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リヒト②
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僕がエミール様と会ったのは、ユーリ様にそれをお願いしてから六日後のことだった。
しずかなお声でお話される方だなぁ、というのがエミール様の第一印象だ。
「初めまして。ようやく会えましたね」
ユーリ様にお聞きしたのだろうか。ゆっくりと、僕にも聞こえやすいようにくっきりと発声して、彼は僕の右手を握った。
握られた、ということはなんとなく認識できたけれど、なぜそうされたのかがわからずに、僕はいったいどうすれば良いのか反応に困ってしまう。
ぼうっとしていたら、エミール様は手をほどいて、
「オレの声が聞こえにくかったり、言ってる意味がわからなかったりしたらいつでも教えてくださいね」
と言ってくれた。
いいひとなのだな、と僕は思った。
エミール様と初めて会ったこの日、ユーリ様はお仕事に行かれていていらっしゃらなかった。
最近のユーリ様は、本当にものすごく忙しそうだ。
朝食と夕食とお風呂は、これまで通り僕と一緒に過ごしてくださるのだけれど、それが済むとすぐに出ていかれる。
「おやすみ、僕のオメガ」
いつもはそう言ってキスをくれて、僕が眠るまで傍に居てくださるのに、ここ数日はその時間すらも惜しいようだった。
だから僕はユーリ様の貴重な時間を奪わないよう、寝たふりをして、ユーリ様がすぐに出て行けるように心がけていた。
目を閉じて偽物の寝息をたてているうちに、いつの間にか本物の眠りについている。
そして、
「おはよう、僕のオメガ」
とユーリ様に起こされるまで、僕はぐっすりと寝てしまうのが常だった。
「本当はユーリ様も今日はどうしても同席したいと仰っていたのだけど、どうも外せない用事ができたようで、こうしてオレひとりでお邪魔させていただきました」
「……はい」
「オレはクラウス様のおかげでこうして王族の一員として扱ってもらってますが、平民の出ですのでかしこまってもらわなくて大丈夫ですよ。楽にお話してくださいね」
ユーリ様以外のひととお話することに慣れていない僕に、気を遣ってくださったのだろう。エミール様は僕の緊張をほぐすようにそう言ってくれた。
エミール様は平民出身。
なら僕はなにになるのだろう。
サーリーク王国の民ですらなく、異国の山に捨てられてしまったような、この僕は。
「……さま? リヒト様?」
ぼんやり考えこんでしまった僕に、エミール様が呼びかけている。
僕は慌てて首を振り、
「様は、いりません」
と答えた。
「ユーリ様は僕を、リヒトと呼びます」
「では、オレのこともエミールと」
エミール様は気さくにそう言ってくれたが、そういうわけにもいかないだろう。
僕は早くも、エミール様と二人で話したいとユーリ様に乞うたことを後悔していた。
いつもユーリ様があまりにやさしいから、自分の立場や態度を気にしたことがなかったけれど、よく考えたらこのひとをお屋敷に呼びつけるというのは失礼だったのではないだろうか。
僕の方から、お伺いすべきだったのではないだろうか。
「あ、あのっ」
口を開いてから思い至る。
そういえばソファに座っているのは僕だけだ。立ちっぱなしのエミール様にいまさら焦って、僕は急いで腰を上げた。
「僕はあまり物を知りません。頭が悪いのです。だから失礼があったら教えてください」
「リヒト様……リヒト、大丈夫だから座ってください。楽にしてもらっていいです」
「僕、あの、僕は、オメガのひとと、お話がしたくて」
「わかってます。ユーリ様から、あなたがそう言っていたと聞いて、オレはお伺いしたのです。オレも座りますから、あなたも座ってください」
エミール様が僕の肩を上から抑えた。かくりと膝が折れて、僕はまたポスンとソファに腰を落としてしまった。
言葉通り、僕の隣にエミール様が座る。
僕が顔をそちらへ向けると、エミール様の輪郭がぼんやりと映った。
顔はよくわからない。髪はユーリ様よりももっと濃い色の金髪だ。全体的に青い服を纏っているように見える。ユーリ様より小柄で、でも僕よりは大きい。僕にわかるのはそれぐらいだった。
「ここのお屋敷は、面白いですね」
不意に、エミール様がそう言った。
「玄関からこの部屋までは段差がひとつもなかったし、廊下には手すりがついていた。造りは単純だけれど、警備は厳重。ユーリ様のお気持ちがものすごく込められているお屋敷ですね。それにこのティーセット。お茶も焼き菓子もたったいま給仕されたものだとわかるのに、室内に使用人の姿はない。まるで魔法の小人が居るようだ」
