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リヒト⑦
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ユーリ様がくぐもった声で呻いた。
どうしたんだろう?
不思議に思って視線を上に向けると、ユーリ様が両のてのひらで顔を覆って、なにごとかを呟かれた。
「ゆぅりさま?」
「いや……なんでもないよ。久しぶりのリヒトにちょっと僕の理性が……。リヒト。僕の手紙、宝物にしてくれたんだ?」
「はい。このてがみと、このくびわがあれば」
ユーリ様が居なくても、僕は大丈夫です、と。
言おうとして、しゃっくりに阻まれた。
ひくっ、と肩を揺らした僕の髪を、ユーリ様が撫でてくれる。
「手紙は、エミール殿が読んでくれたの?」
「はい。……でも、このてがみは、にせものなのかもしれません」
「んん? どういう意味?」
「きのう、てがみが、なくなって……ふぁ……みつかりましたよって、ておばるどさんが」
しゃっくりの合間に、今度はあくびが出た。
眠っているはずなのにあくびが出るなんて、おかしな夢だ。
いま目を閉じてしまったら、夢がべつのものに切り替わってしまいそうで、僕は必死にまぶたを持ち上げた。
まだユーリ様と居たい。
夢でもいい。ユーリ様に抱かれていたい。
お顔が、もっとハッキリ見えたらいいのに。お声が、もっとしっかり聞こえたらいいのに。
もっとちゃんと、ユーリ様を僕に刻み込むことができればいいのに。
それができないことが悔しくて、かなしくて、せめて触覚だけでも正常に働けば、ユーリ様の皮膚や髪の感触を覚えておけるのに、と僕は残念に思いながらユーリ様の手紙をぎゅっと胸に押し当てた。
どうせ夢なら、ちょっとぐらい僕の思う通りになってくれてもいいのに。
「リヒト、ちょっと貸してごらん」
僕の両手を丁寧に引きはがして、ユーリ様が手紙を持ち上げた。
封筒から便箋を取り出し、パラリと開いた紙面を僕の前に広げる。
「大丈夫。これは正真正銘、僕が書いた手紙だよ。本物の手紙だよ、僕のオメガ」
「……ぼ、ぼくにはそれが、わからないのです。めが、もうすこしだけでも、みえたら。ゆぅりさまのもじが、よめるのに」
「リヒト。……視力を取り戻したいかい?」
夢のユーリ様が、当たり前のことを尋ねてきた。
取り戻す、という言い方がよくわからなかったけれど、僕は勢い込んで頷いた。
「はい!」
思い切り首を縦に動かしたら、その拍子に視界がくらりと回る。
さっきは(そういえば何時間ぐらい経ったのだろうか? いま何時だろう?)この眩暈の後にもどしてしまったので、僕は慌てて口を押えた。
「リヒト? 大丈夫?」
「……ふぁい」
大丈夫かどうかは、自分ではよくわからない。
でも視界の揺れはすぐに収まったので僕はホッとした。安堵とともに耐え難い眠気が襲ってきて、まぶたが徐々に降りてくる。
「ねぇ、リヒト」
ユーリ様の声が、耳の奥でじわりと響いた。
「僕はなにもあきらめないよ」
「……え?」
「僕は強欲だからね。なにひとつあきらめない。きみの願いを叶えることは、僕の使命だ。きみのアルファであるこの僕の使命なんだよ、リヒト。だからきみの願いは僕の願いと等しい。それを僕は、すべて叶えてあげたい。叶えたい、というその願いを、僕はひとつもあきらめない」
手紙を持った手で、ユーリ様が僕をぎゅうっと抱きしめてくれる。
ひたい同士が合わさった。
間近で、新緑色の目が瞬く。
「だからリヒト。僕を信じて」
ユーリ様が、くっきりと、そう言った。
きれいな緑の瞳が、とても鮮やかに僕の視界で揺れている。
「僕の愛を、疑わないで。今回みたいに仕事で離れ離れになったとしても、僕は絶対にきみの元へ戻ってくる。それを疑わないで。夢でいいなんて言わずに、現実の僕を求めて。僕とさよならするなんて、二度と言わないで。リヒト。僕のオメガ。きみの願いは、僕がすべて叶えてあげる。だからリヒト。きみはもうすこしだけ強くなるんだ。僕を信じるための強さを磨くんだ。リヒト。僕とおわかれするための強さじゃなくて、僕と一緒に生きるための強さを、僕はきみに持っていてほしい」
ユーリ様の唇が。
僕の唇とくっついた。
ちゅ、と啄んで、離れて。またくっつく。
感覚は明瞭ではない。
それでもユーリ様に触れてもらえる喜びは、鮮烈に僕の中を駆け巡った。
離れてしまうのが嫌で、僕の方からも唇を寄せる。
ちゅ、ちゅ、と幾度も幾度もキスをしていたら、
「あいた」
とユーリ様が言って。
「歯が当たっちゃった。大丈夫? リヒト」
僕の口が傷ついていないか、確かめてくれて。
