64 / 64
番外編
最終話
しおりを挟む迎えに来たと言いつつ、睿様は田舎での生活を気に入ったのか、気づけば三日間も滞在していて、
「ちょっとあんた、どうしたの。九十のババぁみたいな顔して」
「やめてよ、まだ花の七十代なんだから。実は最近、夜眠れなくて……」
「あら、あたしもよ」
「そりゃそうよ、夜の夜中にあんな声だされちゃあねぇ……」
「私なんて、わざわざ外へ出て確かめに行っちゃったわよ。どこかで発情期の猫が鳴いているのかと思って」
「田舎の夜は静かだから、余計に響くし」
「一体何をやってるんだろうねぇ」
「バカだねぇ、そんなのすぐに分かるじゃないか」
ずっと家の中に閉じこもるのもよくないと思い、井戸の水を汲みに外へ出たところ、ご近所の奥様方が集まって、夢中でお喋りしていた。
「いいわねぇ、うらやましい」
「何言ってんの、あんたんとこ、まだ旦那生きてるでしょうが」
「やだやだ、美麗ちゃんの旦那さん見たでしょ? 月とすっぽん、馬と糞よ」
「わがまま言うんじゃないよ。生きてるだけマシだろ」
「だいたいどこがうらやましいんだか。いい若いもんが、あんな大声出して、はしたない」
「ホントふしだら」
「頭の固いこと言うんじゃないよ、あんたたち皆、どうせ耳を澄ませて聞いてたんだろ」
「……田舎は刺激が少ないからねぇ」
アハハと笑い声が聞こえる。
話の内容を聞いて、私は思わず足を止めてしまった。
「あの旦那、間違いなく遊び人だよ」
「だね、女の扱いに慣れてる感じがするもの」
「美麗ちゃんのことも遊びじゃないといいけど……」
「大丈夫だろ、あの子はしっかりしてるから」
「どことなく色気もあるしね」
「ありゃあ相当仕込まれてるよ」
「仕込むって何を?」
「あんたもウブだねぇ……色々だよっ」
まさか皆に聞かれていたとは――顔から火が出そうだ。
私もかつて、夜道を歩いている途中、知り合いの家の前で情事の声を耳にしたことがあるが、あれほど気まずい思いをしたことはなかった。
気づかれる前にそっとその場から離れて、家に戻ろうとしたその時、
「どうしたの、美麗。なかなか戻ってこないから、心配した」
すぐ後ろに立つ睿様にぶつかってしまう。
「まだ本調子じゃない?」
「い、いいえ、そんなことは……」
「水汲みなら僕がやっとくから、先に家で戻って休んでなよ」
そのままひょいっと私から桶を奪うと、真っすぐ井戸のほうへ向かっていく。
「やぁ、お嬢さん方、お喋りの邪魔して悪いけど、水を汲ませてもらえる?」
その声で奥様方が一斉にこちらを向いた。
私にとっては人生の大先輩でも、千歳を超える睿様からしたら彼女たちもほんの「お嬢さん」で、
「キャーっ」
「キャーキャーっ」
「ぎゃーっ」
言葉にならないような声を上げて散ったかと思えば、すぐさま睿様を取り囲む。
私が猫なら、彼女たちは鳥――猛禽類だろう。
獲物を前にした鷹のような目で睿様を取り囲み、うっとりと――中には呆然とした様子で彼を見上げたかと思えば、今度は熱心に話しかけている。複数人に同時に話しかけられても睿様は動じることなく、
「うんうん、話ならまたあとで聞くから、ちょっとそこどいてくれないかな?」
笑顔で煙に巻きつつ、優雅に水を汲んで戻ってくる。
「じゃあね、お嬢さん方。いつも差し入れありがとう。今日も楽しみにしてるよ」
顔を赤くしてボーとしていたお嬢さん方は、その言葉でハッと我に返ったらしく、水を汲み終えると我先にと家へ帰って行った。きっと今日も大量のおすそ分けを届けてくれるに違いない。
「あれ、美麗。まだそこにいたんだ。もしかして僕を待ってくれたの?」
嬉しそうな顔で当たり前みたいに手を繋いでくる彼を見上げて、「この人たらしめ」と毒づく。
なんだかおもしろくなくてふくれっ面をしていると、
「何を怒ってるの?」
しつこく訊かれて、
「だってあの人たち、睿様の悪口を言ってたんですよ。遊び人だって……」
しぶしぶ答えれば、
「美麗がヤキモチ焼くなんて珍しい。嬉しいな」
はしゃいだ声を出して、子どもみたいに繋いだ手をぶんぶん振り回してくる。
桶の水がこぼれないか心配だし、期待した答えとも違っていたけれど、
――ま、いいか。
彼が幸せなら、私も幸せだから。
「それにしても、こんなに長居して大丈夫なんですか? 睿様がいなくなって、宮城の方々が困っているんじゃ……」
「力が回復した時に分身を送っておいたから平気だよ」
「でも、そろそろ帰らないと……お世話係の女の子たちも心配していると思うし……」
彼女たちにも本当に申し訳ないことをしてしまった。
女主人がいきなりいなくなって、さぞ当惑していることだろう。
それもそうだねと睿様は頷くと、
「新婚旅行ももう終わりかぁ」
残念そうにつぶやく。
「でも、また行けばいいや」
「今、なんて言ったんですか?」
「別に。こっちの話」
その日の夜、無事に宮城に戻った私たちを、王さんを含むお世話係の女の子たちが涙ながらに出迎えてくれた。それからいつものように睿様に抱かれて眠りについた私だったが、