話しながら、エミール様が笑った。
「小人とは、なんですか」
僕が尋ねると、エミール様が僕の目の前にご自分のこぶしを持ってきた。
「これは見えますか」
「……はい、ぼんやりと」
「これぐらいの大きさの妖精が夜な夜な人間の仕事をお手伝いする、という物語があるんです。その妖精を小人と言います」
「小さいですね」
「はい。なので人間は小人に気づくことがなかなかできないんですよ」
「目が良くても、見えないんですか?」
「見えませんね」
エミール様がアハハと笑い声をあげた。
「小人は姿隠しの魔法を使えるとも言われてます。小さい上に魔法を使われたら絶対に見えませんね」
目が良くても見えないものがあるんだ、と僕は驚いた。
でもこれは物語のお話だ、と思い出して僕はエミール様に訊いてみた。
「小人という生き物は、本当に居るんですか?」
エミール様が楽しげな声で、
「どうでしょうね」
と言った。
「この世界のどこかには、魔法使いや妖精や、オレたちが見たこともない生き物が潜む場所があるという話も聞きます。だから小人も、居るかもしれませんね」
「居るとしたら、どこに住んでるんでしょうか。おうちはありますか?」
「そうですねぇ。物語では、木の内側や花のつぼみに隠れているという話はありますが、小人の家は出てきてませんでしたね。でもきっと、どこかオレたちが見えないところに、家があるんでしょう」
小さな小人の、小さな家を想像したらなんだかとても可愛かった。
木や花ならここの温室にもあるから、もしかしたらそこに小人が潜んでいるかもしれない。
探してみようか。
僕の目ではきっと見つからないだろうけど、エミール様みたいに目が見えるひとにも見えないのだったら、見つからなくても落ち込むことはない。
自分の想像が楽しくて、僕は口元を抑えてうふふと笑いを漏らした。
ふと、頭になにか重みがかかった気がして軽く首を振ると、エミール様が、
「すみません」
と謝ってきた。
「とてもきれいな髪だったので、つい撫でてしまいました」
どうやらエミール様が僕の頭を撫でたようだ。
「ユーリ様には、どうかご内密に」
なぜかここでユーリ様のお名前が出てきた。
意味がわからずに僕はまばたきをしたけれど、エミール様のお声がとても真剣だったから、とりあえず「はい」と頷いておいた。
しずかなお声でお話される方だなぁ、というのがエミール様の第一印象だ。
「初めまして。ようやく会えましたね」
ユーリ様にお聞きしたのだろうか。ゆっくりと、僕にも聞こえやすいようにくっきりと発声して、彼は僕の右手を握った。
握られた、ということはなんとなく認識できたけれど、なぜそうされたのかがわからずに、僕はいったいどうすれば良いのか反応に困ってしまう。
ぼうっとしていたら、エミール様は手をほどいて、
「オレの声が聞こえにくかったり、言ってる意味がわからなかったりしたらいつでも教えてくださいね」
と言ってくれた。
いいひとなのだな、と僕は思った。
エミール様と初めて会ったこの日、ユーリ様はお仕事に行かれていていらっしゃらなかった。
最近のユーリ様は、本当にものすごく忙しそうだ。
朝食と夕食とお風呂は、これまで通り僕と一緒に過ごしてくださるのだけれど、それが済むとすぐに出ていかれる。
「おやすみ、僕のオメガ」
いつもはそう言ってキスをくれて、僕が眠るまで傍に居てくださるのに、ここ数日はその時間すらも惜しいようだった。
だから僕はユーリ様の貴重な時間を奪わないよう、寝たふりをして、ユーリ様がすぐに出て行けるように心がけていた。
目を閉じて偽物の寝息をたてているうちに、いつの間にか本物の眠りについている。
そして、
「おはよう、僕のオメガ」
とユーリ様に起こされるまで、僕はぐっすりと寝てしまうのが常だった。
「本当はユーリ様も今日はどうしても同席したいと仰っていたのだけど、どうも外せない用事ができたようで、こうしてオレひとりでお邪魔させていただきました」
「……はい」
「オレはクラウス様のおかげでこうして王族の一員として扱ってもらってますが、平民の出ですのでかしこまってもらわなくて大丈夫ですよ。楽にお話してくださいね」
ユーリ様以外のひととお話することに慣れていない僕に、気を遣ってくださったのだろう。エミール様は僕の緊張をほぐすようにそう言ってくれた。
エミール様は平民出身。
なら僕はなにになるのだろう。
サーリーク王国の民ですらなく、異国の山に捨てられてしまったような、この僕は。
「……さま? リヒト様?」
