溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
18 / 184
甘美なるアルファの苦悩

しおりを挟む
「来月、アマル様のお誕生日がありますよね」
「ええ。国王陛下が大張り切りでパーティーの段取りを仕切ってましたが」

 大好きな妻の誕生日を祝うことに長兄は毎年いのちを懸けている。自身が父の跡を継いで国王の座についてからもそれはなんら変わることはなかった。

「それでオレたちからアマル様に贈り物をと思い、十日後に行商人を呼んでいるんです。城下町でも評判の良い、珍しい外国の品々を扱っている旅商をいくつか拾い上げ、絞り込んでいるところなのですが、雑貨や宝飾品だけでなく菓子や果物なども扱っているようで」
「へぇ。それは楽しそうだ。アマル殿はお買い物が好きですから、喜ばれるでしょうね」
「ユーリ様にそう言ってもらえると安心です」
「相談って、アマル殿が好きそうな行商を一緒に探してほしいってことですか?」

 テーブルの上のカードを眺めながら、ユリウスは問いかけた。色とりどりのそれは、行商人たちがそれぞれで作っている、おのれの店を宣伝するための名刺だ。細かな切り絵になっていたり、キラキラと輝く文字が入っていたりと、目に留まる工夫がされているので、見ているだけでも楽しい気分になる。

 この中からどの店がアマーリエのお気に召すか選んでほしい、という相談ならば、自分よりもアマーリエの子どもたちの方が適任ではないかと思っていると、
「いいえ、そうではなくて」
 とエミールが首を振った。

「大変差し出がましいとは思いますが、ユーリ様。あなたのオメガ……リヒト様は外へ出たことがないそうですね。ずっとお屋敷の中で暮らしていると聞いています」

「そうだけど」

 これはリヒトを別宮に閉じ込めていることを非難されているのか、と警戒も顕わにユリウスが目を細め、冷えた声で応じると、つがいを庇うかのようにクラウスが身を乗り出して、落ち着きなさいとてのひらを向けてきた。

「ユーリ。エミールはその旅商をおまえのところへやって、リヒトにも楽しんでもらったらどうだろうかと提案したいんだ」
「え?」
「もちろん、リヒト様の目や耳になどについての配慮は必要かと思いますが、屋敷の中だけでは退屈でしょう。異国の食べ物や衣類、工芸品などに触れることで、リヒト様の気分転換になれば、と……」

 クラウスの肩越しに、エミールがこちらの機嫌を伺いながら言葉を繋いできた。
 ユリウスはその提案をしばし吟味する。

 別宮に行商人を呼ぶ……確かに悪くないかもしれない。
 リヒトはいまの生活に不満を述べたりはしないけれど、彼の生活範囲はとても狭くて、エミールの言う通り退屈は退屈だろう。

 リヒトが喜ぶならば、手配してもいい。ただし……。

「もちろん出入りする者のバースを調べた上で、ベータのみを手配します」

 エミールが先んじてユリウスの懸念を払拭した。 
 ユリウスは兄のつがいの配慮をありがたく受け止め、礼を言った。

「ありがとうございます、エミール殿。一度リヒトに聞いてみます。あの子が見てみたいと言ったなら、そのときはぜひお願いします」

 ユリウスの返事に、エミールが安堵の笑みを浮かべる。

 ユリウスは立ち上がり、感謝のキスをエミールの頬へ送った。
 ゴリっ、と次兄の奥歯が鳴るのを聞いて、ユリウスとエミールはこらえきれず同時にふきだした。
  



 次兄ふうふとの話を終え、その後城内で所用を片付けた後、ロンバードと合流したユリウスは自身の別宮へと戻った。

 おかえりなさいませ、と出迎えてくれる執事の声に被って慌ただしい足音が聞こえた。
 見ればロンバードの息子、テオバルドがバタバタと走ってくるところだった。

 テオバルドはユリウスよりも四歳年下、二十五歳の青年だ。ユリウスと年齢が近いこともあって最初は遊び相手として連れてこられたが、いまでは侍従を務めている。
 この別宮に移ってからの彼の仕事は、主にリヒトの見まもりだ。リヒトが部屋から出る際は必ずこのテオバルドがこっそりと同行し、危険がないか目を光らせることとなっていた。