『俺、もうすぐ結婚するんだ。羨ましいか? 羨ましいだろ、美麗』
久しぶりに幼馴染の夢を見た。
けれどあの時みたいな絶望感や悲しい気持ちはなくて、
「そうなんだ、おめでとう」
心の底から祝福することができた。
「幸せになってね」
目を覚ますと、睿様が不機嫌そうな顔で私を見下ろしていた。
「今、夢を見てたでしょ? なんの夢?」
「……秘密です」
ずっとは隠し通せないだろうけど、今は黙って彼に寄り添いながら、生まれ変わった自分に酔いしれていた。
終わり
52
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(7件)
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の人に嫁ぐお姫様は毎日が幸せです。
くまい
恋愛
王国の姫であるヴェロニカには忘れられない初恋の人がいた。その人は王族に使える騎士の団長で、幼少期に兄たちに剣術を教えていたのを目撃したヴェロニカはその姿に一目惚れをしてしまった。
だが一国の姫の結婚は、国の政治の道具として見知らぬ国の王子に嫁がされるのが当たり前だった。だからヴェロニカは好きな人の元に嫁ぐことは夢物語だと諦めていた。
そしてヴェロニカが成人を迎えた年、王妃である母にこの中から結婚相手を探しなさいと釣書を渡された。あぁ、ついにこの日が来たのだと覚悟を決めて相手を見定めていると、最後の釣書には初恋の人の名前が。
これは最後のチャンスかもしれない。ヴェロニカは息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「私、ヴェロニカ・エッフェンベルガーはアーデルヘルム・シュタインベックに婚約を申し込みます!」
(小説家になろう、カクヨミでも掲載中)
【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです
大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。
「俺は子どもみたいな女は好きではない」
ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。
ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。
ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。
何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!?
貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。
【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る
水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。
婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。
だが――
「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」
そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。
しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。
『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』
さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。
かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。
そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。
そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。
そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。
アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。
ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こちらも 続編希望(笑)
一気に読むほど話にのめり込んだけど
続編希望したい(´。✪ω✪。`)✧*
すごくいい話でした😊
とても素敵なお話でした(*´ㅈ`*)♡
読み終わってしばらく余韻に浸ってしまいました〜