。
「申し訳ありません、陛下。しばらく一人にしてください」
頑なに言い張れば、とぼとぼと彼が立ち去るのが分かって、ほっとした。
今の私にはこの程度のことしかできないけれど。
――早く彼を自由にしてあげないと。
このやりとりを繰り返せば、いずれ彼も諦めて、私から離れていくだろう。そして私はこのまま部屋に閉じこもって、誰にも会わずに一人で過ごす。そうすれば彼の気を引くこともないし、嫉妬で苦しめることもない。
けれど彼はその次の日も、次の日も私の部屋にやってきた。
「美麗、いい加減、機嫌を直してよ」
その落ち込んだ声を聞いて、思わず「は?」と耳を疑ってしまう。
もしかして私、怒ってふてくされてると思われているの?
すると私のそばにいた女の子達が一斉に頭を下げた。
「美麗様、申し訳ありません」
「陛下があまりにも美麗様のお体を心配されるものですから……」
「美麗様が眠っておられる間に、女性の医師に診てもらったのです」
そして嘘がバレてしまったわけだ。
あまりに過保護過ぎると思ったものの、嘘をついて彼女達を心配させてしまった私が悪いので、「怒っていないから顔を上げて。私のほうこそ、ごめんなさい」と謝る。
嘘がバレてしまった以上、こうして布団に潜っているのも馬鹿らしいと思い、私は布団から起き上がると、大きく伸びをした。
――とりあえず、陛下の誤解を解かないと。
あらためて姿勢を正して、引き戸越しに陛下に向き合う。
「陛下、私は怒っているわけでも、ふてくされているわけでもありません。そもそもどうして、私が怒っていると思われたのですか?」
「僕のことを避けているじゃないか。現に部屋にも入れてくれない」
珍しく彼の沈んだ声を聞いて、胸が痛んだものの、
「同じ理由です」
「何が?」
「陛下は最初の頃、私のことを避けておられました。それと同じ理由です」
彼はハッと息を飲むと、
「……ひどいな」
なぜか傷ついたように言われて、再び「え?」と耳を疑ってしまう。
「美麗って結構、根に持つタイプなんだね」
さすがにそれは心外だと思い、
「陛下、それは誤解です。私がそばにいると、陛下を苦しめることになるから……」
「冗談だよ、美麗。君の言いたいことは分かった」
相変わらず声のトーンは低かったけれど、理解してもらえたようでホッとした。
「嫉妬に狂った神獣が番を監禁していまうことがあると、君に教えたのは僕だ。だから君は部屋に閉じこもった。僕の、ためなんだよね?」
「……陛下、お仕事以外ではどうか自由に、好きなようにお過ごし下さい。以前のように、たくさんの宮女達に囲まれてお休みになるの、お好きだったでしょう? 私はここでじっとしていますから、私がどこで何をしているかなんて、もう気にする必要はないんです」
口下手なりに、懸命に自分の思いを伝えたつもりだが、
「ううっ、自己嫌悪で死にそう……」
彼はなぜか床に突っ伏して、泣きそうな声を出す。
「もう行ってください、陛下。時間が経てば、私のことなんて忘れてしまいます」
「……ごめんよ、美麗、本当にごめん」
ブツブツと謝罪の言葉を繰り返しながら、彼はふらふらと立ち去っていく。
17
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。
だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。
そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。
これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
(小説家になろう、カクヨミでも掲載中)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる