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甘美なるアルファの苦悩
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「ところでテオ」
「ひゃいっ!」
「その毒虫はちゃんと始末した?」
「あ、はい。踏みつぶして捨てました」
「リヒトの通り道には二度と入ってこないようにしておけ」
「それは無理ですよ~」
ユリウスの命令に、テオバルドが情けない声で応じた。
「あの渡り廊下は外にあるんですから、虫だって通りますよ。虫どころか鳥も野良猫も入ってきますって」
「それをなんとかするのがおまえの仕事だろう」
素っ気なく言い捨てたユリウスに、「うわぁ暴君だ」とテオバルドが呟いた。不敬罪もいいところだが、それを聞いているのは不敬を働く第一人者のロンバードなので、お咎めはない。
しかし、虫かぁ……とユリウスは失礼な親子を置いて自室へと歩きながら、考え込んだ。
今回はテオバルドが目ざとく見つけてくれたが、外廊下を歩くということはそういう危険もあるのだ、と改めて思う。
そういう意味では温室も安全ではない。いまは冬場だし無害な羽虫程度は捨て置けるが、これから暖かくなって針や毒をもつ虫が増えてくると、すべてを駆除するのは不可能だ。
そうなれば温室の出入りをやめさせるほかないが……リヒト自身は水や肥料を撒くという仕事を気に入っているので、それを取り上げるのはかなり気が引けた。
そもそもあの温室は、なにか仕事をしたいというリヒトのために作った場所なのだ。
リヒトが歩きやすいよう足元を平らに整え、根っこに躓いたりしないよう地植えの木の位置を検討し、鉢植えの場所は吟味して、通路には手すりを置いた。
因みにこの屋敷には至るところに手すりがある。それもまた、ユリウスの命で設置したものだ。
温室の手すりはわざと短いものを使っていて、手すりがなくなった場所でリヒトは肥料を撒いたり、水をやったりする。
うまくできなくても構わない。どうせ後から庭師が作業の補完をするので、できるかどうかではなく、リヒトが仕事をする、という行為そのものに意味があった。
温室の出入りを禁じるならば、リヒトに新たな役割を与えてあげなければならない。
ユリウスとしてはべつに仕事などしなくても、リヒトはただこの屋敷で好きなことをして楽しく暮らしてくれればいいのに、という気持ちはあるのだけど……。
しかし、
「僕もユーリ様のお役に立ちたいのです」
と大きな目をうるうるさせて訴えてきたあの果てしなく可愛い懇願を、誰が退けることができたというのか。
さて、今後どうしたものか。温室に代わる良い案は……。
悩ましく考えながら廊下を進み、ユリウスは部屋の扉を押し開けた。
扉の正面に置かれたソファには、リヒトの姿がある。
十年前に床払いをした頃から、リヒトは仕事へ出かけるユリウスの帰りを、こうして扉の前でずっと待っていた。最初は立ちっぱなしで待機していたのだという。ユリウス様はまだお戻りになりませんから、あっちで座ってましょう、とグレタが何度座るように促しても、リヒトはそこを動かなかったらしい。
仕事から戻ったユリウスが小さなリヒトを抱っこして、なぜずっと立っていたのかを尋ねると、
「あっちにすわったら、ゆぅいさまがかえってきたことにきづかないから」
と、ものすごく可愛いことをたどたどしく訴えられた。
それ以降扉の前にはこうしてリヒトのためのソファが設置され、リヒトはちょこんと座って毎日ユリウスの帰り待っている。
「ただいま、僕のオメガ。今日もいい日だったかい?」
ユリウスはリヒトの前に片膝をついて、彼の手を両の手で包み込みながら尋ねた。
そのユリウスの声を聞いてから、リヒトはほっとしたように笑い、
「おかえりなさい、ユーリ様」
と応じる。
僕のオメガ、と呼び掛けるまでは彼の方からは口を開かない。金髪の使用人をユリウスと間違えたことが、リヒトの中ではまだ傷として残っているのだ。
リヒトが気にすることではないのに、とユリウスはもどかしく思いながらも、微笑して彼のこめかみにただいまのキスをした。
リヒトがてのひらでユリウスの頬を挟んで、ひたいにキスを返してくれる。
ユリウスはソファからリヒトをひょいと抱き上げ、寝室まで移動した。
肩に腕を回してくる華奢な体の、その首筋のあたりからふわりとリヒトの匂いが香る。
ユリウスはくんと鼻を鳴らして、怪訝に眉をひそめた。
いつもは甘い花のような香りが、ほんの少しくすんでいる。
アルファは他のバース性の誰よりも鼻が利く。特におのれのオメガに関する匂いには敏感だ。
これはあまり知られていないことだけれど、アルファにはオメガの感情を大まかに嗅ぎ分けることすら可能だった。
そのユリウスの鼻が、リヒトの匂いの中にかなしみの感情が少し混じっていることを探り当てていた。
「リヒト。今日はなにか、変わったことがあったかい?」
リヒトにしか聞かせないやわらかな声で、ユリウスはベッドに座らせたおのれのオメガへと、問いかけた。
リヒトの金色の瞳がパチリとまたたいて、銀糸の髪がしずかに揺れる。
「いいえ」
「そう? なにもなかった?」
「はい」
こくり、と頷くリヒトに、隠しごとをしている様子はない。でも、小柄な体から放たれるかなしみの匂いがどうしても気になって、ユリウスはどうにかしてそれを取り除けないだろうかと思案した。
執務服から部屋着に着替え、ついでに袖口に温室の土をつけているリヒトも着替えさせる。いつもこうして彼に触れるたびに、大きくなったなぁという感慨と、自分の胸の辺りまでしか伸びなかった身長に、小さくて可愛いなぁという感動が、ユリウスの中でせめぎ合う。
可愛い可愛いリヒト。
この子にはいつも笑っていてほしい。
ユリウスはリヒトの服の前ボタンを留めながら、う~んと頭を悩ませ、そうだとひらめいた。
「ねぇ、リヒト」
「はい」
「今度、国王陛下の奥さんのお誕生日があるんだ」
「陛下……ユーリ様のお兄様の、奥様」
「そう」
ちゅ、となめらかなひたいにキスを落として、ユリウスはリヒトを抱き上げた。
ユリウスたちが着替えている間に、続き部屋では夕食の支度が整えられている。そちらへと足を運びながら、ユリウスは王城で会ったエミールからの話を、リヒトへと伝えた。
「それに合わせて、外国の物売りが来るらしいよ。珍しい品物をたくさん用意しているんだって。リヒトが欲しいものがあれば、僕がなんでも買ってあげる。リヒト、ここにその物売りを呼んでみるかい?」
腕の中のオメガにそう訊ねると、リヒトはユリウスの肩に回した手に、ぎゅっと力を込めてきた。そのまま彼はユリウスの首筋へと鼻先を埋め、はいともいいえとも答えない。
なにかをじっと考え込んでいるようなリヒトを急かすことはせずに、ユリウスは食卓へとついた。
ふつう、王族の食事ともなれば給仕のための使用人が入れ替わり立ち替わり料理を運んでくるのだが、ユリウスがリヒトを拾ってからは、ユリウスの強い希望でテーブルにはすべての料理が一斉に出されることとなっていた。
食事時に侍女やロンバード、そしてグレタなどが入って来ようものなら、絶対に過保護はダメだと邪魔をされるので、朝食時と同様食べ終わるまでは誰も立ち入らないように厳命し、ユリウスは二人きりの食事の時間を満喫する。
今日もいつものように自身の膝の上にリヒトを座らせ、まず果実水の入ったグラスを手渡してあげると、リヒトが両手でそれを持ちコクコクと飲んだ。本当ならば、グレタに強奪されてさえいなければ、昔のように哺乳瓶を咥えさせて飲ませてあげたいぐらいである。
ユリウスは葡萄酒片手に、おのれのオメガの可愛さを噛み締めた。
水分を摂らせてから、料理を順に口に運んでやる。
リヒトに好き嫌いはない。味がわかりにくいからだ。
味覚がまったくないというわけではないようだが、辛いものも甘いものも同じ調子で咀嚼し、嚥下する。
口の中の感覚も鈍いので、硬いものを食べさせるときは、
「しっかり噛むんだよ」
と教えてあげなければならないし、熱いものは冷ましてあげなければならない。
