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甘美なるアルファの苦悩
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ユリウスが返答に窮していると、リヒトがさらに言葉を重ねた。
「耳のお薬でもいいです。なんでもいいです。僕をふつうにするお薬はありますか?」
言葉を失ったユリウスへと、リヒトが必死な形相で言い募ってきた。
リヒトのかなしみの匂いの原因は『これ』か、とユリウスは息苦しさの中で、そう悟った。
声をかけられたことに、気づけなかったことが原因だろうか。
それとも毒虫に気づかなかったことか。
腕を引かれるまで誰かが近寄っていたことが、わからなかったからか。
五感に乏しい自分を、責めて嘆いているのだろうか。
ある、と言ってあげたった。
僕が治すよと言ってあげたかった。
リヒトの視覚も聴覚も、僕がぜんぶなんとかしてあげるよ、と。
しかしその場しのぎを嘘をついたところで、リヒトのかなしみがなくなるわけではないから。
ユリウスは大きく胸を喘がせて、震える息を吐いた。
「リヒト。ごめん」
細い両肩を掴んで、彼に覆いかぶさるようにして頭を下げる。
かつてこれほどまでにおのれの無力感に打ちのめされたことが、あっただろうか。
情けなさにぺしゃんこに押しつぶされそうだ。しかしユリウスはしっかりと顔を上げ、リヒトが聞こえやすいようにゆっくりと言葉を発した。
「その薬は、ないよ。僕が見つけてあげたいけれど、見つかるかどうかの約束はできない」
「……」
リヒトの顔からみるみる内に色が失われてゆくのがわかった。
薄い唇が、こまかく震えて。それからきゅっと引き結ばれた。
ユリウスは迂闊なことを言ってしまったおのれを呪いながら、明るい声を無理やりに搾りだした。
「でもね、リヒト。僕はそのままのきみが好きだよ。ねぇ僕のオメガ。いまのきみが楽しめるものを、僕はきみにあげたいと思ってる。リヒト、きみが一番楽しいことはなんだろう。温室に植える花を持って来てもらおうか。エミール殿が、珍しい植物を扱う行商人を紹介してくれるはずだ」
「…………エミール様? どなたですか?」
気丈にもリヒトは、ぎこちない笑みを作って会話を続けようとしてくれた。
ユリウスは白いひたいにキスをして、
「僕の二番目の兄の、つがいだよ」
と答えた。
「つがい……」
リヒトが口の中でつぶやき、それからユリウスの服の胸元をぎゅっと握りしめた。
「エミール様は、オメガですか」
「え?」
「つがいという言葉は、アルファとオメガの間で使うと習いました。エミール様は、オメガですか?」
「そうだけど……」
リヒトの、バース性についての知識は浅い。
発情期やうなじをまもる首輪のことなど、一通りのことは家庭教師とともに教えたけれど、深い部分は敢えて伏せている。
たとえば、アルファとオメガは互いの匂いに本能的欲求を掻きたてられることとか。
どうしようもなく惹かれ合う、運命のつがい、と呼ばれる相手が居るだとか。
運命のつがいは匂いでわかるのだ、とか。
そういう……リヒトにとっては難しいことが、アルファとオメガに存在すると知れば、この子はもっと傷ついてしまうかもしれない。
ユリウスはそう考え、早い段階でリヒトに与える情報を選り分けていたのだが。
「僕、エミール様に会ってみたいです」
リヒトから思いもよらぬ要望が飛び出して、ユリウスはぎょっとした。
「え? なんで?」
なぜエミールに会いたいのか。
リヒトには自分がいるではないか。ユリウスではダメなのか。
焦るあまりについ返す声が尖ってしまう。
リヒトがハッとしたように身じろぎ、しょぼんと肩を落とした。
「エミール様は、やっぱり僕なんかに会いたくないでしょうか」
「違う違う断じて違うっ! リヒトに会いたくないなんて思う者が居るはずないだろっ! 僕が言ってるのは、なんでリヒトはエミール殿に会いたいのかな、ってこと!」
ユリウスが慌てて弁明すると、リヒトが頼りなく視線を動かした。言おうかどうしようか迷っているのが伝わってくる。
「リヒト?」
小首を傾げて顔を覗き込むと、リヒトが口をもごりとさせた。
「……オメガのひとと、話がしてみたいです」
しばらくの沈黙の後、ぼそぼそとした不明瞭な声が返ってきた。
ユリウスは一瞬判断に迷ったが、おのれのオメガが悄然としている様を見ていられずに、
「わかった!」
と答えていた。
「わかった。エミール殿に会えるように手配するよ」
「二人でお話できますか?」
「えっ!」
「エミール様と、二人で」
ガーン! とユリウスは激しいショックを受けた。
なんで? 僕が居ちゃダメなの?
