溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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原罪

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 お腹が空いた。
 起きていると空腹がとても気になるので、ハーゼは寝て過ごすことが多かった。

 しかし自分はまだいい。毎日パンを口にすることができるのだから。
 信者はさらにお腹を空かしていると聞く。

 お祈りの時間は、とにかくひたすらに信者の救いを祈った。

 魂の救済、というものがなにかはわからない。
 教皇曰く、ひとが死んだあとは魂となって、さびしい世界を漂うのだという。
 けれどデァモント様を信仰していれば、神様が信者の魂を神の国に連れて行ってくれるらしい。

 信者がそこへ行けるかどうかは、ハーゼにかかっている。

 信者のために祈りなさい。
 教皇は口癖のようにその言葉を繰り返し聞かせた。

 ハーゼは膝をついて祈る。
 神様の国というのはよくわからないから、明日のことを祈る。

 どうか明日は、食べ物がたくさんある世界でありますように。

 今日僕の着替えを手伝ってくれたひとが、お風呂に入らせてくれたひとが、パンを分けてくれたひとが、明日はお腹を空かせることなく過ごせますように。

 けれどハーゼのその祈りが実現したことは、一度たりともなかった。

 時折……本当に時折、祭壇の前で祈っていると神様の声が聞こえてくる。
 神様は『特別な言葉』を話すし、その声は独特な響き方をするので、ああ神様の声だな、とわかる。

 ハーゼは聞き取ったそれを教皇へと伝えるが、それは毎回、信者たちをかなしませるような内容だった。

 神様からの言葉を話すたびに、信者たちの怒号が大きくなってゆく。
 だからハーゼはもう、神様の声を聞きたくなかった。

 けれど信者たちは言う。

「次こそは! 次こそは良い託宣を得てくださいませ!」
「次こそは神の慈悲を賜ってくださいませ!」

 次こそは。
 次こそは。

 それはハーゼも同じ気持ちだ。
 どうかどうか、信者たちを救ってほしい。そして自分をこの重圧から解放してほしい。
 

 ハーゼは苦しみながら日々を祈りに費やした。そのうちに、自分の世話をしてくれる信者たちの態度が徐々に変化してきていることに気づいた。

 彼らはいつもハーゼを丁重に扱ったが、以前はもっと……親しみ、のようなものがそこにあった。
 しかし最近は淡々と決められたことだけをして、仕事が終わるとそそくさと離れてゆく。

 ハーゼはある日、彼らが大声で話している場面に遭遇した。
 いつものように祭壇のある部屋で祈っていたときのことだった。

 途中、トイレに行きたくなってハーゼは卓上のベルに手をかけた。
 それを鳴らそうとして……途中でやめた。
 世話役たちの誰もが、ハーゼをうとんでいることがわかっていたからだ。

 彼らは、信者たちを苦しめる預言しかできないハーゼを疎み、持て余し……けれどそれが仕事だからと仕方なく世話をしてくれている。そんな彼らの手を煩わせるようなことを、これ以上したくなかった。

 いつもは抱いて運ばれるだけだが、トイレまでの道順は覚えている。
 ひとりでも行けるだろう。
 ハーゼはそう考え、そっと部屋を出た。

 壁伝いにゆっくりと廊下を歩く。抱かれて移動するのとは全然違って、息が切れ、足はすぐに覚束なくなった。

 ひとりで行くのは無謀だったか、と後悔しつつ、戻ってベルを鳴らすのがいいのかこのまま進むべきかで迷っていると、
「なにひとつ良くならないっ!」
 と、苛立ったような声が聞こえてきた。
 耳の悪いハーゼにも聞こえたということは、相当大きな声だ。

「先代がお亡くなりになって以降、新たなハーゼ様をこころ待ちにしていたというのに! これでは先代様と同じではないかっ!」
「むしろ先代様の頃よりも状況は悪化している」
「いつになったら俺たちは救われるんだ」

 口々に嘆きを発する信者たちの中で、誰かが言った。

「そもそも先代様の頃から、おかしくなったんだ。働け、働け、はたを織れ。あんな預言をされるから俺たちがこんなにも苦しくなったんだ。最近は教団を逃げ出す連中も多い。それを取り締まる方も疲弊してる。なんで、同じ信者たちがこうも争わなけりゃならないんだ!」
「そうだ!」
「その通りだ! 元凶は先代様だ!」

 同意の声がうわんと石の壁に反響した。その中でひとりが疑問を差し挟んだ。

「だけど……ハーゼ様って、転生なさるんだろう?」
「間違いなく転生なさってる。俺は選定の儀を見た」
「俺も見た。あれは本当に神がかっていた」
「ということは、先代様と当代様は同じ御方だということだよ。先代様の預言を当代様が引っくり返すなんてことの方が、有り得ないということか」
「いやだがしかし、ハーゼ様は生まれ変わる度に新たに受肉されるのだから…………」

 男たちの声から顔を背けて、ハーゼはそろりそろりと後退った。

 転ばないように壁にすがりながら、来た道を戻る。

 とぼとぼと歩きながら、ハーゼは胸をさすった。

 ハーゼの中には、先代様の魂が入っているのだろうか?
 ハーゼは、先代のハーゼと同じということなのか。

 ハーゼの魂は巡っている。
 そして先代のハーゼの託宣が原因で、信者たちがこれほどに苦しんでいるのだとしたら。

 ハーゼは、生まれる前からその罪を背負っていることになる。

 デァモントの民たちが、今日食べるものにも困り、飢えの中、過酷な労働に身をやつしているのは。
 ハーゼのせい、ということになるのだ。

 どうしようもない恐怖に襲われて、ハーゼは祭壇の部屋に戻ると、その前で頭を抱えてうずくまった。

 神様、神様、神様。
 どうか信者をお救いください。

 それから僕の魂を、どうか消し去ってください。

 ハーゼは泣きながら祈った。


 尿意のことをすっかり忘れてずっとうずくまっていたから、いつのまにか漏らしてしまっていたようで、お祈りの時間が終わって黒衣の信者が迎えにきたときに、トイレのときはきちんとベルを鳴らしてくださいと叱れらた。
 ハーゼは悄然とうなだれて、ごめんなさいと謝った。
  



  
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