この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟

文字の大きさ
46 / 64
番外編

エンと名乗る美少女が現れました

しおりを挟む


 翌日から、彼は私の部屋を訪れなくなった。
 けれど代わりに現れたのは、

「本日から愚兄に代わってぼ……わたくしが美麗の勉強を見て差し上げますわ」

 まさか彼に妹がいたなんて初耳だ。歳は14、5といったところだろうか。
 彼によく似た絶世の美少女を前にして、私はうろたえていた。

 そんな私から少し離れた後ろで、お世話係の女の子達がこそこそと話している。
 


「あれって……炎帝陛下ですよね?」
「そうね、あの方が仕事でお忙しい時に使われる分身様よね」
「それがどうして妹になるのかしら。しかも女装までされて」
「陛下だとばれると、美麗様に部屋から追い出されてしまいますから」
「一人二役で兄妹を演じるなんて、痛すぎない?」
「やめなさいよ、そんな言い方」
「そうですよ、美麗様に許してもらおうと、陛下も必死なんですから……」
 

 
 声が小さすぎて、会話の内容までは聞き取れなかったけれど、彼女達も驚いているようだ。彼女達の主人として堂々としていなければと思うものの、昔から、美人を前にするとつい引け目を感じて萎縮してしまうので、

「あのう……でしたら貴女様のことをなんとお呼びすれば?」
「あー、エンで結構ですわ」

 この答えに、再び後方にいる女の子達が騒ぎ出す。


「お名前、そのまんまじゃない」
「さすがの美麗様も気づかれるのでは?」
「いいえ、美麗様はまだ、神獣様のお力について、よくご存知ないから」
「この国が神獣様の結界で守られていることは誰もが知っていることだけど」
「分身様の存在は、宮城で働く者しか知りませんからね」
「美麗様がご存知ないのは仕方のないことだと思うわ」
「さりげなくお知らせしましょうか?」
「そんなことをすれば私達が陛下に殺されてしまいます」
「そうね、美麗様のこととなると、まるで別人のようにおなりだから」
「これは、例のあれでいきましょう」
「分かりました、あれですね」
「見ざる、聞かざる、言わざる」
 
  
 私が振り返ると、女の子達はぴたりとおしゃべりをやめて顔を伏せる。一体何の相談をしているのかと首を傾げつつ、私はエン様に視線を戻した。

「勉強を見て頂けるのはありがたいですけど、エン様のご迷惑になるんじゃ……」
「ご心配無用ですわ。わたくし、朝から晩まで何もすることがなくて、暇ですから」
「え、でも、エン様は神獣様でいらっしゃるんですよね? 一国を任されておられるのでは?」
「あー、わたくしは兄の補佐的な地位にいるので、それほどやることがないというか」

 訝しがる私に、エン様は慌てて、

「なにせ兄が有能なもので、あまりわたくしに仕事が回ってこなくて……」

 有能、という部分をやけに強調してくる。

「そうなんですか」
「ですから少しでも兄の役に立ちたいと思い、こうして番様の部屋にやってきたというわけです」

 胸を張って答える姿がなんだかとても愛らしくて、笑ってしまう。それに自習にも限界があるし、番である私が無知で無学のままだと、彼にも迷惑をかけてしまうだろうから。

「だったらぜひお願いします」
「良かった。なら勉強の時間はいつもと同じでいいよね?」
「……いつもと同じというのは?」
「あー、兄から夕食前の二時間だと聞いていたので、つい」
「そういうことでしたら、それで」

 その日から再び勉強が始まった。

 エン様は文字の読み書きだけではなくて、国の歴史や神獣様のことについても教えてくれた。やはり兄妹だからなのか、教え方も彼に似ていて、とても丁寧で分かりやすい。それに、

「どうしていつも向かい側に座るんですか? 隣でもいいのに」
「……距離が近いと集中できなくなるから」

 彼と同じようなことを言う。


「ねぇ、美麗。美麗はぼ……兄のこと、どう思ってるの?」


 なぜか勉強のあともエン様と夕食をご一緒するようになり、今では日課になっていた。

「どうって……?}
「その、まだ兄に対して怒ってる?」
「怒ってなんていませんよ、初めから」
「でも美麗、急に態度を変えたよね? ……そう兄に聞いたけど」

 それは……と私は箸を置いて説明する。

「最初の頃は、よく分かっていなかったんです。陛下のおっしゃっている言葉の意味が。頭では理解していたつもりだったけれど、実感がなかったっていうか……でもあの日、気づいたんです。私は自分のことばかり考えていて、陛下のことを少しも考えていなかった。陛下のためを思うのなら、私はあの方のそばにいないほうがいいと思ったんです」

 もっと早くに気づくべきだったと反省する私を、エン様が驚いたように見ている。

「私は、私のせいで苦しむ陛下の姿を見たくありません」
「……そっか」

「それに私を番に選んだのは天帝陛下であって、彼じゃないでしょう? それなのに、行き遅れの私なんかを押し付けられて、炎帝陛下があまりにおかわいそうで……」

 普段の私なら、こんな風に自分を卑下したりしないのだけど、相手が絶世の美青年で、一国の主で、不老不死の神獣様なら話は別だ。誰が見ても不釣り合いだと思うだろう。

「なんか……ごめん」
「どうしてエン様が謝るんですか?」

 今にも泣き出しそうなエン様を見て、母性本能が刺激されたのかもしれない。私が早くに結婚していたら、こんな年頃の娘がいてもおかしくなかったはず、と思い、私は立ち上がると、そっと彼女に近づき、その華奢な身体を優しく抱きしめた。

 細い見た目に反して、骨格ががっしりしている。

 ――そうだよね、まだまだ成長途中だから……って、神獣様も成長、するんだよね?

 彼女の凹凸の少ない体型や平っべたい胸を見て「頑張れ」と心の中でエールを送る。しばらくじっと固まって私に抱きしめられていたエン様だったが、

「ごめん、美麗っ。本当にごめんっ」

 火傷でもしたかのように私から離れると、一目散に部屋から出ていってしまった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。

くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。 だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。 そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。 これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。 「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」 (小説家になろう、カクヨミでも掲載中)

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える

たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。 そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

処理中です...