断固反対! と子どもじみた叫びを上げそうになったユリウスだったが、
「ダメですか?」
と、リヒトがまたもやしょんぼり肩を落としてしまったから。
「そんなわけないよ! 大丈夫! エミール殿と二人でお話できるように僕がちゃんと時間を作るから!」
ユリウスは小柄なオメガを抱きしめて、血を吐くような思いで了承したのだった。
その後食事を終えたユリウスは、リヒトを風呂に入れた。
髪の毛から足の先まで丁寧に洗いあげ、湯舟に浸からせる。ユリウスは着衣のままで、ズボンの裾を捲り上げ、シャツの袖を折り返して濡れるのも厭わずにリヒトの世話をする。
本来ならば世話を焼かれる立場のユリウスが跪いてリヒトに尽くしている姿は、到底侍従たちには見せられるものではないので、食事時同様に浴室には誰も立ち入らせない。
入浴後は体を拭いてやり、髪を丁寧に乾かしてから、抱き上げて寝室へと連れてゆく。
寝台へと寝かせて、
「おやすみ、僕のオメガ」
と言っておやすみのキスをすると、リヒトからも可愛らしいキスが返ってくる。
「おやすみなさい、ユーリ様」
そう答えたオメガからは、相変わらず少しのかなしみの匂いがしていた。
リヒトを寝かせてからは自分の時間だ。
ユリウスは濡れた服を脱ぎ、自身も風呂に入る。そして眠るリヒトが見えるよう寝室の扉を開けたまま、続き部屋にある執務机で、持ち帰った仕事に手をつける。
リヒトの生活に合わせて、朝はゆっくり、夜は早めの食事時間なので、残った仕事はこうして屋敷で片付けるのが常だった。
サラサラとペンを走らせながら、倒れないのが不思議だ、と昼間ロンバードに言われたことを思い出す。
使用人たちはユリウスとリヒトの部屋へみだりに立ち入ってくることはなかったが、ユリウスが仕事をする合間にたまに紅茶やら夜食やらをお願いすることがあるので、ユリウスがいつ寝ていつ起きる、というような大まかな生活時間は把握されていた。
しかし奇しくもロンバードが嫌味で(いや、心配したのだろうか?)言ったように、アルファとはタフな生き物だ。
多少寝不足になろうが疲労が溜まろうが、倒れたりなどしない。
ユリウスはしばらく仕事に没頭し、日付が変わった頃にようやく席を立った。
疲れ果てているぐらいが、自分にとっては都合がいい。
凝った肩を軽く回しながら、ユリウスは寝室へと戻り、眠っているリヒトの顔を見つめた。
髪を梳いても、頬を撫でてもリヒトは目覚めない。
皮膚感覚が鈍いから気づかない、という理由もあるが、基本的に彼はいつも眠りが深いようだった。
それは恐らく、起きている間中ずっと気を張っているからだろう。
ユリウスの声を聞こうとするとき。ユリウスの顔を見ようとするとき。リヒトは全身全霊でと表現したくなるほど懸命に、ユリウスへと注意を注いでいた。
ひと言も聞きもらすまいと耳を澄まし、よく見えない目をこらして。
自分の持てる感覚すべてをユリウスへと傾けているのが、ユリウスにも伝わっていた。
可愛いなぁ、としみじみ思う。
可愛くて、健気で、かわいそうな僕のオメガ。
ユリウスは眠るリヒトの細い顎に手を掛け、くいと仰のかせた。
小さな唇に、唇を合わせる。ゆっくりと、しずかに。
舌で彼の唇の形を辿り、歯列を少し舐めた。
もっと深く重ねたい。
その衝動が襲ってくる前にキスをほどいた。
ふわり、と鼻先にリヒトの香りが漂ってくる。
発情期を迎えることのないオメガの、若く甘やかな匂い。
ユリウスはおのれの口をてのひらで覆い、リヒトから体をもぎ離した。
ふぅ、ふぅ、と浅ましく呼吸が乱れる。
(ユーリ。毎日おのれのオメガと居て、飢えないアルファなど居ない)
