溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
4 / 184
至福なる看病

しおりを挟む
 特権、という言葉ある。
 ある身分の者だけが持っている権利、という意味である。

 ユリウス・ドリッテ・ミュラーという新人騎士がなぜ、これほどに自由な振る舞いができたのかと言うとそれは、この特権のなせる業であった。

 ユリウスは騎士団団長の弟、というだけでなく、サーリーク王国王家の三男、という高貴なる身分が備わっている。

 父のシュラウドが現国王。第一王子で継承権一位が長兄のマリウス。第二王子で騎士団長のクラウスが次兄。

 王后(つまりユリウスたちの母)アンネリーゼは二人の王子を立て続けに出産し、乳母や侍従たちとともに子育てに熱心に関わった。
 そして長男のマリウスが十七で成人を迎え、次男のクラウスが齢十五歳で騎士団に入団を果たし兄を支える立場になるという決意を周囲へ示し、国王夫妻はそろそろ子どもたちも自立したので夫婦水入らずで旅行でも、と話をしていたちょうどその頃、アンネリーゼの腹に新しいいのちが宿った。

 それが三男のユリウスである。

 王も王后もマリウスもクラウスも、この歳の離れた末っ子をたいそう可愛がった。家族総出で可愛がった。家族だけでなく、冷血という二つ名を持つ宰相も、鉄仮面と評される無表情な侍従長も、城の誰もが、輝くばかりの金髪と透き通る新緑色の目の天使のごとく愛らしい第三王子にメロメロになった。

 ユリウスが泣けば周りは全力でそれを慰めたし、ユリウスが笑えば誰もがしあわせで満たされた。

 そんなふうに愛情を全身に注がれて自由奔放に育ったユリウスは、いま、熱心に医療と看護と子育ての知識を吸収している。

 場所は、王城のユリウスの私室である。

 不器用な手つきでおしめを替えているユリウスの背後から、ロンバードと元乳母のグレタがハラハラとしたような眼差しを送ってきていた。

 そのうるさい視線を無視して、ユリウスは清潔な白い布を、ベッドに横たわる子どもの股間へと当てた。
 子どものそこにはささやかな男性器がちょこんとついている。
 男の子なのだな、と最初に目にしたときにユリウスは思ったが、男女の別などはどうでも良かった。
 
 この子が僕のオメガ。
 そう思うだけでとにかく可愛くて可愛くて、性別など寸毫も気にならなかった。

 おのれのオメガをおのれの手で世話する。
 その至福にゆるみそうになる口元を引き締めながら、一生懸命手を動かしていたユリウスの背中に、グレタの声が飛んできた。

「ああダメですダメです。そこにしわが寄ってます。ちゃんと広げて……そんな当て方をしたら漏れてしまいますよ。もっとこう……いえ、違います、坊ちゃんちょっとそこを」
「どかないってば!」

 顔を半分振り向けて、ユリウスは眉をしかめた。

 グレタはユリウスの乳母だった女性で、そのまま十歳になるまでは侍女として仕えてくれていた。幼少期のすべてを知られているからだろうか、このグレタに対してユリウスは中々強く出ることができない。
 それでも以前よりも少ししわの増えた彼女の顔を精一杯睨みつけ、
「グレタ、うるさいよ」
 と苦情をこぼした。

 ロンバードが広い肩をそびやかし、これみよがしな溜め息をこぼす。

「意地張らずにグレタさんにやってもらった方が早いしその子も無駄に体力を奪われないでしょうに」
「意地でやってるんじゃない。僕の役目だからしているんだってば。おまえもうるさいなぁ」

 ユリウスはイライラと眉を吊り上げた。

 ロンバードはユリウスのせいで早々に騎士団の任務を外されて帰国することになってしまったので、そのことを三日経ったいまも根に持っているのだ。

 元々ロンバードは騎士団長が直々に指揮する第一部隊の所属で、クラウスの右腕ともいわれる活躍を見せていた。その腕を高く買ったクラウスが、ロンバード曰く兄バカ丸出しの人事で、末弟ユリウスの護衛官として王城勤務へと変更した。ロンバードの希望も聞かずに、勝手に。

 泣く泣く騎士団を離れたロンバードは、ユリウスが騎士団に入団したことで久方ぶりに自身も古巣へ戻ることができたと喜んでいたのに、任務半ば(というかほぼ初日)で離脱する羽目になったのだ。それは恨み言のひとつも言いたいだろう。

 しかしユリウスには任務で赴いた先で、王命よりもなによりも優先すべきものが見つかってしまったのだから仕方ない。

 ネチネチと恨みがましい視線と、ハラハラと心配げな視線を送ってくる二人から顔を背けて、ユリウスは苛立つ気分を抑えるために眠り続けている子どもの顔をじっと見つめた。

 見ているだけで不快感は消え去り、得も言われぬ清涼感と多幸感が胸に満ちてくる。すごい。なんという効力。

 あの後……ユリウスが山の中でこの子を拾い、兄の天幕テントで保護した後、ここでは充分な世話ができないと判断して早々に帰国を決めた。

 備蓄入れにしていた籠を拝借し、やわらかな布をしっかりと敷き詰めて寝心地よく整えたそこに、小さな体を横たえた。
 その姿はさながら巣で眠る小鳥のようで、ユリウスは巣と化したその籠を自ら大事に大事に抱えて、ロンバードと薬師を伴い、下山を果たして足で馬車に乗り、王城へ舞い戻ったのだった。

 兄の天幕で診てもらった医師の見立てでは、この子は極度の栄養失調と脱水、眼病に皮膚病も患っており、生きているのが奇跡、ということであった。

 それを聞いたユリウスは、子どもの耳元で、
「僕に会うために頑張ったんだよね」
 と囁いた。

 こんなに幼く小さな体で、死の淵でなんとか踏ん張ってユリウスの訪れを待っていたのかと思うと、胸が捩れそうに苦しくなった。




しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

処理中です...