溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
44 / 184
リヒト④

しおりを挟む
 僕が倒れてから三日間、ユーリ様はお仕事へ出かけられることなく、付きっ切りで僕のお世話をしてくれた。

 食事のときも、お風呂のときも、温室へ行くときも、ずっとユーリ様が一緒だった。
 移動のときは抱っこをされて、寝るときもユーリ様の腕の中。
 これ以上はない、というほどにユーリ様に甘やかされて過ごした。

 途中で一度、エミール様が様子を見に来てくれた。

 リヒトが元気で良かったです、とエミール様はそう言って、なぜか僕とユーリ様に頭を下げた。
 ユーリ様が僕の髪を撫でて、
「あなたのせいじゃない。それにリヒトはあまり覚えていないようなので、ここでこれ以上は」
 と、エミール様を止めていた。

 本当はあのときのことは覚えている。
 だからエミール様に、あの商人のひとがどうなったかをこっそり尋ねたい気持ちはあったけど、僕は口を噤み、忘れたふりを続けた。

 エミール様はそれ以上あの日のことには触れずに、僕のお見舞いにと、焼き菓子とお花をくださった。
 お花は黄色で、葉は薄く鮮やかな緑色……柳緑りゅうりょく、といっただろうか……をしている。
 ユーリ様の瞳の色だ。

 僕の目にはぼやんと色が滲むように見えているだけなので、花のきれいさなどはわからない。でも、色の取り合わせがユーリ様をイメージしていることは伝わってきて、僕は顔ほどの大きさのブーケを受け取って、エミール様にお礼を言った。

 そういえば思わぬ事態が起こったせいで、ユーリ様の服を作る、というお話が流れてしまっている。
 あれはまだ有効なのだろうか。
 僕がお願いすれば、エミール様は僕と一緒に服を作ってくださるだろうか。
 それをお聞きしたかったけれど、部屋にはユーリ様もいらっしゃったので、次にエミール様と二人で会える機会があれば、必ず、忘れないようにお尋ねしようと僕は頭にしっかり刻み込んだ。

 そしたらエミール様の方から、
「リヒト。一緒に作りましょうと約束したことは覚えていますか?」
 と切り出してくださったので、僕は驚いて、何度も頷いた。

「は、はいっ! はいっ、覚えてますっ!」
「そう。良かったです」
「約束ってなんのこと? リヒト?」

 ユーリ様が不思議そうに僕に問いかけてくる。
 なんて答えよう、と僕が躊躇すると、エミール様が笑いながら代わりに答えてくださった。

「ユーリ様には秘密です。オレとリヒトの約束なので」

 そうですよね、とやさしく同意を求められ、僕はこくりと頷いた。

「なんでっ?」

 ユーリ様が突然ガバっと僕に抱きついてきた。

「なんで僕を除け者にするんだよっ! あぁ~ひどい。エミール殿にリヒトを任せた僕がバカだった! 僕のリヒトが~」
「殿下、子どものような真似はおよしなさい」
「子どもで結構です~。いくらエミール殿でも僕のリヒトを穢す真似は許しませんよ」
「穢してませんし、秘密のひとつや二つぐらいでなんです」
「うわ。エミール殿がグレタみたいなこと言ってる。あんまり口うるさいことすると出禁にしますよ」
「そんなことしたらオレは確実にクラウス様に泣きつきますよ!」
「リヒト、リヒト~! エミール殿が僕を脅してくる!」
「脅したのはどっちですか、もぅ!」

 ユーリ様がぎゅうぎゅうに僕を抱きしめて、エミール様とポンポンと言葉の応酬を始めた。
 でも、僕が聞き取りやすいように、ちゃんと声の大きさやスピードを調整してくださっている。
 おかげで僕はお二人の会話がちゃんと聞こえていて、どこか子どものようなユーリ様の態度にうふふと笑ってしまった。

 それからふと、僕とユーリ様の体の間に挟まれているブーケの存在を思い出して、お花がつぶれてしまっていないか慌てて確認しようとしたら。
「リヒトっ!」
 ユーリ様がさらにぎゅうっと僕を抱きしめてきて。

