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リヒト④
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僕が倒れてから三日間、ユーリ様はお仕事へ出かけられることなく、付きっ切りで僕のお世話をしてくれた。
食事のときも、お風呂のときも、温室へ行くときも、ずっとユーリ様が一緒だった。
移動のときは抱っこをされて、寝るときもユーリ様の腕の中。
これ以上はない、というほどにユーリ様に甘やかされて過ごした。
途中で一度、エミール様が様子を見に来てくれた。
リヒトが元気で良かったです、とエミール様はそう言って、なぜか僕とユーリ様に頭を下げた。
ユーリ様が僕の髪を撫でて、
「あなたのせいじゃない。それにリヒトはあまり覚えていないようなので、ここでこれ以上は」
と、エミール様を止めていた。
本当はあのときのことは覚えている。
だからエミール様に、あの商人のひとがどうなったかをこっそり尋ねたい気持ちはあったけど、僕は口を噤み、忘れたふりを続けた。
エミール様はそれ以上あの日のことには触れずに、僕のお見舞いにと、焼き菓子とお花をくださった。
お花は黄色で、葉は薄く鮮やかな緑色……柳緑、といっただろうか……をしている。
ユーリ様の瞳の色だ。
僕の目にはぼやんと色が滲むように見えているだけなので、花のきれいさなどはわからない。でも、色の取り合わせがユーリ様をイメージしていることは伝わってきて、僕は顔ほどの大きさのブーケを受け取って、エミール様にお礼を言った。
そういえば思わぬ事態が起こったせいで、ユーリ様の服を作る、というお話が流れてしまっている。
あれはまだ有効なのだろうか。
僕がお願いすれば、エミール様は僕と一緒に服を作ってくださるだろうか。
それをお聞きしたかったけれど、部屋にはユーリ様もいらっしゃったので、次にエミール様と二人で会える機会があれば、必ず、忘れないようにお尋ねしようと僕は頭にしっかり刻み込んだ。
そしたらエミール様の方から、
「リヒト。一緒に作りましょうと約束したことは覚えていますか?」
と切り出してくださったので、僕は驚いて、何度も頷いた。
「は、はいっ! はいっ、覚えてますっ!」
「そう。良かったです」
「約束ってなんのこと? リヒト?」
ユーリ様が不思議そうに僕に問いかけてくる。
なんて答えよう、と僕が躊躇すると、エミール様が笑いながら代わりに答えてくださった。
「ユーリ様には秘密です。オレとリヒトの約束なので」
そうですよね、とやさしく同意を求められ、僕はこくりと頷いた。
「なんでっ?」
ユーリ様が突然ガバっと僕に抱きついてきた。
「なんで僕を除け者にするんだよっ! あぁ~ひどい。エミール殿にリヒトを任せた僕がバカだった! 僕のリヒトが~」
「殿下、子どものような真似はおよしなさい」
「子どもで結構です~。いくらエミール殿でも僕のリヒトを穢す真似は許しませんよ」
「穢してませんし、秘密のひとつや二つぐらいでなんです」
「うわ。エミール殿がグレタみたいなこと言ってる。あんまり口うるさいことすると出禁にしますよ」
「そんなことしたらオレは確実にクラウス様に泣きつきますよ!」
「リヒト、リヒト~! エミール殿が僕を脅してくる!」
「脅したのはどっちですか、もぅ!」
ユーリ様がぎゅうぎゅうに僕を抱きしめて、エミール様とポンポンと言葉の応酬を始めた。
でも、僕が聞き取りやすいように、ちゃんと声の大きさやスピードを調整してくださっている。
おかげで僕はお二人の会話がちゃんと聞こえていて、どこか子どものようなユーリ様の態度にうふふと笑ってしまった。
それからふと、僕とユーリ様の体の間に挟まれているブーケの存在を思い出して、お花がつぶれてしまっていないか慌てて確認しようとしたら。
「リヒトっ!」
ユーリ様がさらにぎゅうっと僕を抱きしめてきて。
