溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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テオバルドの奮闘

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 ハイマンが頭を抱えた。
 当然だ。
 ここはユリウスの私有地。屋敷の敷地内である。
 こんなところを屋敷の関係者でもないただの女が通りすがるわけがない。しかも、夜中に。

 完全なる不審者を演出してしまったテオバルドだったが、十二年間ユリウスに囲い込まれていた不思議ちゃんは疑問も持たずに、頭からテオバルドの言葉を信じたようだった。

「そうですか。あの、支えていただき、ありがとうございました」

 ぴょこんとお辞儀をしたリヒトを見て、大丈夫かこの子は、と一気に不安になったテオバルドである。

 ユーリ様、もうちょっとちゃんと教育した方がいいんじゃないでしょうか。
 胸の中で主に問題提起をして、テオバルドはリヒトの手を引いた。頼りなげな手は、氷のような冷たさだ。それでも寒い素振りも見せないリヒトに、テオバルドの胸は痛んだ。

 触覚が弱いリヒトは、温冷の感覚もわかりにくい。
 早く上着を持って来てくれ、とまだ現れないザックを急かしつつ、テオバルドはリヒトに話しかけた。

「あちらに手すりがありますわ。そこを伝えば転ばずに歩けるんじゃないかしら」

 気持ち悪いテオバルドの女言葉に、ハイマンが身震いをしている。
 それをひと睨みして、リヒトの手を握ったまま通りの端へと連れてゆく。

 ありがとうございますとお礼を言ったリヒトは、手を引かれるにまかせて諾々とついてきた。いつ誘拐されてもおかしくないな、とテオバルドは彼の警戒のなさに溜め息を漏らした。

「ところで、どこに向かうおつもりなの?」

 冷えた手に熱を分け与えるように包み込んで、テオバルドはリヒトとへと問いかけた。
 リヒトは視線を足元へと落とし、口をもごりと動かした。

「…………山に」
「山ぁっ?」

 つい地声が出てしまったが、さいわい、リヒトはそれに気づかなかったようで、うつむいたままポツリと呟いた。

「僕が、ユーリ様に拾われた山に、行こうと思って」
「なぜそう思われたんですの?」
「……神様の声を、聞かないといけないから」

 神様の声! 
 さすが不思議ちゃん。言うことがぶっ飛んでいる。

 意味不明な理由を告げてきたリヒトは、けれど冗談を言っている口調ではなくて、その深刻な顔つきから彼が本当に神様の声を聞こうとしているのだと知れた。
 
 無神論者、というわけではないが積極的に信仰をしていないテオバルドは、どうやってリヒトを止めるべきか頭を悩ませた。う~ん、と内心で唸っていると、リヒトがふとこちらを見上げてくる。

「あ、あの、あなたはユーリ様のことをご存知なのですか? それに、僕の目が見えにくいことも」

 おっといけない。
 ユーリ様が誰かということも尋ねなかったし、迷うことなく手すりの方へと案内したことを突っ込まれてしまった。

 テオバルドはオホホとわざとらしく笑い、
「ユーリ様は有名な御方ですもの。もちろん存じ上げてますわ。それにあなたの目が悪いことも、歩く姿を見ていれば察せられましてよ。オホホ。さあ、ここが手すりですわ。これを握って転ばないようにお気をつけあそばせ。それじゃあわたくしはこれで、オホホホホ~」

 強引に誤魔化してリヒトに手すりを握らせると、テオバルドはそそくさとその場を離れ、リヒトの背後に回った。

 リヒトはしばらくポカンとしたまま、謎の女の姿を探して左右に顔を振り向けていたが、自分では見つけられないと諦めて、手すりを伝って歩きだした。

 テオバルドと同じくリヒトの背後に控えたハイマンが、横目でこちらを見ている。

「オホホホ」

 小声で、ぼそりと呟かれた。

「真似すんな!」

 テオバルドは隣の男の肩をこぶしで叩き、それからヒソヒソと囁いた。

「エミール様を呼んできてくれ」
「こんな時間にか?」
「俺よりもエミール様の方が、リヒト様を上手く連れて帰ってくれる。緊急事態だ。エミール様もわかってくださる」
「……承知した」

 日付も変わった深夜に呼び出すなど、不敬もいいとろこであったが背に腹は代えられない。ハイマンは不承不承頷き、厩舎の方へと走って行った。

 彼と入れ違いにザックがリヒトの外套を片手に駆け寄ってくる。もう片方の手には、ユリウスのステッキを持っていた。

 サーリーク王国のみならず大陸国に住む上流階級の男性は、正装時にステッキを持つ慣習がある。
 実用のためのものではなく、完全なる飾りだ。権威を暗示するための小道具として、ステッキは存在する。
 不要なもので片手を塞がれていても、おのれの暮らしに支障はない、と示すためのものなのだ。

 つまり、ユリウスのステッキも同様の意味を持つもので、持ち手から杖先に至るまで、豪華な装飾が施されていた。
 だから盲人が使うような杖とは根本からして違うのだが。

「ないよりはマシだと思って」
 と、ザックはそう言って、ステッキを掲げた。

 確かに、ないよりはマシかもしれない。

 手すりは門の近くまで続いているが、門から外は当然のことながら手すりもない馬車道だ。地面はそれなりに整備されているとはいえども、この敷地ほどではない。凹凸や石もあれば馬糞だって落ちているかもしれない。
 そんな通りであっても、縋るものがあればリヒトもそう簡単には転ばないだろう。

 だが問題は、これがユリウスのステッキ、ということだ。
 ユリウスのためにあつらえられたステッキの長さは、ユリウスの腰骨の辺りに調整されたものなのだ。

 ユリウスは長身で、足が長い。同じ男として羨ましいぐらいに足が長い。
 対してリヒトの身長はといえば、ユリウスの胸の辺りにようやく届くか、という具合だ。

 なので、リヒトにはこのステッキは長すぎる。

 テオバルドたちにとって僥倖なことに、リヒトの歩くスピードはかなり遅かった。彼自身も転ばないように慎重に歩いている結果だろう。この足取りでよくここまでひとりで来たなと感心すらする。それほどまでに、神様の声とやらを聞きたいのだろうか。
 そんな足取りだから、門まで辿りつくにはまだ相当の猶予がある。
 杖の出番は彼が門の外に出てからなので、それまでに決断しなければならない。

 主の高級ステッキを、リヒトの身長に合わせて折るかどうかを。

 ザックと顔を見合わせ、テオバルドはごくりと生唾を飲み込んだ。

「……リヒト様のためなら、ユリウス殿下は絶対におゆるしになる」

 多分。きっと。

「だから、俺が合図したら、杖を折るか斬るかしてくれ」

 テオバルドは丸腰だが、門番のザックは帯剣している。顎で腰に下げているそれを示すと、ザックがぐぅと唸り声をあげた。

「……了解した」
「頼んだ」

 ステッキを彼に託して、テオバルドは上着だけを受け取り、手すりを伝って歩くリヒトの前に回り込んだ。そしてわざとリヒトにぶつかる。

「わっ」

 小さな悲鳴とともにリヒトが後ろへ倒れそうになった。予測済みだったテオバルドはさっと腕を伸ばしてそれを支え、さっきとは違う声を意識して口を開いた。

「おお、これはすまなんだ。大丈夫かい」
「大丈夫です……ええと、どなたでしょうか」
「通りすがりのただの年寄りじゃ」

 通りすがり……とリヒトが呟く。その肩越しにザックが胡乱な目でこちらを見ているのがわかった。なんの茶番だ、と言いたげなその視線を振り払い、テオバルドはリヒトへと話しかける。

「おお、見ればなんと寒そうな恰好をしているのじゃ」
「寒そう、ですか?」
「上着はどうした、持っておらんのか」
「僕は、寒くないので大丈夫です」

 控えめな仕草で首を振ったリヒトの、その手を掴んで、テオバルドは作った声音でまくしたてた。

「偶然にもわしは、要らなくなった外套を持っておる。あなたに差し上げよう。さぁ腕を伸ばして。おお! 奇遇にもぴったりじゃないか。このままもらってくれると助かる。いやぁ、荷物になるから良かった良かった。わっはっは!」

 手早くリヒトに外套を着せ、高笑いをしながらテオバルドはササっとリヒトの視界から消えた。
 リヒトは先ほどと同じように左右へ顔を振り向けて、居なくなった老人を探していたが、やがて諦めたように吐息した。

「……もらってくれって……いいのかなぁ」

 困惑しきり、という様子のリヒトだったが、外套を脱ごうとはしなかったのでテオバルドはホッとした。

「わっはっは……」

 小声で、ザックがぼそりとテオバルドの笑い方を真似た。ハイマンにしたようにテオバルドはザックの肩もどついてやる。

「なんだよいまの小芝居は」
「うるさい黙れ」
「おまえ、演技下手くそだな」
「うるさいって」

 テオバルドとザックは小声で言い合いながら、リヒトの後ろについて歩いた。


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