 僕はお花が心配になりつつもユーリ様の首筋に頬を埋めて、心地よい抱擁を堪能したのだった。



 四日目は、朝からユーリ様はお仕事に行かれた。
 僕は体調も良くて、いつものように温室に行こうと思い部屋を出た。

 手すりを伝って歩きながら、周囲を見渡す。
 手すりがついている廊下の反対側には、いくつか扉が並んでいるように見える。
 あの扉のどれかに、僕以外のオメガが居るのかもしれない。

 部屋を間違えたふりをして開けてみようか、という衝動が湧き起こってくる。
 けれど例えそこに誰かが居たとしても、僕はそのひとの顔もわからないのだ。

 それに、探して、どうするのか。
 僕以外のオメガのひとに。
 いったい僕が、なにを言えるというのだろう……。

 悶々としながら温室で過ごしていると、茶色の髪のひとがやってきて、僕を呼んだ。

「リヒト様」
「は、はいっ」
「エミール様がお越しです」
「エミール様が?」

 先日来たばかりなのに、どうしたのだろう。
 不思議に思いながら僕は、茶色の髪のひと(テオさんだろうか?)に先導されて、玄関ホールへと向かった。

「リヒト。呼び立ててすみません」

 エミール様の方が早く僕を見つけて、僕の前に近寄ってから両手を握ってくる。

「エミール様、こんにちは」

 僕が挨拶をするとエミール様が「こんにちは」と返してくれて、それからいつもより強い声で話された。

「リヒト、よく聞いて」
「はい」
「ユーリ様が今日から仕事で留守にされます」
「……えっ?」

 留守? それはこのお屋敷に戻って来ないということだろうか。
 これまではどんなにお忙しくても必ず毎日帰ってきていたのに。

「すこし遠い場所へ行かなくてはならないとのことで、戻りもいつになるかわかりません」
「え……」
「クラウス様……ユーリ様のお兄様もそれに同行されるようです」
「は、はい」
「というわけでリヒト」

 エミール様が背を屈めて、僕と顔の位置を合わせ、ゆっくりと言った。

「いまからすぐに、お見送りに行きましょう」

 突然のことに僕はポカンとしてしまい、碌に返事もできなかった。
 そんな僕にエミール様が丁寧に説明してくださる。

 急に出立することが決まって、ユーリ様とユーリ様のお兄さんのクラウス様が、今現在旅支度をされている。
 この屋敷に立ち寄る暇はないだろうから、こちらから王城へ行けばお見送りする時間ぐらいはとれるだろうとのことだった。

 エミール様は僕の耳に合わせてゆっくりと言葉を紡がれていたけれど、たぶん、焦っておられる。
 本当はご自分が王城へ飛んで行きたいだろうに、こうして僕を誘いにきてくれたのだ。

「行きます」   

 僕はエミール様の手を握り返して、そう答えた。
 どこに行かれるのかは知らないけれど、エミール様のご様子からすると、一日二日で帰ってこられるようなお仕事ではなさそうだった。

 エミール様は頷いて、
「外に馬車を待たせています。行けますか?」
 と僕の腕を引いてくれた。

 反対側の腕を誰かに掴まれた。見れば、茶色の髪のひとだった。

「お供させていただきます」

 彼は僕とエミール様に向かってそう言った。

「……テオさんですか?」

 僕はそうっと尋ねてみた。茶色の髪のひとはピタリと足を止め、
「テオバルドとお呼びください」
 と答えた。

「ユーリ様は、テオさんとおっしゃっていました」
「ユリウス様の言うテオとは確かに俺のことです。が、あなたに愛称で呼ばれるのはちょっと……」

 テオさんが口ごもると、それを聞いたエミール様がなぜかクスリと笑った。 

 僕はどうしたらいいのかわからず、足元に視線を落とした。

 恥ずかしかった。
 テオバルドさんは、僕に愛称で呼ばれたくないのだ。

 当然だ。
 ユーリ様がしているからといって、僕にそれがゆるされているわけではない。
 すこし考えればわかるのに。

 なんで僕は言われるまで気づかないのだろう。

 こんな僕が、お見送りになんて行っていいのだろうか。

 不安がひたりと胸に落ちた。

 お城にまで押しかけて、迷惑と思われたりしないだろうか。

 僕の迷いとは裏腹に、急ぐエミール様とテオバルドさんに手を引かれて、僕は馬車に乗せられた。
 ガタガタとした振動に、僕の不安も、ガタガタと揺れた。
 

 


 
しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

処理中です...