僕はお花が心配になりつつもユーリ様の首筋に頬を埋めて、心地よい抱擁を堪能したのだった。
四日目は、朝からユーリ様はお仕事に行かれた。
僕は体調も良くて、いつものように温室に行こうと思い部屋を出た。
手すりを伝って歩きながら、周囲を見渡す。
手すりがついている廊下の反対側には、いくつか扉が並んでいるように見える。
あの扉のどれかに、僕以外のオメガが居るのかもしれない。
部屋を間違えたふりをして開けてみようか、という衝動が湧き起こってくる。
けれど例えそこに誰かが居たとしても、僕はそのひとの顔もわからないのだ。
それに、探して、どうするのか。
僕以外のオメガのひとに。
いったい僕が、なにを言えるというのだろう……。
悶々としながら温室で過ごしていると、茶色の髪のひとがやってきて、僕を呼んだ。
「リヒト様」
「は、はいっ」
「エミール様がお越しです」
「エミール様が?」
先日来たばかりなのに、どうしたのだろう。
不思議に思いながら僕は、茶色の髪のひと(テオさんだろうか?)に先導されて、玄関ホールへと向かった。
「リヒト。呼び立ててすみません」
エミール様の方が早く僕を見つけて、僕の前に近寄ってから両手を握ってくる。
「エミール様、こんにちは」
僕が挨拶をするとエミール様が「こんにちは」と返してくれて、それからいつもより強い声で話された。
「リヒト、よく聞いて」
「はい」
「ユーリ様が今日から仕事で留守にされます」
「……えっ?」
留守? それはこのお屋敷に戻って来ないということだろうか。
これまではどんなにお忙しくても必ず毎日帰ってきていたのに。
「すこし遠い場所へ行かなくてはならないとのことで、戻りもいつになるかわかりません」
「え……」
「クラウス様……ユーリ様のお兄様もそれに同行されるようです」
「は、はい」
「というわけでリヒト」
エミール様が背を屈めて、僕と顔の位置を合わせ、ゆっくりと言った。
「いまからすぐに、お見送りに行きましょう」
突然のことに僕はポカンとしてしまい、碌に返事もできなかった。
そんな僕にエミール様が丁寧に説明してくださる。
急に出立することが決まって、ユーリ様とユーリ様のお兄さんのクラウス様が、今現在旅支度をされている。
この屋敷に立ち寄る暇はないだろうから、こちらから王城へ行けばお見送りする時間ぐらいはとれるだろうとのことだった。
エミール様は僕の耳に合わせてゆっくりと言葉を紡がれていたけれど、たぶん、焦っておられる。
本当はご自分が王城へ飛んで行きたいだろうに、こうして僕を誘いにきてくれたのだ。
「行きます」
僕はエミール様の手を握り返して、そう答えた。
どこに行かれるのかは知らないけれど、エミール様のご様子からすると、一日二日で帰ってこられるようなお仕事ではなさそうだった。
エミール様は頷いて、
「外に馬車を待たせています。行けますか?」
と僕の腕を引いてくれた。
反対側の腕を誰かに掴まれた。見れば、茶色の髪のひとだった。
「お供させていただきます」
彼は僕とエミール様に向かってそう言った。
「……テオさんですか?」
僕はそうっと尋ねてみた。茶色の髪のひとはピタリと足を止め、
「テオバルドとお呼びください」
と答えた。
「ユーリ様は、テオさんとおっしゃっていました」
「ユリウス様の言うテオとは確かに俺のことです。が、あなたに愛称で呼ばれるのはちょっと……」
テオさんが口ごもると、それを聞いたエミール様がなぜかクスリと笑った。
僕はどうしたらいいのかわからず、足元に視線を落とした。
恥ずかしかった。
テオバルドさんは、僕に愛称で呼ばれたくないのだ。
当然だ。
ユーリ様がしているからといって、僕にそれがゆるされているわけではない。
すこし考えればわかるのに。
なんで僕は言われるまで気づかないのだろう。
こんな僕が、お見送りになんて行っていいのだろうか。
不安がひたりと胸に落ちた。
お城にまで押しかけて、迷惑と思われたりしないだろうか。