ユリウスにとってそれはまったく手間ではなかったし、むしろリヒトの世話を焼けることは喜びにあふれていた。
小さな口の中にひと口サイズに切り分けた肉を入れてあげると、唇の端から肉汁が垂れるのが見えた。
こぼれたことにリヒトは気づかない。
ユリウスが親指の腹で拭ってやるとようやくハッとしたように口を押えた。
「きたなくて、ごめんなさい」
「きみがなにをしても可愛いだけだよ、僕のオメガ。ほら、もっとお食べ。これはトウモロコシのパンだよ。外側が少し硬いかな」
謝るリヒトに気にしていないと伝え、ユリウスはパンの内側の柔らかいところをちぎって彼の口に入れた。
味覚が鈍いからだろう、リヒトは食に対する関心がない。
だから食べる量が少ない。
放っておけばすぐに栄養失調を起こしてしまいそうで、ユリウスは毎回、あれもこれもと勧めてしまう。
リヒトの食事は、一日二回。
朝と夕はユリウスが食べさせて、間におやつの時間を設けているが、グレタやテオバルドの話ではリヒトがそれに手をつけることはないそうだ。
ユリウスの仕事が休みのときは、ユリウスが熱心に勧めるからだろう、リヒトも焼き菓子やらチョコレートやらを一緒に食べるが、ふだんは口にしないため、朝夕の二食が彼に栄養を摂らせる貴重な機会なのだった。
この日もユリウスはリヒトが「もういりません」と首を横に振るまで、せっせと食べ物を口まで運び、ごちそうさまの声を聞いてからもフルーツやデザートを少し食べさせた。
食事を終えてから、ユリウスは先ほどの話題をもう一度持ち出した。
「リヒト。欲しい物は見つかった? 物売りに来てもらうかい?」
「……ユーリ様、あの」
リヒトが迷いも顕わに口を開き、何度も言いよどんでから、
「なんでも、ありますか?」
と、膝の上からひたとユリウスの顔を見つめてきた。
ユリウスは「もちろん!」と頷いた。
「リヒトが欲しいものなら、なんでも! なにが欲しい?」
意気揚々と問いかけたユリウスだったが、帰ってきたリヒトの言葉に、思わず固まってしまった。
「……僕の目を治すお薬は、ありますか?」
「ひゃいっ!」
「その毒虫はちゃんと始末した?」
「あ、はい。踏みつぶして捨てました」
「リヒトの通り道には二度と入ってこないようにしておけ」
「それは無理ですよ~」
ユリウスの命令に、テオバルドが情けない声で応じた。
「あの渡り廊下は外にあるんですから、虫だって通りますよ。虫どころか鳥も野良猫も入ってきますって」
「それをなんとかするのがおまえの仕事だろう」
素っ気なく言い捨てたユリウスに、「うわぁ暴君だ」とテオバルドが呟いた。不敬罪もいいところだが、それを聞いているのは不敬を働く第一人者のロンバードなので、お咎めはない。
しかし、虫かぁ……とユリウスは失礼な親子を置いて自室へと歩きながら、考え込んだ。
今回はテオバルドが目ざとく見つけてくれたが、外廊下を歩くということはそういう危険もあるのだ、と改めて思う。
そういう意味では温室も安全ではない。いまは冬場だし無害な羽虫程度は捨て置けるが、これから暖かくなって針や毒をもつ虫が増えてくると、すべてを駆除するのは不可能だ。
そうなれば温室の出入りをやめさせるほかないが……リヒト自身は水や肥料を撒くという仕事を気に入っているので、それを取り上げるのはかなり気が引けた。
そもそもあの温室は、なにか仕事をしたいというリヒトのために作った場所なのだ。
リヒトが歩きやすいよう足元を平らに整え、根っこに躓いたりしないよう地植えの木の位置を検討し、鉢植えの場所は吟味して、通路には手すりを置いた。
因みにこの屋敷には至るところに手すりがある。それもまた、ユリウスの命で設置したものだ。
温室の手すりはわざと短いものを使っていて、手すりがなくなった場所でリヒトは肥料を撒いたり、水をやったりする。
うまくできなくても構わない。どうせ後から庭師が作業の補完をするので、できるかどうかではなく、リヒトが仕事をする、という行為そのものに意味があった。