次兄の声が耳の奥でよみがえった。
そう、飢えている。
ユリウスはずっと、飢えていた。
おのれのオメガが隣に居て、たとえようのないほど馨しい匂いを放っている。ヒートを迎えたわけでもないのに、これほどにユリウスの本能を揺さぶってくるのは、リヒトが運命のつがいだからに他ならないない。
僕のオメガ。
僕だけのオメガ。
穏やかに眠る彼の、すべてを奪ってしまいたい。
体の内側に抱えたその衝動が、暴発してしまいそうだ。
抑制剤……とユリウスはほとんど無意識にベッドわきの小さなテーブルの引き出しを探ろうと、手を伸ばしかけたところで、ハッと我に返って指先を握り込んだ。
抑制剤は控えると次兄に言った、その舌の根も乾かない内に約束を破るわけにはいかない。
ユリウスは溜め息を吐いて、リヒトのやわらかな頬をそっと撫でた。
抑制剤なしでこの子を抱きしめて眠れば、寝ぼけてうっかり間違いを犯してしまいそうだ。
とにかく先に、体に溜まった熱を発散させなければならない。
「ちょっと出かけてくるね、僕のオメガ。また後で」
ユリウスは小声で囁き、リヒトの目元にキスを落してから立ち上がり、寝室を出た。
腹の奥から突き上げてくる欲求をしずめるためにうってつけの場所がある。
ユリウスはそこへ向かうべく、廊下に誰も居ないことを確認してからこっそりと部屋を抜け出した。
「耳のお薬でもいいです。なんでもいいです。僕をふつうにするお薬はありますか?」
言葉を失ったユリウスへと、リヒトが必死な形相で言い募ってきた。
リヒトのかなしみの匂いの原因は『これ』か、とユリウスは息苦しさの中で、そう悟った。
声をかけられたことに、気づけなかったことが原因だろうか。
それとも毒虫に気づかなかったことか。
腕を引かれるまで誰かが近寄っていたことが、わからなかったからか。
五感に乏しい自分を、責めて嘆いているのだろうか。
ある、と言ってあげたった。
僕が治すよと言ってあげたかった。
リヒトの視覚も聴覚も、僕がぜんぶなんとかしてあげるよ、と。
しかしその場しのぎを嘘をついたところで、リヒトのかなしみがなくなるわけではないから。
ユリウスは大きく胸を喘がせて、震える息を吐いた。
「リヒト。ごめん」
細い両肩を掴んで、彼に覆いかぶさるようにして頭を下げる。
かつてこれほどまでにおのれの無力感に打ちのめされたことが、あっただろうか。
情けなさにぺしゃんこに押しつぶされそうだ。しかしユリウスはしっかりと顔を上げ、リヒトが聞こえやすいようにゆっくりと言葉を発した。
「その薬は、ないよ。僕が見つけてあげたいけれど、見つかるかどうかの約束はできない」
「……」
リヒトの顔からみるみる内に色が失われてゆくのがわかった。
薄い唇が、こまかく震えて。それからきゅっと引き結ばれた。
ユリウスは迂闊なことを言ってしまったおのれを呪いながら、明るい声を無理やりに搾りだした。
「でもね、リヒト。僕はそのままのきみが好きだよ。ねぇ僕のオメガ。いまのきみが楽しめるものを、僕はきみにあげたいと思ってる。リヒト、きみが一番楽しいことはなんだろう。温室に植える花を持って来てもらおうか。エミール殿が、珍しい植物を扱う行商人を紹介してくれるはずだ」
「…………エミール様? どなたですか?」
気丈にもリヒトは、ぎこちない笑みを作って会話を続けようとしてくれた。
ユリウスは白いひたいにキスをして、
「僕の二番目の兄の、つがいだよ」
と答えた。
「つがい……」
リヒトが口の中でつぶやき、それからユリウスの服の胸元をぎゅっと握りしめた。