僕の迷いとは裏腹に、急ぐエミール様とテオバルドさんに手を引かれて、僕は馬車に乗せられた。
ガタガタとした振動に、僕の不安も、ガタガタと揺れた。
食事のときも、お風呂のときも、温室へ行くときも、ずっとユーリ様が一緒だった。
移動のときは抱っこをされて、寝るときもユーリ様の腕の中。
これ以上はない、というほどにユーリ様に甘やかされて過ごした。
途中で一度、エミール様が様子を見に来てくれた。
リヒトが元気で良かったです、とエミール様はそう言って、なぜか僕とユーリ様に頭を下げた。
ユーリ様が僕の髪を撫でて、
「あなたのせいじゃない。それにリヒトはあまり覚えていないようなので、ここでこれ以上は」
と、エミール様を止めていた。
本当はあのときのことは覚えている。
だからエミール様に、あの商人のひとがどうなったかをこっそり尋ねたい気持ちはあったけど、僕は口を噤み、忘れたふりを続けた。
エミール様はそれ以上あの日のことには触れずに、僕のお見舞いにと、焼き菓子とお花をくださった。
お花は黄色で、葉は薄く鮮やかな緑色……柳緑、といっただろうか……をしている。
ユーリ様の瞳の色だ。
僕の目にはぼやんと色が滲むように見えているだけなので、花のきれいさなどはわからない。でも、色の取り合わせがユーリ様をイメージしていることは伝わってきて、僕は顔ほどの大きさのブーケを受け取って、エミール様にお礼を言った。
そういえば思わぬ事態が起こったせいで、ユーリ様の服を作る、というお話が流れてしまっている。
あれはまだ有効なのだろうか。
僕がお願いすれば、エミール様は僕と一緒に服を作ってくださるだろうか。
それをお聞きしたかったけれど、部屋にはユーリ様もいらっしゃったので、次にエミール様と二人で会える機会があれば、必ず、忘れないようにお尋ねしようと僕は頭にしっかり刻み込んだ。
そしたらエミール様の方から、
「リヒト。一緒に作りましょうと約束したことは覚えていますか?」
と切り出してくださったので、僕は驚いて、何度も頷いた。
「は、はいっ! はいっ、覚えてますっ!」
「そう。良かったです」
「約束ってなんのこと? リヒト?」
ユーリ様が不思議そうに僕に問いかけてくる。
なんて答えよう、と僕が躊躇すると、エミール様が笑いながら代わりに答えてくださった。
「ユーリ様には秘密です。オレとリヒトの約束なので」
そうですよね、とやさしく同意を求められ、僕はこくりと頷いた。
「なんでっ?」
ユーリ様が突然ガバっと僕に抱きついてきた。
「なんで僕を除け者にするんだよっ! あぁ~ひどい。エミール殿にリヒトを任せた僕がバカだった! 僕のリヒトが~」
「殿下、子どものような真似はおよしなさい」
「子どもで結構です~。いくらエミール殿でも僕のリヒトを穢す真似は許しませんよ」
「穢してませんし、秘密のひとつや二つぐらいでなんです」
「うわ。エミール殿がグレタみたいなこと言ってる。あんまり口うるさいことすると出禁にしますよ」
「そんなことしたらオレは確実にクラウス様に泣きつきますよ!」
「リヒト、リヒト~! エミール殿が僕を脅してくる!」
「脅したのはどっちですか、もぅ!」
ユーリ様がぎゅうぎゅうに僕を抱きしめて、エミール様とポンポンと言葉の応酬を始めた。
でも、僕が聞き取りやすいように、ちゃんと声の大きさやスピードを調整してくださっている。
おかげで僕はお二人の会話がちゃんと聞こえていて、どこか子どものようなユーリ様の態度にうふふと笑ってしまった。
それからふと、僕とユーリ様の体の間に挟まれているブーケの存在を思い出して、お花がつぶれてしまっていないか慌てて確認しようとしたら。
「リヒトっ!」
ユーリ様がさらにぎゅうっと僕を抱きしめてきて。
僕はお花が心配になりつつもユーリ様の首筋に頬を埋めて、心地よい抱擁を堪能したのだった。
四日目は、朝からユーリ様はお仕事に行かれた。
僕は体調も良くて、いつものように温室に行こうと思い部屋を出た。
