溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
5 / 184
至福なる看病

しおりを挟む
 なんとか無事に子どもを連れ帰り、以降はユリウス手ずから世話をするべく、教育係にロンバードとグレタを付けて、医師や薬師からも知識を吸収しながら現在は絶賛修行中、というわけだが。

 しかしこの教育係の二人がとてもうるさい。自分がそんなに間違った行動をしているとは思えないのに、あれはダメこれはダメと横から口を挟んでくる。

 若干辟易とした思いを抱えつつも、慣れぬ手つきでおしめを替えたユリウスは、今度は食事の支度を始めた。

 薬師の用意した数種類の粉薬を、砂糖と一緒に山羊のミルクに溶かし、人肌に冷ましてから哺乳瓶へと流し込む。

 下準備を終えたら寝台ベッドへと上がり、瞼を閉じてぐったりと寝ている子どもをゆっくりと抱き起こす。
 寝台の頭側と子どもの背の間に体を割り込ませて、横抱きにする形で子どもを膝の上に乗せると、右腕で骨ばった背を支え、左手に哺乳瓶を掴む。

 ひび割れた唇の隙間にぐいと先端を突っ込むと、薄く小さな歯に阻まれた。

「いい子だから口を開けてごらん」

 囁いて、おのれの指を子どもの口の中へ入れた。
 薄く小さな歯を辿り、わずかな空間をこじ開ける。そこに吸い口をぐりっと押し込むと、もう一度耳元で語りかける。

「甘くて美味しいよ。吸って」

 ユリウスの言葉に呼応するように、ちゅ、と子どもが吸い口を吸ったのがわかった。

 ちゅ、ちゅ。

「いい子」

 その子の見せるささやかな反応に、いとしさが込み上げる。
 可愛い、可愛いと内なる声が大歓声を上げていた。

 客観的に見て、外見が可愛いわけではない。

 侍医に固く止められているため、まだ風呂に入れることができていない子どもは、垢じみたままだ。
 温かい手ぬぐいで体を拭いたり、手や足だけを湯に浸したりしたおかげで、拾ったときよりよごれは落ちていたけれど、侍女たちが思わず眉を顰めてしまうほどには、みすぼらしい外見だった。

 ずるずると長かった髪は、無断で切った。
 ハサミを手にしたユリウスは自分で切る気満々だったが、さすがに頭皮を傷つけてはかわいそうだと説得されて、ユリウスの頭髪も整えてくれている髪結いを呼び、短く刈ってもらった。
 その際、頭皮につく虫が山のように見られたため、薬師が専用の軟膏を必死の形相で小さな頭に塗り込んでいた。

 ただれた目の周囲は、毎日煮沸したきれいな水で湿らせた脱脂綿で拭きとり、薬を塗布している。手足の赤く変色した部分も同様の処置を行い、そこには包帯を巻いた。

 痩せて、うすよごれて、瞼は腫れ、皮膚病もある子どもを見て、かわいそうと思えど可愛いと微笑む者は居ないだろう。

 しかしユリウスにとっては魂が打ち震えるほどに可愛く、愛らしく、離れがたい存在だった。

 いまも途切れ途切れに、こく、こく、と喉を鳴らしてミルクを飲む様を見て、転げ回りたい衝動に襲われる。

 僕のオメガが! 僕の手から! ミルクを飲んでいる!!

 ジ~ンと感動にひたっていたユリウスだったが、子どもの口の動きはすぐに弱弱しいものとなり、やがて吸い口を咥えることもやめてしまった。

 ユリウスは無理をせず、哺乳瓶を引いた。よしよしと短い髪を撫で、ひたいにキスを落す。

「ゆっくりおやすみ、僕のオメガ」

 愛を込めてそう囁き、痩せた体を元のように横たわらせる。

 布団を肩の上までしっかりとかぶせて、ひとまずいまの時点でできることはすべて終わった。

 この後は医師が来て、栄養剤を針で血管に直接流し込む、という治療が行われる予定だ。一日に二度施されるその治療を見るたびに、ユリウスの胸は痛んだ。

 僕のオメガに針を刺すなんて、とその瞬間を初めて目にしたときは殺意を覚え、医師に向かって剣を抜こうとしたものだが、ロンバードに全力でなだめられ、いまではそれが治療だということは理解している。
 しかし小枝のような腕に針が沈んでゆくのを見るたびに、ユリウスはおのれの腕がチクリと痛む気さえした。

 早く元気になってほしい。
 その一心で昼夜を問わず子どもの世話をする。


 自分の着替えさえひとりでしたことがなかったようなユリウスが、一生懸命学びながら子どもの看病をする姿に、始めは呆れ気味であったロンバードやグレタ、部屋づきの侍女や侍従たちの態度も、次第に変わってきた。

 三十日が経過した頃には子どもに関わる誰もが、王子にならえとばかりにその回復を全霊で祈るようになっていた。

 しかし子どもは目覚めない。

 瞼の腫れが和らぎ、爛れが薄らぎ、手足の皮膚病も癒えて小ぎれいにはなってきたが、目覚めない。
 治療の甲斐なく死んでしまうのではないか、と、誰も口にはしなかったが内心ではそんな不安を抱えていた。

 心配げに子どもを見つめる家臣たちを、
「大丈夫大丈夫」
 と慰めたのは、誰あろうユリウスだ。

 ユリウスには確信があった。

 僕のオメガが、僕をひと目も見ないうちに亡くなるわけがない、と。
 根拠のない確信ではあったが、自信満々に言い切る第三王子に、家臣たちは勇気づけられたのだった。




しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...