ユーリ様に言われるままに口を開けて中を見てもらいながら、あまりのしあわせに、僕は泣いてしまった。
なんてすてきな夢なんだろう。
おわかれするための強さじゃなくて。
一緒に生きるための強さを持て、なんて。
僕を信じて、と言われて初めて、僕は自分がそれをできていなかったことに気づいた。
ユーリ様のことは信じてる。
信じてると、思っていた。
でも、僕に対するユーリ様の想い、というものを、僕はいったいどこまで考えることができていただろうか……。
「ゆぅりさま」
ユーリ様。ユーリ様。ユーリ様。
きみのユーリより、と手紙に書いてくださったユーリ様。
その言葉を。
きみのユーリ、という言葉を。
僕は信じます。信じたい。信じてる。
ユーリ様を、信じてる。
「ゆぅりさま……だいすきです。ぼく、がんばります。がんばって、ゆぅりさまをまちます。ほんもののゆぅりさまがかえってくるのを、まちます」
ぐすぐすと泣きながら言い募ると、てのひらで僕の涙を拭いてくれていたユーリ様が軽やかな笑い声をあげて。
「まだ夢だと思われてるのかぁ」
そう言って、僕の鼻の頭にキスをした。
「眠っていいよ、リヒト。目が覚めたら熱も下がってる。きみが元気になったら、大事な話をしようね。リヒト。忘れないで。きみの願いは、僕がすべて叶えるから。だから、起きたら僕に教えて? 視力を取り戻したい。聴力を取り戻したい。それから? なにがしたい? きみがやりたいこと、ぜんぶ僕に教えてね。おやすみ、リヒト。僕のオメガ」
「……ふぁい……」
眠っていいよというユーリ様の声に夢うつつで返事をして、僕はまぶたを閉じた。
なにがしたい?
ユーリ様の問いかけが胸の奥に落ちてくる。
目が良くなったら、ユーリ様の顔が見たいです。
耳が良くなったら、ユーリ様の声が聞きたいです。
触覚が正常になったらユーリ様の髪に触りたいし、匂いがわかるようになればユーリ様の香りを嗅いでみたい。
味が判別できるようになったら、ユーリ様と一緒に食事をして……ユーリ様と同じものを、同じように味わってみたい。
僕のやりたいことは、ぜんぶ、ユーリ様に繋がるもので。
ユーリ様さえ隣に居てくれたら、僕は……。
したいことをひとつずつ数えていくうちに、どんどんと意識が遠くなっていって。
夢の中で眠りにつく、というよくわからない現象を味わいながら、僕はしあわせで満たされたユーリ様の腕の中で眠った。
どうしたんだろう?
不思議に思って視線を上に向けると、ユーリ様が両のてのひらで顔を覆って、なにごとかを呟かれた。
「ゆぅりさま?」
「いや……なんでもないよ。久しぶりのリヒトにちょっと僕の理性が……。リヒト。僕の手紙、宝物にしてくれたんだ?」
「はい。このてがみと、このくびわがあれば」
ユーリ様が居なくても、僕は大丈夫です、と。
言おうとして、しゃっくりに阻まれた。
ひくっ、と肩を揺らした僕の髪を、ユーリ様が撫でてくれる。
「手紙は、エミール殿が読んでくれたの?」
「はい。……でも、このてがみは、にせものなのかもしれません」
「んん? どういう意味?」
「きのう、てがみが、なくなって……ふぁ……みつかりましたよって、ておばるどさんが」
しゃっくりの合間に、今度はあくびが出た。
眠っているはずなのにあくびが出るなんて、おかしな夢だ。
いま目を閉じてしまったら、夢がべつのものに切り替わってしまいそうで、僕は必死にまぶたを持ち上げた。
まだユーリ様と居たい。
夢でもいい。ユーリ様に抱かれていたい。
お顔が、もっとハッキリ見えたらいいのに。お声が、もっとしっかり聞こえたらいいのに。
もっとちゃんと、ユーリ様を僕に刻み込むことができればいいのに。
それができないことが悔しくて、かなしくて、せめて触覚だけでも正常に働けば、ユーリ様の皮膚や髪の感触を覚えておけるのに、と僕は残念に思いながらユーリ様の手紙をぎゅっと胸に押し当てた。
どうせ夢なら、ちょっとぐらい僕の思う通りになってくれてもいいのに。
「リヒト、ちょっと貸してごらん」
僕の両手を丁寧に引きはがして、ユーリ様が手紙を持ち上げた。
封筒から便箋を取り出し、パラリと開いた紙面を僕の前に広げる。
「大丈夫。これは正真正銘、僕が書いた手紙だよ。本物の手紙だよ、僕のオメガ」
「……ぼ、ぼくにはそれが、わからないのです。めが、もうすこしだけでも、みえたら。ゆぅりさまのもじが、よめるのに」
「リヒト。……視力を取り戻したいかい?」
夢のユーリ様が、当たり前のことを尋ねてきた。
取り戻す、という言い方がよくわからなかったけれど、僕は勢い込んで頷いた。
「はい!」
思い切り首を縦に動かしたら、その拍子に視界がくらりと回る。
さっきは(そういえば何時間ぐらい経ったのだろうか? いま何時だろう?)この眩暈の後にもどしてしまったので、僕は慌てて口を押えた。
「リヒト? 大丈夫?」
「……ふぁい」
大丈夫かどうかは、自分ではよくわからない。
でも視界の揺れはすぐに収まったので僕はホッとした。安堵とともに耐え難い眠気が襲ってきて、まぶたが徐々に降りてくる。
「ねぇ、リヒト」
ユーリ様の声が、耳の奥でじわりと響いた。
「僕はなにもあきらめないよ」
「……え?」
「僕は強欲だからね。なにひとつあきらめない。きみの願いを叶えることは、僕の使命だ。きみのアルファであるこの僕の使命なんだよ、リヒト。だからきみの願いは僕の願いと等しい。それを僕は、すべて叶えてあげたい。叶えたい、というその願いを、僕はひとつもあきらめない」
手紙を持った手で、ユーリ様が僕をぎゅうっと抱きしめてくれる。
ひたい同士が合わさった。
間近で、新緑色の目が瞬く。
「だからリヒト。僕を信じて」
ユーリ様が、くっきりと、そう言った。
きれいな緑の瞳が、とても鮮やかに僕の視界で揺れている。
「僕の愛を、疑わないで。今回みたいに仕事で離れ離れになったとしても、僕は絶対にきみの元へ戻ってくる。それを疑わないで。夢でいいなんて言わずに、現実の僕を求めて。僕とさよならするなんて、二度と言わないで。リヒト。僕のオメガ。きみの願いは、僕がすべて叶えてあげる。だからリヒト。きみはもうすこしだけ強くなるんだ。僕を信じるための強さを磨くんだ。リヒト。僕とおわかれするための強さじゃなくて、僕と一緒に生きるための強さを、僕はきみに持っていてほしい」
ユーリ様の唇が。
僕の唇とくっついた。
ちゅ、と啄んで、離れて。またくっつく。
感覚は明瞭ではない。
それでもユーリ様に触れてもらえる喜びは、鮮烈に僕の中を駆け巡った。
離れてしまうのが嫌で、僕の方からも唇を寄せる。
ちゅ、ちゅ、と幾度も幾度もキスをしていたら、
「あいた」
とユーリ様が言って。
「歯が当たっちゃった。大丈夫? リヒト」
僕の口が傷ついていないか、確かめてくれて。
ユーリ様に言われるままに口を開けて中を見てもらいながら、あまりのしあわせに、僕は泣いてしまった。
なんてすてきな夢なんだろう。
おわかれするための強さじゃなくて。
一緒に生きるための強さを持て、なんて。
僕を信じて、と言われて初めて、僕は自分がそれをできていなかったことに気づいた。
ユーリ様のことは信じてる。
信じてると、思っていた。
でも、僕に対するユーリ様の想い、というものを、僕はいったいどこまで考えることができていただろうか……。
「ゆぅりさま」
ユーリ様。ユーリ様。ユーリ様。
きみのユーリより、と手紙に書いてくださったユーリ様。
その言葉を。
きみのユーリ、という言葉を。
僕は信じます。信じたい。信じてる。
ユーリ様を、信じてる。
「ゆぅりさま……だいすきです。ぼく、がんばります。がんばって、ゆぅりさまをまちます。ほんもののゆぅりさまがかえってくるのを、まちます」
ぐすぐすと泣きながら言い募ると、てのひらで僕の涙を拭いてくれていたユーリ様が軽やかな笑い声をあげて。
「まだ夢だと思われてるのかぁ」
そう言って、僕の鼻の頭にキスをした。
「眠っていいよ、リヒト。目が覚めたら熱も下がってる。きみが元気になったら、大事な話をしようね。リヒト。忘れないで。きみの願いは、僕がすべて叶えるから。だから、起きたら僕に教えて? 視力を取り戻したい。聴力を取り戻したい。それから? なにがしたい? きみがやりたいこと、ぜんぶ僕に教えてね。おやすみ、リヒト。僕のオメガ」
「……ふぁい……」
眠っていいよというユーリ様の声に夢うつつで返事をして、僕はまぶたを閉じた。
なにがしたい?
ユーリ様の問いかけが胸の奥に落ちてくる。
目が良くなったら、ユーリ様の顔が見たいです。
耳が良くなったら、ユーリ様の声が聞きたいです。
触覚が正常になったらユーリ様の髪に触りたいし、匂いがわかるようになればユーリ様の香りを嗅いでみたい。
味が判別できるようになったら、ユーリ様と一緒に食事をして……ユーリ様と同じものを、同じように味わってみたい。
僕のやりたいことは、ぜんぶ、ユーリ様に繋がるもので。
ユーリ様さえ隣に居てくれたら、僕は……。
したいことをひとつずつ数えていくうちに、どんどんと意識が遠くなっていって。
夢の中で眠りにつく、というよくわからない現象を味わいながら、僕はしあわせで満たされたユーリ様の腕の中で眠った。
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