手すりを伝って歩きながら、周囲を見渡す。
手すりがついている廊下の反対側には、いくつか扉が並んでいるように見える。
あの扉のどれかに、僕以外のオメガが居るのかもしれない。
部屋を間違えたふりをして開けてみようか、という衝動が湧き起こってくる。
けれど例えそこに誰かが居たとしても、僕はそのひとの顔もわからないのだ。
それに、探して、どうするのか。
僕以外のオメガのひとに。
いったい僕が、なにを言えるというのだろう……。
悶々としながら温室で過ごしていると、茶色の髪のひとがやってきて、僕を呼んだ。
「リヒト様」
「は、はいっ」
「エミール様がお越しです」
「エミール様が?」
先日来たばかりなのに、どうしたのだろう。
不思議に思いながら僕は、茶色の髪のひと(テオさんだろうか?)に先導されて、玄関ホールへと向かった。
「リヒト。呼び立ててすみません」
エミール様の方が早く僕を見つけて、僕の前に近寄ってから両手を握ってくる。
「エミール様、こんにちは」
僕が挨拶をするとエミール様が「こんにちは」と返してくれて、それからいつもより強い声で話された。
「リヒト、よく聞いて」
「はい」
「ユーリ様が今日から仕事で留守にされます」
「……えっ?」
留守? それはこのお屋敷に戻って来ないということだろうか。
これまではどんなにお忙しくても必ず毎日帰ってきていたのに。
「すこし遠い場所へ行かなくてはならないとのことで、戻りもいつになるかわかりません」
「え……」
「クラウス様……ユーリ様のお兄様もそれに同行されるようです」
「は、はい」
「というわけでリヒト」
エミール様が背を屈めて、僕と顔の位置を合わせ、ゆっくりと言った。
「いまからすぐに、お見送りに行きましょう」
突然のことに僕はポカンとしてしまい、碌に返事もできなかった。
そんな僕にエミール様が丁寧に説明してくださる。
急に出立することが決まって、ユーリ様とユーリ様のお兄さんのクラウス様が、今現在旅支度をされている。
この屋敷に立ち寄る暇はないだろうから、こちらから王城へ行けばお見送りする時間ぐらいはとれるだろうとのことだった。
エミール様は僕の耳に合わせてゆっくりと言葉を紡がれていたけれど、たぶん、焦っておられる。
本当はご自分が王城へ飛んで行きたいだろうに、こうして僕を誘いにきてくれたのだ。
「行きます」
僕はエミール様の手を握り返して、そう答えた。
どこに行かれるのかは知らないけれど、エミール様のご様子からすると、一日二日で帰ってこられるようなお仕事ではなさそうだった。
エミール様は頷いて、
「外に馬車を待たせています。行けますか?」
と僕の腕を引いてくれた。
反対側の腕を誰かに掴まれた。見れば、茶色の髪のひとだった。
「お供させていただきます」
彼は僕とエミール様に向かってそう言った。
「……テオさんですか?」
僕はそうっと尋ねてみた。茶色の髪のひとはピタリと足を止め、
「テオバルドとお呼びください」
と答えた。
「ユーリ様は、テオさんとおっしゃっていました」
「ユリウス様の言うテオとは確かに俺のことです。が、あなたに愛称で呼ばれるのはちょっと……」
テオさんが口ごもると、それを聞いたエミール様がなぜかクスリと笑った。
僕はどうしたらいいのかわからず、足元に視線を落とした。
恥ずかしかった。
テオバルドさんは、僕に愛称で呼ばれたくないのだ。
当然だ。
ユーリ様がしているからといって、僕にそれがゆるされているわけではない。
すこし考えればわかるのに。
なんで僕は言われるまで気づかないのだろう。
こんな僕が、お見送りになんて行っていいのだろうか。
不安がひたりと胸に落ちた。
お城にまで押しかけて、迷惑と思われたりしないだろうか。
僕の迷いとは裏腹に、急ぐエミール様とテオバルドさんに手を引かれて、僕は馬車に乗せられた。
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