温室の出入りを禁じるならば、リヒトに新たな役割を与えてあげなければならない。
ユリウスとしてはべつに仕事などしなくても、リヒトはただこの屋敷で好きなことをして楽しく暮らしてくれればいいのに、という気持ちはあるのだけど……。
しかし、
「僕もユーリ様のお役に立ちたいのです」
と大きな目をうるうるさせて訴えてきたあの果てしなく可愛い懇願を、誰が退けることができたというのか。
さて、今後どうしたものか。温室に代わる良い案は……。
悩ましく考えながら廊下を進み、ユリウスは部屋の扉を押し開けた。
扉の正面に置かれたソファには、リヒトの姿がある。
十年前に床払いをした頃から、リヒトは仕事へ出かけるユリウスの帰りを、こうして扉の前でずっと待っていた。最初は立ちっぱなしで待機していたのだという。ユリウス様はまだお戻りになりませんから、あっちで座ってましょう、とグレタが何度座るように促しても、リヒトはそこを動かなかったらしい。
仕事から戻ったユリウスが小さなリヒトを抱っこして、なぜずっと立っていたのかを尋ねると、
「あっちにすわったら、ゆぅいさまがかえってきたことにきづかないから」
と、ものすごく可愛いことをたどたどしく訴えられた。
それ以降扉の前にはこうしてリヒトのためのソファが設置され、リヒトはちょこんと座って毎日ユリウスの帰り待っている。
「ただいま、僕のオメガ。今日もいい日だったかい?」
ユリウスはリヒトの前に片膝をついて、彼の手を両の手で包み込みながら尋ねた。
そのユリウスの声を聞いてから、リヒトはほっとしたように笑い、
「おかえりなさい、ユーリ様」
と応じる。
僕のオメガ、と呼び掛けるまでは彼の方からは口を開かない。金髪の使用人をユリウスと間違えたことが、リヒトの中ではまだ傷として残っているのだ。
リヒトが気にすることではないのに、とユリウスはもどかしく思いながらも、微笑して彼のこめかみにただいまのキスをした。
リヒトがてのひらでユリウスの頬を挟んで、ひたいにキスを返してくれる。
ユリウスはソファからリヒトをひょいと抱き上げ、寝室まで移動した。
肩に腕を回してくる華奢な体の、その首筋のあたりからふわりとリヒトの匂いが香る。
ユリウスはくんと鼻を鳴らして、怪訝に眉をひそめた。
いつもは甘い花のような香りが、ほんの少しくすんでいる。
アルファは他のバース性の誰よりも鼻が利く。特におのれのオメガに関する匂いには敏感だ。
これはあまり知られていないことだけれど、アルファにはオメガの感情を大まかに嗅ぎ分けることすら可能だった。
そのユリウスの鼻が、リヒトの匂いの中にかなしみの感情が少し混じっていることを探り当てていた。
「リヒト。今日はなにか、変わったことがあったかい?」
リヒトにしか聞かせないやわらかな声で、ユリウスはベッドに座らせたおのれのオメガへと、問いかけた。
リヒトの金色の瞳がパチリとまたたいて、銀糸の髪がしずかに揺れる。
「いいえ」
「そう? なにもなかった?」
「はい」
こくり、と頷くリヒトに、隠しごとをしている様子はない。でも、小柄な体から放たれるかなしみの匂いがどうしても気になって、ユリウスはどうにかしてそれを取り除けないだろうかと思案した。
執務服から部屋着に着替え、ついでに袖口に温室の土をつけているリヒトも着替えさせる。いつもこうして彼に触れるたびに、大きくなったなぁという感慨と、自分の胸の辺りまでしか伸びなかった身長に、小さくて可愛いなぁという感動が、ユリウスの中でせめぎ合う。
可愛い可愛いリヒト。
この子にはいつも笑っていてほしい。
ユリウスはリヒトの服の前ボタンを留めながら、う~んと頭を悩ませ、そうだとひらめいた。
「ねぇ、リヒト」
「はい」
「今度、国王陛下の奥さんのお誕生日があるんだ」
「陛下……ユーリ様のお兄様の、奥様」
「そう」
ちゅ、となめらかなひたいにキスを落として、ユリウスはリヒトを抱き上げた。
ユリウスたちが着替えている間に、続き部屋では夕食の支度が整えられている。そちらへと足を運びながら、ユリウスは王城で会ったエミールからの話を、リヒトへと伝えた。
