溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
40 / 184
原罪

しおりを挟む
 中央教会に来て、三度目の秋が巡ってきたある日。
 ハーゼはついに、神の声を聞いた。

 音の聞こえにくい耳は、けれど確かに『特別な言葉』を聞き取ったのだ。

 ハーゼは驚いて、聞いたばかりの言葉を繰り返した。これで間違いないですか、と中空へ向かって問うた。
 神は二度は声を発してくれなかった。けれど幻聴ではなく確かに聞こえた。

 初めて神の声を聞けた歓喜よりも、安堵の方が強かった。

 これで信者の役に立つことができる。

 ハーゼは卓上のベルを思いきり鳴らした。
 すぐに飛んできた世話役に、神様からの言葉を早口に伝えた。
 しかしそれは『特別な言葉』で、世話役には意味がわからない。

 世話役は教皇を呼んでくると言って部屋を出ようとし、思いとどまってハーゼの前で跪いた。

「ハーゼ様ありがとうございます、ありがとうございます!」

 顔もわからぬそのひとは何度もお礼を言ってから、退室した。
 少しすると白衣の教皇が現れた。
 彼は恭しくハーゼへと頭を下げ、
「神の言葉を賜りたく」
 と言った。

 ハーゼは教皇が来るまでの間も、神様が話した言葉を忘れないようにずっと頭の中で繰り返していたので、つまることなく伝えることができた。

 ハーゼが話し終えると、教皇がまた深々と頭を下げ、いつのまにか背後に控えていた黒衣の信者たちへと沈痛な声で告げた。

「月神デァモント様は、こう仰せになられた。これまで以上に勤労に励み、機を織りなさい、と。女神がお召しになるにふさわしいものが完成したとき、魂の祝福を約束する、と」

 ざわり、と信者たちが揺れた。
 彼らが口々に叫び出した。あまりに一斉に声が上がったので、ハーゼはそれを聞きとることができずにただオドオドと大人たちを見上げた。

 誰かがハーゼの肩を掴んだ。
 そのまま体重を掛けられ、ハーゼは絨毯の上に尻もちをついた。

「ハーゼ様、ハーゼ様、お願いです。神の言葉をもう一度聞きなおしてください。デァモント様は真実そのように語ったのですか。なにかの間違いではないですかっ」

 ハーゼに覆いかぶさるようにして肩を揺さぶってきた信者が、震える声で問いかけてきた。
 べつの誰かが横からハーゼの手を握った。握られた、と触覚の弱いハーゼにすら気づけるほどの力だった。

「さらに働けとはあまりに酷なお言葉! これ以上は無理です! これ以上は!!」

 叫ぶ信者の反対側から、もう片方の腕が引かれた。

「ハーゼ様っ、我らをお救いください! お救いください!」

 ハーゼは黒衣の男たちによってもみくちゃにされた。
 体がどっちを向いているのかもわからない。

 あっちに揺さぶられ、こっちに引かれ、ぼやけた視界がぐらぐらと定まらず、気分が悪くなった。

 信者たちの望む通り神の声を聞いたはずなのに、なぜ誰も喜んでくれないのだろうか。
 それだけが不思議で、自分にたかる大人たちの狼狽ぶりがひどく恐ろしかった。

 震えるハーゼをたすけてくれたのは、教皇だった。

「控えろっ! 不敬な真似をするなっ!」

 彼の一喝で、ハーゼの体中に回っていた手が一斉に引っ込められた。

「これは神の与えられた試練だ」

 くっきりとした声音で、教皇が言った。

「我らがこの苦難をどう乗り越えるか、苦難の中であっても女神のうさぎハーゼを敬い、デァモント様への揺るがぬ信仰心を示せるのか、試されているのだ。皆一丸となってハーゼ様に仕えよ。この苦境に立ち向かうことができれば、我らは神の国に近づくことができるのだ。我らの魂は祝福されるのだ」

 教皇の語る言葉に、信者たちが啜り泣きを漏らした。
 立っていられずにその場にくずおれていく黒衣の男たち。それをハーゼは呆然と見ていた。
 涙に濡れた声はよく聞こえず、表情はよく見えなくとも、彼らが深く傷ついていることはわかった。

 これは自分のせいなのだ。

 自分が聞いた神の言葉のせいで、彼らは……ハーゼの世話をしてくれるこころやさしい信者たちは、泣き崩れているのだ。
 
「しかし、民にこの預言を伝えるのは、あまりにも……」

 誰かが教皇へと進言した。
 教皇は手を一振りしてそれを制止し、へたりこんだままのハーゼを抱き上げた。

「今年の月神祭がもうすぐだ。その場で、ハーゼ様より直接お伝えいただく。私が言うよりもその方がまだ、信者らの救いになるだろう。ハーゼ様、よろしいですね」

 突然話を向けられて、ハーゼは首を横に動かした。

 どこに行き、なにを言えばいいかわからない。
 それになによりも、怖かった。
 これ以上自分の言葉が、誰かを傷つけるのが怖かった。

 なにも言いたくない。

 ハーゼは教皇の腕から逃れようと、てのひらで男の白装束の胸を押した。しかし教皇はほんの僅かも動かずに、逆に顔を近づけてきた。

「大丈夫です。民に語る言葉は私がお教えします。あなたは、私が言うことをそのまま伝えればいい。ハーゼ様より直直じきじきに神の言葉を頂ける者はしあわせです。さぁ、神の犠牲ハーゼよ。その役割を私とともに果たそうじゃありませんか」

 ハーゼにそう言い聞かせた教皇は、うちひしがれる信者たちへを鼓舞した。

「当代ハーゼ様はこれが初の託宣である! 我々がそれを支えずしてどうする! ハーゼ様がなにものにも煩わされることなく我々のために祈れるよう、万難を排してハーゼ様にお仕えしようではないか!」

 朗と告げた声は、石造りの部屋に神々しいほどに響き渡った。
 それはまるで神の声であった。

 信者らはひとり、またひとりと立ち上がり、ハーゼと教皇へ向かって体を深々と折り曲げ、最敬礼をとった。

 ハーゼは教皇の腕の中、信者らのまとう黒衣が波打つのを見た。

 
 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます

水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。 家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。 絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。 これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。 無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

処理中です...