ぼんやり考えこんでしまった僕に、エミール様が呼びかけている。
僕は慌てて首を振り、
「様は、いりません」
と答えた。
「ユーリ様は僕を、リヒトと呼びます」
「では、オレのこともエミールと」
エミール様は気さくにそう言ってくれたが、そういうわけにもいかないだろう。
僕は早くも、エミール様と二人で話したいとユーリ様に乞うたことを後悔していた。
いつもユーリ様があまりにやさしいから、自分の立場や態度を気にしたことがなかったけれど、よく考えたらこのひとをお屋敷に呼びつけるというのは失礼だったのではないだろうか。
僕の方から、お伺いすべきだったのではないだろうか。
「あ、あのっ」
口を開いてから思い至る。
そういえばソファに座っているのは僕だけだ。立ちっぱなしのエミール様にいまさら焦って、僕は急いで腰を上げた。
「僕はあまり物を知りません。頭が悪いのです。だから失礼があったら教えてください」
「リヒト様……リヒト、大丈夫だから座ってください。楽にしてもらっていいです」
「僕、あの、僕は、オメガのひとと、お話がしたくて」
「わかってます。ユーリ様から、あなたがそう言っていたと聞いて、オレはお伺いしたのです。オレも座りますから、あなたも座ってください」
エミール様が僕の肩を上から抑えた。かくりと膝が折れて、僕はまたポスンとソファに腰を落としてしまった。
言葉通り、僕の隣にエミール様が座る。
僕が顔をそちらへ向けると、エミール様の輪郭がぼんやりと映った。
顔はよくわからない。髪はユーリ様よりももっと濃い色の金髪だ。全体的に青い服を纏っているように見える。ユーリ様より小柄で、でも僕よりは大きい。僕にわかるのはそれぐらいだった。
「ここのお屋敷は、面白いですね」
不意に、エミール様がそう言った。
「玄関からこの部屋までは段差がひとつもなかったし、廊下には手すりがついていた。造りは単純だけれど、警備は厳重。ユーリ様のお気持ちがものすごく込められているお屋敷ですね。それにこのティーセット。お茶も焼き菓子もたったいま給仕されたものだとわかるのに、室内に使用人の姿はない。まるで魔法の小人が居るようだ」
話しながら、エミール様が笑った。
「小人とは、なんですか」
僕が尋ねると、エミール様が僕の目の前にご自分のこぶしを持ってきた。
「これは見えますか」
「……はい、ぼんやりと」
「これぐらいの大きさの妖精が夜な夜な人間の仕事をお手伝いする、という物語があるんです。その妖精を小人と言います」
「小さいですね」
「はい。なので人間は小人に気づくことがなかなかできないんですよ」
「目が良くても、見えないんですか?」
「見えませんね」
エミール様がアハハと笑い声をあげた。
「小人は姿隠しの魔法を使えるとも言われてます。小さい上に魔法を使われたら絶対に見えませんね」
目が良くても見えないものがあるんだ、と僕は驚いた。
でもこれは物語のお話だ、と思い出して僕はエミール様に訊いてみた。
「小人という生き物は、本当に居るんですか?」
エミール様が楽しげな声で、
「どうでしょうね」
と言った。
「この世界のどこかには、魔法使いや妖精や、オレたちが見たこともない生き物が潜む場所があるという話も聞きます。だから小人も、居るかもしれませんね」
「居るとしたら、どこに住んでるんでしょうか。おうちはありますか?」
「そうですねぇ。物語では、木の内側や花のつぼみに隠れているという話はありますが、小人の家は出てきてませんでしたね。でもきっと、どこかオレたちが見えないところに、家があるんでしょう」
小さな小人の、小さな家を想像したらなんだかとても可愛かった。
木や花ならここの温室にもあるから、もしかしたらそこに小人が潜んでいるかもしれない。
探してみようか。
僕の目ではきっと見つからないだろうけど、エミール様みたいに目が見えるひとにも見えないのだったら、見つからなくても落ち込むことはない。
自分の想像が楽しくて、僕は口元を抑えてうふふと笑いを漏らした。
ふと、頭になにか重みがかかった気がして軽く首を振ると、エミール様が、
「すみません」
と謝ってきた。
「とてもきれいな髪だったので、つい撫でてしまいました」
どうやらエミール様が僕の頭を撫でたようだ。
「ユーリ様には、どうかご内密に」
なぜかここでユーリ様のお名前が出てきた。
意味がわからずに僕はまばたきをしたけれど、エミール様のお声がとても真剣だったから、とりあえず「はい」と頷いておいた。
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