「エミール様は、オメガですか」
「え?」
「つがいという言葉は、アルファとオメガの間で使うと習いました。エミール様は、オメガですか?」
「そうだけど……」
リヒトの、バース性についての知識は浅い。
発情期やうなじをまもる首輪のことなど、一通りのことは家庭教師とともに教えたけれど、深い部分は敢えて伏せている。
たとえば、アルファとオメガは互いの匂いに本能的欲求を掻きたてられることとか。
どうしようもなく惹かれ合う、運命のつがい、と呼ばれる相手が居るだとか。
運命のつがいは匂いでわかるのだ、とか。
そういう……リヒトにとっては難しいことが、アルファとオメガに存在すると知れば、この子はもっと傷ついてしまうかもしれない。
ユリウスはそう考え、早い段階でリヒトに与える情報を選り分けていたのだが。
「僕、エミール様に会ってみたいです」
リヒトから思いもよらぬ要望が飛び出して、ユリウスはぎょっとした。
「え? なんで?」
なぜエミールに会いたいのか。
リヒトには自分がいるではないか。ユリウスではダメなのか。
焦るあまりについ返す声が尖ってしまう。
リヒトがハッとしたように身じろぎ、しょぼんと肩を落とした。
「エミール様は、やっぱり僕なんかに会いたくないでしょうか」
「違う違う断じて違うっ! リヒトに会いたくないなんて思う者が居るはずないだろっ! 僕が言ってるのは、なんでリヒトはエミール殿に会いたいのかな、ってこと!」
ユリウスが慌てて弁明すると、リヒトが頼りなく視線を動かした。言おうかどうしようか迷っているのが伝わってくる。
「リヒト?」
小首を傾げて顔を覗き込むと、リヒトが口をもごりとさせた。
「……オメガのひとと、話がしてみたいです」
しばらくの沈黙の後、ぼそぼそとした不明瞭な声が返ってきた。
ユリウスは一瞬判断に迷ったが、おのれのオメガが悄然としている様を見ていられずに、
「わかった!」
と答えていた。
「わかった。エミール殿に会えるように手配するよ」
「二人でお話できますか?」
「えっ!」
「エミール様と、二人で」
ガーン! とユリウスは激しいショックを受けた。
なんで? 僕が居ちゃダメなの?
断固反対! と子どもじみた叫びを上げそうになったユリウスだったが、
「ダメですか?」
と、リヒトがまたもやしょんぼり肩を落としてしまったから。
「そんなわけないよ! 大丈夫! エミール殿と二人でお話できるように僕がちゃんと時間を作るから!」
ユリウスは小柄なオメガを抱きしめて、血を吐くような思いで了承したのだった。
その後食事を終えたユリウスは、リヒトを風呂に入れた。
髪の毛から足の先まで丁寧に洗いあげ、湯舟に浸からせる。ユリウスは着衣のままで、ズボンの裾を捲り上げ、シャツの袖を折り返して濡れるのも厭わずにリヒトの世話をする。
本来ならば世話を焼かれる立場のユリウスが跪いてリヒトに尽くしている姿は、到底侍従たちには見せられるものではないので、食事時同様に浴室には誰も立ち入らせない。
入浴後は体を拭いてやり、髪を丁寧に乾かしてから、抱き上げて寝室へと連れてゆく。
寝台へと寝かせて、
「おやすみ、僕のオメガ」
と言っておやすみのキスをすると、リヒトからも可愛らしいキスが返ってくる。
「おやすみなさい、ユーリ様」
そう答えたオメガからは、相変わらず少しのかなしみの匂いがしていた。
リヒトを寝かせてからは自分の時間だ。
ユリウスは濡れた服を脱ぎ、自身も風呂に入る。そして眠るリヒトが見えるよう寝室の扉を開けたまま、続き部屋にある執務机で、持ち帰った仕事に手をつける。
