58 / 64
番外編
弟たちが会いに来ました
しおりを挟む「絶対にダメだから」
「ですが炎帝陛下、彼らは美麗様の……」
「ダメって言ったらダメだよ。肉親でも生物上は男だ」
「炎帝陛下、それではあまりにも美麗様が……」
「彼女の家族は僕だけで十分。そいつらにはさっさと帰ってもらって。美麗には知らせるなよ」
必死な様子の王さんに対して、睿様の態度は取り付く島もない。
ちょうど睿様に会いに執務室へ向かおうとしていた私は、入口近くで偶然二人のやりとりを耳にしてしまった。追い払われるようにして王さんが部屋から出てくると、私はすぐさま彼を捕まえて訊ねた。
「来客があったんですか? 私に?」
王さんはきまり悪そうに黙っていた。「陛下には言いませんから」としつこく訊いても教えてくれないので、
「もしかして、家族の誰かが私に会いに来たんですか?」
さきほどのやりとりを思い出しながら鎌をかける。
両親はもう亡くなっているし、親戚とはもう長いこと会っていないので、
「肉親で男、そいつら、と睿様がおっしゃっていから、弟たちのうちの誰かね」
王さんは睿様の命令を守って黙っていたけれど、それこそが答えだとピンときた。
「大丈夫ですよ、王さんにはけして迷惑はかけませんから。このことは二人だけの秘密にしましょう」
悄然とうなだれる王さんに向かって、私はコソコソと話しかける。
けれど王さんは何も答えない。
他の人たち同様、顔を下に向けて、視線すら合わせようとしない。
延命の儀式を受けてからというもの、私に対する王さんの態度はがらりと変わった。
以前は孫に対するような、どこか親しみのこもった態度で接してくれたものの、今では露骨に距離をとられてしまう。睿様を刺激しないようにしているのは分かるけれど、ちょっぴり寂しい、と言ったら我儘だろうか。
「弟たちのことは私に任せてください。事情を説明して帰ってもらいますから」
「……よろしいのですか?」
ようやく口を利いてくれたと、私は頬を緩めて言った。
「あの子たちには冷たい姉だと思われるでしょうね。でも、いいの」
ともあれ、久しぶりに弟たちに会えるのは嬉しいし、お茶も出さずにさっさと追い返すのも胸が痛むが、仕方がないと割り切っていた。
――睿様の嫉妬を煽らないようにしないと。
愛する人を苦しめるようなことは絶対にしないと決めたのだから。
善は急げとばかりに、私は飛翔に乗って、弟たちが立ち往生している門へ向かった。
弟たちとは、彼らが家を出たあとも、人伝で絶えず連絡を取り合っていた。
五人いる弟たちのうち、長男は農家の娘と結婚して婿入りし、忙しい毎日を送っているらしい。妻が妊娠中なので、そう易々と都まで来られないはずだ。次男は商いの修行で他国へ出ていて、ここ最近は音沙汰がない。釣り好きが高じて漁師になった三男坊はほとんど海に出ているし、四男坊にいたっては博打好きで年中ふらふらしている。そんな四男坊と仲が良い五男坊も、定職にはつかず、日雇いの仕事をしながら時たま自分探しの旅に出ているとか。
――私に会いに来るとしたら、たぶんあの子たちね。
そして案の定、固く閉ざされた門に張り付いている四男坊の仔空と五男坊の一鳴の姿があった。
「なぁ、兄ちゃん、俺らいつまでここで待たされるんだ?」
「ぐずぐず言うなよ、一鳴。帰りたきゃお前だけ帰れ。俺は姉さんに会うまでここを動かないからな」
「そりゃ俺だって姉ちゃんには会いたいよ。けど、本当にこんなところにいるかなぁ」
「ここに姉さんがいるのは間違いないって、近所のおばさんも言ってただろ」
「あのおばさん、かなり目ぇ悪くしてるから、誰かと見間違えたんじゃないかなぁ」
延命の儀式を受けて感覚が鋭くなったせいか、遠くからでも弟たちの声がハッキリと聞こえてくる。
だって、と一鳴は続ける。
「今でも信じられないよ、あの姉ちゃんが神獣様の番に選ばれたなんて」
「失礼な奴だな、お前は。姉さんは見た目がしょぼくても、心は綺麗な人なんだぞ」
「そうだね、女としての魅力はなくても、心根の正しい人だ」
「よく言うだろ、人間は外見よりも中身が大事だって」
「天帝様はなんでもお見通しってね」
母の看病をしながら、必死になって育ててあげたのに。
なんて失礼な子たちだろう。
――もう二度とご飯を作ってあげないから。
「……あれ、誰か来た」
「どこ?」
「バカ、上だよ上」
「ホントだ、すげぇ、俺、飛翔見るの初めて」
「意外にデカいんだな」
信じられないものを見るような目で、彼らは私のいる方向を見上げていた。
田舎者丸出しの雰囲気で、口を半開きにして飛翔を見つめるその顔を見て、気持ちは分かると私も微笑んだ。ほんの少し前まで、私もあんな顔をして飛翔を眺めていたから。
ぽかんとした弟たちのすぐ近くに飛翔を止めると、私はこれ見よがしにゆっくりと輿から降りた。それとなく優雅な仕草で衣服を整えつつ、しずしずと弟たちに近づいていく。
「あの人……もしかして姉ちゃんじゃないか?」
「バカ言うなよ、、美麗姉さんがあんな美人なわけないだろ」
「だよなぁ、なんだぁ、別人かぁ」
「すみません、そこの人、俺ら姉さんに会いにきたんだけども……」
「美麗って名前のブス――じゃなかった、働き者の女性を知りませんか?」
もう我慢の限界だ。
私は腕をまくり上げると、
「あんたたちっ、そこに座んなっ。今から一人ずつぶん殴るからねっ」
ハッと息を飲んだ二人だったが、
「姉ちゃんっ」
「間違いないっ、その下町育ち丸出しのガサツな口調は、美麗姉さんだっ」
その言葉で我に返った私は、思わず辺りを見回した。
だってこんな姿、恥ずかしくて誰にも見せられないから。
――睿様がいなくて本当によかった。
誰も見ていないことを再度確認して、私は遠慮なく弟たちを殴った。
「で、何しに来たのよ、あんたたち」
17
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。
だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。
そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。
これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
(小説家になろう、カクヨミでも掲載中)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる