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甘美なるアルファの苦悩
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「来月、アマル様のお誕生日がありますよね」
「ええ。国王陛下が大張り切りでパーティーの段取りを仕切ってましたが」
大好きな妻の誕生日を祝うことに長兄は毎年いのちを懸けている。自身が父の跡を継いで国王の座についてからもそれはなんら変わることはなかった。
「それでオレたちからアマル様に贈り物をと思い、十日後に行商人を呼んでいるんです。城下町でも評判の良い、珍しい外国の品々を扱っている旅商をいくつか拾い上げ、絞り込んでいるところなのですが、雑貨や宝飾品だけでなく菓子や果物なども扱っているようで」
「へぇ。それは楽しそうだ。アマル殿はお買い物が好きですから、喜ばれるでしょうね」
「ユーリ様にそう言ってもらえると安心です」
「相談って、アマル殿が好きそうな行商を一緒に探してほしいってことですか?」
テーブルの上のカードを眺めながら、ユリウスは問いかけた。色とりどりのそれは、行商人たちがそれぞれで作っている、おのれの店を宣伝するための名刺だ。細かな切り絵になっていたり、キラキラと輝く文字が入っていたりと、目に留まる工夫がされているので、見ているだけでも楽しい気分になる。
この中からどの店がアマーリエのお気に召すか選んでほしい、という相談ならば、自分よりもアマーリエの子どもたちの方が適任ではないかと思っていると、
「いいえ、そうではなくて」
とエミールが首を振った。
「大変差し出がましいとは思いますが、ユーリ様。あなたのオメガ……リヒト様は外へ出たことがないそうですね。ずっとお屋敷の中で暮らしていると聞いています」
「そうだけど」
これはリヒトを別宮に閉じ込めていることを非難されているのか、と警戒も顕わにユリウスが目を細め、冷えた声で応じると、つがいを庇うかのようにクラウスが身を乗り出して、落ち着きなさいとてのひらを向けてきた。
「ユーリ。エミールはその旅商をおまえのところへやって、リヒトにも楽しんでもらったらどうだろうかと提案したいんだ」
「え?」
「もちろん、リヒト様の目や耳になどについての配慮は必要かと思いますが、屋敷の中だけでは退屈でしょう。異国の食べ物や衣類、工芸品などに触れることで、リヒト様の気分転換になれば、と……」
クラウスの肩越しに、エミールがこちらの機嫌を伺いながら言葉を繋いできた。
ユリウスはその提案をしばし吟味する。
別宮に行商人を呼ぶ……確かに悪くないかもしれない。
リヒトはいまの生活に不満を述べたりはしないけれど、彼の生活範囲はとても狭くて、エミールの言う通り退屈は退屈だろう。
リヒトが喜ぶならば、手配してもいい。ただし……。
「もちろん出入りする者のバースを調べた上で、ベータのみを手配します」
エミールが先んじてユリウスの懸念を払拭した。
ユリウスは兄のつがいの配慮をありがたく受け止め、礼を言った。
「ありがとうございます、エミール殿。一度リヒトに聞いてみます。あの子が見てみたいと言ったなら、そのときはぜひお願いします」
ユリウスの返事に、エミールが安堵の笑みを浮かべる。
ユリウスは立ち上がり、感謝のキスをエミールの頬へ送った。
ゴリっ、と次兄の奥歯が鳴るのを聞いて、ユリウスとエミールはこらえきれず同時にふきだした。
次兄ふうふとの話を終え、その後城内で所用を片付けた後、ロンバードと合流したユリウスは自身の別宮へと戻った。
おかえりなさいませ、と出迎えてくれる執事の声に被って慌ただしい足音が聞こえた。
見ればロンバードの息子、テオバルドがバタバタと走ってくるところだった。
テオバルドはユリウスよりも四歳年下、二十五歳の青年だ。ユリウスと年齢が近いこともあって最初は遊び相手として連れてこられたが、いまでは侍従を務めている。
この別宮に移ってからの彼の仕事は、主にリヒトの見まもりだ。リヒトが部屋から出る際は必ずこのテオバルドがこっそりと同行し、危険がないか目を光らせることとなっていた。
その男が飛んできたということはリヒトになにかあったのか。
ユリウスは厳しい目をテオバルドへ向けた。
「なにがあった」
ピシャリと問いかけた瞬間、テオバルドが走ってきた勢いのままに膝を絨毯に滑らせ、思いきり頭を下げた。
「すいっませんでしたぁぁ~!」
語尾を床へと吸い込ませた男の、父親譲りの茶色い髪の後頭部を見下ろしながら、ユリウスは冷えた声を落した。
「報告は簡潔に、的確に」
「はいっ。すいませんっ!」
「殿下、顔が怖いです。あんまりビビらすとうちの倅が心臓麻痺を起こします」
ロンバードが言葉を割り込ませてくる。ユリウスはそれをじろりと横目で睨んだ。
「おまえの息子がそんな繊細なものか。テオ、いいから早く言え」
爪先を苛立たしく動かすと、ようやく顔を少し上げたテオバルドが「えっとですね」ともごもご呟いた。
「リヒト様が温室へ行かれたときにですね、渡り廊下のロープに、その、毒虫が……」
「刺されたのかっ!」
一大事ではないかとユリウスは、聞いた瞬間に駆け出そうとした。
しかし左右から側近親子にガシっと腕を掴まれ、動きを止められる。
「ちちち違いますっ! 俺が気づいて、危ないっつって後ろからリヒト様の腕を掴んでお止めしたんですが、えっと、その拍子に、リヒト様がたおれ」
「倒れたのかっ!」
「違いますって! 倒れそうになったのを、俺が、こう、支えてですね……ちょっと抱きつく形になったというか……」
「…………抱いたのか」
ユリウスの声がぐっと低くなった。
「僕のオメガを、抱きしめたのか」
テオバルドが再び両手を絨毯について、深々と平伏する。
「だからすいませんって!!」
「殿下、ユリウス様、どう考えても不可抗力じゃないですか」
ロンバードがユリウスの肩を宥めるように軽く叩いてきた。
それをうるさげに払って、ユリウスはテオバルドを睥睨する。
「リヒトを抱きしめたいがためにわざと転ばせた可能性は?」
「微塵もないですって!! ほんと、マジですいませんっ! 俺もあんなことでふらっと倒れるなんて思わなかったんですよ! 何回も止まってくださいって声かけたのに止まんねぇし、俺も焦ってつい腕掴んじゃって。そしたらなんの抵抗もなく倒れてくるからビックリして」
早口に言い訳を始めたテオバルドに、ユリウスはひたいを抑えて溜め息をついた。
「わかったわかった。おまえに他意がないのは認めるよ。でも僕はちゃんとおまえに言ったはずだ。リヒトは耳が聞こえにくいって。後ろからの呼びかけはなおさら聞こえづらい。聞こえないから身構えることもできない。不測の事態には対処できないし、その不測の事態というのが僕たちが思うよりもずっとずっと多いんだ。そのことを頭に叩き込め」
「お言葉ですがね、王子様」
テオバルドを叱責するユリウスへと、またまたロンバードが口を挟んできた。
おまけに久々の王子様呼びだ。子どもの頃からユリウスの世話をしているロンバードはしばしば「王子」と呼ぶが、それはユリウスの言動が子どもじみていることを教えるときに限られていた。
「あんたがリヒト様を大事に思ってるのはわかりますし、我々はあんたの手足なんでね、あんたの希望通りにリヒト様をおまもりしますがね、王子様。リヒト様がどういうお方で、どのように接したらいいってのはうちの倅はあんた経由でしか聞いていないわけですよ。どの程度の声が聞こえるだとか、どのように話したら聞こえやすいだとか、そういうのは実際にリヒト様と接してみて初めてわかるってもんじゃないですかね? なのにあんたときたら、食事のときは侍女を追い出すわ、お風呂の世話はご自分でなさるわ、使用人がリヒト様のことを知る機会をことごとく奪ってますもんねぇ!」
最後の「ねぇ!」の音に脅迫的な強さを込めて、ロンバードが言った。地べたのテオバルドが父親の言葉に同意を示して、何度も頷いている。
ユリウスはよく似た親子を半眼で睨みつけ、
「却下」
と答えた。
「僕が居ないときにテオがリヒトと仲良く温室で会話するとか僕の代わりにリヒトを風呂に入れるとか、なにそれ耐えられない。冗談じゃないね。却下だよ却下。おまえはこれまで通り陰からリヒトを見まもる。ロンバードは僕に過保護だなんだと口を挟まない。いいな?」
二人にそれぞれ視線を向けたが返事がなかったので、もう一度「いいな?」と念押しすると、渋々ながらの「はい」がそれぞれから返ってきた。
「アルファの独占欲ってマジでヤバいですね、父上」
「アルファというか、これはもうユリウス様が病気だ病気」