「それに合わせて、外国の物売りが来るらしいよ。珍しい品物をたくさん用意しているんだって。リヒトが欲しいものがあれば、僕がなんでも買ってあげる。リヒト、ここにその物売りを呼んでみるかい?」
腕の中のオメガにそう訊ねると、リヒトはユリウスの肩に回した手に、ぎゅっと力を込めてきた。そのまま彼はユリウスの首筋へと鼻先を埋め、はいともいいえとも答えない。
なにかをじっと考え込んでいるようなリヒトを急かすことはせずに、ユリウスは食卓へとついた。
ふつう、王族の食事ともなれば給仕のための使用人が入れ替わり立ち替わり料理を運んでくるのだが、ユリウスがリヒトを拾ってからは、ユリウスの強い希望でテーブルにはすべての料理が一斉に出されることとなっていた。
食事時に侍女やロンバード、そしてグレタなどが入って来ようものなら、絶対に過保護はダメだと邪魔をされるので、朝食時と同様食べ終わるまでは誰も立ち入らないように厳命し、ユリウスは二人きりの食事の時間を満喫する。
今日もいつものように自身の膝の上にリヒトを座らせ、まず果実水の入ったグラスを手渡してあげると、リヒトが両手でそれを持ちコクコクと飲んだ。本当ならば、グレタに強奪されてさえいなければ、昔のように哺乳瓶を咥えさせて飲ませてあげたいぐらいである。
ユリウスは葡萄酒片手に、おのれのオメガの可愛さを噛み締めた。
水分を摂らせてから、料理を順に口に運んでやる。
リヒトに好き嫌いはない。味がわかりにくいからだ。
味覚がまったくないというわけではないようだが、辛いものも甘いものも同じ調子で咀嚼し、嚥下する。
口の中の感覚も鈍いので、硬いものを食べさせるときは、
「しっかり噛むんだよ」
と教えてあげなければならないし、熱いものは冷ましてあげなければならない。
ユリウスにとってそれはまったく手間ではなかったし、むしろリヒトの世話を焼けることは喜びにあふれていた。
小さな口の中にひと口サイズに切り分けた肉を入れてあげると、唇の端から肉汁が垂れるのが見えた。
こぼれたことにリヒトは気づかない。
ユリウスが親指の腹で拭ってやるとようやくハッとしたように口を押えた。
「きたなくて、ごめんなさい」
「きみがなにをしても可愛いだけだよ、僕のオメガ。ほら、もっとお食べ。これはトウモロコシのパンだよ。外側が少し硬いかな」
謝るリヒトに気にしていないと伝え、ユリウスはパンの内側の柔らかいところをちぎって彼の口に入れた。
味覚が鈍いからだろう、リヒトは食に対する関心がない。
だから食べる量が少ない。
放っておけばすぐに栄養失調を起こしてしまいそうで、ユリウスは毎回、あれもこれもと勧めてしまう。
リヒトの食事は、一日二回。
朝と夕はユリウスが食べさせて、間におやつの時間を設けているが、グレタやテオバルドの話ではリヒトがそれに手をつけることはないそうだ。
ユリウスの仕事が休みのときは、ユリウスが熱心に勧めるからだろう、リヒトも焼き菓子やらチョコレートやらを一緒に食べるが、ふだんは口にしないため、朝夕の二食が彼に栄養を摂らせる貴重な機会なのだった。
この日もユリウスはリヒトが「もういりません」と首を横に振るまで、せっせと食べ物を口まで運び、ごちそうさまの声を聞いてからもフルーツやデザートを少し食べさせた。
食事を終えてから、ユリウスは先ほどの話題をもう一度持ち出した。
「リヒト。欲しい物は見つかった? 物売りに来てもらうかい?」
「……ユーリ様、あの」
リヒトが迷いも顕わに口を開き、何度も言いよどんでから、
「なんでも、ありますか?」
と、膝の上からひたとユリウスの顔を見つめてきた。
ユリウスは「もちろん!」と頷いた。
「リヒトが欲しいものなら、なんでも! なにが欲しい?」
意気揚々と問いかけたユリウスだったが、帰ってきたリヒトの言葉に、思わず固まってしまった。
「……僕の目を治すお薬は、ありますか?」
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