リヒトの生活に合わせて、朝はゆっくり、夜は早めの食事時間なので、残った仕事はこうして屋敷で片付けるのが常だった。
サラサラとペンを走らせながら、倒れないのが不思議だ、と昼間ロンバードに言われたことを思い出す。
使用人たちはユリウスとリヒトの部屋へみだりに立ち入ってくることはなかったが、ユリウスが仕事をする合間にたまに紅茶やら夜食やらをお願いすることがあるので、ユリウスがいつ寝ていつ起きる、というような大まかな生活時間は把握されていた。
しかし奇しくもロンバードが嫌味で(いや、心配したのだろうか?)言ったように、アルファとはタフな生き物だ。
多少寝不足になろうが疲労が溜まろうが、倒れたりなどしない。
ユリウスはしばらく仕事に没頭し、日付が変わった頃にようやく席を立った。
疲れ果てているぐらいが、自分にとっては都合がいい。
凝った肩を軽く回しながら、ユリウスは寝室へと戻り、眠っているリヒトの顔を見つめた。
髪を梳いても、頬を撫でてもリヒトは目覚めない。
皮膚感覚が鈍いから気づかない、という理由もあるが、基本的に彼はいつも眠りが深いようだった。
それは恐らく、起きている間中ずっと気を張っているからだろう。
ユリウスの声を聞こうとするとき。ユリウスの顔を見ようとするとき。リヒトは全身全霊でと表現したくなるほど懸命に、ユリウスへと注意を注いでいた。
ひと言も聞きもらすまいと耳を澄まし、よく見えない目をこらして。
自分の持てる感覚すべてをユリウスへと傾けているのが、ユリウスにも伝わっていた。
可愛いなぁ、としみじみ思う。
可愛くて、健気で、かわいそうな僕のオメガ。
ユリウスは眠るリヒトの細い顎に手を掛け、くいと仰のかせた。
小さな唇に、唇を合わせる。ゆっくりと、しずかに。
舌で彼の唇の形を辿り、歯列を少し舐めた。
もっと深く重ねたい。
その衝動が襲ってくる前にキスをほどいた。
ふわり、と鼻先にリヒトの香りが漂ってくる。
発情期を迎えることのないオメガの、若く甘やかな匂い。
ユリウスはおのれの口をてのひらで覆い、リヒトから体をもぎ離した。
ふぅ、ふぅ、と浅ましく呼吸が乱れる。
(ユーリ。毎日おのれのオメガと居て、飢えないアルファなど居ない)
次兄の声が耳の奥でよみがえった。
そう、飢えている。
ユリウスはずっと、飢えていた。
おのれのオメガが隣に居て、たとえようのないほど馨しい匂いを放っている。ヒートを迎えたわけでもないのに、これほどにユリウスの本能を揺さぶってくるのは、リヒトが運命のつがいだからに他ならないない。
僕のオメガ。
僕だけのオメガ。
穏やかに眠る彼の、すべてを奪ってしまいたい。
体の内側に抱えたその衝動が、暴発してしまいそうだ。
抑制剤……とユリウスはほとんど無意識にベッドわきの小さなテーブルの引き出しを探ろうと、手を伸ばしかけたところで、ハッと我に返って指先を握り込んだ。
抑制剤は控えると次兄に言った、その舌の根も乾かない内に約束を破るわけにはいかない。
ユリウスは溜め息を吐いて、リヒトのやわらかな頬をそっと撫でた。
抑制剤なしでこの子を抱きしめて眠れば、寝ぼけてうっかり間違いを犯してしまいそうだ。
とにかく先に、体に溜まった熱を発散させなければならない。
「ちょっと出かけてくるね、僕のオメガ。また後で」
ユリウスは小声で囁き、リヒトの目元にキスを落してから立ち上がり、寝室を出た。
腹の奥から突き上げてくる欲求をしずめるためにうってつけの場所がある。
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