立ち上がったテオバルドとロンバードがコソコソと囁きあっている。聞こえるように言うところが嫌味な親子だ。
「ええ。国王陛下が大張り切りでパーティーの段取りを仕切ってましたが」
大好きな妻の誕生日を祝うことに長兄は毎年いのちを懸けている。自身が父の跡を継いで国王の座についてからもそれはなんら変わることはなかった。
「それでオレたちからアマル様に贈り物をと思い、十日後に行商人を呼んでいるんです。城下町でも評判の良い、珍しい外国の品々を扱っている旅商をいくつか拾い上げ、絞り込んでいるところなのですが、雑貨や宝飾品だけでなく菓子や果物なども扱っているようで」
「へぇ。それは楽しそうだ。アマル殿はお買い物が好きですから、喜ばれるでしょうね」
「ユーリ様にそう言ってもらえると安心です」
「相談って、アマル殿が好きそうな行商を一緒に探してほしいってことですか?」
テーブルの上のカードを眺めながら、ユリウスは問いかけた。色とりどりのそれは、行商人たちがそれぞれで作っている、おのれの店を宣伝するための名刺だ。細かな切り絵になっていたり、キラキラと輝く文字が入っていたりと、目に留まる工夫がされているので、見ているだけでも楽しい気分になる。
この中からどの店がアマーリエのお気に召すか選んでほしい、という相談ならば、自分よりもアマーリエの子どもたちの方が適任ではないかと思っていると、
「いいえ、そうではなくて」
とエミールが首を振った。
「大変差し出がましいとは思いますが、ユーリ様。あなたのオメガ……リヒト様は外へ出たことがないそうですね。ずっとお屋敷の中で暮らしていると聞いています」
「そうだけど」
これはリヒトを別宮に閉じ込めていることを非難されているのか、と警戒も顕わにユリウスが目を細め、冷えた声で応じると、つがいを庇うかのようにクラウスが身を乗り出して、落ち着きなさいとてのひらを向けてきた。
「ユーリ。エミールはその旅商をおまえのところへやって、リヒトにも楽しんでもらったらどうだろうかと提案したいんだ」
「え?」
「もちろん、リヒト様の目や耳になどについての配慮は必要かと思いますが、屋敷の中だけでは退屈でしょう。異国の食べ物や衣類、工芸品などに触れることで、リヒト様の気分転換になれば、と……」
クラウスの肩越しに、エミールがこちらの機嫌を伺いながら言葉を繋いできた。
ユリウスはその提案をしばし吟味する。
別宮に行商人を呼ぶ……確かに悪くないかもしれない。
リヒトはいまの生活に不満を述べたりはしないけれど、彼の生活範囲はとても狭くて、エミールの言う通り退屈は退屈だろう。
リヒトが喜ぶならば、手配してもいい。ただし……。
「もちろん出入りする者のバースを調べた上で、ベータのみを手配します」
エミールが先んじてユリウスの懸念を払拭した。
ユリウスは兄のつがいの配慮をありがたく受け止め、礼を言った。
「ありがとうございます、エミール殿。一度リヒトに聞いてみます。あの子が見てみたいと言ったなら、そのときはぜひお願いします」
ユリウスの返事に、エミールが安堵の笑みを浮かべる。
ユリウスは立ち上がり、感謝のキスをエミールの頬へ送った。
ゴリっ、と次兄の奥歯が鳴るのを聞いて、ユリウスとエミールはこらえきれず同時にふきだした。
次兄ふうふとの話を終え、その後城内で所用を片付けた後、ロンバードと合流したユリウスは自身の別宮へと戻った。
おかえりなさいませ、と出迎えてくれる執事の声に被って慌ただしい足音が聞こえた。
見ればロンバードの息子、テオバルドがバタバタと走ってくるところだった。
テオバルドはユリウスよりも四歳年下、二十五歳の青年だ。ユリウスと年齢が近いこともあって最初は遊び相手として連れてこられたが、いまでは侍従を務めている。
この別宮に移ってからの彼の仕事は、主にリヒトの見まもりだ。リヒトが部屋から出る際は必ずこのテオバルドがこっそりと同行し、危険がないか目を光らせることとなっていた。
その男が飛んできたということはリヒトになにかあったのか。
ユリウスは厳しい目をテオバルドへ向けた。
「なにがあった」
ピシャリと問いかけた瞬間、テオバルドが走ってきた勢いのままに膝を絨毯に滑らせ、思いきり頭を下げた。
「すいっませんでしたぁぁ~!」
語尾を床へと吸い込ませた男の、父親譲りの茶色い髪の後頭部を見下ろしながら、ユリウスは冷えた声を落した。