 その男が飛んできたということはリヒトになにかあったのか。
 ユリウスは厳しい目をテオバルドへ向けた。

「なにがあった」

 ピシャリと問いかけた瞬間、テオバルドが走ってきた勢いのままに膝を絨毯に滑らせ、思いきり頭を下げた。

「すいっませんでしたぁぁ~!」

 語尾を床へと吸い込ませた男の、父親譲りの茶色い髪の後頭部を見下ろしながら、ユリウスは冷えた声を落した。

「報告は簡潔に、的確に」
「はいっ。すいませんっ!」
「殿下、顔が怖いです。あんまりビビらすとうちのせがれが心臓麻痺を起こします」

 ロンバードが言葉を割り込ませてくる。ユリウスはそれをじろりと横目で睨んだ。

「おまえの息子がそんな繊細なものか。テオ、いいから早く言え」

 爪先を苛立たしく動かすと、ようやく顔を少し上げたテオバルドが「えっとですね」ともごもご呟いた。

「リヒト様が温室へ行かれたときにですね、渡り廊下のロープに、その、毒虫が……」
「刺されたのかっ!」

 一大事ではないかとユリウスは、聞いた瞬間に駆け出そうとした。
 しかし左右から側近親子にガシっと腕を掴まれ、動きを止められる。

「ちちち違いますっ! 俺が気づいて、危ないっつって後ろからリヒト様の腕を掴んでお止めしたんですが、えっと、その拍子に、リヒト様がたおれ」
「倒れたのかっ!」
「違いますって! 倒れそうになったのを、俺が、こう、支えてですね……ちょっと抱きつく形になったというか……」
「…………抱いたのか」

 ユリウスの声がぐっと低くなった。

「僕のオメガを、抱きしめたのか」

 テオバルドが再び両手を絨毯について、深々と平伏する。

「だからすいませんって!!」
「殿下、ユリウス様、どう考えても不可抗力じゃないですか」

 ロンバードがユリウスの肩を宥めるように軽く叩いてきた。
 それをうるさげに払って、ユリウスはテオバルドを睥睨する。

「リヒトを抱きしめたいがためにわざと転ばせた可能性は?」

「微塵もないですって!! ほんと、マジですいませんっ! 俺もあんなことでふらっと倒れるなんて思わなかったんですよ! 何回も止まってくださいって声かけたのに止まんねぇし、俺も焦ってつい腕掴んじゃって。そしたらなんの抵抗もなく倒れてくるからビックリして」

 早口に言い訳を始めたテオバルドに、ユリウスはひたいを抑えて溜め息をついた。

「わかったわかった。おまえに他意がないのは認めるよ。でも僕はちゃんとおまえに言ったはずだ。リヒトは耳が聞こえにくいって。後ろからの呼びかけはなおさら聞こえづらい。聞こえないから身構えることもできない。不測の事態には対処できないし、その不測の事態というのが僕たちが思うよりもずっとずっと多いんだ。そのことを頭に叩き込め」
「お言葉ですがね、王子様」

 テオバルドを叱責するユリウスへと、またまたロンバードが口を挟んできた。
 おまけに久々の王子様呼びだ。子どもの頃からユリウスの世話をしているロンバードはしばしば「王子」と呼ぶが、それはユリウスの言動が子どもじみていることを教えるときに限られていた。 

「あんたがリヒト様を大事に思ってるのはわかりますし、我々はあんたの手足なんでね、あんたの希望通りにリヒト様をおまもりしますがね、王子様。リヒト様がどういうお方で、どのように接したらいいってのはうちの倅はあんた経由でしか聞いていないわけですよ。どの程度の声が聞こえるだとか、どのように話したら聞こえやすいだとか、そういうのは実際にリヒト様と接してみて初めてわかるってもんじゃないですかね? なのにあんたときたら、食事のときは侍女を追い出すわ、お風呂の世話はご自分でなさるわ、使用人がリヒト様のことを知る機会をことごとく奪ってますもんねぇ!」

 最後の「ねぇ!」の音に脅迫的な強さを込めて、ロンバードが言った。地べたのテオバルドが父親の言葉に同意を示して、何度も頷いている。
 ユリウスはよく似た親子を半眼で睨みつけ、
「却下」
 と答えた。

「僕が居ないときにテオがリヒトと仲良く温室で会話するとか僕の代わりにリヒトを風呂に入れるとか、なにそれ耐えられない。冗談じゃないね。却下だよ却下。おまえはこれまで通り陰からリヒトを見まもる。ロンバードは僕に過保護だなんだと口を挟まない。いいな?」

 二人にそれぞれ視線を向けたが返事がなかったので、もう一度「いいな?」と念押しすると、渋々ながらの「はい」がそれぞれから返ってきた。

「アルファの独占欲ってマジでヤバいですね、父上」
「アルファというか、これはもうユリウス様が病気だ病気」

 立ち上がったテオバルドとロンバードがコソコソと囁きあっている。聞こえるように言うところが嫌味な親子だ。



しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...