「報告は簡潔に、的確に」
「はいっ。すいませんっ!」
「殿下、顔が怖いです。あんまりビビらすとうちの倅が心臓麻痺を起こします」
ロンバードが言葉を割り込ませてくる。ユリウスはそれをじろりと横目で睨んだ。
「おまえの息子がそんな繊細なものか。テオ、いいから早く言え」
爪先を苛立たしく動かすと、ようやく顔を少し上げたテオバルドが「えっとですね」ともごもご呟いた。
「リヒト様が温室へ行かれたときにですね、渡り廊下のロープに、その、毒虫が……」
「刺されたのかっ!」
一大事ではないかとユリウスは、聞いた瞬間に駆け出そうとした。
しかし左右から側近親子にガシっと腕を掴まれ、動きを止められる。
「ちちち違いますっ! 俺が気づいて、危ないっつって後ろからリヒト様の腕を掴んでお止めしたんですが、えっと、その拍子に、リヒト様がたおれ」
「倒れたのかっ!」
「違いますって! 倒れそうになったのを、俺が、こう、支えてですね……ちょっと抱きつく形になったというか……」
「…………抱いたのか」
ユリウスの声がぐっと低くなった。
「僕のオメガを、抱きしめたのか」
テオバルドが再び両手を絨毯について、深々と平伏する。
「だからすいませんって!!」
「殿下、ユリウス様、どう考えても不可抗力じゃないですか」
ロンバードがユリウスの肩を宥めるように軽く叩いてきた。
それをうるさげに払って、ユリウスはテオバルドを睥睨する。
「リヒトを抱きしめたいがためにわざと転ばせた可能性は?」
「微塵もないですって!! ほんと、マジですいませんっ! 俺もあんなことでふらっと倒れるなんて思わなかったんですよ! 何回も止まってくださいって声かけたのに止まんねぇし、俺も焦ってつい腕掴んじゃって。そしたらなんの抵抗もなく倒れてくるからビックリして」
早口に言い訳を始めたテオバルドに、ユリウスはひたいを抑えて溜め息をついた。
「わかったわかった。おまえに他意がないのは認めるよ。でも僕はちゃんとおまえに言ったはずだ。リヒトは耳が聞こえにくいって。後ろからの呼びかけはなおさら聞こえづらい。聞こえないから身構えることもできない。不測の事態には対処できないし、その不測の事態というのが僕たちが思うよりもずっとずっと多いんだ。そのことを頭に叩き込め」
「お言葉ですがね、王子様」
テオバルドを叱責するユリウスへと、またまたロンバードが口を挟んできた。
おまけに久々の王子様呼びだ。子どもの頃からユリウスの世話をしているロンバードはしばしば「王子」と呼ぶが、それはユリウスの言動が子どもじみていることを教えるときに限られていた。
「あんたがリヒト様を大事に思ってるのはわかりますし、我々はあんたの手足なんでね、あんたの希望通りにリヒト様をおまもりしますがね、王子様。リヒト様がどういうお方で、どのように接したらいいってのはうちの倅はあんた経由でしか聞いていないわけですよ。どの程度の声が聞こえるだとか、どのように話したら聞こえやすいだとか、そういうのは実際にリヒト様と接してみて初めてわかるってもんじゃないですかね? なのにあんたときたら、食事のときは侍女を追い出すわ、お風呂の世話はご自分でなさるわ、使用人がリヒト様のことを知る機会をことごとく奪ってますもんねぇ!」
最後の「ねぇ!」の音に脅迫的な強さを込めて、ロンバードが言った。地べたのテオバルドが父親の言葉に同意を示して、何度も頷いている。
ユリウスはよく似た親子を半眼で睨みつけ、
「却下」
と答えた。
「僕が居ないときにテオがリヒトと仲良く温室で会話するとか僕の代わりにリヒトを風呂に入れるとか、なにそれ耐えられない。冗談じゃないね。却下だよ却下。おまえはこれまで通り陰からリヒトを見まもる。ロンバードは僕に過保護だなんだと口を挟まない。いいな?」
二人にそれぞれ視線を向けたが返事がなかったので、もう一度「いいな?」と念押しすると、渋々ながらの「はい」がそれぞれから返ってきた。
「アルファの独占欲ってマジでヤバいですね、父上」
「アルファというか、これはもうユリウス様が病気だ病気」
立ち上がったテオバルドとロンバードがコソコソと囁きあっている。聞こえるように言うところが嫌味な親子だ。
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